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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第2章「焔ヶ坂山険道中」
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第42話「託された意志、語られる意志」

 何故師匠は、俺たちにここへ来るよう言い残したのか。長に会えと言ったのか……。何故、【六魔】と知り合いなのか。


 その答えが、もうすぐ分かる。


「師匠とは……。導木景生とは、どういう関係だった?」


 他にも聞くべき事はあった。言うべき事はあった。だが俺は、真っ先にこれを聞かずにはいられなかった。


「……二十年ほど前だったか。三人の若い退魔師が、こんな所に現れたのは」

「拙者も覚えております。ここに余所者が訪れるなど、初めての事でありましたからな」


 煉鮫と車骨は、懐かしそうに言葉を連ねた。俺の知る良しのない過去を、思い出しながら。


「彼らはいい腕をしていた。三人とも方向性は違ったが、歳を疑うほどに優れた退魔師だった」

「……師匠」


 俺の呟きに、煉鮫は軽く頷く。

 三人の若い退魔師。俺には既に、誰なのか分かっていた。


 恐らく、全員が俺の知る人物。

 そのうち一人が、師匠。


「彼らは私に聞いた。『それ(・・)を何に利用するつもりだ』と」

「それ?」

「ああ。彼らは『それ』を探していたんだ。下手をすれば、この世を滅ぼしかねない『それ』を」


 煉鮫の言う『それ』からは、尋常じゃない闇を感じた。この世の何より忌避すべき。本来なら、言葉にするのも憚られる。


 並々ならぬ嫌悪を込めて呼ばれる『それ』。

 正体が何なのか、今の俺には想像に難くなかった。


「ここに……黒禍があるのか」

「君も優秀だな。流石はあの男の弟子だ」


 点と点が繋がってゆく。

 黒禍を奪われたと伝えろと、師匠が言った事。

 目的地が、【憎】による襲撃を受けていた事。


 俺の中の辻褄が合い始める。


「でも師匠たちはその時、黒禍を取りに来たんだよな? なら何でまだ、ここに黒禍が」

「君はどうやってこの山に入った?」


 柿の種を一口摘んで、煉鮫は俺に問いかける。


 焔ヶ坂山に入るには、あの大木に認められる必要があると車骨に聞いた。どういった定義で『認められる』とされるのかは分からないが……。


 普通に考えて、山に害をもたらすつもりの奴が認められるだろうか?


「師匠たちも、大木に認められた」

「ああ。彼らが敵ではない事は、それですぐに分かった。我らが封印してある黒禍を、悪用するために来たのではないと」


 煉鮫も……ひいては焔ヶ坂山も、師匠と同じだったのか。大袈裟かもしれないが、両方とも世界を守るという意志は同じだった。


「であれば、必要なのは戦いではなく対話だ。私と彼らは、互いに全てを話した。そして、互いに託し合った」

「…………」

「二度と黒禍を復活させない……その意志を共有した。互いに危機が訪れた時は助け合おうと」


 煉鮫は少し視線を落とす。悼むような表情で、肩を硬ばらせる。


「残念だ。あの男はもう、この世にいないのか……。あれ以降は会う事もなかったが、それでも……。すまない。助け合おうなどと言っておきながら、私は彼に何もしてやれず仕舞いだ」

