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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
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第54話「吉城守助」

「ト、トトトトトトトトリアエズ、コココココココレデモノンデオオオオチツイテ……」

「貴様が落ち着け」


 小さな部屋の小さなテーブルの上に、小僧が人数分のお茶を運んできた。中身が何故溢れないのか分からないくらい、声も手もガックガク震えている。座っている私にかかったら許さんぞこいつ。


「さっきも言ったが、私は別に貴様らをどうこうしようと思っていない。やれるなら昨日やってる」

「つまり……殺ろうと思えばいつでも…………」

「だからどうもしないと!」

「ギャアアゴメンナサイ‼︎ どうしてもと言うなら責めて鈴だけはーー‼︎」

「…………」


 最早呆れて言葉も出なかった。碌に会話が出来やしない。

 あの直後、成り行きでこいつの部屋に上がる事になり、事情を適当に説明してやって今に至るのだが。相変わらずこの小僧は腰抜けっぷりを晒し続けるばかりだった。


「何でそんなんで妖怪と関わってしまったんだ」

「……妖怪」


 私の言葉に反応して、一転神妙な顔になる。その視線の先が、てれびを眺めるちみっ子の方へと移った。そいつはさっき小僧が付けていたのと同じものを頭に装着して、映る画面に見入っている。


「妖怪、なのか? 君も……鈴も」

「君じゃない。氷凰だ」

「お、俺は吉城守助。で、ええと……鈴、あの子は四日前うちのベランダにいて……何でかは知らない」

「聞いてないのか?」

「怯えてたから……あんまり思い出させたくないし。そりゃいつか聞かなきゃとは思ってるけど」


 ようやく会話が成立したと、私は内心溜め息をつく。


「そうか。まあ私にはどうでも良いがな」

「ええ……昨日も今日も死ぬ程怖かったのに」

「この腰抜け」

「オオウ……」

「貴様、よく今日普通に登校してきたな。私を敵だと勘違いしたまま、そいつを一匹ここに残して。自分もあんな醜態晒して」

「俺だって行きたくなかったよ! でも鈴が『いつも行ってるなら行かなきゃダメ』って……」

「どれだけ押しが弱いんだ」


 こいつ、幼女相手に言いくるめられたというのか。私の守助への評価陥落が留まるところを知らない。


「いや分かってるよ情けない事くらい! でも俺だって頑張って生きてんの! だからそんな嘲りしかない目で俺を見るのやめてくれ!」

「生きるだけなら小蝿にも出来るぞ?」

「言葉選べよ‼︎」


 眺めているだけでも大概だったが、喋りだすと尚の事ダメだなこいつは。どこをとっても残念な感じがする。


「それで守助、いや小蝿」

「言い直すな‼︎」

「そんな草履の鼻緒が切れただけで焦燥のあまり死にそうなほど根性のない貴様が、何故妖怪を匿い続ける?」

「泣くぞそろそろ! いいのか⁉︎ さっきよりうるさく泣くぞ⁉︎ いやもう泣いてるわチクショウ‼︎」


 守助は机に両拳を叩きつけて項垂れた。とことんダメダメだが、話していて優位に立てる感じは悪くないな。その点においては鱗士よりも優秀だ。


「……見捨てたくないから」

「ん?」

「嫌なんだ……。ああいうのを放っとくの」


 守助は項垂れたまま、少し震えた声でポツリと呟いた。

 よく言う。さっきも今も情けない姿しか見せていない癖に。自分を守る事も出来なさそうな体たらくでどうするつもりなのだ。


「分かってるから言わないでくれ」


 震えていて、強く自分を責め立てるような声。心を読まれた気がして、私は思わず目を見開く。項垂れっぱなしの守助の握り拳に、僅かな力が篭っていた。


「……分かってるなら尚更何故だ」

「…………」


 守助は何も言わない。鈍重な動作で頭を上げたが、目線は下を向いたままだ。ただ机の上をじっと眺め続けたまま、それ以上ぴくりともしなくなってしまった。


 そんな意味のない沈黙が幾ばくか続く。


「言いたくないならそう言えたわけ」

「ゲボォ⁉︎」


 鬱陶しくなって、私は机を蹴り押して守助の腹に減り込ませた。そしてお茶がこぼれた。


「痛ったああああ⁉︎ 人がしんみりしてる時に何すんだよ!」

「貴様の都合なんか知るか。氷柱突き刺して鼻の穴増やすぞ」

「理不尽! てか何その変な脅し」


 何やらケチをつけようとしてきたので、一睨みしたら口を噤んで目を逸らした。


「今のも正直どうでも良い事だ。貴様がどういうつもりだろうと私には関係ないからな」

「じゃあもう何で干渉してきたんだよ……」

「ばうむくーへんのために仕方なくだ」

「え、話が見えない」


 守助は要領を得ないようだが、説明してやる義理はないので放っとこう。残る疑問としては妖怪を見られる条件なのだが、こいつに聞いたところで答えが出るとは思えない。つまり用無しだ。


 鈴とかいうちびっ子はてれびに夢中の様子だ。頭の装置はよく分からんが、夢中になる気持ちは分かる。あれは良い、実に良い。ばうむくーへんと同じくらい素晴らしい。


 それは置いておくとして……。

 直に見て改めて思う。鈴には敵意も悪意もない。確かに妖気は放っているが、人間に干渉出来るかどうかという程度。たったそれだけで、禍々しい気配は皆無だ。ここまで無害と確信出来る妖怪も珍しい。


「とりあえず、あいつは安全とだけ言っておこう。匿いたければ好きにしろ」

「わ、分かった……いや何一つ分からんけど」

「分かれ」

「はい」


 鈴が守助に会うまでに何があったか。問題があるとするとこれだが、私が見張ってるうちは平気だろう。何かしらの追手から逃げてきたのだとしても、私がどうとでも蹴散らせるからな。


