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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
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第65話「癌」

「……どういうことですか?」

「結論から言おう。アレを放っとくとこの世が終わる」


 …………。

 理解が追いつかず呆然とする。


「は?」


 飲み込みきれずに思わず聞き返していた。事実を聞かされる覚悟はしてきたが、スケールが大きすぎて危機感すらわいてこない。事実を知ったという感覚すらない。意味が分からない。俺は口を開けて固まることしかできなかった。


「無理もない反応だ。いきなりこんなこと言われてもピンと来ないだろう」

「……恥ずかしながら」


 冗談を言ってるわけはない。

 この人は確信を持って言ってる。


 この世が終わる?

 鈴のせいで……?


「一見人畜無害。それどころか庇護対象とすら認識してしまった。……腹立たしい。苛立たしい。情けない……」


 荒崎さんの眼光から殺意が漏れる。血が滲むのではないかと思うほど、拳に力が入っている。それを繕うように、懐に右手を隠す。


 俺は気取られないよう頭を整理する。人畜無害な庇護対象……やっぱり鈴のことを言っているようだ。

 荒崎さんですらそう思わされたとは。この世がどうこうは詳細不明だが、鈴がただの非力な存在じゃないことはこれで確定的……。


「アレは他人に自分をそう認識させ、守らせる」


 それも俺の予想と同じ。

 しかし、それだけでこの世が終わるとは思えない。鈴にはまだ、なにかある。

 俺は黙って続きを待った。


「アレ自体は確かに無力だ。戦う力なんかない。ただ——」


 荒崎さんは語る。

 感じた違和感。

 それを元に探し出した、古い資料。

 そこにあった記述。


 この世が終わるという言葉の意味。


 全て聞くのに、そこまで時間はかからなかった。

 そして開口一番。


「……嘘でしょう?」


 俺はまたしても、呆気に取られることしかできなかった。


「嘘じゃない。残念ながら」


 ついこぼれた言葉を、荒崎さんが首を振って否定する。

 なにを指して「嘘だ」と思ったのか、自分でも分からない。ただ、現実にそんなことがあるだなんて、考えるのも馬鹿らしい。いや。馬鹿らしいほど規模が大きくて、まともに考えられない。


「逃したのは僕の責任だ。君を巻き込むのは気が引けるが、そうも言ってられない」

「……はい」


 生返事をしながら、平静を手繰り寄せる。思っていた以上の事態に、俺の内心は大きく揺らいでいた。

 丁たちは守る。これは絶対。鈴をどうするかは……できれば穏便に。最悪、荒崎さんに失望されてもいいと思っていた。


 けど……これは。


 汗が額から流れ落ちる。暑さのせいだけじゃないだろう。


「鱗士、ここ最近で弱い妖気を感じたことはなかったか? いや、ただ弱いどころか異常なまでに無害な妖気だ」

「……すみません」


 どうするべきなのか分からず、曖昧な言葉しか出てこない。本来迷うことなく倒すべきなのだろう。なのにまだ躊躇してるのは、俺がまだ鈴の術中だからか——


「……ところで、例の【六魔】はどうした?」

「今は信頼できる人の所に」


 不安定になっていた視線が固まり、さっきと対照的なまでに早口かつハッキリした返答。自分のそんな挙動に、今日一番の焦りを覚えた。

 不意打ちだった。聞かれるのは分かっていたが、このタイミングで。用意していた言い訳が、つつけば崩れそうなほど不自然になって喉を通ってしまった。


「手綱を握れているのはいいが、アレを野放しは感心しないな」


 待て落ち着け、どうにか取り繕わないと——


「俺もアイツも、自分の立場は分かってます。下手なことはしませんし、アイツがいると落ち着いて話せないと思って」

「……確かに。気遣いはありがたく思う」


 軽く息を吐いて目を閉じ、穏やかにお茶へ手を伸ばす荒崎さん。


「そうか。もう見つけてるんだな?」

「っ⁉︎」


 開いたその目から、一層の毒気があふれ出る。


 は?

 なんでそうなる……?

 バレてた⁉︎ いつ……⁉︎


「性質に察しがついていた辺りは流石だな。庇っていいものか判断できず、僕の話をひとまず聞きたかったと……そんなところか?」


 思惑を全て言い当てられ、なにも言い返せなくなる。半端に開いた口から出るのは、言葉にならない呼吸音。

 


「……っ…………ど……」

「どうして、か。アレがこの世を終わらせると言ったとき、疑念を強く抱いたように見えた。驚きや危機感よりまず疑念だ。それでもしかしたらと思って……」


 痣が突然疼いた。

 妖気じゃない。手を加えたような独特の霊気。


「っ!」


 咄嗟に立ち上がったと同時に、それは俺の視界に映った。細長いなにかに、無数の蠢く管が生えた、本能的に嫌悪感を掻き立てられる造形。質感はゴムのようで、一方の先端が白い骨のよう。

 それが、俺の反応を置き去りにして体に巻きついた。


 身動きが取れない。


「なん……⁉︎」

「“玖号(きゅうごう)”。鱗士に見せるのは初めてだったか?」


 ゴム質の肌にドクロのような頭。荒崎さんの式神の特徴だ。言う通り、こんな百足モドキは初めて見た。


「責めたりしない。僕も一度はアレに惑わされた。もっと早く殺せていれば……全く自分が腹立たしい」

「っ……荒崎さん!」

「察するに【六魔】はアレのそばにいるんだな? かの大妖怪すら手駒にするとは」


 荒崎さんの懐から、本のように束ねた紙束が取り出された。一人でにページがパラパラとめくられ続けてる。それに比例するようにして、荒崎さんの目が据わってゆく。


「……なるほど、友達と知人も。躊躇う理由はそれもあるのか」


 その言葉に背骨が震える。丁と吉城、榊さんが脳裏を駆けた。

 さっきからなんでそんなに見透かされる……? なにかされてるのか?


