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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第3章「か弱き逃避行」
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第52話「内心」

 空中で腕を組みながら考える。


 焔ヶ坂山の件で美しさに磨きのかかった翼を広げ、特に意味もなく光を反射させてみた。うむ、幻想的で一層美しい。

 しかしこんなにも美しい私の翼は、普通の人間の目に映らない。そもそも私の姿を捉える事すら叶わない。なんて残念な事だ、ただでさえ短い人生を圧倒的に損している。


「…………」


 その筈だ。

 見る事など出来ない筈なのだ。

 あの小僧に、私の姿は見えない筈だったのだ。


 実際、後をつけてる間は私に気づいている素振りなど見せていなかった。霊気も単なる人間のそれだ。当然実体化もしていなかった。

 だというのにあの腑抜け面……。何なんだあいつ、人畜無害そうな顔の癖に何なんだ。確実に私を目に捉えていたぞ。


 しかしやはり見える訳が。いやだが確かに折れ曲がった変な針金投げられたし。待て待て私がうっかり実体化してしまっていた? そんなヘマを私が?


 …………ふむ。


「駄目だ分からん!」


 やめよう、ゴチャゴチャ細かい事考えるのは。私にそういう地味なのは向いてないのだ。鱗士にでも考えさせれば良い事だった、うん。

 そうと決まればさっさと戻るか。ばうむくーへんが私を待っている……フフフ!


 踵を返そうとしたその直後、嫌な予感がよぎり私は翼を止めた。


 そもそも私がこんな使いっ走りを引き受けてやったのは何故か。それは鱗士が報酬を提示してきたからだ。それこそがばうむくーへん。それも、いつもあいつが買い置いてるやつでなく、そこそこ上等なやつを買ってくると言いだしたのだ。

 私は二つ返事で承諾した。全てはばうむくーへんのために。


 しかし尾行がバレたと知られたら、鱗士は素直に報酬を寄越すだろうか。


 ……マズイ。あの捻くれ無愛想の事だ、私の目の前で高級ばうむくーへんを貪り始めてもおかしくない。そんな事になれば、私は屈辱と怒りで奴と心中する羽目になるかもしれん……!


 何となく持ち続けていた針金を投げ捨て、頭を抱えて考える。嫌な汗まで出てきた。

 食べたい。絶対食べたい。あんな糞ガキに食べさせてたまるか。どうする? どうする……⁉︎


 考えたその刹那の間、私は一つの結論に達した。


「良し、黙っとこう!」


 バレないだろ多分。見つからなかった事にして、異常なしとでも言えば何事もなく終わる。名案だなこれは!

 私は早々に頭を抱えるのをやめ、今度こそその場を飛び去った。一緒にいた妖怪に害がなさそうなのは事実だし、何の問題もない。うむ、問題ない問題ない。







 雨が降っていないのはありがたいが、いかんせん蒸し暑い。流れるほどではない汗が皮膚を覆い、着ている服に張り付いてやや不快だ。


 だというのに、俺は普段まず近づかない駅前なんかに、バウムクーヘンなんかを求めてやって来ていた。

 縁がないせいで変に緊張するし、人も多いしで落ち着かない。忙しなく流れていく人混みを見ていると、何となく変な気分にもなる。これで氷凰が素直に言う事を聞くなら安いものだが。


「あー……」


 そんな気分を紛らわそうと、俺は髪を指でガシガシやりながら言葉を探す。

 ……本音を言うと、緊張も落ち着かないのも変な気分も、駅前なんかと関係ないのかもしれない。その本当の理由である、同行人に対する言葉を。


「ありがとな。店、教えてくれて……丁……」

「いいよ気にしなくて! 好きでやってる事だから」


 屈託のない明るい笑顔をこちらに向けながら、丁は俺の隣を歩く。それを直視出来ないで、俺はすぐに視線を逸らしてしまった。

 やっぱ無理。駄目だ、この状況だけで死にそうだ。氷凰を送り出した直後に声かけられて、適当に事情説明して、「いいお店知ってるから一緒に行こう」って返された時の俺の気持ちよ。頭が真っ白になるというのはこういう事なんだなと本気で感じた。


