表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第2章「焔ヶ坂山険道中」
37/70

第36話「妖刀・車骨」

 ……詰んだ。

 この私に最も相応しくない言葉だが、今回ばかりはそれ以外の言葉が浮かばない。ひたすら飛び回ってはみたが、痕跡一つ見つかりはしない。

 どうしようもなく、結局はくるまの所まで戻ってきてしまい、今はその上に座り込んでいる。


 この私……氷凰ともあろうものが……。


「……ばうむくうへん食いたい」


 ……いや、何をしているんだ私は。【無間の六魔】だぞ? 大妖怪だぞ⁉︎ そんな私が途方に暮れ、挙句ぼそっと独り言だぞ⁉︎ こんな事でいいのか⁉︎


 いい訳あるかこのたわけっ!


「ああああああクソ! こうなればいくらでも飛び回ってやろうではないか!」


 行き場のない苛立ちを糧に再び飛び出そうとした時、近くに何かの気配がした。


「……!」


 少しずつこちらに近づいてきている。細かい事は分からんが……まあいい。苛立ちに行き場が出来た。

 運が悪かったな。私は今、凄まじいほどに機嫌が悪い!


 このまま行くと、建物の角から出てくるな。

 私は口元を緩めながら氷柱を生み出し、その方向に先端を向けて待ち構えた。







 妖気の群れがそこまで迫ってきた。相変わらず数だけは嫌になるほど多い。


「聞きたい事が色々出来たぞ、鎧武者。本当に焔ヶ坂山から来たのか?」

「……どういう経緯(いきさつ)か知らぬが、まずは賊をどうにかせねば。話はその後にでもしようぞ」

「だな」


 鎧武者とともに、群れの方向を見据える。本当にお前らの相手をしてる場合じゃなくなった。

 一人だと物量に押されてこの様だったが、隣の鋭利な妖気が自信を抱かせてくれる。彼の協力があれば、この窮地を切り抜けられると。


「どこかに空間を繋げる妖怪がいる筈なんだ。ソイツを倒さない限り、奴らはほぼ無限に湧いてくるぞ」

「成る程。逆に言えば、其奴さえ倒せばこの状況をどうにか出来るという事か」

「……まあそれが出来ないから、俺はこんな事になってるんだけどな」


 情報共有のつもりが、自分の不甲斐なさを露呈させてしまった。同時に希望がモヤに巻かれた気がした。

 いくらこっちの戦力が増えても、結局黒マントが叩けなきゃ状況は良くならない。下手に暴れたところで共倒れがオチだ。


「共闘する以上、互いに預けねばならぬものがある……。拙者は車骨(しゃこつ)


 考え込む俺をよそに、鎧武者——車骨は篭った声でそう名乗り、兜を左手で持ち上げる。その下に、頭はなかった。襟廻(えりまわし)の内側には、首や胴体も見当たらない。


 代わりに日本刀の柄が、空っぽの鎧から覗いていた。


「退魔師の少年、お主の名は何だ」

「……間定鱗士」


 気圧されて反応が遅れる。虎乃とも師匠ともまた違う……だがそれは間違いなく、『歴戦の猛者』の放つ圧。俺では届きようのない、見上げても頂点の見えないそびえ立つ壁。それを車骨からも感じた。


 日本刀を右手で掴み、一気に振り抜いて構える車骨。小脇に抱えていた兜を元に戻し、完全な臨戦態勢に入った。

 異様な雰囲気の刀だ。薄っすらと赤い刀身は美しく、穏やかな流水に晒されているようにすら見える。実物を見た事はないが、国宝と呼ばれるものと遜色ないんじゃないだろうか……。