 自分の体を……いや、体に巻きつく百足モドキを見下ろす。


「ご名答。“玖号”には隠密性と拘束力、それに対象の意識を読み取れる力を備えてある。限度はあるがな」


 なるほど……さっき懐に手を入れたとき仕込まれたらしい。最初からほとんど見透かされてた。


「しばらくそこで待っていてくれ。すぐに終わらせてくる」


 据わった目が外に向く。

 この百足に俺の思考が読まれるということは……もう鈴の居場所も分かってるのか⁉︎


「待っ……」

「“伍号(ごごう)”。“弍号”」


 紙束からなにかが飛び出す。

 一つは氷凰が昨日壊した鳥モドキ。もう片方は既に見えない。出てくると同時に、凄まじい速さで飛んでいってしまった。

 なにもかもで先手を取られた。否応に体に力が入るが、百足に拘束されてなにもできない。


「【六魔】相手に勝てるとは思わないが、アレも僕を殺せないはずだな。人間に手を出すとどうなるか、君がキツく言っているわけだし」


 荒崎さんが鳥モドキの背中に飛び乗る。

 駄目だ、このままじゃ駄目だ。鈴をあのままにしていいとは、今や思えない。けど、俺たちにとってこんなに……誰より吉城にとって不本意な結末じゃ駄目だ。

 しかし、もう荒崎さんは有無を言わせないだろう。


「癌細胞が……存在自体が悪でしかない塵芥……この世を狂わす癌が……今消しに行くぞ」

「……!」


 鳥モドキが羽ばたき、縁側から飛び立った。風が居間を少し荒らす。体が煽られるが、拘束で倒れもできなかった。


 人を乗せた怪鳥。その異様な影が小さくなってゆく。それとは逆に、俺の中の苛立ちが大きくなる。

 見栄を張っておいて、いいようにされた自分への苛立ちが、大きくなる。







 私は壁にかかった時計を横目で眺める。もうそろそろ、鱗士はあの冬汰と話している頃か。私に由于夏と守助、そして鈴。四人が部屋にすし詰めになったまま、そこそこに時間が経っていた。


「間定君、大丈夫かな」

「大丈夫だろう、あいつは」


 由于夏が何度目かの心配事を口からこぼした。朝から大人しく座ったまま、ずっとこんな調子である。

 私は畳に寝転がってその顔を見上げる。同じことを言うたび、私も同じ文言で返してきたが、一向に明るい顔はしない。


 大丈夫だと言っているのに……少なくとも鱗士が殺されるとかはあり得ない。

 それよりどう転ぶか分からないのは……。


「もりすけ、次! 次のやって!」

「はいはい」


 昨日の危機を忘れたように、あっちで無邪気に笑っている鈴の方なのだが。守助が首にかけていた機械を頭にはめ、なにかしらをねだっている。

 しかし本当に屈託ないな。なんだその妙な切り替えの速さ。守助の方がやつれてるぞ。いや、それはあいつが情けないだけか?


 まあ、由于夏も守助もしんみりする中、一人でもあんなのがいれば辛気臭くなくて——


「……ん?」


 妙な気配に、思わず上半身を起こしていた。

 なんだ? 妖気……じゃない、これは霊気か。

 探ろうとするうちに、それはどんどん近づいてくる。


 気づけば、既に目と鼻の先だった。


「氷凰ちゃん?」

「伏せてろ!」


 強い霊気じゃないが、予想以上の速さだった。

 探るのをやめて私は動く。右手に氷の刃を形成。向かってくるそれに立ち塞がるように、鈴の前に跳ねて移動した。


 果たして、それは現れた。

 壁を突き抜け、私に向かい突っ込んできた。


「っ! 鱗士の奴……」


 人目見てピンと来た。ぶよぶよした表皮、骨のような頭。槍のように尖った口吻を持つ魚モドキ。

 それは、冬汰の式神だった。


「え」

「……!」


 由于夏と守助が息を呑む音。

 あいつしくじったのか……偉そうなこと言っておいて!

 鱗士の不甲斐なさに舌打ちしつつ、私は氷の刃を振り下ろした。


「喰らえ!」


 破壊するつもりで斬り裂いた。

 この程度の式神どうということない。


 が、叶わなかった。


 魚モドキは刃を透過し、ついでに私の体をもすり抜けた。


「⁉︎」


 そこで気づく。魚モドキが突っ込んだのに、壁は全く破壊されていなかった。こいつはあらゆるものをすり抜けるらしい。恐らく、標的以外は。


 私の後ろにいる、鈴以外。

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