 あとは……そうだな。

 鱗士にこの事がバレないかどうか……だな……。


 口元に手を当て考える。黙っていれば大丈夫だとは思うが、その内あいつが直々に調べるとか言い始めるかも知れない。そうなったら何も知らない守助がベラベラ喋って終わりだ。

 となると……やる事は一つだ。


「おい」

「え?」


 身を乗り出し、守助の襟首を引っ掴んで無理矢理顔を寄せた。


「うええええ⁉︎」


 びくついた間抜け面の、情けない間抜けな声。


「今から私が言う事をよく聞け。そして肝に銘じろ。逆らうような事は決して許されない。いいな?」

「え……ななな何が?」

「いいな?」

「ハイ」


 奇天烈な泣き笑いの表情で、守助はこくんと頷いた。

 よしよし、やはり効果覿面だ。こいつみたいな奴に余計な事を言わせない最善の方法……それは脅迫だ。軽く釘を刺してしまえば、こいつは絶対に喋らないだろう。


 しかし、私は加減が嫌いだ。


「今日私を見た事は誰にも話すな。会話した事も他言は許さない。仮に貴様の所に目付きの悪くて生意気極まるガキが何か聞きにきたとしても、絶対に私の事は黙っていろ」

「……それ誰の事言ってんの?」

「いま喋ってるのは私だ」

「ゴメンナサイ」


 一層顔を近づける。互いの額が軽く触れ合った。

 有無を言わせるつもりもない。私が上でこいつが下。それを徹底的に刻み込んでやろう。そして恐怖に慄き身を震わせるがいい。


「訳あって私は人間を殺せないし傷つけられないが、心に一生消えないものを残す程度は簡単に出来る。私の言いたい事が……分かるな?」

「…………」

「返事はどうした。聞いているのか?」

「…………」

「おい……守助?」

「…………」


 何かおかしい。この無言は肯定という訳ではないだろう。どういう事だ。

 くっついていた額を離す。近すぎて気づかなかったが、守助は白目を向いている。首もすわっていないように、あらぬ方向へくたりと傾いてしまった。


「……し、死んでる」


 襟首を掴む手から力が抜ける。守助は力なく机の上に倒れた。

 嘘だろ。いや……嘘だろこいつ。よっわ。戦わずして勝ったの初めてだ。


「あれ、もりすけ寝ちゃった?」

「……そうだな。疲れてたんだろうな」


 鈴はてれびに飽きたのか、こちらを向いて守助の顔を突っつき始めた。低い唸り声が微かに聞こえる。あ、良かった、死んでない。そして本当に頼りない。


「きれいだね」

「?」


 憐憫の眼差しで守助を眺めていると、鈴が私を見てそう言ってきた。きれい……綺麗。言葉を頭の中で反芻する。


「……そんなに、綺麗か?」

「うん! すっごくきれいな目と髪。鈴、水色好き」


 前髪を指で弄る。何でもない風に外の景色を見やるが、口元の緩みを自覚せざるを得なかった。


「フフ、フフフ! そうかそうか。まあ当然の事だが? この私、氷凰こそが美の象徴……そんな事は周知の事実であるし、この世に生きるもの全てが知っていなくてはならない訳だが?」

「へえ〜。知ってなかったらどうなるの?」

「いい質問だ」


 無垢な笑顔で事の真理を突いてきた。こいつ侮れない。


「私が直々に魂にまで刻み込む事になるだろう……来世もその先も忘れる事が出来ないようにな」

「なんか凄いね!」

「そうだろう! やはり貴様には見込みがある」


 気分がいい奴だ。なるほど、守助が匿おうと思うのも無理はない。こんなのが助けを求めていれば、応えようとも考える。私も寛大だから、そう思わなくもなくはなくなくない。ん、今の結局どっちの意味だ? 知らん。


 とりあえず私は立ち上がり、小柄な鈴を見下しながら高々に宣言した。


「とにかく安心しろ。軽く守助の五億倍は頼りになるぞ。何しろ私は氷凰……【無間の六魔】、氷凰なのだから‼︎」

「りくま? ひおう熊なの?」

「【六魔】だ」


 何やら妙な思い違いをされている気がするが、鈴なら遠くないうちに理解する事だろう。私が見込んだ存在だからな。


 その時、室内に聞き慣れない音が響いた。


「何だ?」

「……ハ⁉︎ 命だけは!」


 都合よく目を覚ます守助。しばし茫然とした後、状況を理解したらしい。


「おい、何か鳴ったぞ。あ、また」

「来客? 誰だ」


 守助はいそいそと立ち上がり、玄関の方に歩いていく。

 最近の家は来客が来るとあんな音が鳴るのか。鱗士の家は……特に誰も来た事ないな。


「はーい、どなたです……か……」

「突然失礼、聞きたい事が……いや、やっぱいい。悪いけど少し上がらせてくれ」


 強いて言うなら、虎乃と龍臣くらいしか思い当たらない。しかしあいつらが来た時は、くるまだかの衝撃が大きすぎてよく覚えてない。しかし多分鳴ってなかった。


「ひっ……⁉︎」

「……鈴?」


 小さな悲鳴を上げたかと思うと、鈴は私の腰にしがみ付いてきた。何事かと思ったその瞬間、肩を軽く掴まれる。


「何してんだお前」

「がっ……」


 全身が凍りつく。心臓まで固まったかのような悪寒が私を襲った。


「……何故、貴様がここに?」

「妖気辿ってきた。何か変だと思ったらお前」


 上手く動かない首を少しずつ捻る。そこには肩を叩いた男——鱗士が、ただでさえ悪い目付きを殊更険しくして立っていた。

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