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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第5話「大蜘蛛②-初の共闘-」

「⁉︎」


 ほんの一瞬。時計の秒針が動くか動かないかというほどの短い間だったが。今、確かに痣が疼いた。

 俺は咄嗟に奴を見やる。奴は目つきを鋭くして、キョロキョロと視線を動かしていた。


「お前も気づいたのか?」

「……なにかいるな。一瞬で隠れたようだが」

「チッ、こんな所に」


 今の疼き方だと、少なくともこの教室内に現れたんじゃない。俺はまた立ち上がり、廊下に駆け出た。そこで左右を見渡すが、妖怪らしいものは見えない。


 まずいな。痣が疼いたってことは、少なくとも人に危害を加えられる程度の力はあるってことだ。早くしないと、校内で誰か殺されるかも……。


「オイお前、どこに妖怪がいるか分かるか?」

「は? なんで私が手を貸すことが前提なんだ」

「言ってる場合か。折角この場にいるんだからなにかしろよ」

「貴様の言いなりになるのは癪だ」

「お前な……」


 ああクソ、こんな言い合いしてる場合じゃないんだよ。もういい、どうせコイツは俺の言うことなんか聞かない。なんとか俺一人で見つけるしか……。


「!」


 また前触れなく痣が疼き始めた。しかも今度は消えることなく、その場に留まっているらしい。さっきは一瞬で消えた気味悪い感覚が、左目の下にこびりついて離れない。

 これなら大体の位置が分かる。


「よし……。オイ」

「なんだ? 手伝えとでも言うつもりか? これは貴様の仕事だろうが」

「…………」


 落ち着け、焦るな俺。コイツが素直に俺の言うこと聞かないのは分かってただろ。だが昨日自分でやったことを思い出せ。


 コイツは強いが……同時にかなりチョロい奴だ。


「いや、別に来なくていいぞ。戦力になるなんて期待しちゃいないからな」

「……あ?」

「なにも言うな、分かってる。昨日封印が解けたばっかで本調子じゃないから、勝てるかどうか不安なんだよな」

「オイ待て貴様」


 俺はここで奴に背中を見せ、わざとらしいやれやれポーズをしてみせた。


「それに俺みたいな『糞ガキ』にまんまといっぱい食わされて、首輪つけられたばっかだもんな。そりゃ自分に自信が持てなくなるさ。そんな奴無理に連れてっても、全っ然使い物にならないだろうし……。だから大人しくしてても、誰も文句言わねえよ。大・妖・怪・さんよ」


 ……これでどうだ。


 俺が振り返ると、奴は俯いてワナワナと震えていた。両方の拳がきつく握られており、よくよく見ると顔を真っ赤っ赤にして歯ぎしりまでしている。数秒そのまま固まっていたが、やがて奴は勢いよく顔を上げた。


「馬鹿にするのもいい加減にしろよ貴様ァ‼︎ 戦力にならないだと⁉︎ ふざけるな、たとえ本調子でなくともこの私が負けるものか‼︎」

「本当か? 口じゃいくらでも言えるからな」

「ああ分かった! やってやる‼︎ 貴様より先にその妖怪を私が殺してやる‼︎」


 よし。

 やっぱりチョロい。


「首を洗って待っていろ下級妖怪! 貴様が封印より目覚めた私の最初の獲物だあ‼︎」


 奴は声を荒げ、妖気の発生源の方に走り出す。


 下級妖怪って……。俺の痣が疼く程度に相手は強いぞ。それでも【無間の六魔】にとっちゃ下級ってか。


 俺は奴の後を追う。奴は俺の数メートル先で、「殺す殺す殺す」と物騒なことを連呼しながら走っていた。しかしその気迫とは裏腹に速度は大したことなく、俺はすぐ奴に追いつき並走を始める。


「並んで走るな貴様!」

「うるせえ。もうすぐそこだぞ」


 疼きが少しずつ強くなっていく。妖怪が近くにいる証拠だ。階段を上がり、その突き当たりを右に曲がる。


 なにもいない。

 疼きも消えた。


「っ……またかよ」


 相手は自分を隠すのが得意らしい。だがさっきまでここにいたのは確かだ。まだそう遠くに移動しちゃいない。多分俺たちの接近にも気づいてるだろうし、近くで不意打ちを狙ってるかもしれない。


「用心しないとな」

「チッ……鬱陶しい」


 奴がそう言うと同時に、廊下内に冷風が吹き始めた。風は気温を急激に下げていき、この場だけが冬のように寒くなる。


「なにする気だ?」

「炙り出し……いや、冷やし出しと言うべきか」


 風になびく水色の髪をかきあげながら、奴は好戦的で凶暴な笑みを浮かべる。昨日俺に見せた、大妖怪の片鱗ともいうべき形相。その様子と冷風との相乗効果で、俺は思わず身震いした。


「オイ、もっと近くによれ」

「な、なんだ」


 奴は俺の腕を引っ張り、体を自分の方に寄せる。


 そして。


「……はぁ‼︎」


 自分の体を中心に、吹雪の旋風を起こした。中心にいる俺とコイツ以外、その全てを凍てつかせるような勢いで、旋風は激しさを増す。その様子は、さながら小さな台風だった。


「っ⁉︎ さっぶ……‼︎」


 いや……中心にいても真冬以上の極寒状態まで気温が落ちている。鳥肌が立ち、震えは大きくなり、歯が音を立て始めた。


 分かっちゃいたが、コイツやっぱり滅茶苦茶強い……!


