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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第3話「一人と一匹は出会う③-鱗士と氷凰-」

「ほう……百年も経てば随分と様変わりするものだな……へえ」

「うるせえなさっきから」

「おい、ここらの家はなにでできてる? 木やレンガじゃないのか? それにこの地面はなんだ? やけに硬いし変な色だな」

「聞けよ」


 家に戻る道中、コイツは見るもの全てを珍しがり、俺に絶え間なく質問をぶつけてきた。ブレザー借りるのはあんなに嫌がったくせに。


 因みにブレザーの件だが、俺が「もしお前が着なきゃ、俺は周囲からの視線の恥辱に耐えられず死ぬ」という意味不明な脅しをかけた結果、奴は屈辱的な表情を浮かべてブツブツ言いながらも折れた。現在は大人しくブレザーを羽織っている。

 サイズが合わず、袖がだぶっているが。


「……お前本当に【無間の六魔】か? いくら強いっつってもそうは見えないな」

「なに⁉︎ 貴様まだ私をコケにする気か!」

「こういう話は聞くのか」


 変な奴だ。確かに強い、それは認める。俺じゃ太刀打ちできないくらいに。

 だが言動がそれを感じさせないというか。さっきは少しゾッとする場面もあったが、今はそれとはかけ離れてる。


「貴様も退魔師なら妖怪のことくらい調べておけ! 百年前とはいえ、私は人間共に恐れられた大妖怪だぞ。ほら、もっと慄け」

「随分誇らしげに言うけど、お前封印されてただろ」

「うぐ……」


 奴は簡単に言い負かされ、ゴニョゴニョと口ごもって俺から視線を逸らす。ほら、こういうところだ。一介の退魔師に言い負かされる大妖怪がいていいのか。


「まあいい。どうせすぐ真偽は分かる」

「ん? ああ、そういえば師匠がどうのと言っていたな」


 正直、足取りは重い。学校行かずに帰って来たことはいい。妖怪絡みなら大目に見られるだろう。問題は“結命鎖縛”を使ったことだ……。

 今は見えないようにしてあるが、俺とコイツの命は霊気の鎖で繋がっている。これを師匠が知れば、確実に色々言われるだろう。


「はあ……」

「おい、貴様の師匠ってどんな奴だ?」

「あ? なんでそんなこと聞くんだよ」

「いや。貴様が妙に浮かない顔をしている理由に、もしやあそこで仁王立ちしながらこちらを睨んでいる大男が関係あるのではないかと思ってな」

「……は?」


 奴はニヤつきながら前方を指差している。その方向へ慌てて振り向いた。


 そこには仁王立ちしながらこちらを睨んでいる大男が……。汗が滝のように流れ始める。


「強い妖力を感じたと思っていれば。早い帰りだな鱗士」

「た、ただいま……」


 俺のか細く情けない声が琴線に触れたのか、奴は隣で顔を伏せ、口を押さえて震えていた。







 蛇に睨まれた蛙とは、こういう気分なんだなと痛感していた。俺は卓袱台の前に正座させられ、その対面には腕組みした師匠が胡座をかいている。その眼光たるや、どこぞの大妖怪など比べ物にならないほど鋭い。今にも睨み殺されそうだ。