「鱗士殿。その空間を繋ぐ妖怪、探す事は出来るか?」

「あの数相手しながらなると厳しい。本気で集中してもいけるかどうか……」

「ではこうしよう。拙者があの群れを全て引き受ける。その間に(くだん)の妖怪を見つけてくれ。そうすれば後は何とか出来る」

「な……⁉︎」


 車骨は平然と構えたまま、とんでもない無茶振りを言ってのけた。物量に押された事が心に効いていたのか、考えるより先に不安要素が流れ出す。


「待ってくれ! 俺の探知はかなり不安定で、ほとんどあてに出来ないんだぞ⁉︎ せいぜい奴が近くに現れた時限定、実質運任せと言っていい。その間あの群れを一人でって……。こう言っちゃ何だけど、さっき会ったばかりの俺を信頼しすぎじゃ」

「無茶は承知」


 静かだが、荘厳な声。俺の中の揺らめきが凪いだ。


「確かに拙者とお主は出会って間もない。互いの事も知らぬ。だがな鱗士殿……我らはこの窮地に、名を預け合ったのだ。例え一時だけであろうと、それは命を預け合う事と同義! 無茶上等ッ! 共に限界を超えようではないかッ‼︎」


 凪いだ心に降り注ぐ、空気を揺さぶる熱い叫び。理由はさっきとは真逆だが……再び波が荒巻き始めた。


 車骨の言葉は、ほぼ感情論で出来ている。道筋立てたものでも何でもなく、勢いに任せただけ。お世辞にも合理的とは言えないだろう。

 けど……何故だか凄まじい現実味を帯びて聞こえた。一見無茶でしかないのに、安心感で満たされる。ソイツが自信を持ってそう叫べば、その通りに道が開かれる気がしてしまう。


 奇しくも、俺の知る『歴戦の猛者』たちは、揃いも揃ってそうだった。


「…………」


 深く息を吸い込んだ。

 弱気になってどうする。俺はもう死ぬために動いてるんじゃない。役目を果たすためにここまで来たんだろうが。

 だったら死ぬかもなんて(そんな事)考えてる暇があるかよ!


「分かったぜ車骨……安心して任せてくれ」

「お主こそ任せろ。指一本たりとも触れさせぬ!」


 口角を釣り上げる俺。刀を握る手を強くする車骨。


 そして、遂に飛び込んできた妖怪たち。殺意に満ちた妖気を撒き散らすソイツらを、車骨は一太刀で斬り裂いた。真っ平らな断面から血が流れ出し、芸術品のような刀を更に赤く染める。


 俺は目を閉じ、左手を痣に添える。そして吸った酸素を大きく吐き出した。

 余計な思考はいらない。聞こえるのは自分の心臓の音だけでいい。それ以外は全部無視しろ。一刻も早く見つけ出せ……。


「…………」


 群れの妖気がノイズのように、俺の思考を乱してくる。瞼を開ければ目の前にいるんじゃないか……そんな疑念が沸き立ったのを、奥歯を噛んで断ち切った。


「ぬぅ、おのれ猪口才(ちょこざい)な!」


 考えるな。奴らは車骨が食い止めてくれてる。見ず知らずの俺を信頼して、任せてくれてる。だったら俺も信頼しろ。俺のやるべき事をやれ!


「…………」


 神経の糸が千切れそうなほど張り詰める。それに、突然現れた何かがピンと触れた。そこから妖気がゾロゾロと現れ、群れへと合流していく。


 見つけた……!


「いたぞ車骨っ!」


 目を開き呼びかける。車骨は鎧を一切汚さないまま、襲いくる群れを斬り捨て続けていた。血飛沫の中で刀を振るう鎧武者……その光景に思わず鳥肌が立つ。


「何処だ!」

「あの方向……距離は遠くないが、本当に何とかなるんだな⁉︎」

「心配無用ッ!」


 群がる妖怪を一通り斬り終え、車骨は俺の指差す方へ振り向いた。そして体を右に仰け反らせ、逆手に持った刀をやり投げのように構える。


「え」


 ……どういう策があるのかと少し期待していた俺は、まさかの手段に絶句した。


「お前まさか……投げ」

「ぬおおおおおおおおおおおりゃああああああッ‼︎」


 それはもはや咆哮だった。これまでの叫びが可愛く見える爆音とともに、赤い刃が弩のように放たれた。軌道が赤い直線としてはっきり見える。空気が斬り裂かれて、その直線が歪に歪む。


