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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第1話「一人と一匹は出会う①-開いた棺桶-」

『…………』


 まただ。なにかが俺の様子を窺ってる。

 なにも言わず、俺に触れることもなく、ただただ窺ってる。隙あらば俺を丸呑みにしようとしてるような……まあ、間違っても気持ちのいい感覚じゃない。


 しかも、これがなんなのか分からない。それが尚のこと不気味だ。今に始まったことじゃないが、一向に慣れる気がしない。


 だから嫌なんだ……()()()らを相手にするのは。


「クソッ……人間の若造が‼︎」


 日は既に暮れ、月が夜空を照らす中。大きさ二メートルほどの一つ目の化物は、そう言いながら俺を憎々しげに睨みつけた。

 ソイツは薄く青色の光を発する鎖に全身を絡め取られ、身動きが取れない状態になっている。


 やったのは俺だ。


 コイツは俗に、妖怪と呼ばれる存在。

 俺は退魔師……人に害なす妖怪を退治する。


 コイツらと戦ってるとき、なにかが俺の様子を窺ってる気がする。本当に気味の悪い感覚だ。こんなもの、さっさと払拭するに限る。


 右手に持つ鎖へ力を込めた。俺の霊気が鎖を伝い、光が強くなる。ミシミシと、妖怪の体に鎖がめり込んでいく。


「グ……オオオアア⁉︎」

「うるせえな」


 妖怪の聞き苦しい断末魔に、俺は悪態をつく。これも毎回毎回、永遠に聞き慣れない気がする。


「ま、待て……そうだ、取引しよう! 儂は役に立つ、生かしてくれたら、なんでもいうことを」

「うるせえっつってんだ」


 鎖に流す霊気を強める。妖怪は最早断末魔を上げることもできず、肉体を引き裂かれた。バラバラになった肉片は、瞬く間に塵になって消滅していく。俺を窺う不気味な感覚も、どこかへと消えていった。

 鎖を手元に戻して服の袖の中に収納する。さっきまでの戦場は、何の変哲もない小さな公園に戻っていた。


「仕事終了……と」


 俺は踵を返し、公園を後にする。時間も時間だし、さっさと床に着きたかった。







「…………」


 あれからどのくらい経った?


 身動きもできない。声も出せない。何かを見ることもできない。つまるところ、私はずっとなにをすることも許されないというわけだ。

 いや、こうして思考することはできるが、だからどうだというのだ。なにもできないことに変わりはない。


 クソ、忌々しい……人間如きが私をこんな目に。腹立たしい、腹立たしいぞ人間がぁ……‼︎ 

 もし私が目覚めることがあれば覚えていろ。貴様ら全員根絶やしにするだけじゃ、私の気は収まらんぞ。


 ……なぜ私はこんなにも、人間を憎んでいるのだろう。この状況に追いやったのは人間だから、憎むのは当然か? いや、私はそれ以前からずっと……。


 こんな自問自答に陥るのも飽きた。とにかく不愉快なのだ、憎い理由などそれで十分。


 ああ、妙なことを考えたからまた腹が立ってきた。根絶やしにしてやる……絶対にだ!






——(くさり)(えん)奇譚(きたん)——






 朝というのは憂鬱だ。俺——間定鱗士(まさだりんじ)はそう思う。


 まずは二度寝の欲望を押さえ込んで起きなきゃいけない。

 次に顔を洗い、歯を磨く。起きるのに比べれば楽だろうが、うちは日本家屋なので、やたらに屋内が広い。自室を出て、長い廊下を歩き、ついでに居間を横切り、また廊下を歩き何度か右左折を繰り返して洗面所へ行かなければならないのだ。寝起きでこれは少々面倒だと言わざるを得ない。


 そこで俺は鏡越しに、つり目がちで目つきの悪い自分の顔を拝むことになる。黒い髪は適当な長さで放置し、特にセットもしないのでところどころが寝癖で跳ねている。


 これだけでも人相は悪めなのに、俺の顔にはもう一つ目を引く部分があった。それは左目の下の痣だ。これは生まれつきのようで、鱗のような模様が頰の辺りにまで広がっている。

