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鎖の縁の奇譚  作者: タク生
第1章「奇譚開幕」
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第10話「兄弟子たち①-白井口虎乃と青葉龍臣-」

 午後三時半近く、駅に到着した電車から、二人の男女が下車した。ともに年齢は二十代前後といった所だろうか。二人は並んで歩き、それぞれ隣り合った改札に切符を通して通過していく。


「いやぁ、コッチ来んのも久々やなぁ。お正月以来やっけ?」


 おっとり気な顔立ちの女性の方が、快活な関西弁でそう言った。

 彼女の身長は日本人女性の平均よりも高めで、少し癖があり所々が跳ねた黒髪をしている。Tシャツ、羽織ったパーカー、スカート、背負ったリュックと着ている衣服は全て黒を基調としており、活発な口調とは対照的だった。

 更にアクセサリーとしてなのか、腰にはベルトの様なもので、翡翠色の勾玉が十個ぶら下げられていた。

 拳大のサイズのそれらは彼女が歩く度にぶつかり合い、カチカチと音を立てる。


「なあなあ、今二人とも何してると思う?」

「……何でそんなに呑気なんだ」


 その様子に、隣の男性は溜め息を吐きながら苦笑いした。

 彼もまた、一般的な同年代の男性よりも少し逞しい体格をしていた。整髪料で後頭部の髪を逆立て、白地に黒のラインが中心線上に一本入ったワイシャツにジーパンを着用し、肩からスポーツバッグを下げている。

 どこか浮世離れしたような隣の女性と違い、容姿や服装は平凡な部類に含まれるだろう。


「結構やばい事態なんだろ? 緊張感持った方がいいと、俺は思うんだが」

「まあ大丈夫やろ。暇がなかったら来んでもええって言われたくらいやし」

「……何だと⁉︎ お前っ、昨日急遽来てくれって連絡あったって……!」

「あ」


 女性は口を滑らせた事に気付いたが、特に誤魔化しもせず、右手をコツンと頭に当てて舌を出し、男性に向かってウインクしてみせた。

 その態度を見せられた男性は、頭を抱えて膝から崩れ落ちそうな程悲愴な表情を浮かべた。


「嵌められた……また……」

「てへぺろっ」

「止めてくれそれ! 毎回毎回それ見せられる俺の気持ちを考えてくれよ!」

「こんな可愛い子のてへぺろ何回も見れて、ホンマにラッキーやなぁ」

「違う! 馬鹿もう違う!」


 男性を弄び、彼女はケラケラと笑う。


「いやぁ、ごめんごめん。だってあんまりあの二人に会う機会ないやん?」

「だからって……俺を騙す理由はないだろう」

「せやな」

「出来れば認めないで欲しかった」


 男性はどうにか立ち直ったらしく、諦めた様な表情で頭を掻いた。隣の女性は変わらず笑顔で、これからの事を楽しみにしている様子だった。


「……何かヤバイ妖怪が目覚めてもうたらしいけど、どんなんやろ。景さん電話じゃ教えてくれへんかったなぁ」

「そんな連絡お前によこすなんて。どうなるか想像つくだろうに」

「どうしてるんかなぁ……鱗くんは」


 ある少年の名を、彼女は嬉しそうに口にした。







 ボーッとしている事が多くなった。

 元から学校じゃほとんど何もしてなかったが、この前奴が池の妖怪を瞬殺したのを見てからは、家でもそうしている事が増えた。テレビを見ていても、本を読んでいても、授業を聞いていても、その内容が右から左へと抜けていく。


 俺があの時アイツに殺されなかったのは、ほぼ運のお陰なんだと改めて痛感した。無力な自分に呆れていた。


「……い。おい、糞餓鬼!」

「ん」


 いつものように席に座り、頬杖をついていた俺を揺すりながら、奴は耳元で喚いた。

 我に帰り、教室内を見渡す。生徒は一人も残っていなかった。上の空になっている間に、授業は終わってしまっていたらしい。


「帰るか……」

「フン! さっきから呼んでいたのに無視を決め込みおって」

「無視してた訳じゃない。考え事をしてただけだ」

「たわけ。貴様のようにちっぽけな存在の考え事が、この私を待たせるのに値すると思うのか?」

「うるせえな。じゃあ一人でさっさと帰ってろよ」

「勝手にどこかへ行くなと言った癖に……」

「ああハイハイ、俺が悪かったよ」


 いつもの様に言い争いながら教科書その他を鞄にしまい、帰り支度を整えていく。ただでさえ憂鬱な学校でまでコイツと面を合わせたくはないが、まだ師匠が帰らないので仕方ない。コイツを放置は、シャレにならない。


