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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第13話「兄弟子たち④-少しの変化-」

 恐らくだが、今とんでもない事が起こっているのではないだろうか。俺と龍臣は卓袱台を囲って座りながら、黙してその光景を凝視していた。


 そこにいる人物は三人。

 一人の大男が凄まじいオーラを放ちながら仁王立ちしており、正座させた少女二人を圧倒的高低差をもって見下ろしていた。少女達は俯き目を泳がせ、まさに蛇に睨まれた蛙と呼ぶに相応しい様である。


「見ろ鱗士。あれが景さんだ」

「凄いな……。常に我が道を往く超自由人と、地獄の使者とも例えられた大妖怪が、無言の圧力で屈服させられている」

「俺たちはどうやら、とんでもない人を師匠に持ったらしい」

「それな」


 割と頻繁に疑いたくなる。

 あの人は本当に人間なのだろうか、と。

 走る車と並走したりするし、妖怪と戦り合って傷を負ったところも見た事ないし。差し詰め人間側における【六魔】って所だろうか。


「先に喧嘩売ったのは?」


 そんな事を考えてる間に、師匠による恐怖の尋問が始まった。女性陣二人は低い声に体をビクつかせる。


「……こいつ」


 沈黙を先に破ったのは、水色の方だった。

 やや俯きがちのまま、奴は隣の虎乃を指差す。


「本当か?」

「ああと……。その通りと言えばその通りやけど……」

「言い訳か?」

「ごめんなさい私が言い出しっぺですすいませんでした謝りますごめんなさい」


 師匠は有無を言わせなかった。まくし立てる様に平謝りする虎乃さんは中々見られないだろう。俺は生唾を飲んだ。


「でもなあ……。俺にも責任あるよなあ。虎乃が暴走する可能性を考えとくべきだった」

「そんな事言ったって。アイツがいつ、どこで、何をするかとか分からないだろ」

「大抵は分からん。でも今回のはちょっと考えれば分かる事だった。大方、目当ての妖怪について問い質した挙句、勢い余って挑発したんだろう……。あの子がその妖怪の事知ってる確証も何もないってのに」


 龍臣は溜め息を吐きながら頭を掻き、胸ポケットから煙草を取り出す。やはり色々と気苦労が絶えない反動なのだろうか、彼は溜め息と煙草がよく似合う。あくまでも俺のイメージだが。

 俺はジェスチャーで「どうぞ」と意思表示した。


 虎乃の暴走については俺も聞いた事があるし、その様子を見た事もあった。家族を惨殺した妖怪を探しているらしいが、その執着ぶりは狂気的ですらある。

 この話題に触れた時の虎乃が、妖怪と見紛う形相を浮かべている様は、十人中十人の脳裏に嫌でも焼き付く事だろう。


「まあ良かったんじゃないか? 虎乃が首を多少痛めたくらいで済んで」

「確かに、互いに大怪我なしで良かった……」


 煙草にライターで火を点け、一口ふかして苦笑いし、「それにしても」と龍臣は続けた。


「一瞬とは言え、虎乃と戦って互角か。しかも本調子じゃないんだろ? 末恐ろしいな」

「ああ。俺もあの時生き残れたのはほぼ運みたいなんだし」


 概ね龍臣に同意だが、俺から言わせれば虎乃も大概だ。

 俺とアイツは、今まで二回妖怪と対峙した。その両方において、アイツは苦戦どころか擦り傷一つすら負わずに圧勝してみせた。相手は決して弱い妖怪ではなかったし、アイツは全力とは程遠いコンディションなのに。