 こんなものが目立たないわけもなく、怪訝な目で見られることはしょっちゅうだった。もうそれにも慣れたが。


 用を済ませて迷路のような廊下を再び戻り、さっき通った居間に戻ってくる。そしてそこにはいつも、俺より早く起きて朝食を取っている人がいる。


「おう、おはよう鱗士」


 その人は洗面所から戻ってきた俺を見てそう言った。彼の名は導木景生(どうぼくけいしょう)、退魔師としての俺の師匠だ。

 昨日の一つ目に勝るとも劣らない筋骨隆々の巨体に、強面な顔つきを持つ偉丈夫で、おまけに常に和装というどう見てもカタギに見えない風貌をしている。しかしそれを言うとへこむので言わない。


「おはよう師匠」


 俺は軽く挨拶を返し、師匠と卓袱台を挟むようにして座る。卓袱台には既に俺の分の朝食も並べられていた。味噌汁と焼き魚、至ってシンプルな献立である。自分で炊飯器からご飯をよそい、手を合わせてから箸を動かして朝食を口に運んでいく。いつも通りの風景だ。


「昨日はご苦労だったな」

「別にどうってことない。あの程度の奴なら俺でも余裕だ」

「そうか。だが相手を侮るなよ。向こうもこちらを殺す気でくる。比喩抜きに殺されるかもしれんからな」

「分かってる。油断はしてない。今後もしない」


 師匠はよく俺にこんな感じの話をする。そりゃ、俺も師匠も妖怪を狩る立場にあるのだ。だから妖怪からしても、俺達と対峙すれば殺しにかかってくるだろう。冗談抜きに、いつ死んでもおかしくないのだ。


「……ま、お前はそこそこ優秀だしな。自分を大事にすることだけ忘れんな」

「そこそこか」

「俺に比べりゃまだまださ」


 師匠は歯を見せて笑う。アンタと比べられたら、そりゃそこそこ止まりだよ、俺は。


「ほれ、早く飯食え。遅刻するぞ」

「話振ったのそっちだろ」


 俺はため息をつく。


 ところで、俺は朝が憂鬱だとさっき述べた。その最大の理由は、学校に行かねばならないからだ。

 俺は別に行きたいと思っていなかったのだが、周囲からの主張に折れる形になってしまった。入学から既に一週間経つが、楽しいとは全く思えない。


 しかし行くしかないので、俺は仕方なく箸を動かす速度を上げた。







 高校はうちからそう遠くない。徒歩で精々十五分程度の距離だ。というか、うちから近かったからそこにした。偏差値も悪くないので、特に反対もされなかった。


 ……それにしても、一歩一歩着実に目的地に近づいていく。この登校中というのが一番憂鬱だ。サボろうにも後が怖い。主に師匠の雷が怖い。バレた時のことを考えると余計憂鬱になる。


 そんなことを考え再びため息をつきそうになったとき、視界をなにかが横切った。


「ん?」


 白い光の玉のようなものが、フヨフヨと中空を漂っていた。それはシャボン玉のように規則性なく揺れているかと思えば、急に直線的な軌道を描いたりと落ち着きなく動き続けている。

 こんなに違和感のある現象なのに、俺以外の通行人は全く意に介していない。


「…………」


 妖怪絡みか。

 そう判断するのは難しくなかった。奴らは一般人には見えないからな。


 どうする。

 ここは人通りが多い。下手に動くと余計な被害が出るかもしれない。それにコイツがどういう妖怪かも分からない。


 俺が動きあぐねていると、玉は漂うのをやめて移動を始めた。さっきまでのフラフラした不安定な動きと違い、ぶれずにまっすぐ、ちゃんとした『移動』だ。


「……?」


 どこかへ向かってるのか? それとも俺が見えてると気づいて誘ってるのか……。まあいい、どっちにしろ好都合だ。

 俺は玉を追う。合法的にサボる理由ができた。


 つけていることに気づいてか、玉はやや飛ぶ速度を上げる。だが振りきられるほどの速さでもない。


 玉はどんどん進んでいく。追いかける俺に攻撃を仕掛けてくるようなそぶりは全く見せない。


 なんなんだ、コイツ……? ここまで無関心な妖怪には会ったことない。やっぱり俺をどこかに誘導しようとしてるのか? だとしたら、なんのために。


 疑問が次々頭の中に浮かんでくるが、玉は進むのをやめない。気づけば通学路から随分離れた所まで歩いてきていた。人も俺以外にはもういない。


「ここまで来れば、もういいか」


 俺は袖口から鎖を垂らした。その先端には六角柱の錘がぶら下がっている。


 どういうつもりだか知らんが、わざわざ最後までついていく義理なんざない。今なら誰を巻き込むこともない。ここでやらせてもらう。


 俺は右手を振り、霊気を纏わせた錘を玉に向かって飛ばす。玉は避けようとしない。

 そしてそのまま錘は玉に近づき……ぶつかることはなかった。


「すり抜けた……?」


 俺の放った攻撃は、玉を手応えなく貫通した。何事もないかのように、玉は我が道を進んでいく。

 実態がない。この玉は本体じゃないのか?