「因みにお前、学校楽しいと思うか?」

「ん? そうだな……まあまあだ。何しろ百年間もあんな所にいたからな。例え人間の溜まり場だろうと暇潰しにはなる」

「……やっぱり気が合わないな」


 支度を終え、俺は鞄を肩にかける。

 さっさと歩いて、教室を後にした。


「前々から思っていたが、貴様は何故学校じゃそんなにつまらなそうにしているのだ? 薄暗い面が余計に辛気くさくなっているぞ」

「ちょっとくらいオブラートに包め」

「何だそれは。おぶらあと?」

「……もう別にいいや」


 大妖怪とのやりとりに慣れかけている自分が恐ろしかった。軽く戦慄しつつ、廊下を歩いて下駄箱に着く。


「あ」

「…………」


 そこに女子生徒が一人いた。サイドテールの黒髪と眼鏡を掛けたその顔に見覚えがあり、俺は思わず固まる。

 

「む……この小娘確か」

「ゴホン」


 俺は咳払いしながら奴を肘で小突き、固まっていたせいで生じたタイムロスを大幅にカバーする凄まじい速度で靴を履き替え、小走りで校門へ向かった。


「待って間定君! 聞きたい事が」


 俺は無視して、小走りから本気の走りに切り替えた。更に何度か呼び止める声が聞こえたが、やがて小さくなっていき聞こえなくなった。俺と彼女との距離が、十分離れたという事だ。


「おい、何を急に走り出すんだ」

「……色々聞かれると面倒だし」

「あー、道理で見た事ある小娘だと思った」


 奴は手を頭の後ろで組みながら言う。


 彼女はあの時、蜘蛛に捕らえられていた生徒だ。

 確か丁由于夏……だったか。


「妖怪の事なんて話してどうする。彼女は一般人だ」

「いや、あいつ気絶していたからそんな事に気付いてないだろう」

「……念の為だ」


 揚げ足を取られたが、平静を装う。


「人間はそんな考え方が好きだな。しかしだ糞餓鬼、私が聞きたいのはそれじゃない」

「? じゃあ何だよ」

「貴様は何故そう……孤独でいたがる?」


 グサリ、と氷柱を心臓に突き刺されたような気がした。

 嫌々とはいえ、こういつも隣にいるのだ。バカ妖怪でもいつかは聞いてくるとは思っていた。


「……人といたくないから」

「は?」


 わざわざ隠す必要もない。触り程度に話しておこう。

 奴は案の定というか、俺の第一声に対して訝しげな声を発した。


「誰かと関わり合うのは、苦手だ。一人でいた方が気楽なんだ。……周りの人はよくやるよ」


 ——何より、俺に他人と関わるような価値はない。

 心の中でそう付け足した。


 ふと隣を見ると、奴は露骨に顔をしかめて俺を睨んでいた。


「貴様あれだな……腹立つな」

「ッ⁉︎ 何でだよ?」

「いや、貴様の事を腹立たしくないと思った事はないが、今の発言はこれまでの比じゃないくらい腹が立ったぞ」

「だから何でだよ⁉︎」

「知らん! 何故か分からんが腹立つものは腹立つんだ!」

「会話が成り立たねえなお前は……!」


 互いに「フンッ!」と鼻を鳴らしながら顔を逸らした。コイツと会話すれば、やはり最終的にこうなる。


 その後はしばらく会話のないまま帰り道を歩いていた。だが奴はイライラが収まらないらしく、腕組みをしたままで険しい表情を浮かべっぱなしだ。しかも耳をすますと、ブツブツと何か言っているらしかったが、その内容までは分からない。


「……の………ふ……死…………殺…………」

「…………」


 何か、陰気な気分になってきた。

 隣で呪文みたいにこんな事されてちゃ当然だ。

 止めろそれ、気になってしょうがない……!


