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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
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第61話「妖怪の見方」

 鈴を追っているのは荒崎冬汰……俺の知り合いの退魔師で、師匠や術丘さんと同門で親友。俺の告げた事実に、氷凰たちは驚きに目を見開き固まっていた。


「それじゃあこの鳥みたいなのは……その人も二人みたいに協力し合ってること?」

「違うぞ由于夏。私たちは協力してない」


 真っ先に疑問の声を上げた丁を、氷凰が食い気味に否定した。いちいち突っかかるなと文句を言いたいが、そんな場合じゃないので俺が引き継いで答える。


「荒崎さんは式神使いだ。これは妖怪じゃない」

「式神……使い魔みたいなやつか⁉︎」

「似たようなもんだと思ってくれ。細かく言うと違うけどな」


 しかし、これはまずい。思っていた以上に面倒だ。そこらの少し強い妖怪が相手の方が、よっぽど楽だった。


「でもそれなら、間定君が話してくれればいいんじゃ?」


 丁が希望と疑問を混ぜこぜた目で俺を見る。

 もっともな疑問だ。荒崎さんから見て、俺は親友の弟子。事情を話せば丸く収まる、と思われるのは自然な流れだろう。同じ状況で立場が逆なら、俺もそう思う。

 だから丁には疑問が混ざっている。なぜ俺の家が安全でないのか。早くここを立ち去ろうとしているのか。


「無理だ。妖怪絡みで、あの人の説得は誰にもできない」


 簡潔に言うと、そういう理由だ。

 師匠でも術丘さんでも、荒崎冬汰はとめられない。


「どういう意味だ?」


 氷凰が続いて疑問を呈する。氷の処理はもう済んだようだ。


「……お前、今日あの人と会ったんだろ? どんな感じだった」

「生意気だった」


 荒崎さんもお前にだけは言われたくないだろうよ、とは今は言わないでおく。


「それはお前が妖怪だからだよ。俺の言いたいこと分かるか?」

「……あー、なるほど。昔からそういう奴はいるな」


 納得しつつも面倒くさそうに、氷凰は頭を掻いた。

 生意気、要するに愛想が悪かったということだろう。しかし荒崎さんは基本的に温厚だ。俺も昔からよくしてもらってる。

 しかし、話が違ってくる場合があるのだ。


「どういうことだよ?」

「あの人……妖怪が嫌いなんだよ。見つけたら例外なく殺すくらい」


 吉城が絶句する。丁は鈴を抱く力を強める。

 これは別に珍しいことでもない。退魔師なんて基本的に、妖怪相手に碌な思い出がない生き物だ。恨みを持つのはむしろ普通。かく言う俺も、最近までは荒崎さん寄りだった。


「いやでも、氷凰ちゃんは……さっき会ったって」

「あー……コイツは事情が特殊だからな。あの人も下手に殺したりしない」

「私があんな奴に殺されるわけないだろう」


 氷凰が吉城に食ってかかるが、そこは今重要じゃない。だから置いておくとして。

 俺と氷凰の関係、吉城はよく知らないからな。言っても余計な心労与えそうだし、悪いが濁しておこう。


「ともかく説得は無理だ。式神倒したことも多分バレてる。俺たちがやったとは思ってないだろうけど、早くどっかに移動した方がいい」


 全員顔を見合わせ、とりあえずその場を去った。

 行き先はどうするか……。俺の家は論外。丁と吉城にしても、転がり込んだら相応の迷惑をかけるだろう。


「どういった経緯で、奴は妖怪を憎んでるんだ?」

「聞けるかよ。多分師匠だって知らなかったはずだ」


 お前はもっとデリカシーを知れ。俺や虎乃みたいないきさつが珍しくない世界だぞ。


「吉城君、鈴ちゃん任せてもいいかな」

「お? おう……」


 後ろから丁たちの声が聞こえる。微かに鈴がすすり泣く声も。


 どこか安全な場所……。とりあえず走ってるが、あそこから多少離れた程度じゃ駄目だ。かといって山の中で野宿、なんてわけにもいかない。丁たちは家に帰らせるとして……いやきついか? 俺が鈴のメンタルケアをできるとは思えない。