 考えても、これの意図や正体は分からなかった。ただ一つはっきりしているのは、後をついていくことしかできない、ということ。

 自分のやれることの少なさに苛立ちながらも、俺は足を動かし続けた。


 それから数分経ってから、玉は止まった。道を外れ、舗装されていない砂利道を踏みしめ歩き続けた結果、俺は木々の立ち並ぶ山の中に侵入していた。


 玉はある位置でフワフワと留まり始める。そこは、いつ建てられたかも知れないような、木製でボロボロの小屋だった。


「……オイオイ」


 俺は思わず顔をしかめた。痣を抑えつつ、脂汗が流れていると自覚する。この小屋の中に妖怪がいると確信した。

 それも相当な大物が。


 強い妖怪が近くにいるとき、俺の痣は疼く。今までにも何度かあった。師匠の仕事を近くで見ていたときなんかも、かなりのものだったのだが……。


 ここにいる奴は、それを優に超えている。まるで左目の下を、氷漬けの手に掻きむしられているようだ。


 俺の敵う相手じゃないとすぐに悟った。下手すれば、師匠でも敵わないとさえ思えてしまう。


「なんでこんなのが、こんな所にいるんだよ……」


 率直な言葉が口から漏れる。今まで誰もコイツに気づかなかったのか? 上位の退魔師なら勘づいてもいいはずだぞ。


 ……落ち着け、あれこれ考えるのは後にしろ。見つけてしまったものは仕方ない。俺は退魔師。こんな奴を放っておくわけにはいかない。


 小屋の扉に手をかけ、横に引く。建てつけが悪く少しつっかえたが、問題なく開いた。

 中は外観通り荒れ放題で、手入れの手の字もない状態だ。


 そのなにもない空間のただ一ヶ所、屋内の中心奥。

 棺桶のようなものが、立てて置いてある。全面に大量の札が貼りつけられ、縄でグルグル巻きにされたそれがなんなのか、最早考えるまでもない。


「封印されてんのか」


 間違いない。この異常な妖気……あの中に妖怪がいる。


 しかし、納得いった。封印してあるから、誰もコイツをどうこうしようとしてこなかったんだ。

 むしろ変に手出しするのは完全に悪手。封印されて尚この妖気。先人が封印するしかなかった程の強さってことだ。


 なんにしろ、このままにしといて問題なさそうだ。そう思うと気が楽になった。まあこの後学校行くのは面倒だが。


 そんな平和な考えが頭をよぎったとき。


「ぐッ……⁉︎」


 今まで感じたことのない悪寒が、全身を襲った。


 俺は低く呻き声を上げ、その場にうずくまる。


 突然痣に激痛が走った。まるで高圧電流を流されているかのような衝撃。左まぶたが痙攣を起こす。それは眼球にまで伝播し、形容しようもないほどの痛みが荒れ狂う。俺は声も上げられなかった。


 前方から、突然突風が吹き始めた。

 それは吹雪といえる凄まじさで、物音も聞こえないほど轟々とうなる。小屋の中の温度は瞬く間に、真冬へと逆戻りした。あまりの寒さに、薄着の制服姿の俺は震え始める。


「なん、だ……⁉︎」


 まさかと思い顔を上げる。


 全て剥がれ、風に舞い上げられる大量の札。

 断ち切れ、乱雑に打ち捨てられた縄。


 そして、棺桶の中から漏れ出した妖気……。

 それがこの吹雪の正体だと悟る。


「嘘だろ……」


 なんでこうなった? 俺はなにもしていない。

 小屋の扉に特別な仕掛けはなかった。


 どこに封印が解けるきっかけがあった……⁉︎


 吹雪が止み、札も舞うのをやめゆっくりヒラヒラと落ちてくる。

 棺桶の蓋が地面に倒れ、ドスンと重い音を立てた。


「う……まぶし」


 中から声が聞こえた。女の声だった。

 ペタペタと裸足で歩き、ソイツは棺桶の中から出てきた。


「…………」

「ん? 貴様……人間か」


 うずくまる俺を、水色のロングヘアーと瞳を持つ少女は見下ろした。

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