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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第20話「無間の六魔・狂狸①-襲来-」

「どこだ⁉︎」


 膝に手をつきながら立ち上がり、周囲を確認する。動悸は未だ治らないが、そんな事は既にどうでも良かった。


 最強の妖怪が。

【無間の六魔】が近くにいる……‼︎

 そんな状況で、悠長に落ち着くのを待つ余裕はない。


「落ち着け」

「尋常じゃないぞこの妖気! すぐ近くにいる……こんな所でお前クラスの奴に暴れられたら! というか何で急に!」

「黙れ! 私が知るか! 落ち着けと言っている‼︎」


 そう叫ぶ奴の表情は、これまで見た事のない程の焦燥に駆られていた。あの自分こそ最強と信じて疑わないコイツが。自分より優れた者など認めないコイツが。事実凄まじく圧倒的なコイツが。本気で焦っている。


「……近くではない。少し離れた場所にいる」

「は? いやお前……この妖気のデカさだぞ⁉︎ 目の前にでもいなきゃ説明がつかないぞこんなの!」

「たわけが……。近くにいると錯覚しているだけだ。離れていて尚、これだけの妖気が伝わってきている。【六魔】が近くにいるなら、こんなものではない」


 何だと……。


 離れた場所で感じるこの妖気が、あの時目の前で感じたコイツの妖気を優に上回ってる? コイツは封印されてて力が落ちてるって事を考慮しても、こんなにまで差があるのか⁉︎


「どこだと聞くのは私の方だ。探知は貴様の方がまだマシだろう」

「そうは言っても……」


 奴は忌々しげに親指の爪を噛む。

 俺だって寧ろ探知は苦手だ。それもこんな馬鹿デカイと、探知どころの騒ぎじゃない。今みたいな勘違いをする程に、痣の探知はざっくりしているのだ。

 正直コイツと大差ないと思うのだが……言ってる場合じゃないか。


「待ってろ……少し集中する」


 痣に左手を添え、目を閉じて深呼吸をする。このふざけた妖気の発生源を……【六魔】のいる場所を探し当てる。


「…………」

「何が起きてるの?【むげんのりくま】って確か、昨日言ってた……」

「由于夏、貴様は心配しなくて良い」


 アイツが丁を勇気付けてる。俺から見れば違和感しかない光景だが、突っ込むような暇はない。

 もっと集中しなくては。まだ全然絞れていない。


 妖気はソイツを中心として円形に広がって放たれるもの…………あっちの方が濃い……向こうにいる? 方向としては間違ってない筈……その中で一番濃く感じる場所……探すのはそれだ。

 良し良し、何となく分かってきたぞ……。この方向を真っ直ぐ…………。


「ッ‼︎」

「見つけたか⁉︎」

「あ、ああ……多分。吐くかと思った……」


 俺は思わず口を手で覆う。

 なんて気持ち悪い妖気なんだ……。デカさもそうだが、質もとんでもなく異質らしい。木材を食い尽くして駄目にするシロアリを、同じ高さの目線で見ているような気分だ。


「何しに急に現れたのか知らんが、相手は私一人でする。……方向だけ教えろ」

「……俺も行くぞ」

「駄目だ! 貴様に勝てる相手じゃない! なまった私にすら歯が立たない貴様に何が出来る⁉︎ 殺されるだけだ‼︎ そうなったら私も終わりなんだぞ‼︎」


 必死の形相で俺の胸倉を掴む奴の顔から、改めて現状を思い知らされる。『私にすら』なんて台詞、普段のコイツなら絶対使わない。まさに必死だ。


「……さっきさ、拒絶されるのを怖がってるって丁に言われた時。脳天思いっきり殴られたみたいだった」

「あ……?」

「一度もそう思った事ない筈なのに。ただ俺に人と関わる(そんな)資格がないだけだと思ってたのに。何であんな衝撃受けたんだろうな……。図星だったのか、てんで見当違いだったのか」