「なるほど、【無間の六魔】……。そんなものがお前の目の前に」

「俺だって半信半疑だ。でもアイツは本当にそこらの妖怪とは別格だった。現に痣の疼きが全然治まらない」

「それで、仕方なく“結命鎖縛”を使ったと?」

「……ああ」


 師匠の眉間に一層深い皺が刻まれる。腕組みを解き、右手で頭を掻き始めた。


 やっぱり、よく思われるわけはないか。なに言われてもされてもいいよう、いい加減覚悟決めるか……。


「鱗士、お前の判断悪くはない」

「え」


 気合いを入れるため自分の頰でも叩こうかと両手を上げたとき、師匠の口から意外な言葉がかけられた。


「あの少女が【無間の六魔】というのが事実なら、野放しにすることは絶対に許されない。倒せないと即座に判断し、首輪をかけるというのはいい発想だ」


 呆気に取られる俺をよそに、「しかし」と師匠は続ける。


「いつも言ってるだろう……鱗士。『自分を大切にしろ』と……」

「…………」

「自分じゃ感じてないかもしれんがな、お前を思う人も必ずいるんだぞ。その人のことも考えろ」

「…………」


 知ってる。師匠はよく俺にそう言うからな。何回も聞いたから、師匠の言わんとすることは分かってるつもりだ。


 でも。俺自身はそう思わないってこと、師匠もよく知ってるはずだ。何回同じこと言われたって、かつて刷り込まれた価値観はそうそう変わらない。


 そう反論しようにも、その後の光景が目に見えて分かるので俺は黙った。意見の言い合いになるだけで、お互い全く譲る気がない。結局毎回、ただただ喉が疲れるだけで時間の無駄だ。


 この話題を打ち切ろうと、俺は別の話を振った。


「アイツは?」

「……うちにあった服を渡して、とりあえず着替えて来るよう言ったが」

「素直に受け取ったのか?」

「ああ。それがどうした」

「別に……」


 あの野郎……。

 俺のブレザーはそんなに不服だったのかよ。


「ホント可愛くないなアイツ」

「なにを言うたわけ。私ほど容姿端麗な美女が他にいるか」


 襖を乱暴に開きながら、奴は俺に反論してきた。不満げな表情で、ズカズカと俺の前に歩いてくる。


「もっと静かに開けろよ」

「だから私に命令するな」

「礼儀をわきまえろバカ妖怪」

「黙れ、その口凍らせるぞクソガキ」


 俺と奴は睨み合う。視線をぶつけて火花を散らす俺たちに、師匠が割って入った。


「まあ落ち着け。ふむ、よく見ればなるほど確かに美少女だ。間に合わせの服だが着こなせている」

「フッ。当然だろう」

「褒めんな師匠。コイツ調子に乗るから」


 奴は案の定というか、髪をかき上げドヤ顔を晒す。

 その服装はみすぼらしいボロ布から一転しており、白い無地のシャツの上からベージュのパーカーを羽織っている。だがやはりサイズが合わないのか、袖をだぶらせていた。そして、赤地で縁に白いラインの入ったプリーツスカートを、膝より少し上の丈で履いている。

 確かに適当に見繕ったにしてはまとまっていた。


「にしても、よく女物の服が一式あったな」

「アイツが勝手に置いてったんだ。いつ泊まりに来るか分からんからとか言ってな」

「なるほど」


 あの人ならやりかねない。マジでなんだってやるからな。


「それよりもだ。お前さんには話してもらいたいことが山ほどある。【無間の六魔】が一匹とやら」

「……何だ、貴様も私を疑うのか?」


 奴はドヤ顔を引っ込め、今度は師匠を睨み始めた。師匠も師匠でそれに怯む気配を見せず、その鋭い眼光を奴に向けている。


「そうじゃない。だが【六魔】の情報というのは少なくてな」

「そうなのか?」


 それは初耳だった。俺は普段資料なんかは読まない方だし、昔のことに興味もなかったから、師匠から聞いた知識程度なのだが。


「ああ、正確な能力などはイマイチ知られていない。なんせ現れてから鳴りを潜めるまでの期間が、恐ろしく短かったからな」

「へえ……」


 癪だが、コイツはとんでもなく強い。目覚めたばかりの本調子じゃない状態で、俺は手も足も出なかった。別に自分が強いと思っちゃいないが、それでもどうしようもない力量差くらい分かる。これで本気を出されたらと思うと、腹立たしいが想像したくない。