「フフフ……フハハハ! 貴様もようやく私の恐ろしさが分かったか? んん?」

「今はどうでもいいだろ! それよりここ学校だぞ⁉︎ こんな派手なことして他の人は……」

「ハッ! なにを言ってる。貴様も退魔師なら、結界くらい知ってるだろう?」


 結界。一部の退魔師や妖怪が使う、自身に都合のいい領域を作り出す術だ。


「いま俺たちは、相手の結界内にいるのか」

「そこの階段を上りきったときにな。この場にいるのは私と貴様、後はその妖怪だけの筈だ」


 一般的に妖怪が使う結界内は、完全に外の空間とは隔離された状態になる。術を解かない限り、内外では互いに干渉できないというのが基本だ。

 そこに存在するのに、結界外からは見えず、普通の景色として認識される。無理に説明すれば、重なっているのに別空間……といったところか。


 恐らくこの妖怪、霊気を探知して俺が退魔師だと気づいたのだろう。好戦的な妖怪はよく喧嘩を売ってくる。コイツもそういう口で、わざと俺を結界の中へ呼び寄せたわけだ。


「さてこの状況。姿を隠していようが関係ない。安全地帯はこの中心のみだ。仮に姿を消している間、向こうに攻撃が通らない仕組みがあろうと同じこと。奴が私たちを殺す気なら、吹雪に突っ込むなんて馬鹿はしない」

「……つまり」


 この旋風を超えずに俺たちの所まで到達する方法……。普通はそんなこと不可能だが、今回の奴なら話は別だ。自身の霊気や姿を消し、すり抜けることができるなら。


 現れる場所は——


「そこか!」


 この中心部分。


 俺は振り向き、ようやくその妖怪が床から這い出る姿を確認できた。一言でいえば、異形の巨大蜘蛛の姿のその妖怪に、俺は鎖分銅の錘を飛ばした。錘の軌道はまっすぐソイツの顔を捉え、弾丸の如くそのまま命中する。


「ギアァガッ!」

「うるせえな……!」


 鎖を操作し、鞭のようにしならせる。頭だけを出した蜘蛛を二度、三度と叩いた。その度蜘蛛は聞き苦しい断末魔を上げ、俺の不快感を煽り続ける。


 その上だ。

 またなにかが俺を見てる。

 正体不明の気配が、俺のことを観察してる。


 気持ち悪いんだよ、クソ!


 俺は鎖に込める霊気を強める。そしてトドメのつもりで鎖を振り下ろそうとしたとき。


 蜘蛛が身を捩り、背中があらわになった。

 そこに、誰か人を背負っている。


「なに⁉︎」


 俺が一瞬怯んだのを好機と見てか、蜘蛛は再び床に潜り込んでしまった。


「オイなにやってるんだ貴様⁉︎ 私がトドメを刺してやろうと思ったのに! なにをまんまと逃がしている!」


 旋風を解き、両脇に氷柱を携えていたソイツは俺を責め立てる。


「待て。アイツ人を一人捕まえてやがった」

「構うか! 次は私がやるからな」

「テメエ忘れてないだろうな? 一般人に危害加えたら」

「う……だが妖怪相手だぞ⁉︎ そんな場合じゃ」

「人の命に場合もクソもあるか! いいな、絶対だ」

「っ……ああクソ! 分かったよ!」


 奴は色々文句を言いたげだったが、ヤケクソ気味に了承した。


「オノレ……痛イ……ヨクモ……」


 どこからともなく、ノイズがかったようなしゃがれ声が聞こえてくる。直後、俺たちに対面するように、妖怪蜘蛛は床から這い出してきた。


 改めて見ると、その顔は通常の蜘蛛と違い、ど真ん中に複眼が一つだけ備えられていた。口も人間のものに近いが、歯並びが非常に歪なことになっている。よく見れば足の本数も八本以上あり、タランチュラのように毛むくじゃらだ。


 要するに、えげつないほどグロテスクな見た目をしていた。そしてその背中には、やはり人が捕らえられている。気絶しているのか身動きせず、糸で巻き取られ体を固定されていた。


「許サンゾ……殺シテ食ッテヤル!」

「うるせえよ。即刻退治してやる」

「たわけ。あれは私の獲物だ」


 そう言い、奴は浮かべていた氷柱二本を飛ばす。蜘蛛は床に潜ってそれをかわした。氷柱の着弾点に砕けた氷塊が積もる。


「また潜られたぞ」

「どうせすぐに出てくるだろ」


 その言葉通り、ノイズ声がどこからか聞こえ始める。


「死ネ!」


 直後、蜘蛛の足が何本も地面から飛び出した。それは俺の隣……奴を囲うように、鳥かご状に伸びていく。毛むくじゃらの足には、よく見れば細かい爪のような棘が生えており、一度掴まれたら抜け出すのは困難だと悟った。


