表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
17/70

第16話「前日③-急襲-」

 男の姿を一言で言えば、異様だった。

 見かけ上の年齢は、恐らく青年と呼ばれる辺りだろう。背は高いが細身で、貧相とも言える体格。紺のシャツ、羽織った泥の様な色のロングコート、そしてジーンズに至るまで、全てツギハギだらけかつ裾はボロボロで、お世辞にもいい風体とは言えない。

 髪は紫色で、目が隠れて視認出来ない程ボサボサに伸びきっている。そして、右肩から斜めにかかった注連縄が異様さに拍車をかけていた。


「とりあえず十……いや、二十匹くらい適当に放り込んでみようか。どんな反応するんだろうねぇ」


 その浮浪者の様な不気味な男は、モヤの向こうの大妖怪を見ながら口元を歪めた。周囲に好戦的な目をした異形の妖怪たちを従えて。







 漫画雑誌を静かに閉じ、元の場所に戻して深呼吸をする。

 ……良し、落ち着いてきた。危ない危ない、あのままだと閉店まで雑誌を無心で読み続ける羽目になる所だ。


 さてと、もう迷子でないと言い訳する事は出来ないな……。どうするか。

 俺は携帯を持ってない。よって師匠を呼ぶ事も出来ないし、そもそもアイツを見つけるという目的すら果たせるかどうか怪しいし。つまり、今の俺に何かが出来るという見込みは薄いという訳だ。

 仕方ない、もう入口の所まで戻っていようか。流石にそこには辿り着けるだろうし、帰る時に必ず師匠も通るだろう。問題はアイツだが、それも師匠なら妖気を探れる筈だ。


 そうしてなんとか方針が固まり、足を動かそうとした時。


「ッ!」


 左目の下が唐突に落ち着きをなくす。

 小さな虫が蠢く様な嫌な感覚が、痣に張り付いて剥がれない。


 妖怪……!

 どこだ⁉︎


 反射的に左目を押さえながらもう一度深呼吸し、神経を集中させる。距離が遠いのか妖怪が弱い方なのか分からないが、疼きがやや小さい。このままでは正確な位置が割り出せない。

 もっと集中しろ……。


「クソ……」


 マズイな。

 探知するまでにまだかかりそうだ。

 大まかな位置さえ掴めれば何とかやれるのに……!

 店の中か?

 数は⁉︎

 師匠も既に気付いてるのか?

 アイツはどうなんだ……⁉︎


 思考が浮かんでは消え、新たな思考がまた生まれる。







「……!」


 何だ?

 すぐ近くに妖気……。

 まっすぐ私の方に向かってくる?

 それも速い。


「チッ!」

「急に何を……」

「いいから伏せろ!」


 丁に覆い被さりながら、接近する妖気と逆向きに跳び倒れこむ。

 直後、高所から岩石を思い切り叩き落とした様な轟音が響いた。砕けて飛んできた何かの破片が、ごつんと頭に当たる。


「痛っ」

「え……え⁉︎」


 即座に姿勢を整え、何かが突っ込んで来た場所と丁の間に立つ。

 その目の前の光景は、さっきまでと同じ場所とは思えない有様だった。丁度二人でしゃがんでいた部分は鎚で殴ったかの如く凹み、じはんきもまた同じ様に抉られ、破片がそこらに散らばっている。