 クソ、考えれば考えるほどよくない状況だ。こんなことになるとは。


 走りながら考えるもどん詰まり。考えもなく角を曲がる。

 進行方向に見覚えのある人がいた。


「!」


 急ブレーキをかけてとまった。氷凰がつんのめる。後ろからの足音も聞こえなくなった。


「おや」


 その男性は、俺と氷凰を見て目を見開いた。出会うと思っていなかった、という風に俺たちを見比べる。

 肩で息をしながら、氷凰も似たような反応をしていた。


「間定……?」

「え、まさか……」


 二人の不安げな声。

 立ち止まった俺と氷凰。相対した、俺たちを知っている風な男。二つが合わさり、最悪の事態が頭をよぎったのだろう。


 それに真っ向から反する、穏やかな様子でその人は言った。


「久しぶりだね。間定君、だったかな」

「榊さん……?」


 榊紘久。

 氷凰と出会ったばかりの頃、とある事情で知り合った人だ。







 俺たちは寺の客間に通され、榊さんの出してくれた茶をすすっていた。俺と氷凰、丁と吉城に分かれ、机を挟んで座敷に座っている。

 鈴は泣き疲れたのか、吉城の胡座の上で丸まって眠ってしまっていた。


「すまないね、大したものがなくて」


 榊さんが茶菓子を持ってきてそう言う。

 俺は軽く頭を下げた。丁も吉城も同じ仕草をするが、氷凰だけは不遜に頬杖をついたまま動かない。


「ばうむくーへんは?」

「今切らしていてね」

「ちっ……気が利かない奴め」


 舌打ちした馬鹿の頭をはたく。睨む矛先が俺に変わったが、完全にコイツが悪い。

 俺は無視して榊さんを見やった。


「事情は説明しましたけど……本当にいいんですか、いさせてもらって」

「気にしないでくれ。君には借りがある」


 借りと言うほどでもない。ただ榊さんが見つけた妖怪を俺が……いや、氷凰が倒したというだけだ。それで巻き込むのは——

 うわ、借りがあるとしたらこの礼儀知らずじゃねえか。気づかれる前に話打ち切った方が賢明だな……。ここは厚意に甘えておこう。榊さんへの埋め合わせは後で考える。


「ありがとうございます」


 さっきより深く頭を下げる。榊さんは笑い、茶菓子を机に置いて座った。


「あまり参考にならないかもしれないが、簡単な助言はできる。私も手を貸すよ」

「榊さん? も妖怪が見える人ですか?」


 丁が控えめに手を挙げる。


「少しだけね。間定君みたいなことはできないよ」

「……霊感持ちって身の回りにこんないるもんなの?」

「まあ珍しいだろうな」


 吉城には俺が答えた。割合は知らないが、たまたま会うのは稀だろう。


「さて」


 咳払いをして空気を改める。緊張した眼差しが俺に向いた。


「どうするかなー……」


 しかし残念ながら、現状それに応えられる案はない。俺は頭を抱えて項垂れた。


「私が行ってぶちのめすというのは」

「却下」

「待て待て、殺しはしないぞ? 私だってそれくらいの自制はもう効く」

「却下」


 俺は問答無用で切り捨てる。自分に名案がない手前偉そうに言えないが、氷凰には最初から期待していない。

 続いて、顎をさすりながら榊さんが口を開いた。


「本当に説得は難しいのかい? その子に害がないと、きちんと話せば……」

「厳しいと思います」


 それは本当に無理なのだ。荒崎さんを知っているのが実質俺だけなので伝わりにくいが……簡単に言うと、そうだな。


「あの人にとっては、ゴキブリを潰すような感覚なんですよ。自分の領域内で見かけたりしたら、死を確実にせずにはいられない、というか……。だからそれを殺さないでと頼むのは、現実的じゃありません」


 榊さんは難しい顔で腕を組む。丁や吉城も深刻な表情で固まっていた。


 これは誇張でもなんでもない。仕事外で見かけても殺す。害意が全くなくても殺す。人間に有益な存在であろうと殺す。

 妖怪を絶対悪と考える退魔師はそれなりにいるが、荒崎さんほど極端な人はそうそういない。妖怪がこの世に存在しない世界……それを本気で実現させたがっている風にも見える。


「逃がす……って言っても、どこにって話だよね……」


 丁が声を上げたが、次第に尻すぼみになって俯いてしまう。

 鈴は多分、今までも逃げてきたのだ。それを今後も続けたところで、いずれ限界が……。


「……いや、待てよ」


 ふと疑問が浮かんだ。よく考えれば、最初から不可解なことがある。


「鈴はどうやって荒崎さんから逃げてきたんだ?」


 氷凰が目つきを鋭くする。丁たちは疑問符を浮かべて俺に視線を合わせた。


「鈴はどう見ても強い妖怪じゃない。殺意を持って追われて無事に逃げ続けるなんて、少なくとも一人でできるわけが……」

「何日追われていたんだ? 一日程度ならどうにかなるだろう」

「割と汚れてたし……一日そこいらってことは、ないかなと……」


 氷凰の問いに、恐る恐る吉城が答えた。

 その感覚が正しかったとすると……鈴は少なくとも数日間、荒崎さんから逃げ続けたということになる。あまりに非現実的だ。


「とすると、吉城の前に誰かが手を貸していた?」

「ならそいつらはどうなったというんだ」

「知らねえよ。ただ荒崎さんが人に危害を加えるとは思えねえし……」


 あの人の敵意は、あくまで妖怪に対してだ。たとえ妖怪を庇ったとしても、人間が悪いとは考えない。

 協力者がいたと仮定するなら、ソイツは多分妖怪だったのだろう。そして、荒崎さんに殺された。


「それでも一日持つか怪しいくらいだぞ」

「待ってくれ待ってくれ、なんかややこしくなってきたぞ⁉︎ どういうことだよ? 鈴は……」


 混乱気味に吉城が身を乗り出す。しかし鈴が寝ていると思い出したのか、すぐに取り繕って座り直した。そのまま胡座の上の鈴に視線を落とす。色々な感情がごちゃ混ぜになった、複雑な表情を浮かべていた。


「吉城の所に来るまでに、代わる代わる守られてきた……?」


 そんな都合よく? しかしそうでもないと、無力な鈴じゃ荒崎さんから逃げ続けられない。危なくなる度、誰かが守ってきた……。


 丁度、今の俺たちみたいに……?

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