 俺は耳を塞ぎながら歩く事にした。全くの無音というのも逆に落ち着かないが、呪文に対し無抵抗なままでいるよりはマシだ。

 両手で耳を完全に覆うと、周囲の音が遮断された。遠くの鳥のさえずり、俺たちの足音、奴の呪文程度の小さな音はほぼ聞こえなくなり、この状況はさっきと比べ余程快適に思えた。

 このまま家に着いて、とりあえずテレビにでも貼り付けておけば静かになるだろう。


 さて、よく考えれば分かる事ではあったのだが……。

 俺はこの時、非常に無防備な状態だった。両手は塞がっており、聴覚も遮断されている。更に脳内は奴をいかにして黙らせるかという事しか取り扱っておらず、他の事に気を回していなかった。


「……ん?」


 よって、気付くのが遅れた。

 背後から走る足音が迫ってきていた事に。

 必然的に、振り返るのも遅くなる。


「なッ⁉︎」


 目を見開いた頃には既に、走ってきていた人物と俺との距離は約三メートルにまで迫っていた。直前まで別の事を考えていたせいで、状況が全く整理出来ず脳が混乱を起こした。極め付けには両手も耳の位置にあり、咄嗟の対処も間に合わず——


「おっ久ぁーーーーーーーーーーーーーッ‼︎」

「グホォッ‼︎⁉︎」


 俺はその人のタックルを、正面からモロに食らう羽目になった。正確には抱きつく姿勢で飛びかかって来たのだが、大して差はない。

 胃を突然圧迫された衝撃で、あまりよろしくない呻き声とともに何かが出そうになったが、気合いで何とか耐えた。しかし崩れた姿勢は立て直せず、俺はそのまま仰向けにぶっ倒れた。


「あれ……ちょっと突然過ぎた? 鱗くんダイジョブ?」

「大丈夫に、見えるか……」


 捻り出した搾りカスのような声で反論するが、その人は悪びれる様子もなく、笑顔で俺の上に覆い被さっていた。

 見上げた視界では、奴が唖然とした様子で突っ立っている。流石の大妖怪も、この状況は飲み込めていないらしい。


「ごめんごめん。ほら、後ろ姿見かけたからついな」

「ついの感覚で俺の事半殺しにするの止めろよ⁉︎」

「……誰だ」


 独り言なのかどうかは知らないが、奴はごもっともな台詞をポツリと呟いた。それに反応して、その人は俺の上から立ち上がって軽く服を払う。


 その人は女性で、俺の知っている人だった。

 明るい口調とは逆に、来ている服は黒で統一されている。ただ一箇所、腰にぶら下げられた翡翠色の勾玉を除いて。


 彼女は奴と対面してもその笑顔を崩さず、それでいてほんの少し威圧感を放った。


「初めましてやなぁ……【無限の六魔】の妖怪ちゃん」

「…………」


 奴も彼女のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、目付きが険しくなる。そんな一触即発といった状況の後方から、もう一人の足音が聞こえて来た。


「待て待てストップ! こんな所で何始める気だ!」

「……嫌やなぁ、冗談やって。いくら私でも、それくらい弁えてるわ」


 走って来た男性の静止に、彼女はおどけたように対応する。整っていながらもどちらかと言えば平凡なその男性も、俺の知っている人だ。


「久し振り、鱗士。再会早々災難だな……」

「本当だよ」


 彼はやや申し訳なさそうに俺を労う。

 俺は内心かなり感動した。

 何せ周りがこんな感じだから。


「おい糞餓鬼、こいつら何者だ?」

「……俺の先輩で師匠の弟子」


 奴の疑問に対し、この上なくシンプルな答えを返した。


 女性の方は、白井口虎乃(しらいぐちこの)

 男性の方は、青葉龍臣(あおばたつおみ)


 彼らは俺の兄弟子にあたる二人だった。

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