 とりあえず氷凰、まだ戻ってくんな。

 心臓を抑えながら、今はそう願っておく。


「氷凰ちゃんって本当にバウムクーヘン好きなんだね」

「そ、そうだな。何でだろうな」

「間定君は何が好きなの?」

「……俺? ええー……と、天ぷらかな。海老の」


 今のは質問の答えになっていただろうか。声が裏返ったりしていないだろうか。声を発するたびに心配になる。


 ああ、こういう時の落ち着き方、誰かに聞いときゃよかった。龍臣あたりならこないだ聞けたのに……いやでも虎乃も一緒にいたな。じゃあ無理だ。


「おいしいよね天ぷら! 私はかぼちゃのが甘くて好きかな」

「ん、まあ……それも好き」


 落ち着け俺、多分おかしな会話にはなってない。取り乱さずに喋れば大丈夫だ……!


「丁は……?」

「?」

「ええと……好きな食べ物」

「ああ! 一番は桃かな。甘いしいい匂いするし」


 よし! いや聞き方下手くそで微妙によしじゃないが、何とか俺の方から話ふれた……!  桃好きなのか丁。

 そういえばと、俺はさっき買ったバウムクーヘンの入った紙袋を持ち上げる。その真ん中には、デカデカと桃の絵が描かれていた。店の看板に桃の果汁がどうこう、と書かれていた事も思い出す。


 なるほど、それで。


「だからあの店好きなのか」

「あはは……まあね」


 少し恥ずかしそうに笑う丁。新鮮な表情が矢となり、俺の胸を貫いた。全身を駆け巡る稲妻。ほんの一瞬体が強張る。


 危ねえ……心臓止まるかと思った。これで死んだら、来世も氷凰に恨まれるところだ。

 一旦深呼吸して落ち着きたいところだが、唐突にそんな事したら変な目で見られそうだからやめとこう。通行人ならまだしも、丁にそんな対応されたら本気で凹む。


 ……俺はつくづくこういう事になるとヘタレだな。なんて手の自虐にも慣れ始めたものだと実感しながら、俺は丁と帰路を歩き続けた。


「…………」


 ずっと前から抱き続ける疑問が、ふと頭の中に浮かんできた。


 丁は当たり前のように話しかけてきて、当たり前のように一緒に行動してくれる。俺なんかと一緒にだ。

 嫌なんかじゃない。恥ずかしくて言えたもんじゃないが、むしろ嬉しい。師匠が死んだあの日、あの言葉をかけてくれた事には、感謝してもしきれない。


 だが、俺の疑問はそれ以前にあった。何故丁は、執拗に俺と関わろうとしたのだろう。

 お人好しなのはそうにしても、それだけであの時の俺に声をかけ続けるものか? 今の俺に自覚出来るくらい、愛想なしの嫌な奴だぞ?


 丁は、何を考えているのだろう。

 俺の事を……どう思っているのだろう。


「間定君?」

「!」


 考えながら飛ばしていた視線が、丁のそれとかち合った。相変わらず、眼鏡越しにも分かるほど透き通っていて丸い大きな目。心音で鼓膜が震えた。


「…………」


 普段ならすぐに逸らしてしまうのだが、この時の俺は少し違った。


「……あのさ」


 あんな事を考えていた直後だからだろうか。勝手に口が動きだす。


 聞いていいのか?

