第6幕
朝起きて学校に向かう。日頃は誰も賢一に見向きなどしないのだがこの日は賢一を見てくる生徒達もちらほらいた。学校に着いたのは朝礼のチャイムが鳴る数分前。席に着くと前の席にいる岸辺をチラッと見てみた。岸辺もこっちを見ているようだ。
1時限の数学が終わった折、岸辺の方から賢一の座る席に歩み寄ってきた。
「おい、伊達、それどうした……?」
「気持ちが悪くなってやった。岸部君には関係ないでしょ?」
「いや……そうだけど早くなおせよ。目立つぞ。ソレ」
「心配してくれるんだね」
「伊達さ、昨日伊達の横にいた先輩は何か部活しているの?」
「先輩? 同級生だよ。彼は。それがどうかしたっていうの?」
「えぇ! 先輩とかじゃないのか!? オレらと同級生なのかぁ……」
「部活ならしているよ。なんの部活かは教えてあげられないけどね」
「そっか。ごめん。良かったら、野球部に見学おいでって言ってよ」
「うん。わかった。言うだけならね……」
「伊達、お前意外と喋るんだな……」
「なんのこと?」
岸辺は用件を済ませたかと思われると岸辺の班へ戻った。野球部の連中と何か話している。隣の教室に気にしている人間がいるのにわざわざ賢一に聞くとは何と馬鹿な奴なのだろうか。そう賢一は思った。しかし2時限の授業が終わった折、岸辺含む野球部の連中が教室からスッポリいなくなっていることに賢一は気づいた。賢一は珍しく自分の席を立ち、隣の教室を覗き込んだ。野球部の連中が江川を囲んで話している。連中も江川もいい笑顔で話している。それを見た賢一は不愉快になって教室に戻った。
3時限が終わった折も岸辺たち野球部の連中達は教室を出ていた。昼休憩から隣の教室に行っている様子はないが賢一はどこか不安な気持ちになってきた。このまま江川が野球部に入ってしまうのではないか? そんな予感までしてきて段々と気分は重くなる。やがてホームルーム終了の時間となった。酷く長い1日がやっと終わる。図書室に江川はいるのだろうか……賢一は重たいカバンを持ち、教室を出ることにした。
教室を出た際に、賢一を待ち構えている蒼崎と岸辺に遭遇した。
「伊達、お前それ今日中になおしておけよ?」
「はい。すいません。やっぱりいけませんか」
「当たり前じゃあ。教務室はお前のそれの話題でいっぱいだったぞ」
「先生、こうなったのはオレの責任でもあります」
「変なこと言うな。ええか? まだ散髪屋も空いているから、行っとけよ!」
蒼崎は岸辺を残し教務室へと去っていった。つづけて岸辺が賢一に話をかけた。
「伊達よ、あの江川って奴と部活を起こすって?」
「うん……さ……悟君と話でもしていたの?」
「ああ。少しな。先輩も監督も野球部に呼べって言うからさ」
「悟は野球部に入るって言ったの?」
「言うわけねぇよ。あれは人のいうこと聞かない奴だ」
「うん……たしかに」
「あの……うまく言えないけどさ、お前ら頑張れな」
「ありがとう」
岸辺はダッシュで去っていった。振り向き際には、賢一に少し笑ってみせた。そこには嫌味などどこにもなくて……いつもの賢一を見下ろす顔つきもなかった。
図書室に行こう。賢一の中にある不安はどこかに消えた。そして江川のことを悟と言えた自分に満足をしたりもした。
悟は図書室の前で立っていた。図書室の中には入ってないようである。
「おお。だてっち。遅か……何だよその頭は?」
「自分で自分の髪を切ったんだ」
「切るならもうちょっと上手に切れよ」
「うん。頑張ったつもりなんだけどね」
「よくねぇよ。図書部のヤツらにネタにされるぞ」
「あぁ、図書部の部活の日だ。そういえば……」
「うん。そうだ。だからあんまし入りたくないの」
「そうだね。ボクたち図書部じゃないものね」
「うん。今日はだてっちと一緒に戦争をしかけようと思ったけど……」
「戦争? 部活を襲うの?」
「しねぇよ。うん。今日はしない。しないほうがいい。予定変更にする」
「予定変更?」
「オレと一緒に散髪屋に行こう」
二人は悟の親戚の床屋さんへ行くことにした。学校から少し離れた光南の町々。二人は道中で色んな事を語り合った。目的の床屋は懐かしき吉島東小学校の方にあるようだ。話し込むと時間が経つのは早いが暑さで時間と距離が長引く。
たまらず賢一は暑さを愚痴りはじめた。
「ようけ歩いたね」
「うん。疲れた?」
「うん。ちょっと」
「おい、元陸上部の長距離だろ。しっかりしろよなぁ」
「こないだまでの話だよ。それ。喉渇いたなぁ……」
「あそこ。自販機があるから、何か飲んでいこうか?」
6月の日差しはだんだんと日をますごとに暑くなってきているようだ。賢一の額から汗が少し出てきていた。自販機で買ったカルピスもすぐになくなった――