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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第17話「前日④-屋上の独壇場-」

 導木景生は上階を目指し進んでいた。

 先程までグイグイ来る系の店員に捕まり、家電をあれこれお勧めされていたのだが、そうしている場合じゃない理由が出来た為だ。それは突如現れた複数の妖気。奴らは何故か、ある一点——彼のよく知る人物、もとい妖怪の元へと集結する様に動いている。


 どういう理由でそうなっているかは知らないが、退魔師である彼が妖気を感知し黙っている筈がなかった。店員を半ば強引に振り切り、妖怪たちの集結点を目指す。


 妖気の一つが一際強くなり、急上昇を始めた。

 その主は彼の知る妖怪。

 すなわち湧いてきた妖怪たちの標的だ。


(どうやら自分が狙われている事に気付いたな。で、人気のない所へ移動か……氷凰)


 氷凰というその妖怪は、とても危険な存在だ。もしかするまでもなく、今湧いてきている妖怪たち程度は足元にも及ばないだろう。人間も同族もお構いなし、この世で最強格の化物。その気になればこの世に地獄を再現する事も容易いだろう。事実、かつてそうしてみせたという記録も見た。


 そんな氷凰が、周囲の人間を気遣って行動している。それは諸事情による保身が理由だと分かっているが、景生は少し感慨深く思った。







 頭が三つある鳥の様な奴が突っ込んできた。その頭の内一つを鷲掴みにし、触れた箇所から全身を凍結させて粉々に砕く。

 続いて大砲を手に付けた奴が、私に標準を合わせているのを見つけた。砲口の穴目掛け、精製した氷柱を撃ち込む。そいつの腕は体ごとぐちゃぐちゃに吹き飛んだ。

 忍の格好をした小柄な奴が、三体に分裂して私の周囲を取り囲んだ。爪先で足場を軽く蹴る。その場から忍の方向へと氷柱が伸び、胴体を三体同時に貫いた。

 数匹の妖怪が、私の正面より馬鹿正直に特攻を仕掛けてきた。背中の翼をはためかせる。翼から剥がれた無数の氷片が暴風に乗せられ、前方へ放たれた。それらは妖怪共の肉体に着弾しては、抉り取り、貫き、吹き飛ばし、その度生々しい液体を飛び散らせた。


 弱い弱い弱い。

 私が寝ている間に、【六魔】のどいつかはボケたのか?

 それとも余程私を軽く見ているのか?


「話にならない……な!」


 右手に氷の刃を作り、振り向きざまに突き出した。丁を襲おうとこっそり近付いてきていた馬鹿の頭が串刺しになった。


「ひゃっ⁉︎」

「分かってるだろうが私から離れるなよ。死にたくないならな」


 必死な形相で、丁はこくこくと頷いた。

 悲鳴以外の口を聞く余裕はないらしい。

 それも普通の人間なら当然の事か。


「強い……流石は【六魔】」

「ああ、流石だ」

あの方(・・・)と同列なのは伊達でないという訳だ」


 雑兵共は口々に言う。

 あの方だ?

 同列だ?

 忌々しい。


「もう一度聞くぞ木っ端共。貴様らを放ったのは【無間の六魔】のどいつだ。何が目的だ」

「言うとお思いか?」

「考えりゃ分かるだろ」


 ……あ?


「そう言えばあの方も言っていたな。氷凰という奴は知性の欠片もなかったと」

「そうだそうだ、言っていた」

「確かに、実際見てみてもその通りらしい」

「ああ。さっきから全く賢さを感じさせない戦い方だ」


 あ゛ぁん⁉︎


「知性の欠片もないだと⁉︎ 賢さを感じさせないだと‼︎ 言ったな腐れたわけ共、ぶっ殺してやるッ‼︎」

「ほらまただ、すぐ怒る」

「煽られてすぐ怒っている」

「知性の薄い証拠だな」

「うがあああああーーーーー‼︎」


 減らず口共を目掛け、氷柱を乱発しまくった。躱す事も出来ず、どいつもこいつも無残な肉片へと変わっては消滅していく。

 ああ、また言われたい放題された挙句、何の情報も得られなかった。イライラが滞る事なく積もってくる。


「もういい! 貴様らにはもう何も聞かん! 何も言う気がないなら、黙って私に殺されろたわけ共が‼︎」

「いいや黙って殺されない」


 正面にいる、羽が十枚近くある大きい蝙蝠みたいな奴が、羽をしきりにバタつかせた。そこから突風が吹き荒れ、私を煽る。


「ふざけるなよ。この程度で私が飛ばされると?」

「いんや。アンタは無理だ」


 は?