 いや駄目な気がする。丁の答え次第で、俺の気持ちの結末までこの場で決まってしまう気がする。


「?」

「丁は」


 今すぐに口を手で覆ってしまいたい……が、何故か体は動こうとしない。


 顔がメチャクチャ熱くなってきた。ヤバイ、自分が冷静じゃないってはっきり分かる。聞くのが怖い、けど……答えを知りたい自分が競り勝っちまってる——


「お……」

「お、いたいた。探したぞ」


 ……顔から伝播していた熱が、瞬く間に消え失せていく。心の昂ぶりも一瞬で冷めた。

 俺は心底うんざりした態度を隠す素振りも見せず、声のした背後に首だけで振り返った。角度的には、声の主——氷凰を斜めに睨むような形だ。


「……チッ」

「は? 貴さ、え?」

「ああ、うん。何お前? 何でいんの?」

「何でも何も……貴様があの小僧の様子を見てこいと……」

「俺そんな事言ったっけ?」

「いや言っただろう、おかしいぞ貴様。何だその睨み方……人間の目じゃないぞ」

「へえ。てか何でいんの?」

「おい由于夏⁉︎ どうしたんだこいつ、いつも以上に無礼になってるぞ⁉︎」


 訳が分からないと喚く氷凰。ここまで困惑するコイツも珍しいなと、凪ぎに凪いだ頭で冷静に分析する。

 こういう心持ちの事なんて言うんだっけ? この前読んだラノベに書いてあった気が……。


 えーと……賢者タイムだっけ。

 違う気もするけどまあいいか、どうでも。


「ハア〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

「止めろ! 私の顔見ながら溜め息つくな!」

「え、えーと、とりあえず喧嘩はやめよ?」


 氷凰はともかく、丁を困らせたくはない。俺は氷凰をもうひと睨みしてから丁に向き直る。


「悪い、何でもないんだ。この後コイツと話す事あるからこれで。店教えてくれて本当ありがとな」

「そっか……よく分かんないけど頑張ってね?」


 丁は何となく納得した様子で、笑いながら親指を立てた。因みに最近気づいたが、このサムズアップは丁の癖らしい。


 そんなこんなで丁と別れ、隣を歩くのが氷凰に変わった。落差が凄いったらない。


「……マジで空気読めよ」

「ぐちぐち喧しいな。どうせあの後も進展なんざなかっただろうに」

「憶測でものを語んな。俺そこそこの事言おうとしたぞ⁉︎」

「でも告白じゃないだろ?」

「ぐ……」


 それはまあ、そうだが……。近からず遠からずって事にはならねえか? ……ならねえな。


「この話はもう俺の負けでいいけど……で、結局どうだったんだよ」

「貴様から吹っ掛けた癖に」

「分かった、悪かったよ。だから教えてくれ」


 潔く引いて話を促す。今大事なのは、俺の事情より男子生徒の妖気の方だ。


「まあ、あの小僧は大丈夫だろうと思うぞ。妖怪は一緒にいたがどう見ても雑魚だった。悪影響はないだろう」


 氷凰は特に関心なさげにそう言う。しかし決めつけるのは早計だ。何日も付きまとわれて何らかの影響が出る、なんてパターンもあるし、ただ見ただけではまだ何とも言えない。

 実際、俺も昔そういう目に遭った事がある。その手の奴に限って特に面倒なものも多い。


「ほれ、もういいだろ? さっさとばうむくーへんを寄越せ」

「……なあ、明日からもしばらく様子見てくれ」

「は?」

「俺がやるよりその方が都合いいだろ。姿消してりゃ、あの男子からはお前見えてない訳だし」

「いや……」

「?」


 何とも言えない表情で、バウムクーヘンを受け取る姿勢のまま固まる氷凰。違和感を覚えるなというのは無理な話だった。


「……お前、なんか隠してる?」

「イヤ、何も?」

「…………」

「な、何でもない! 分かったやれば良いんだな! だが明日もばうむくーへん寄越せよ⁉︎」


 乱暴に紙袋をふんだくり、氷凰は俺の前を歩いていった。さっきまでより明らかに歩幅が大きい。


 大丈夫か……コイツ?

 不安になってきた。







 その頃。


「…………ッ」

「もりすけ、お腹すいた」

「ゴメンね⁉︎ もうちょっとしたら俺も落ち着くと思うから待ってて‼︎ すぐ焼きそば用意するから‼︎」


 守助は何もいないベランダを睨みながら、武器(リモコン)を構え続けていた。

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