第15話「前日②-氷凰と由于夏、時々鱗士-」
……飽きてきた。
このカラクリ階段、確かに面白いがこれしか芸がない。どうせなら乗っている者の意思で自在に動ける様にでもすれば良いのだ。片方から片方にしか行けないのでは、流石に飽きが来てしまう。
という訳で、別のものを何か探すとしよう。
私はカラクリ階段を降りた。何回も乗り降りしたから、ここが建物のどの部分かいまいち分からんが……まあいいか。
とりあえずまた適当に散策する。
見た感じ、ここにはどうも縦長で四角い物体が多い様だ。色は様々だが形は概ね同じで、全てに似た様な扉が付いている。
これは知ってるぞ。確か『れいぞうこ』とかいうやつで、あいつの家にもあった。何故か中は冷たくなっていて、そこに野菜やら何やらを貯蔵しておく為のものだ。
因みに家にあったやつは、開くと吹く風が心地良かったので、もっと冷やそうと思ったら勢い余って壊れた。
しばらく歩くと、今度は別の四角を発見した。色はれいぞうこ同様に一色でないが、形は縦長の他に小さな四角もある。そしてそれぞれ、妙ちくりんな扉が一つずつ付いていた。
これはあれだ……『せんたっき』だ。着ていた服をあそこに放り込んでおくと、綺麗な状態で取り出せるらしい。昔はたらいと板で洗っていたものが、結構な時代になったものだ。
当然の如くあれも家にあったが、仕組みが気になって色々触っているうちに何故か壊れた。
あのよく分からない丸いのは『すいはんき』で、そっちのすいはんきくらいの大きさの四角が『でんしれんじ』だろ?
なんだ、案外あいつの家にあるものばかりじゃないか。他に何か目新しいものはないのか? 例えばこう……アホみたいなふざけた術を解除する道具とか。勝手にものが冷えたり温まったりするものはあるんだから、それくらいどうにかして発明出来てないのか? あるなら貰うぞ、有無を言わせず貰う。
「…………」
というかどこだここ。さっきから景色が変わっていない様な気がしてきた。
あのれいぞうこさっきも見たぞ?
いや……別のか?
分からん。
景色がぐるぐる回り始めた。
ああクソッ、もしかしてここは結界の中じゃないだろうな!
ハッ、まさか……れいぞうことかせんたっきの配置によって生み出された、私の知らない現代の……⁉︎
おのれ人間謀ったな‼︎
「うがあああああーーーっ‼︎」
「ひゃっ⁉︎」
後ろから女々しい声が聞こえた。
結界に乗じて私を討ち取るつもりか?
舐めるなよクソ!
その面拝ませてもらうぞ!
「誰だっ⁉︎」
「あ、いやっ……何か頭抱えて唸ってたからどうしたのかと思って……。それで近付いたら、いきなり叫び出してびっくりして。えと、何か困った事でも?」
話しかけてきた女をまじまじと観察する。
ざっと見た感じ、どうやら退魔師とかそんな類ではない様だ。霊気も何も感じない。あとその眼鏡と横尻尾の髪型、どこかで見た気がする。
ふむ……妖怪や退魔師関係なしに人間と会話するのは何気に初めてだな。流れ的にこの小娘は、私を案じて声を掛けてきたらしい。
だが生憎私は、人間に気遣われる程落ちぶれてはいないのだ。
「何でもない気にするな。貴様には関係のない事だ」
「いや、とても何でもない人の絶叫には聞こえませんでしたけど……」
「それはあれだ。結界に囚われてるのではという錯覚に陥っただけだ」
「け、結界……?」
ああそうか、普通の人間に結界という単語は通じないのか。しまったな……小娘が不安と心配の入り混じった目で見てくる。
「良く分かりませんが、とりあえず一息つかれた方が」
「だから何でもないと言ってるだろう。私の事はいいからさっさとどこかへ行け!」
「……駄目ですっ」
「は?」
「ベンチのある所に案内しますから付いてきてください」
「な、何だ貴様! べんち⁉︎ こら腕を掴むな! どこへ連れてく気だ!」
小娘に強引に引っ張られ、私はどこぞへと連れていかれるらしい。
強引と言うかお節介と言うか……。
とにかく変な奴に捕まってしまった。
*
何故だ。
俺は電気屋に来たんだよな。
流石にそこから出る様な事はしていない。
ここは間違いなく電気屋だ。
電気屋なんだよ。
なのに何故、俺はおもちゃ売り場にいるのだろう。
右手には知恵の輪コーナーが、左手にはミニカーのコーナーが見えるのはどういう訳なんだよ……?