 そんなアイツと互角に戦えた初めての相手が、人間。その事実に、俺は静かに驚いている。

 同時に、劣等感も強く感じた。


「……やっぱ強いな。アイツも虎乃も」

「お前もな」

「え?」


 自虐的な意味の篭った独り言だった。

 少なくとも、自分を持ち上げる発言ではなかった。

 その筈なのだが、龍臣は思わぬ言葉を俺にかけた。


「平凡な男の目線で言わせてもらうとだな。お前は平凡よりも上の所にいると、俺は思ってる」

「いやいや、どう考えても龍臣のが上だろ。虎乃の横にいられる人とか他にいないだろうし」

「それを言うと、【無間の六魔】の横にいられる奴だって、そうそういやしないだろ」

「いやアイツは……バカだし」

「虎乃だって案外抜けてるぞ?」


 改めて強制正座中の女性陣を遠巻きに見つめる。

 確かにあの二人は似てる気がしなくもない。

 やたらと強い変わり者という点で。


「まあ強い云々は置いといて。お前ちょっと変わったな」

「……と言うと?」

「いや、最初はそんな気してなかったんだ。けど何と言うか……あの子とつるんでる時、いつもより感情的になってるなと」


 煙草を正座女子達の方に向ける龍臣。

 恐らく、というか確実に、アイツを指し示しているのだろう。


 それは……自覚がある。


「確かに……アイツと喋ってると、何かムキになる事が多い……かも知れない」

「やっぱりそうだよな? 鎖分銅ぶつけた辺りで確信に変わったんだ」


「仮にも女の子にする行為じゃないけどな」と、龍臣は笑った。第三者に指摘されて、俺は改めて自分がよく分からなくなった。


 アイツといると、俺が乱されていく様な気がする。

 反りが会わず、つい声を荒げてしまう。


「何なんだ本当。自分で言うのもあれだけど、俺ってそんなんじゃなかったのに」

「そうだな……。鱗士はあの子の事どう思う?」

「虎乃みたいな事を聞くな」

「いいから」

「……アイツと喋ってると腹が立つ。やたら上から目線だし、バカだし子供っぽいし。その癖メッチャ強いのとか余計にムカつく」


 驚く程スラスラと言えた事に、内心で苦笑いを浮かべる。どんだけアイツの事が嫌いなんだ、俺は。


「お前がそんなに言うなんて、やっぱり珍しい……いや、違うな」

「違う?」

「珍しいと言うより、いなかったんだ。そういう風な相手が。そういう風に思う程、よくつるんでる相手がさ」

「……!」



 龍臣は合点のいった表情で、灰皿に煙草の灰を落とす。


 だが俺はあまり納得がいかなかった。

 だってそんな事言ったら、師匠や龍臣たちの方が断然付き合いは長い。俺の人脈の広さは鳥籠以下なので、統計的な考えなど出来ないと言われればそうなのだが。


「……やっぱよく分かんねえな」

「今はいいだろ別に。少なくとも俺は、悪い事じゃないと思う」


 龍臣は満足げに頷き、煙草を咥えた。

 俺は仰向けに寝転んで天井を眺めた。

 今はいいと言われてもなあ。何をもって悪い事じゃないと言ったのか。アイツに乱されてるのがいい事? 妖怪の中でも最強クラスなアイツに?