 ならばこの行為に何の意味がある。

 精々私の髪がなびく程度じゃ——


「うぐっ……!」

「は⁉︎」


 踏ん張る様に捻り出された丁の声でようやく気付いた。こんな風じゃ私は(・・)飛ばされない……狙いはそっちか!


「しまっ……」


 振り返って手を伸ばしたが、丁の体は無防備な姿勢で後ろへ飛ばされ始めていた。

 私の手は何もない空間を掴む。

 距離がどんどん離れていく。

 その先には、大口を開けた犬の様な奴が待ち構えていた。


「クソ……!」


 助けに向かおうとする私の前に、連中がわらわらと集まってきては行く手を遮った。

 氷柱や吹雪は駄目だ、丁にも当たる。

 いちいち武器を作ってたんじゃ間に合わん。

 冷気を纏って突っ込んだら、丁の体は耐えられない。


 嘘だ……こんな所で。

 こんな所で終わるのか私は……⁉︎

 おのれ……どうする!


「“(かん)”ッ‼︎」


 突如、ドスの効いた低い声と、何かが盛大に吹き飛んだ威勢のいい音が響いた。

 吹き飛んだのはここへの出入り口の扉らしい。凄まじい力で叩かれてぼこりと凹んだ金属製のそれが、口を開けた犬の頭を横から吹っ飛ばした。更に後から群青色の霊気が槍の様に伸びてきて、犬はそれに晒されて跡形もなくなった。


 何事かと考える間もなく、扉の吹っ飛んだ出入り口から大柄な人影が飛び出した。無防備のまま倒れそうになった丁の体を、そいつがそっと受け止める。


「景生……!」


 導木景生。

 あいつの師にして、百年後の世で現状最強の存在。


「ボーッとしている場合か。目の前にたかられてるぞ」

「っ。分かっている」


 氷の刃を両手に作り、前を阻む小虫らを切り刻む。開けた視界の先にいる景生は、手に錫杖を持っていた。

 さっきのはあれで扉を殴ったのか?

 滅茶苦茶な事するな。


「……丁は、そいつは無事か?」

「ああ」

「本当か? 大丈夫か貴様」

「は、はい。なんとか」


 丁は目をぱちくりさせていたが、どこにも怪我らしい怪我は見当たらない。私は胸を撫で下ろした。


「ふむ。経緯は分からんが氷凰、お前さんが彼女を守っていたのか」

「う……。い、言っておくがな。私はあいつの言いなりになっている訳ではないぞ。そいつには個人的な恩というかだな……!」

「恩……。お前さんが人間の少女にな」


 景生は微笑ましげに私を見て笑った。

 小馬鹿にされた気がして少し腹が立った。


「何が言いたい貴様」

「何でもない。それより連中まだまだいる様だ」


 景生は丁を立たせ、私の横を通り過ぎていく。その一歩一歩から圧を感じた。遊環のシャラシャラという音と合わさり、否が応にも警戒心を抱かせる。


「後は俺がやろう。氷凰は彼女を守ってやれ。念の為な」


 大層自信のある言葉だ。

 既に自分が全て終わらせると決めつけている様な。

 面白い、いい機会だ。

 前から景生の戦いぶりは見たいと思っていたのだ。


「フン、そこまで言うなら任せよう。私を失望させるなよ?」

「善処しよう」


 ある程度歩み進んで立ち止まり、景生は錫杖を掲げた。

 妖怪共はまだ下から湧いてくる。

 後どれだけいるのかは分からない。

 だがあれだけ偉そうに言ったんだ。

 景生の奴、どういう算段だ?