「アンタが謝る事なんてない。師匠だって、絶対にアンタを恨んじゃいない」


 断言出来る。師匠は死に際に、煉鮫を恨んでいなかった。


 俺がそう言ったところで、気休め程度にしかならないだろう。それでも言っておきたかった。


「……君は、他の二人の事も知っているのか?」

「ああ。二人ともピンピンしてる」

「そうか。……間定鱗士、君に会えて良かった。よくここまで来てくれた」


 そう言って、煉鮫は優しげに笑った。


 霧が晴れてゆくように清々しい。

 昔の俺は信じないだろうな。話していて、こんなに落ち着く妖怪がいるなんて。


「君はいい目をしている。それだけで、導木景生がどんな男だったのか……容易く浮かんでくる。いい師に恵まれ、君もそれに応えているんだな」

「……俺はまだまだだよ」


 嬉しかった。こんな大物に師匠が認められ、一目置かれている事が誇らしい。つい目頭が熱くなる。


「俺の方こそ思う。来て良かった」


 でも泣かない。そう簡単に涙は流さない。俺は堪えながら、煉鮫と目を合わせた。


 まだ話は終わっていない。


「煉鮫、俺は一人で来た訳じゃないんだ。あと二人と一匹で……」

「車骨から聞いている。その件なら我々に任せてくれ」

「うむ。既に偵察隊を一帯に派遣してある。鱗士殿はその間に休んでおくと良い」


 俺が客間で暇を持て余してる間に……。

 何だこの二人、頼もしすぎる。


「……時に鱗士殿。詳しく聞いておらんかったが……今の言い方だと、連れのうち一人は妖怪だったのか?」

「あ、言ってなかったか」


 あの時は結構掻い摘んで説明した。要点だけ伝われば良かったし、少し避けていた部分もある。

 味方に【無間の六魔】がいると聞いて、ちゃんと信じてくれるのか不安だった。


 けど今思えば、そんな考えは失礼でしかない。

 隠す事など、何もない。


「ソイツの名は氷凰。……知ってるよな」

「……⁉︎」


 煉鮫の細い目が見開かれる。

 隠しきれない動揺を、顔中に走らせている。


 背筋に不安が走った。


「本当なのか……⁉︎ アイツが、君と?」

「あ、ああ。でも大丈夫だ! 今のアイツは敵じゃない」


 今にも立ち上がりそうな煉鮫。萎縮しかけつつも俺は宥める。


「すまない、君の事は信じている。君が敵じゃないと言うのならそうなのだろう。ただ……」

「……アイツ、百年前はそんなにヤバイ奴だったのか?」


 緊迫した面持ちで、煉鮫は俺を見据える。


「こう言っては何だが……殺意を持つ災害のようだった。氷凰が誰かと組むという光景が、わたしにはどうしても浮かばない」


 生唾を飲む。

 同じ【六魔】にそんな例えられ方をする、かつての氷凰。想像すら出来なかった。







 この私を称えるが如く、辺りの空気に光が反射している。かつて私が少し暴れた時も、頻繁にこのような光景が広がっていたような気がするが、よく覚えていない。


 ただ、こんなに狭い範囲ではなかった。光ももっと眩かった。やはりまだ本気を出す事は出来ないらしい。


 そこは癪だが……まあ良いだろう。

 この清々しい光景を前にすれば、そう思える。


「気分はどうだ? 私は上々だ」

「…………ッッ」


 返事は返ってこない。

 返せる筈もない。


 全身を氷柱に貫かれ、凍りつき、手足の砕けた狐娘には、口を開いて悪態をつく事すらも許されていなかった。


 代わりに、殺気を眼光に込めてぶつけてくる。普段なら迷わずその頭を踏み砕いてやるが、今の私は寛容だ。それくらいしかやれる事がないのだから、好きなだけ睨むと良い。その眼球にすら霜が走っていて、尚の事滑稽だ。


「ありがたく思え、生かしておいてやる。利用価値もあるらしいしな」


 指をさして見下してから、翼を翻して虎乃たちの方へ向かった。


「こっちは粗方済んだぞ。虎乃の様子はどうだ」

「……良くはないな。もう意識がない。霊気も弱ってる……」


 目を閉じている虎乃の呼吸は荒く、顔色もまるで死人のようだ。傷は龍臣の応急処置でどうにかなっているが、既に血を多く失っていただろう。その上狐娘の毒まで食らっている。


 確かに良くない。

 普通の人間なら、とっくに死んでいてもおかしくないほどだ。


「解毒は出来ないのか?」

「性質が分からなきゃどうにもならない! 今も分析は続けてるけど、間に合うかどうか……」


 龍臣は歯を軋ませて、地面に拳を叩きつける。


 つられて手に力が入る。焦燥に駆られたその表情に、私までもが波立てられた。


 ……調子が狂う。せっかく少しだけ力を取り戻したというのに。一度湧き出した不安感が止まらなくなる。


「虎乃貴様! あんな奴に負けて死ぬなど許さんぞ!

