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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第4話「大蜘蛛①-校内にて-」

 寒い。ここはどこだ? 

 俺は周囲を見渡したが、暗闇が広がるばかりでなにもない。ただ俺がいるだけだ。


 変な場所だな。地面に立っているという感覚すらなく、無重力の空間を漂ってるような気分だ。宇宙に行ったことなどないので、この例えが正しいのかどうかは分からないが。


 それにしても寒い。俺は腕をすり合わせながら寒さに耐える。だがその温度に慣れるどころか、どんどん寒さが強くなっていく。


 おかしい……今の状況もただでさえおかしいが、この寒さは尋常じゃない。遂に歯がカチカチと音を立て始め、皮膚が凍りついていくような感覚が俺を襲う。


「……さっぶ‼︎」


 あまりのことに、俺は身を乗り出した。同時に暗闇の世界は消滅し、見慣れた部屋がぼやけた視界に映る。


「夢か。……あ?」


 目が慣れてくるにつれ、部屋の異常な状況に気づき始めた。夢の中でも、目を覚ました今も凍えるほど寒いその理由に。

 辺り一面、氷漬けになっている。

 そのサマは正に、巨大な冷凍庫状態だった。


……こんなことができる奴はアイツしかいない。


「あんのバカ妖怪‼︎」


 俺は飛び起き、廊下を猛ダッシュで駆け抜けた。未だかつてない速度で居間に到達。卓袱台の前に座る、水色の髪の少女を目線の先に捉える。

 そして寸分の狂いなく正確に。かつ無駄なく迅速な動きをもって、奴の顔面に回し蹴りをぶちかました。


「なにしてくれてんだァ!」

「うぎっ⁉︎」


 奴は耳に毒な奇声を吐き、仰向けにぶっ倒れる。コイツの対面に座っていた師匠は、驚愕の表情を貼りつけて固まっていた。


「な、何事だ鱗士⁉︎」

「俺の部屋凍らせたのお前だろ! 凍死するかと思ったわ‼︎」


 俺が糾弾すると、奴は顔を押さえながらプルプルと体を起こす。目に涙を浮かべて鼻血を垂らしながらも、俺に対して挑発的な笑みを浮かべた。


「ざ、残念だ……。死なれるのも命令されるのも癪だったんで、とりあえず殺さず冷凍保存してやろうと思ったんだが……失敗だったか。う……痛ぁ…………」

「蹴りメチャメチャ効いてるじゃねえか」


 コイツが俺の前に現れてから一日経過。その朝は最悪の目覚めだった。







 授業が耳に入らない。いつも熱心に聞いちゃいないが、今日は特にだ。というのも、奴についてまた不可解なことに気づいたからだ。俺のこととも言い換えられる。


 俺の左目の下の痣は、どういうわけか妖気に反応して疼く。それも妖気が強ければ強いほど、疼きは大きくなる。現に昨日一日中、アイツが近くにいるせいで疼きっぱなしで、落ち着かないことこの上なかった。


 なのに、今朝からその疼きがパタリと止んだ。気づいたのは奴に回し蹴りをかました直後。奴が目の前にいるのに、俺の痣は平時通り静かな状態だったのだ。


 疼く感覚はかなり気持ち悪いものなので、常時疼きっぱなしという事態にならずに済むのはいい。しかし、これで奴の監視が難しくなった。疼いていれば近くにいる、疼いていなければ遠くに……という判断がつかない。今は師匠が見張ってるから安心とはいえ、仕事で外すこともある。そうなったら奴に監視の目がなくなる。


 自由に動いて、それこそ俺の近くにいても気づかないなんてことも……。そう思いながらふと窓の方を眺めたとき。


 俺の指からシャーペンがスルリと抜け落ちた。


「…………」


 俺の席は一番窓際の列なので、なんの障害物もなく窓が見える。窓の向こうには大きな木がある。

 その木から伸びる枝の上に、なぜか奴が座っていた。水色の髪をなびかせ、明らかに俺がここにいることに気づいている。


「な……」


 奴を見つけた瞬間、恐らく俺は間抜けな顔をしたのだろう。奴は俺を見ながら馬鹿にするように笑った。


「ッ!」

「……間定?」


 椅子から音を立てて勢いよく立ち上がった俺に、教師は怪訝な声を上げる。クラスメイトたちも奇異な目で俺を見る。だがそんなことどうでもいい。


「…………」

「オイ、どこ行くんだ⁉︎」


 声を荒げる教師をよそに、俺は教室を無言で立ち去った。廊下を歩く足は徐々に足早になり、最終的に全速力で走り出す。階段を駆け下り、校舎を出て回り込み、あの木の方へと向かった。


