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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
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第67話「墜落」

「「…………」」


 穴の空いた天井を、呆然と見上げること数十秒。吐息の音すら発せず、由于夏と守助は固まっていた。

 その沈黙を、襖の音が破る。


「どうしたんだい⁉︎」


 血相を変えて入ってきた紘久の顔色が、室内の光景を見て更に驚愕に染まる。木屑のこぼれる穴を前に絶句し、再び訪れる沈黙。


「……どうしよう」


 由于夏の惑いきった弱々しい声が、静まり返ったこの場によく響いた。しかし守助も紘久も、上手く返すことができない。

 氷凰が鈴を連れて、突然飛び去った。詳細までは分からないが、大まかの予想はつく。


 鱗士は、荒崎冬汰をとめられなかったのだろう。


「…………どう……って」


 半ば独り言のように守助が呟く。

 鱗士を責める気は微塵もない。こっちが首を突っ込んで、頼って、任せきりにしたのだ。むしろ責められるなら自分だと思う。

 しかしどんなにそう思っても、守助は微動だにできなかった。ここからどうにかできるなら、鱗士に負担をかけたりしていない。


「……どう」


 無意識に自分の髪を鷲掴みにし、呻りながら俯く。


 なんとかしなければいけない。

 見てるだけなんてあり得ない。

 なんとかしなければいけない。

 でなきゃ最低中の最低になる。

 なんとかしなければいけない。

 でも自分に一体なにができる。


 なにもできない……?