 さっき頭に当たったのはあれか。人間なら重傷だったな。


 頭をさすりながら妖気を探る。


「……一匹じゃないな。次々湧いてきている。しかも全て近付いて……」

「ひ、ひおうさん……? これって……」


 おかしい。

 湧いた奴らの妖気は何て事ない、てんで小物ばかりだ。精々人間を襲うのがやっとの連中だろう。そんな奴らが揃いも揃って人間に目もくれず、私の方にまっすぐ近付いてくる。


 分からん。

 分からんがとりあえず、目の前にいる雑魚を問い詰める事にするか。


 右手を突き出し手の平に冷気を集める。

 空気が轟々と唸り、気温が下がってゆく。


「ふん。舐められたものだ」


 どうやらこの雑魚は、姿を隠すだけで私をやり過ごせるとでも思っているらしい。確かに探知は苦手だが、この距離で見失う程ではないんだよ。


 手の平を斜め右上に傾ける。

 その一点に向け、集めた冷気を解き放つ。

 空気が押し退けられる音が唸った。


「ウギャアアアアア‼︎」


 吹雪が衝突した中空から、けたたましい断末魔が発せられた。程なくして、岩に目が付いただけの簡素な見た目の妖怪が姿を現す。石ころは体を氷で覆われてゆき、やがて床に転がり落ちた。


「おいたわけ。小物共がどういうつもりだ?」


 無様な氷塊を見下し、足蹴にする。

 だがそいつは怯えるどころか、私を一瞥して笑ってみせた。


「ヒヒ……これが【六魔】、か」

「…………」


 足に力を入れ、氷塊を踏み砕いた。

 ばきんという音と共に透き通る欠片が空気中で輝き、場違いに幻想的な雰囲気を生み出す。


 この雑魚が、私の力量を測った気になるとは何様だ。問い詰めるつもりが、苛立ってすぐ殺してしまった。まあ次来た奴を尋問すればいいか。


「何だ?」

「爆発⁉︎」

「警察呼んだ方が……」


 近くの人間たちが騒ぎ始めた。

 馬鹿だな、貴様らが集まったところで無残に死ぬだけだというのに。別に人間がどんな死に方しようとどうでもいいから、勝手にしてくれて構わんが——


「…………む……」


 いや……あの糞餓鬼はそうじゃないんだった。

 しかも今回の奴らはどうやら私を狙っているらしい。そんなのがむやみやたらに人間を殺し始めて、それを放置したとあいつが知ったら……。


『やってくれたなテメエ』

『ま、待て! 早まるな……。その包丁で何をする気だ⁉︎』

『こうするんだよ……!』

『止めろ! それを自分の胸に近付けるな——』

 ざくっ。

『グハァ』


 ……冗談じゃない‼︎


「おい貴様ら! 危険だからあまりこっちへ」

「さっきこの人間庇ってたな」

「こいつ殺したらどうすんのかな」

「⁉︎」


 二つの下賤な声が聞こえた。

 その主たちは私の横を通り過ぎ、そのまま背後をまっすぐ進んで行く。そっちにはまだ状況を飲み込めていないであろう丁が……。


「ひっ⁉︎」

「させるかぁ!」


 振り返りざま、右手を払いながら氷柱二本を生成して撃ち出した。風切音をたてながら飛ぶその鋭利な先端は、正確に馬鹿二匹を射抜く。氷柱はそいつらを突き刺したまま、勢いそのままに壁へとめり込んだ。


「なに? 一体……どういう」

「おい、怪我は⁉︎」

「け、怪我はないですけど……私もう何が何だか」


 腰が抜けたらしく、丁はへたり込んだまま動かない。瞳は潤み、自らを抱く様にして震えている。

 おいおい冗談じゃないぞ。

 私一人狙われるなら問題ないが、よりによってこいつが巻き添え? 人間が傷付けられるとあいつが何するか分からん上、こいつには私個人の事情もあるというのに……!


「仕方ない、私におぶされ。あまり長時間背負える自信はないが」

「ひおうさん……」


 私は屈み、丁に背を向ける。丁は抵抗する事なく、私に体重を預けて首に手を回してきた。やや前かがみになりながら足を力ませ、なんとか立ち上がる。


「ふんぬ……!」

「重くないですか……?」

「わ、私を舐めるな」


 この状態に妙な既視感を覚えたが、とりあえず頭の片隅に追いやっておいた。今はそれより大事な事がある。


「おい小物共! 貴様ら何が目的だ! 私の事を知っているな⁉︎」

「は……はは…………。知ってるさあ」

「何しろオレたちを遣わせたのも、アンタと同類(・・)だからな……」

「何だと……」


 磔になった連中は、死にかけた口でそうのたまった。

 私は目を見開く。

 同類だと?