 全然分からん。


「お、向こうも終わったみたいだぞ。正座から解放されてる」

「さいですか」


 首だけ動かして様子を見ると、ゾンビの様にフラフラとした足取りでこちらに歩いてくる二人がいた。正座が堪えているのだろう。

 虎乃はともかく、妖怪でも辛いのか正座。


「おう、ちょっとは反省したか?」

「少年…………私は本当に【無間の六魔】だったと思うか?」

「何があったんだよ!」


 生還した奴の瞳からは、最早輝きが感じられなかった。感情も自尊心も奪われてしまったらしい。少年とか初めて呼ばれた。


「ねえ龍臣…………今まで迷惑かけてごめんね」

「うええ誰だお前! 関西弁は⁉︎」


 虎乃もまた然り。

 揃いも揃って己のキャラを失ってしまっている。気持ちは分かる……余程怖い思いをしたのだろう。俺も師匠の怒りだけは買いたくない。


「全く、俺の近くには一人しかまともな奴がいないのか」


 師匠は呆れた様に言う。

 いやちょっと待ってくれ。それって俺もまともじゃない方に加えてないか? この二人よりは絶対マシだろ俺。


「それで龍臣、今日はどうするんだ?」

「普通に帰るよ。元々景さんがいない間……みたいな感じだったし、明日も普通に講義あるし」

「そうだね…………早く帰ろうそうしよう」

「帰ってこい虎乃。標準語のお前気持ち悪いぞ」


 煙草を灰皿に押し当てながら、龍臣は虎乃の肩を揺する。しかし悲しいかな、しばらく元に戻る事はないだろう。


「私は強い。私は無敵。私は最強。私は負けない。——多分、そう、だった、筈、なのに、何故、こう、なった」

「うるせえ……」


 奴は虚ろな目でブツブツ何かを言っている。

 大妖怪のメンタルズタボロ過ぎるだろ。

 ああ、俺は何でこんな奴に命懸けてんだ。


「オイバカ、凹むなら一人で静かに凹めよ。ブツブツ言うのやめろ」

「バカ……?」


 奴の瞳に、若干の光が灯った。

 どうやら、「バカ」という単語が何らかのキーワードらしい。


「……バカ」

「…………」

「バカバカバカバカバーカ」

「……んああっ!」

「うお⁉︎」


 俺の顔目掛けて踏み降ろされた足を、転がる事でギリギリ回避する。氷を食らった訳でもないのに、背筋がヒヤリとした。


「あっぶねえ……」

「くそ貴様! 少し大人しくしていればいい気になりおって! 貴様は一体何度私にバカって言う気だ⁉︎」

「復活早いなクソ。あと一週間は静かなままで良かったのに……」

「こいつ……!」

「ああもう落ち着け、悪かった悪かった」


 奴の拳が今にも顔面に叩き込まれそうなのを察し、俺はせっせと立ち上がる。師匠がこちらを見ているので、これ以上いらん事言うのは止めておいた。油断するとすぐ言い争いに発展しそうになるな。


「……本当に悪い事じゃないのか?」

「何だって?」

「別に。独り言だ」







 水色だった空には、いつの間にか薄っすらと暗がりが掛かっており、時間が流れていた事を感じさせる。そんな日の陰り雲の浮かんだ空の下、俺たちは龍臣たちを見送る為に玄関先に出ていた。

 俺の隣にいる奴は少し面倒臭そうに、その正面で虎乃はバツが悪そうな苦笑いで立っていた。因みに虎乃が正気に戻ったのは、ほんの数十分程前の事である。


「あはは〜……。その、ゴメンな氷凰ちゃん。つい頭に血が上ってもうて。あかんなぁ私」

「フン。この私を侮辱した罪が簡単に許されると思うな……と言いたい所だが。今回はまあ、特別に水に流してやる」


 奴は髪をかきあげ、珍しく意地を張らずに大人の対応をとった。

 偉大さを演出したかったのかどうか知らないが、確実に師匠の怒りが頭をよぎったのだろう。そうでなけりゃ悪態を乱発しているに違いない。


「……貴様の言ってた妖怪の事は、私は知らん。【無間の六魔】にそんな奴はいなかった筈だ」

「! ……そっか。ありがとうな」


 虎乃さんは儚げに笑った。

 その時何を思っていたのか……それは俺には窺い知れない。


「次は前もって連絡入れてから来るから。鱗士も元気でな」

「ああ、待ってる」

「まあお互いにって事で」


 一方男性陣は、至極一般的な挨拶を交わす。

 そして俺の兄弟子二人は、笑顔で手を振ってから振り返り、歩いて去っていった。


 その背中が小さくなった頃、師匠は「飯にするか」と玄関を潜ったが、俺と奴はしばらく並んで突っ立っていた。


「家戻んねえの?」

「貴様こそ」

「……お前さ、何でさっき虎乃に妖怪の事話したんだ? そんな柄じゃないだろ」

「…………」


 奴は無言になった。

 そよ風に髪を靡かせるその佇まいは、喋りさえしなければ美少女であるという事を俺に再確認させた。容姿の年齢は俺と変わらない癖に、どこか哀愁を漂わせる。


「よく分からん。妙な気分だ」

「……そうか」


 やがて告げられたその答えは、さっきの俺のものと似ていた。

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