「何ださっきから……何が言いたい⁉︎」


 奴の手を掴み、胸倉から振り払って言い放った。


「さあな。自分でも分からない。……それが分かるまでは、とりあえず死ぬ気はない」

「! 死ぬ気がない……貴様が?」


 奴はまた初めて見る表情をした。虚をつかれたような、豆鉄砲を食らったような。どこか間抜けで、滑稽な表情だった。


「……偽りじゃないな?」

「ああ」

「私を嵌めようというつもりじゃないな?」

「ああ」

「奴に殺されないと誓えるか⁉︎」

「ああ……!」


 俺の最後の返答に対し、奴は無言で後ろを振り返った。葛藤していたのかしばらく黙ったままだったが、やがて「なら勝手にしろ」と呟いた。


 俺と奴に、丁は心配そうな眼差しを向ける。


「私には良く分からないけど、でも……二人とも、大丈夫だよね……? 明日も学校来るよね?」

「……来る。答えが出たら、丁には言わなきゃいけないから」


 丁は少し安心したように笑った。俺はどんな顔をしていたのだろう。まあ安心させられたって事は、悪い顔じゃなかったって事だ。


「行くぞ、バカ妖怪‼︎」

「命令するなよ、糞餓鬼‼︎」


 俺たちは同時に走り出した。校舎を回り込み、校門を抜ける。


「飛んで行く! 方向は⁉︎」

「……向こうだ」


 校門を背にして、左斜め方向を指差す。奴はそれを確認するなり、背中に氷の翼を生やして地面を蹴ろうとした。


「俺も飛んで連れてけるよな?」

「貴様が振り落とされないよう気を使う余裕はないぞ」

「氷で軽く固定してくれりゃいい」

「……仕方ない。ほれ」


 奴の差し出してきた右手を左手で掴む。同時に繋いだ腕同士が氷で固められた。


「行くぞ……!」


 奴は膝をバネにし、思い切り地面を蹴った。瞬間、腕が千切れそうな程の風圧が上から叩き付けられる。

暴力的な重力が俺の体に襲いかかった。


「っ……これしき!」


 今からやろうとしている事に比べれば、こんなもの何でもない。


 目を見張る速さで滑空しながら、俺はまた別の不安を覚えていた。

 気になるのは妖気の発生源のある方向。


 だって……この方向は……。







 鱗士たちが妖気に気付いたのと時を同じくして、導木景生もまた、そのただならぬ異変を感知した。これまで感じた事がない程に気味悪く、そして今の氷凰を上回る大きさの規格外な妖気。明らかにただ事ではなかった。


「何だ……⁉︎」


 景生は錫杖を手に取り、庭へと飛び出した。そして、目の前(・・・)にいる妖怪に対峙し、鋭い眼光から並々と殺気を放って睨みつけた。


 そう……巨大な妖気の発生源はまさに、景生たちの住むこの場所だった。


「やあ。初めまして」


 その妖怪は口角を上げながら、気持ち悪い程親しげにそう言った。


 そいつは人の姿をしていた。だが一目でその異様さが感じ取れる出で立ちをしている。髪は紫色かつボサボサで、目元が隠れてうまく表情が読み取れない。服装は継ぎ接ぎだらけで見すぼらしく、みっともなく伸びた髪と合わさりまるで浮浪者のようだ。背は高いものの景生には及ばず、おまけに体格は貧相で頼りない。

 そんな神聖とは対極にあるような風貌なのに、神域と現世の境界たる注連縄を、右肩から斜めにかけている。これを異様と呼ばず何と呼ぼう。


「昨日は凄かったねえ君。ちょっと氷凰をからかってやろうと思っただけなのに、半分くらい瞬殺するんだからさ」

「……あれはお前の差し金か」

「まあね。ほんの下見の筈が、いいもの見させてもらったよ」


 妖怪は手をパチパチと叩き、景生の武勇を讃えた。真意は分からない。それが不気味さを助長する。


「『何者だ?』って言いたそうだね。いいよ、名乗ろうか」


 従者の様に、わざとらしく丁寧に深々とお辞儀をし、妖怪は口を開く。


「僕は【無間の六魔】と呼ばれた大妖怪の一匹……狂狸(きょうり)というものさ。以後があれば、お見知り置きを」


 首だけを持ち上げて歪に口元を歪める狂狸を見た時。その前髪の下が僅かに見えた時、景生は何年振りかという寒気を覚えた。

 見えたのは景生から向かって右側、すなわち狂狸の左目があるべき部分……そこにあったのは穴だった。真っ暗な眼窩がポッカリと空いており、眼球が収まっていない。


 死ぬかもしれない。景生は一瞬本気でそう感じた。少しだけ素顔が見えただけで、勘が生命の危機を告げた。


 だが彼は導木景生。他の退魔師から一目置かれ、数多くの激戦を生き延びて来た男。言うなれば、名実共に百戦錬磨の猛者なのだ。久方振りとはいえ、そんな感覚は初めてではない。故にやる事は変わらなかった。錫杖を構え、目の前の化物を見据え続ける。


「以後があれば、か。既に俺を殺した気でいるとは、舐められたものよ。……【六魔】が何の目的で俺の前に現れた」

「まあ待ちなよ。僕は氷凰みたく血の気は多くないんだ。まずは交渉から入ろうじゃないか」

「交渉?」


 姿勢を戻し、だが不気味な口元はそのままに。狂狸は右手を差し出した。


「僕はとある欠片(・・)を探している。数は全部で五つ。その内の一つを……君は持ってるよね?」

「……!」

「それをおくれ。大人しく渡してくれれば、何もせずに立ち去ろう」


 五つの欠片……狂狸が語ったのは非常に断片的な情報だった。だが景生は意味を瞬時に理解した。


「何故俺がそれを持っていると?」

「ある筋からの情報でね。最近手に入れたらしいじゃないか。凄いねえ……僕ら(・・)でも未だ一つしか手中に収めていないのにさ」

「一つを既に、だと……⁉︎ それにお前、組織として動いているのか⁉︎」

「おっと、口が過ぎたかな。まあいいや。それでくれるの? くれないの?」

「知れた事ッ‼︎」


 群青色の霊気と声を荒げる。何故【無間の六魔】が自分の元へ現れ、あれ(・・)のありかまで知っているのか。それは景生には分からない。

 だが一つ……この狂狸はここで倒さねばならない。それだけは明白な事実だった。


「欠片を渡す訳にはいかん! あれは本来この世にあってはならない物……五つ全てが再び揃う事など、断じてあってはならない‼︎」

「……人間ってのは愚かだよね。最後にあれが暴れたのは百年前。君なんて影も形もない頃だろう? 実際見た訳でもない癖にさ、良くもまあそこまで恐れられるよね。そして命を捨ててまで交渉を拒む……ああ愚かだ、愚か愚か。目先の危機より将来の危機? 馬鹿らしい。今も碌に生きられない癖に何様だい?」


 狂狸は饒舌に侮辱を並べ立てた。あくまで亀裂の様な笑みは崩さず、煽る様にベラベラと続けていく。


「いいさ分かった。じゃあ殺してから頂く事にしよう。君はそこらの雑魚よりは強いけど、僕にとっちゃ等しく雑魚なんだから」

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