 一年の教室は二回。その方向を見上げる。


「ようクソガキ。なにをそんなに慌てている?」

「テメエ……」


 奴は俺を見下ろし、なおもニヤニヤと腹立たしい表情を浮かべていた。それと今気づいたが、鼻にティッシュを詰めている。


「なんで勝手に出歩いて、しかも学校にいんだよ」

「勝手にではない。ちゃんと景生に許可は取ってきた」


 景生って。なにを師匠のこと名前で呼んでんだ。


「……本当だろうな」

「ん」


 奴は木から飛び降り、俺の顔の前に紙切れを突き出してきた。そこには達筆な字でなにやら書いてある。


「『暇だと言うんで外出の許可をやった。一般人に危害を加えず、鱗士の目の届く範囲という条件つきで』……」


 さらに下の余白には、ご丁寧に家からこの学校までの地図が描かれている。これは確かに、師匠の字だ。


「マジかよ……。なに考えてんだ師匠」

「知らんしどうでもいい。それより貴様のさっきの顔……フフ、傑作だな!」


 奴は紙を上着のポケットにしまい、改めて俺を馬鹿にし出した。クソ、腹立つ……。

 師匠も師匠だ。尊敬してるが、流石にこの判断はどうなんだと思う。小一時間問い詰めたい。なにかあったらどうする気だったんだ。


……だが、今頃そんなことを思ってもどうにもならない。目の前に諸悪の根源がいるのだから。


「ったく……。まあ来たもんはしょうがない。いいか、絶対人前に出るなよ。ずっと姿隠してろ」

「既にやってる。この場じゃ貴様以外に私の姿は見えん」

「それと、もし誰かに危害加えてみろ。分かってんだろうな」

「……分かっている。術が解けない間は、大人しくしておいてやる」


 奴が舌打ちしながらそう言うと同時に、授業終了を告げるチャイムが鳴った。ああ、そういや俺授業中に飛び出したんだった。


「何の音だ?」

「お前にゃ関係ない」

「む……」


 俺は踵を返し、来た道を戻っていく。奴は眉を少し上げ、口をへの字にしながらついてきた。


「待て貴様、なんなんだその言い方は」

「うるせえな。お前こそ俺や師匠になにも教えちゃくれないだろ」

「……昨日から思っていたが、私を『お前』呼ばわりとはどういう了見だ。それと、バ……『バカ妖怪』とも呼んだな? あれやめろ。私は大妖怪、氷凰だぞ」


 奴は不満な様子でそう言う。よほど不服なのか、バカ妖怪の部分でどもった。


「それ言うと、俺も碌な呼ばれ方してないぞ。なんだよ『クソガキ』って。俺は間定鱗士だ、覚えとけバカ妖怪」

「バ……また言ったな貴様! 誰が貴様の名など呼ぶかこのクソガキ!」

「あっそ。じゃあお互い様だな」

「うぐぐ……くそぉ! 術さえ解ければ貴様如き! うがあああ!」


 苛立ちが頂点に達したらしく、奴は喚きながら頭を掻きむしりだした。


 コイツの言う通り、“結命鎖縛”が解ければ俺は為す術なく殺されるだろう。けど口喧嘩では負ける気が一切しないな。振る舞いもアレだし。


「ところで、いつまでティッシュ詰めてんだ。もう鼻血止まってるだろ」

「うるさいな……。これは貴様のせいだろうが。こんか美麗な女の顔を思い切り蹴りおって」

「とか言って、本当はそんな見た目じゃないだろお前。妖怪が人に化けるなんて珍しくもない。てか元はと言えばお前が俺の部屋凍らせたからだろ。自業自得だ」

「……口が減らないな貴様は」

「言い負かされたからって悪態つくなよ」

「なんだと貴様!」


 奴はティッシュを鼻から抜きながら、俺との口論を続けた。


 やっぱりコイツ相手だと調子が狂う。いつもはここまで誰かに食ってかかったりしないのに。コイツになにか言われると、なぜか黙ってられなくなる。

 多分、よっぽど相性が悪いんだろうな。そうに違いない。


 教室に続く廊下を歩く。まだ一限目が終わっただけか……。しかも次からは余計なのもついてるし。ああ、面倒くさい。


「あの、間定君」


 内心で頭を抱えていると、鉢合わせた女子生徒が声をかけてきた。黒髪を左側でサイドテールにし、眼鏡をかけたその少女は、俺の前に立ってなにやら言いたげにしている。


「なにか? というか誰?」

「う……同じクラスの丁由于夏(ひのとゆうか)だけど。ええと、さっきいきなり教室出てったからどうしたのかなって」

「ああ……別にただのトイレだけど」

「いや、でも先生になにも言わずって言うのはちょっと」

「不快にさせたんなら謝る。じゃ」

「え……」


 女子生徒はまだなにか言おうとしたが、俺が通り過ぎて振り向くそぶりを見せなかったので諦めたらしい。足跡が遠くなっていく。


「なんだ貴様。随分と淡白だな」

「うるせえ」


 俺は教室に入り、自分の席に座って頬杖をついた。奴はその横に立ち、俺を無言で見つめている。


「なんだよ」

「別に」


 普通に声を出すと傍目からは独り言になるので、俺は声のボリュームを落とす。奴は俺から目を逸らし、しかめっ面で言い返した。珍しく、その後は口論に発展しなかった。







「はあ……」


 少女は廊下の真ん中で、一人ため息をついた。ある試みを始めてから約一週間が経過したが、一向に成果が実らない。


「何であんなに無愛想なんだろ」


 周囲に聞こえないよう、小声で愚痴をこぼす。試みの対象の、ある少年に対してのものだ。

 彼女の目から見て、その人物は明らかにクラスで浮いた存在だった。無愛想で、他人に関心があるように見えない。周囲を拒絶しているように感じていた。彼にわざわざ話しかけようとするのも、今や彼女の他に誰もいない。


 極めつけに、さっきの奇行。彼の孤立は確定的だった。愚痴もこぼしたくなるというものだ。あと、名前すら覚えられてなかったことも個人的にダメージが大きかった。


 だが愚痴ったところで試みが成功するわけではない。少女は振り返り、教室に戻ろうとし——


「え」


 誰の目に触れることもなく、床の中に一瞬で消え去った。

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