「マズハオ前ダ……!」

「やれやれ、まだ理解していないのか」


 この危機的状況にも、奴は動じることなく啖呵を吐く。そして再び、奴は周りに冷風を纏った。


 蜘蛛の足が全て、一瞬のうちに凍りつく。


「ナニ……⁉︎」

「貴様程度に、私の相手が務まるわけないだろうが」


 冷徹に見下すような視線を地面に向け、奴はそう吐き捨てた。圧倒的だ。この蜘蛛はそこまで弱い妖怪じゃないはずなのに。


「グ……ナゼ! コレ程ノ強サヲ持チナガラ……退魔師ナンカトツルム……⁉︎」

「好きでつるんでいる訳じゃない。不愉快なこと聞くな下級が」


 そう言いながら、奴は凍った足のうち一本を掴む。その手に力が込められると、足にヒビが入り始め、パキパキと砕ける音が聞こえた。


「ウオ……オノレ……!」

「選ばせてやる。捕らえている人間を置いて立ち去るか、このまま全身を砕かれるか……好きな方をな」


 奴の顔から、徐々に加虐的な笑みが浮かび始める。

 こんなことを言ってるが、多分コイツどっちにしろ蜘蛛は殺すつもりだ。絶対見逃す気ないな。表情がそう言ってる。


「舐メルナ……我トテ数百年生キテキタ……マダ終ワラヌ!」


 凍った足が、突然全て砕けた。目を丸くしているのを見るに、コイツの意図じゃないらしい。


「足を捨てたか」


 奴は舌打ちする。蜘蛛は再びさっきと大体同じ位置に這い出てきた。コイツの言う通り凍った足は捨てたらしく、数が三分の二くらいにまで減り、付け根からは青っぽい血が流れていた。


「…………」


 俺は内心で盛大なため息をついた。人間を捕らえていて疲弊した妖怪。次の展開が見え透いている。


「退魔師ヨ……ソコヲ動クナ……! ソノ妖怪モダ!」

「なんだ」

「変ナ動キヲシテミロ……コノ娘ヲ殺スゾ……!」

「…………」

「動クナ……ソウスレバコイツハ殺サナイ……。ジットシテイロ……」


 蜘蛛はそう言いながら、ジワジワとこちらに近づいてくる。


 ほらな。やっぱりこうなる。今までもこんな光景何度も見てきた。

 全く、吐き気がする。


「おい、どうするんだ貴様。だから人間一人程度見捨てろと」

「お前は黙ってろ」


 俺は霊気を練る。

 鎖越しに敵に霊気を叩き込み、ソイツに流れた霊気を利用する……。隣にいるコイツにもやったように。


 こんな状況には何度も置かれてきた。

 その度、俺はこの術を多用してきた。


「“鎖錨飛翔(さびょうひしょう)”」


 そう唱えると同時に、俺の視界が瞬時に変わる。その先には、冷気をまとうアイツが驚きの表情を浮かべて立っていた。


「ナンダト……⁉︎」


 真下からは蜘蛛のしゃがれ声。

 “鎖錨飛翔”は、流した霊気の位置に瞬間移動する術。今俺がいるのは蜘蛛の背中。距離が離れすぎていると使えないが、この程度なら余裕で範囲内だ。


 俺は糸を引きちぎり、捕らえられていた少女を抱える。


「コノ……退魔師風情ガ……!」


 蜘蛛は足数本を反転させ、背中にいる俺に向けた。その距離は既に目と鼻の先。


「受け取れ、馬鹿妖怪!」

「な……」


 俺は抱えた少女を、奴に向かって投げる。蜘蛛の足が俺を捕らえたのは、その直後だった。


「たわけ! 貴様が捕まっているではないか!」

「いいからちゃんとキャッチしろ!」

「ああ、クソ……!」


 奴が左手を右から振ると、再び風が吹き始めた。だが今まで奴が出したものに比べれば冷気は低く、荒れ狂う激しさもない。


 少女と床が近づいてくる。だがその風が、落下の速度を和らげた。そして少女は風に流されるようにして空中を移動し、やがて緩やかに着地させられた。


「……よし」

「おい貴様! さっさとそんな奴倒してこっち来い! あああ、早くしろたわけぇー!」


 蜘蛛が床に沈んでいく。当然俺を捕らえたままだ。奴は焦りながら、早口にそうまくしたてる。


「……無理っぽい」

「はあ⁉︎ ふざけるなよ貴様!」


 とはいっても、細かい棘の生えた足に捕らえられているんだ。どうしようもない。


 奴は氷柱を出現させ蜘蛛に飛ばした。だがそれが命中する前に、俺の体は床へと沈みきっていた。

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