 この私と……?


 それはつまり……【無間の六魔】という事か……⁉︎


 どいつだ⁉︎

 あいつら今もまだ生きているのか⁉︎

 追及しようと奴らを見たが、既に事切れていた。


「ああクソ……」


 連中はまだ湧いてきている。

 そいつらは私を狙っている。

 人間は眼中にない様だが、丁は巻き添えになってしまった。

 しかも【六魔】が一枚噛んでるかもしれない。

 この状況で人間に手出しさせず、奴らを血祭りにあげるには……。


「丁よ。少し冷えるが我慢しろ」

「冷える?」


 冷気を周囲に展開し、体に纏わせる。

 そして丁の体を氷で覆い、私の体に固定した。


「何これ、冷たい……」

「だから少しだけ我慢しろ。氷を鎧の様に纏わせてるだけだ。貴様自身は凍っていない」

「は、はい。でもこれ……ひおうさんって何者ですか?」

「……後でな」


 やれやれ……あいつはあまり言わない方が良いと言うが、これは仕方ないだろう。安全な所まで言って、話はそれからだ。

 軽く周囲を見回すと、すぐに手頃な窓が見つかった。人が二人潜るには十分な大きさの、壊しやすい遮蔽物が。


「良し。まあ落ちはしないだろうが、一応しっかり掴まっていろ」


 丁の手の力が強まった事を確かめ、窓の方へと走り出した。背後からは有象無象たちが近づいてきている。だが人を背負ってる上、更に氷も付けているせいで思う様に走れない。


「ひおうさん後ろから……!」

「分かっているっ!」


 窓の方へと吹雪を放つ。

 透明の障害物は瞬く間に凍結し、全体に亀裂を作る。そして、視認出来ない程細かな破片となって空気中に散っていった。


 これで出口は確保した。

 行くぞ!


「振り落とされるなよ……‼︎」


 膝を曲げ、体を跳躍させた。同時に冷風を巻き上げ、自らの体を更に浮上させる。

 私は窓の外へと投げ出された。視界が開け、蒼天の下で全身を浮遊感が襲う。


「え? ちょっと⁉︎」

「落ち着け」


 私が目指しているのは上だ。

 このまま下に落ちる事などあるものか。

 いや、あってたまるか!


 翼を展開し、思い切り羽ばたいた。

 体が風を切り、大地が遠ざかり始める。

 丁の腕が必死に私にしがみ付いている事からも、かなりの速度が出ているのは明らかだった。建物の頂上が私の為に急速に降りてきている様な錯覚を起こす。


 勢い余って十尺程上へ上がった後、ゆっくり頂上に着地した。丁を固定していた氷を解き、そのまま下ろす。


「もう立てるか?」

「はい…………。氷? 羽……?」


 やや足元がおぼつかない様だが、立つぶんには問題なさそうだ。

 それより私のこの翼を見て惚けるとは……中々いい美的感覚をしているではないか。本来なら体を包み込めるくらい大きいのだが、それでも見惚れられるのは悪い気はしない。


「ひおうさんって……氷の天使とかですか?」

「違うな。外国から来たというのも嘘だ」

「それはもう……何となく分かりますけど。なら結局あなたは何者ですか⁉︎」


 恐らく人生最大の驚きの表情で、丁は私に問いかける。

 それが何となく愉快で、私は思わず口元を緩めた。


「——我が名は氷凰! 百年前最強と謳われた六匹の大妖怪、【無間の六魔】が一角だっ‼︎」


 髪をかきあげ、高々と名乗りを上げた。

 その直後、接近していた妖気の正体たる小物集団がここまで到達し始めたらしい。丁が「ひっ」と小さく悲鳴をあげ、表情を引きつらせた。


「安心しろ。貴様を守ろうとしているのはこの私だぞ?」


 丁の肩を叩きながらにやりと笑い、振り返って小物集団と対峙した。


「かかって来い有象無象。【六魔】の恐怖、魂の根源奥深くにまで焼き付けてやる。……いや、凍て付かせてやる、か」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