最近の電気屋はおもちゃ屋も兼任してるのか?
欲張りかよ。
いいだろ電化製品だけで。
絶対それで儲かってるだろ充分。
……ここは、俺が来る様な場所じゃないのかもしれない。
*
「…………」
小娘に引き連れられ、私は変な四角い物体の前に腰掛けさせられた。
べんちというのはどれの事だ?
その筒みたいなのがたくさん飾られた四角の事か?
それで当の小娘は、その四角い物体の前に立っていた。
「何か飲みたいものとかありますか?」
「話を聞かないな貴様は。もう放っておいてくれ」
「そうはいきません。とりあえずお茶でも飲んで、一旦落ち着きましょう」
そう言いながら小娘は、四角に薄い金属を投入する。ちゃりちゃりと小気味いい音がしたかと思えば、何やら指先で押す様な動作をした。そしてどすんと何かが四角の中で落ちた。
「? ⁇」
「よいしょ。はいどうぞ」
「……⁉︎」
小娘がそこから取り出したのは、あいつの家のれいぞうこに入っていた様な、中が液体で満たされた透明の物体だった。
何が起きた……⁉︎
あそこに金を入れるだけでこんな……。
え⁉︎
はぁ⁉︎
「どうしたんですか、そんなビックリして」
「貴様、一体……どういう術だそれは⁉︎」
「……やっぱり落ち着いた方がいいですよ。奢りますから飲んでください」
思わず立ち上がった私に、小娘は手に持つ水筒らしき物体を押し付けた。割と本気で心配そうかつ困惑した顔をしている。
「な、何だ。止めろそんな顔するの」
「だってさっきからおかしいですよ? ……まさかとは思いますけど、自販機知らないなんて事ないですよね」
「じはんき……?」
小娘の顔が驚きに変わった。
待て待て、私は別に変な事言ってないぞ。
そんな顔されるいわれは全くない。
むしろ私だ驚いてるのは。
「おい、貴様の常識が私の常識だと思うなよ⁉︎ れいぞうことかせんたっきとかも大概なのに、そのじはんきとやらまで見せつけられた私の気にもなれ! もう意味分からん!」
「そんな事言われても……。あ、もしかして外国の方ですか? 目と髪の色も目立つのに自然な感じだし」
小娘は合点がいった様に手を打った。
外国……。なるほど外国か、その手があったな。もうそういう事にして、さっさと話を片付けよう。そしてこいつから早く離れたい。
「あー、ごほん。……実はそうなのだ。こちらに来たのはつい最近でな。私が元いた場所は、この国で言うと百年前の文明に近いらしい」
「百年前⁉︎ そんな国あるんですか?」
「良く知らんがそうなんだろう。現に私はそんなものを見た事ない」
「へえ……そうなんですか。最近って言う割には日本語お上手ですね」
「ああ、まあな。このくらい私には造作もない事だ」
「凄いですねー。因みになんて国ですか?」
「……あー。それはな。…………言った所で貴様には分からん」
「マイナーな国なんですか」
「まいなあ……そうだな、ああそうだ」
もういいだろう、あまり食らいつくな。
時々意味の分からん単語を発するのは止めろ。
つい同意してしまったが、『まいなあ』って何だ⁉︎
「……因みにどういった理由で日本に?」
「聞きたがりか貴様は! 一息つけと言っておいて」
「ああ、すいません……。つい」
「全く」
立て続けに喋ったからか喉が乾いた。
この透明な水筒、どこを捻ったら開くんだったか。確か景生やあいつが開けているのを何度か見た覚えがある。
本来は人間に押し付けられたものなどその場で捨てるのだが、まあ利用出来るなら利用して損はない。これで喉を潤す事にしよう。
「ふんっ……! あれ」
「あの、持つ場所おかしいですよ」
「こうか?」
「ちょっと、ボトル逆さにしたら溢れますから!」
「何だ文句ばかり言って」
「……貸してください。私が開けます」
苦笑いしながら手を差し伸べられた。
こいつ……なに私を哀れんだ目で見ているんだ。
水筒の蓋が開かない事がそんなに哀れか?
別に人間の道具なんざ使えなくても支障はないが……見下されるのは我慢ならない。
「いや駄目だ。自分で開けてやる!」
「え? ちょっと」
「ぐっ……ぬぬぬぬぬ…………‼︎」
「あああ、だから持ち方おかしいですって! 横に持つんじゃないですよ⁉︎」
「うるさいたわけ! 私には私のやり方があるんだ!」
「えぇ……そんなムキにならなくても」
見ていろ小娘……!