 深い呼吸音が聞こえる。

 群青色の霊気が、錫杖の先端へと集結し始めた。

 それが球状になり、膨張していく。


 呼吸音が止まった。


「……“(いん)”」


 霊気球が周囲の空間を巻き込み渦を巻き始め、竜巻の様に轟々と唸りを上げる。

 体が引っ張られる感覚が私を襲った。


「うおっ……」


 持ってかれる程じゃないが、私が多少踏ん張らねばこけそうになる引力。

 それを有象無象共が耐えられる筈もなかった。連中は空間ごと渦に巻き取られ、足掻く事も出来ず霊気球の中心へと運ばれていく。そうなればもう、消滅以外の道はなかった。

 断末魔をあげる間も無く、一瞬のうちに。


「何これ、凄い……」

「貴様よく立ってられるな。普通の人間の癖に」

「はい?」

「! 感じてない……引っ張られるのは妖怪だけなのか」


 なるほど。

 人間には被害を与えず、妖怪だけを引き寄せ一層する術か。

 それほど今に適した術はないな。


 そう思っているうちに、最後の一匹が霊気球にぶち当たって消滅した。


「終わったか?」

「……いや、あと数匹いるな」

「なに? しぶといな。早くしてくれ、吸い寄せられはしないが疲れるんだ」


 あの術を前にまだ粘るか。

 私の迷惑も考えろ、踏ん張り続けるのは苦手なんだ。


「ほら景生、さっさと吸い出せ」

「その必要はもうないな」


 景生はそう言い、術を解いた。

 群青色の霊気は収まり、掲げた錫杖を下ろしてぶち破った出入り口の方を見る。


 残りの妖気はそこから感じる。

 三匹くらいだろうか。


「……必要ないとはどういう意味だ? 面倒だからさっきので吸い出せば」

「いいから見ていろ」


 丁は不安げに私を見るが、見られても困る。分からないものは分からない。

 とりあえず氷柱を一本生み出そうかと思った時、そいつらは呻きながら一斉に飛び出してきた。それも、見覚えのある錘付きの鎖で、がんじがらめにされた状態で。


「げ……」


 鎖は淡い青色の霊気を帯び、妖怪共の体からは蒸気の様な物が上がっている。きりきりと締め付ける力は強まってきており、やがてそいつらはばらばらに引き裂かれた。肉片は落ちる途中で消滅していく。


 いや、それよりもその鎖は……。


「あれ、お前」

「……遅かったな」


 遅れて出入り口から現れたのは、案の定あいつだった。手で触れる事なく鎖を袖口に収めながら、奴は目を見開き私と景生、そして丁を順に見比べた。

 その顔色が心なしか悪くなっていく。


「何で、そこに……また」

「また?」


 奴は震える手で丁を指差した。

 見ると何故か、丁の方も驚愕を露わにしながら目をぱちくりさせている。


「ま……間定、君…………だよね?」

「ん? 何で貴様……」


 問いかけようとした瞬間、唐突に記憶が掘り起こされた。

 確か私が目覚めた翌日。あいつに付いて学校に行った時、大蜘蛛の妖怪とやり合った。その時、向こうは人質として人間の小娘を——


 記憶が繋がり、手を打った。


「ああそうだ! 貴様あの時の小娘か‼︎」

「え、ひおうさん?」

「オイ……」

「道理で会った気がすると思った訳だ! そう言えば貴様、学校であいつによく話しかけようとしていたな! いやあ合点がいった!」

「学校って……何でそれを。というか間定君とはどういう関係で」

「オイ」


 いつの間にか歩み寄ってきていたそいつに、両肩を掴まれる。目の前では、悪い目付きをより険しくした糞餓鬼が凄い形相で睨みをきかせていた。


「どういう事だ」

「……あー」

「俺が納得いく説明出来るんだろうな? テメエ」

「待って間定君!」


 そこに丁が割って入ってきた。

 糞餓鬼は顔を曇らせ、ゆっくり渋々といった様子でそちらを向く。


「ひおうさんは私を助けてくれたの! 事情はよく知らないけど、何も悪い事なんて……むしろ感謝し足りないくらいだよ」

「……本当か? だってコイツ」

「聞いた。百年前の大妖怪って。それから私の事守ってくれるって、ちゃんと言ってくれたよ」

「!」


 奴は肩から手を離し、棒立ちになって私の顔をまじまじと見た。どれだけ驚いているんだ、腹立つ。


「お前……」

「フン」


 私は鼻を鳴らし、腕組みしながら視線を逸らした。

 貴様に従った訳じゃない。

 勘違いするな。

 調子に乗るな。


「ねえ間定君。その……妖怪って本当にいるんだね」

「……ああ」

「ずっと前から知ってて、ずっと戦ってたの?」

「……ああ」

「そうだったんだ。やっぱり……」

「…………」

「ありがとう」

「え……?」


 丁はぎこちない糞餓鬼に、深々と頭を下げた。

 奴はまた驚いた様子で、間抜けな声を出して少し後ずさる。


「二週間くらい前かな。あの時私、貧血で倒れたって事になってたけど……実は知ってるんだ。何かに襲われたの」

「…………」

「記憶はほとんどないんだけど。一瞬だけね……間定君の顔が見えた。それはちゃんと覚えてる。あの時も私、妖怪に襲われたんでしょ? それを助けてくれたの、間定君だったんだよね」

「私もいたぞ」

「そうなの⁉︎ じゃあひおうさんもありがとう。今回共々」


 丁はやはり、少し変わった奴だ。

 頑なに他人と関わりたがらないこいつ相手に、何かと話しかけようとしてきた上、直に見たとは言え妖怪をあっさり受け入れて。あんな事の後なのに、もうほとんど落ち着いている。


「凄い人だったんだね、間定君」

「俺は……別に」


 親しげに笑う丁に、戸惑う糞餓鬼。

 その様子を眺める景生は、若干嬉しそうにしていた。

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