 一瞬で消え失せた刀。その方向の先で、雑多な妖気が大きく乱れる。黒マントがダメージを負った証拠だ。


「当たった……凄え」


 一番最初の時ほどの距離じゃないとはいえ、それでも二百メートルは離れてたんだぞ? それをまさか刀ぶん投げて強引に捩じ込むとは……。

 感嘆のあまり固まっていた俺を、至近距離からの金属音が現実に引き戻す。


 車骨の鎧が、残骸同然に崩れ落ちた。


「車骨……?」


 返事は帰ってこない。鎧から妖気を感じない。群れの残りが襲いかかってきたのを躱しつつも、頭は全く追いついていかない。


 え……何でいきなり、嘘だろ?

 さっき傷一つ負ってなかったのに——


「…………ぉぉぉぉぉおおお」

「……ん?」


 遠くから突然響き始めた、地響きのような雄叫び。さっきまでそこで聞いてた声が、刀の飛んでいった方から近づいてくる。


 俺は安堵のままにその方向へ振り向いたが、更に驚嘆させられる事になった。


「上手くいったぞ鱗士殿おおおおおおおッ‼︎」

「……黒マント⁉︎」


 刀が胸に突き刺さった黒マントが、車骨の声と妖気で突っ走ってきた。


「色々どういう事だ⁉︎ お前、鎧……」

「ああ、それは拙者ではなく只の鎧だ」


 車骨らしきソイツは胸から刀を抜き、飛び込んできた妖怪を一突きで葬る。俺も鎖を振るい、残った奴らを薙ぎ払う。当然、内心はそれどころじゃなかった。


「拙者は大昔に打たれた刀で、こうして他の体を乗っ取る事が出来る。あの鎧は普段使っている容れ物に過ぎんという訳だ」

「……なる、ほど」


 痣に意識を集中させてみると、確かに刀から鋭い妖気が溢れ出していた。いわゆる妖刀ってやつか……初めて見るな。


「良し、どうやら賊は全滅だな」

「……助かったよ。ありがとな、車骨」

「何を言うか。志を同じくした者同士、助け合うのは当然の事」


 車骨は背を向け、切り株の方に向かっていく。頼もしさの分、その背中が大きく見えた。

 ……姿が黒マント(アレ)じゃなきゃ、もっと雰囲気出てたんだけどな。


「さて……漸く落ち着いて話が出来るな、鱗士殿」

「そうだな」


 切り株に腰かけた車骨は、幾分か声色を落ち着かせる。やっとだ。一時はどうなるかと思ったが、大きく目的地に近づける。


「先ずは拙者の話を聞いて欲しい。お主とも恐らく関係のある話だ」

「……何だ?」

「ここ数週間ほど、焔ヶ坂山周辺にて奇妙な事が相次いで起こっている」


 淡々と語る車骨。俺は立ったまま黙って聞いた。


「同胞たちの失踪……こんな事は今までなかった。何者かの襲撃と考えた我らは調査を続けておるが、未だ何も見つかっておらん」

「同胞ってのは……妖怪だよな」

「そうだ」


 群れに追われる前の事を思い出した。あの血に飢えた妖怪たちの事を。アイツらは【憎】じゃなかった……まさか……。


「あのような徒党が現れたのは、これまでの調査でも初めてだ。そして奴らは、何故かお主を狙っていた」

「…………」

「鱗士殿。拙者はお主が悪人でないと分かっておる。そしてそれを信じたい。故に聞かせてくれ……焔ヶ坂山へ向かう目的は何だ?」


 そうか……もうそこまで切羽詰まった状況だったのか。最初に俺を疑ってかかったのも、同胞が消えて敏感になっていたからか……。


 車骨には助けられた。だったら借りは返さなきゃな。互いに敵は同じらしい。隠し事はなしだ。


 俺はまっすぐ、車骨の刀を見据えた。


「……師匠の遺言だからだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