私がこれを開けたら全力で賛美しろよ⁉︎
跪く貴様の姿が目に浮かぶぞ!
「こ……ん……のぅっ‼︎」
「あ」
「ん……?」
水筒を破壊せんばかりの力で捻った時、勢いがつき過ぎた。見上げた場所で、手からすっぽ抜けた水筒が空中で回転している。その拍子に、既に緩んでいたらしい蓋部分が完全に外れ、
「わぶっ」
中に入っていた液体をぶちまけながら、私の頭上に落下した。
「……あー」
「…………」
小娘はついに、どうして良いか分からないといった風に口を開けてぽかんとしていた。
同時に、私の中の何かが崩れた気がした。
「くっ……う」
「うあああ、泣かないで⁉︎ 大丈夫ですから!」
「何がだ! こんな、こんな惨めな事はないぞ⁉︎ あれだけ啖呵を切っておいてっ……私は! 私はぁーーーー‼︎」
「あぐ……胸倉を掴むのは止めてください」
くそ、くそ、くそっ‼︎
どんな奴だろうと返り討ちにしてきた私がなんて様だ⁉︎
こんな安っぽい水筒ごときで、未だかつてない程の生き恥を晒す事になるとは……。
あいつに術をかけられた時以上に、今の私は自暴自棄になっていた。そんな状態の私の方を、小娘がぽんと叩く。
「……いいですか。あなたは今、恥なんてかいてません」
「?」
そう言うと服の衣嚢から小さな布を取り出し、私の髪にかかった液体を拭き取り始めた。
私は何をされているのか理解が遅れ、されるがままになる。
「服はほとんど濡れてない……良かった」
「……?」
「ハイ、これで良し! 後は」
そして次に、屈んで床に溢れた液体の方を拭き取っていく。
「おい……何をしている?」
「証拠隠滅です」
「?」
「濡れた場所を綺麗にして、私も今起きた事を忘れます。そうすれば何事もなくなります。つまりあなたは恥をかいてなんていない!」
「な……⁉︎」
小娘は笑いながら右手の親指を立てた。
凄まじい衝撃が私を襲う。人間なんて嫌いな筈だというのに、何故だかこいつのこの行為が嫌じゃなかった。
少し考えてすぐ思い当たる。この小娘からは、私を下に見る態度がないのだ。それどころか、進んで私のために動いている。今まで会った連中とは、根本的なものが違うらしい。多分そういう事だ。こいつの態度がそう言っている。
気に入った。
小娘に視線を合わせ、肩に手を置く。
「何か?」
「私の名は氷凰。貴様は?」
「いきなりですね。ええと……丁といいます」
ひのと……丁?
何かが胸に引っかかる。
「実はさっきから思っていたのだが、貴様どこかで会った事ないか?」
「え? ないと思いますよ。だって……ひおう、さん? ってかなり目立つ見た目だし。会ってたら忘れません」
「そうか……まあいい。とにかく褒めてやる。貴様の様に何の不快感も覚えない人間は初めてだ!」
「笑顔でとんでもない事言いましたね⁉︎ 今までどんな人生歩んできたんですか」
全く、あの糞餓鬼は一度こいつの爪の垢を煎じて飲めば良いのだ。そしてもっと私を甘やかせ。好き勝手させろ。跪け!
「ニヤニヤしてどうかしました?」
「なに、面白い事を考えていただけだ」
*
意味もなく、漫画雑誌を立ち読みし始めていた。
自分でも思う。自暴自棄になっていると。ページを数秒に一回のペースでめくるが、その内容は全然頭に入ってこない。
もういい、どうでも。
認めりゃ満足かよ。
俺は完全に迷子になった。
せめてアイツの妖気を辿れりゃ……。
もう乾いた笑いしか出ない。
*
紫色のモヤが、誰の目にも触れられる事なく漂う。
監視対象である水色の少女を追い漂う。彼女もまた、モヤに気付く素振りも見せない。
「信じられないな……。人間と仲良くしちゃってさ。これがあの氷凰かい? 見る影もないとはこの事だね。百年寝てる間にネジが緩んだのかな? うん……閉めるのを少し手伝ってあげようか」
モヤの向こうで、男の姿をした何者かが嘲笑気味に呟いた。