 私に噛み付いた退魔師が、こんな所で!」

「…………死なないわよ」


 掠れた返答が、背後より聞こえた。

 寒さに震えた情けない声。


 半ばうんざりしながら振り返る。しぶとさだけは脅威だと思ってはいたが……ほどってものがあるだろう。


「喋れたのか、狐娘。厠の汚れのようにしつこいな」

「フ……フフフ。何にだってなってやるわよ。汚れだろうがゴキブリだろうが」


 凍って砕けた手足の断面が、じんわりと赤く滲み始める。凍りついた肌には、俄かに温かみが蘇りつつある。


 狂った笑顔が、再び浮かび上がっていた。


「私は諦めない……絶対に死なない。あの方(・・・)が悲願を叶えてくれるその時まで……!」

「何だ、結局は他人頼みか? 貴様の方こそ、所詮はその程度ではないか」


 狐娘は牙を剥いて笑う。

 陰る事なく、殺気を飛ばし続ける。


「……お前の恨みは大したものだった。私とした事が、見誤ったわね。まさか自分への恨みだなんて」

「今更だな、たわけ」

「お前も虎乃も、一度あの方に会えばいいのよ。そうすれば、きっと気が変わるのに……」


 こいつ、急に何を喋ってる?

 考えが変わるだの何だの、関係のない事を。殺し合いをした相手を勧誘か? どういう神経をしていればそうなる。


 その魂胆を暴いたのは、龍臣だった。


「ッ! 氷凰、奴の妖気の様子がおかしい! 何か企んでるぞ!」

「……なるほど、時間稼ぎか」


 姑息な奴め。目覚めたばかりの頃、その手にまんまと嵌められたが……この私が二度も同じヘマをしでかすか!


 氷柱を生み出し、狐娘へと片っ端に撃ち出した。半凍りの地面もろとも、その体を穿ち続ける。


「あの方の存在は、私みたいなのにとっては神も同然……。お前たちにも、きっとそう映る筈よ」

「……!」


 抉る騒音が響いてもなお、狐娘の声がよく通った。

 平然と喋り続けている。何度も急所を撃ち抜かれても、凍った肉片を飛び散らせようとも。


 奴の目は、黒い輝きを霞ませない。


「クソッ!」


 氷柱を暴風に乗せ、殺傷力を上げて放つ。腹立たしい事に、焦りに駆られて力任せになっていた。


「私の事が必要だと言ってくださった……。能力だけって意味でも構わない。私の望む世界を作ってくれるんだから!」

「やかましいッ‼︎ さっさと死ね!」


 手足の断面を覆っていた氷が、ヒビとともに砕け散った。迫っていた氷柱を、蛙のように跳ねて躱される。


 迫る氷柱が命中するまでの、一瞬の間だけで。手足が完全に再生していた。


「フフフ。喋って時間稼がなくたって、お釣りが来たかもしれないわね」

「貴様……ッ!」


 まだ所々が凍っているが、あの状態から五体満足にまで……! やはり殺した方が良かったのではないか⁉︎ ああくそ、そんな言い訳まで浮かんでしまう。


「私じゃお前には勝てないみたいね。本来そうあるべきなんでしょうけど」


 妖気が、私にも分かるほど荒立ち始める。血生臭い妖気が充満する。


「させるか!」


 何かされる前に、今度こそ殺す。

 氷柱では無理だ。芯まで凍らせて砕く。


 冷気を右手に詰め込む。限界まで凝縮する。

 今なら、以前とは比較にならない威力を出せるに違いない。奴といえど、再生などさせない。


「……それじゃあね」

「⁉︎」


 だが、それは叶わなかった。

 命中させる事が、出来なかった。


 吹雪を放つ寸前。

 黒い穴のようなものに飲まれ、狐娘は姿を消した。

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