 今のコイツ以上の化物が六匹もいて、しかもその能力が割れていないとは……恐ろしいな。


「情けないな人間。そんなことも解明できずにいたとは」

「だからお前さんの話が聞きたい。他の【六魔】の情報はとんでもなく貴重だ」


 奴は「フン」と鼻を鳴らし、卓袱台の前に胡座をかく。そしてしかめっ面を浮かべ、頬杖をついた。


「なぜ私が貴様らにそんなこと教えなくてはならないんだ」

「……絶対言うと思った」

「いちいちうるさいな貴様は。実際教えてやる義理などないだろうが」

「お前な、俺に首輪かけられてること分かってるのか?」

「……貴様はいつか絶対殺すからな、クソガキ」

「上等だバカ妖怪」

「喧嘩するな、全く」


 師匠はため息をついて頭を掻く。だがコイツとは本当に虫が合わないらしく、喧嘩するなというのは無理な話だ。


「まあいい、いつかその気になったら教えてくれ」


 師匠はやれやれという様子で立ち上がり、居間を後にしようとする。


「いいのかよ、そんな感じで」

「構わん。急を要するというわけでもないからな。……ああそうだ、鱗士」

「ん?」

「今日はまあ許してやるが……明日はちゃんと学校行けよ」

「お……おう」


 そして師匠は襖を開けて去っていった。


 全身の毛穴が開いたかと思った……。なんでそんな本気で睨むんだ。その視線向けるならコイツにだろ普通。


「ははーん、貴様あの大男には頭が上がらんらしいな」

「うるせえ。てか俺もお前に聞きたいことがある」


 ニヤニヤする奴に俺は視線を向けた。クソ、腹立つ表情だな。鎖分銅で殴ってやりたい。

 が、ひとまずその殺意は抑える。


「あの玉を飛ばしてたのはどこのどいつだ。お前の手下か?」

「は? いきなりなにを言いだすんだ」


 俺をコイツが封印された小屋まで誘い込み、気づけば忽然と姿を消していたあの玉。明らかに不自然だ。どうせコイツが一枚噛んでると思ったのだが、奴は心底意味が分からんという表情で、素っ頓狂な声を出した。


「私に手下なんかいらん。なんせ大妖怪だからな」

「……封印されてたくせに」

「うるさい! 何回も言うなたわけ!」


 声を荒げながら卓袱台を叩く大妖怪を、俺はジト目で見つめ続ける。奴は徐々に震え始め、上目遣いで俺を睨み始めた。ここを突かれるとなにも言い返せないのかコイツは。


「つまり玉のことは知らない、でいいんだな?」

「知らん! クソ……なんで私がこんな…………こんな屈辱的な……」


 心なしか涙目になりながら、奴は俯いてなにやらブツブツ言い始めた。全然気の毒とは思わない。むしろざまあみろ。


 しかしそうなると、あの玉は本当になんだったんだ。どうして封印が解けた? 深く言ってこなかったが、師匠もそこを疑問視しているだろう。


 まあ今は考えても分からないことより、目の前のことか。


「オイ、お前勝手にどっか行くなよ。許可なくこの家から出るな」

「……はあぁ⁉︎」

「当たり前だろ。お前みたいな危ない奴を野放しにできるか。もし人を殺したりしてみろ。俺はすぐに自殺するからな」

「うぐ……正気か貴様? 自分が死ぬことに躊躇はないのか……⁉︎」

「ないな。肝に銘じとけ」


 奴は目と口を丸くして絶句した。痣が疼きっぱなしなのは落ち着かないが、そこは割りきるしかない。


「チッ……。仕方ない、しばらくは大人しくしておいてやる。だが貴様こそ肝に銘じておけ! 必ずこのふざけた術を解いて、貴様を殺してやるからな!」


 少し黙っていたかと思えば、奴は俺を指差してそう宣言した。


 かくして。退魔師である俺は、性格的に全く反りの合わない大妖怪と、奇妙な縁を持つこととなった。

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