「おい、吉城君……⁉︎」

「吉城君、大丈夫?」


 重い頭を僅かに上げる。只事でないものを目の当たりにしたような、二人の視線と声。

 気づけば体が震えていた。呼吸も異様に荒い。


 また思い出していた。

 あのとき(・・・)の出来事が、再び起こりそうになっている。


「吉城君⁉︎」

「な……待ちなさい! どこに行くんだ⁉︎」


 由于夏たちの声に、もう耳を貸せなかった。

 紘久の脇をすり抜け、客間から飛び出す。靴も履かないで、一目散に玄関を後にした。


「……ッ‼︎」


 走る。

 なにも見えないし聞こえない。それでも走る。

 強迫観念にも似たなにかが、守助の体を動かしていた。


「ごめん! 弱くてごめん……!」


 この場にいない人間に、縋りつくような謝罪を吐く。


 きっといても伝わらない。けれど今吐き出さなければ、いい加減狂いそうだった。







 鳥モドキの首が崩れ、頭が胴から離れて落ちる。体の方も大きくバランスを崩した。


「お前……!」

「生意気にも私を見下すのはここまでだ」


 同時に冬汰の表情も崩れ、ほんの少しだけ気が晴れた。

 ……いや待て。私にとっては晴れなんかより、雪でも降ってくれた方が都合がいいな。だったら……。


「……気が曇る? 寒波に曝される?」

「は?」


 のたうち回るように羽ばたく鳥モドキは、かろうじて滞空している。しかしまずいはまずいらしく、冬汰の焦りは強まっていた。


「今考えごと中だ。さっさと落ちて死ね。いや、死なない程度に死ね」

「なるほど、言葉と思考が不自由なのか。やはり聞いた通りの頭というところか……」

「は?」


 この状況でまだそんな悪態をつくか。

 いい度胸だな。度胸だけはいいな。


「ふんっ」


 むかついたので、目の前で思いきり羽ばたいてやった。冷気を纏った突風に鳥モドキが煽られる。


「おまっ……やめろ馬鹿!」

「変わった舞いだな」


 魚モドキを回避しつつ、冬汰を言葉で更に煽った。手を広げて滑稽にふらつく様を眺め、わざとらしく口元を歪めてみせる。

 見世物としては上々だな、もう少し眺めていたいくらいだ。


「だがもういいぞ」


 右手の指先を、鳥モドキの方へ向け。


「そろそろ本当に」


 氷の刃を伸ばし、無駄にでかい図体を串刺しにし。


「落ちろ」


 横一文字に斬り払った。


 鳥モドキは完全に羽ばたくのをやめ、背中の冬汰諸共落下を始める。


「……ッ!」

「助けてやろうか?」

「誰が‼︎」


 落ちてゆく最中も、冬汰の目に宿る殺意は陰らなかった。ただ爛々と、私と鈴を睨み殺そうとする。

 命乞いしないのは天晴れだが、それはそれで面白くないな。ああいう奴は調子に乗るだけ乗って、その後惨めに泣きついてきて完成するようなものだろうに。


 無駄に意地が強いな、と冬汰を見下し続けていたとき。紙束が再び光った。


「“肆号”!」


 さっき盾に使っていた蝙蝠モドキが、地面に近づいてゆく冬汰の体の下に潜り込んだ。

 冬汰が蝙蝠モドキに衝突する。


「グ……ッ!」


 張った布に落ちたようなものだろうか。落ちはしたが、そこまでの痛手は負わなかったらしい。本当に死なれても困ったが、やはり面白くないな。こいつ絶妙に面白くない。


「まあ落下対策はしていて当然か」


 しかしさっきまでの攻撃で、蝙蝠モドキも無傷ではない。あれも一応飛べるのだろうが、鳥モドキほどの自由は利かないはずだ。

 制空権は私が取った。


 落下した鳥モドキが、光に包まれて消える。


「この短期間に二度……直すのも楽じゃないんだが」

「知るか」


 魚に気をつけつつ整理する。

 壊してしまえば、この戦闘中はやはり使えないらしい。つまり、鳥と蛇は封じた。蝙蝠はもう寸前。あと何体いるか分からんが、目下うざったいのは魚と狼か。


 よし、なんとかなるな。余裕だ余裕。

 上から氷柱を落としまくれば勝てる。


「覚悟はいいな? 楽には終わらせないぞ」

「……ふん」


 圧倒的に有利なのは私の方。手加減してやるつもりもない。

 しかし悲観するでも、諦めた様子も見せず、蝙蝠の上に立つ冬汰は笑った。見上げているのに、見下したような目を私に向ける。


「誤算はあったが僕は負けてない。負けるのは君で、死ぬのはそいつだ」

「なに?」


 魚を躱し、怪訝に冬汰を見下ろす。

 この状況をひっくり返せる手持ちがあるのか? さっきのように切羽詰まっているならいざ知らず、今ならなにが来ても躱せるし壊せる。


 冬汰は動かない。紙束を開くこともしない。

 ハッタリかと疑っていると、僅かに口元を動かした。


「——“漆号(ななごう)”」


 直後、私の右肩が弾けた。


「は……?」


 破壊された体から、赤くて熱い血が噴き出す。同じものが喉を逆流して、口からもあふれた。


「楽に死なせないとか、冥土の土産とか。そういうこと言うとな、大概は失敗するんだよ」


 冬汰がなにか言っているが、よく聞こえない。右肩の焼ける激痛が全身に伝播し、感覚が狂っていた。


 かろうじて目に映ったのは、右肩から生える紫色の木だ。枝の先端は白く硬質で、髑髏のような実がなっている。


「っ……さっき、刺されたとき…………」


 やられたとすれば、あの瞬間。

 蛇で右肩を刺されたときだ。

 別の式神を仕込まれた……⁉︎


「流石は最強の一角。“漆号”の成長が速い」


 翼が霧散し、体勢が大きく崩れた。

 木がさっきより大きくなっている。それに唐突な倦怠感……私の妖気を吸って成長してるのか。

 更に吐血したということは、根でも張られて内臓も傷ついているだろう。


「ごふっ」


 更に込み上げてきた血で、口内が満たされる。朦朧としつつ、このままでは墜落するなと冷静に思った。

 冷気を振り絞り、風に体を包ませる。落下位置をなるべく冬汰から離す。

 鈴を上向きにしたまま、私の体が地に落ちた。


「ッッ——‼︎」


 駆け抜けた鈍痛に、思わず目を見開く。これでも最小限に抑えたつもりだが、尋常じゃない痛みだ。四肢が粉々になったかと思った。狂狸のときよりまずい気がする……。


「鈴……無事か……?」

「あ……うあ…………」


 錯乱状態といった様子で、鈴の目が激しく揺れている。私はそんな酷い有り様か……クソ、苛立たしい。

 だが本当にまずい。魚モドキがもうその辺にいるはずだ。冬汰もすぐに来る。なのに遺憾でしかないが、碌に動ける気がしない。


「…………なんで私がここまでして」


 これも鈴の能力だったりするのか?

 確か“六魔”すら懐柔とか……最初に言われたような……。私はまんまと乗せられたままか? 死ぬまでこいつを守るのか、私は?


「……いや違う」


 馬鹿な考えだ。そんなわけがない。

 別に誰が死のうが知ったことじゃない。私はそういう奴だろうが。ただ、許せないことがあるだけだ。


 冬汰が私を舐めている。だから鈴を守りきって奴を泣かす。

 それだけのことだ……!


「くっ……」


 歯を砕かんばかりに力を入れ、上体を起こそうとする。しかし体の損傷と妖気を吸う木に阻まれ、思うようにいかない。私を無力化するという冬汰の目論見は、腹が立つことに成功のようだ。

 魚モドキが視界に入った。真上からこっちに向かってくる。


 景生と同門か……なるほどな。納得してやらんでもない。


 どうする。躱せないし防げない。鈴だけ逃しても多分無駄。しかしダメ元で走らせるしかないか?


「……!」


 朦朧と思考する最中、忙しない足音が近づいてくるのに気づいた。冬汰までもう来たかと思ったが、走り方に余裕がなさすぎる。奴がそんなに焦る局面でもないだろうに。


 この情けなさすら感じる、取り繕いようのない体たらく……。


「……守助?」


 頭だけ動かし、足音の方を向く。

 予想通りの男が、予想通りの様相で走ってきていた。


「氷凰ちゃ……ッ」


 走り疲れて息を切らし、血に塗れて肩から木を生やす私を見て息を呑み。本当に忙しい奴だな。

 役立たずを自覚してるくせになぜ来たのかと思うが、今はよく来てくれた。


「鈴を逃がせ……とにかく走ってここから離れろ」

「させない」


 ……一縷の希望だったが、なんとも間の悪い。


「君もそれを庇いたいのか?」

「うひっ…………⁉︎」


 冬汰に睨まれ、守助が竦み上がった。

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