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放課後HEROES-children of the revolution-  作者: いでっち51号
第1章「ふたりきりの文芸部」
4/41

第3幕(挿絵あり)

∀・)本編最重要話のひとつになります!※長いお話になりますので注意!

 図書室には誰もいない。図書室の中に入りきょろきょろとまわりを見渡した。やはり誰もいないような感じだ。ホッと息をついて近くの椅子に座ると、図書室の左奥に男子が一人見えた。江川悟である。江川は奥の本棚で何かの詮索をしている様子だ。賢一は恐る恐る江川に近づく。あまりにも賢一が静かに近づくので詮索に集中している江川は賢一に気づいてなかった。やがて賢一が江川のすぐ傍に来た時、江川は賢一に反応した。二重の目を大きく開いて賢一のいる方へ振り向いた。



「うわ! ビックリした! 入ってきたなら入ったって言えよ」

「ご、ごめん、あまりに図書室が静かだったからさ……」

「だから静かに入ってきたのか」

「う、うん」



 江川は淡々とした口調で賢一に話しかけてきた。



「中学の図書室って誰もいないよな」

「うん」

「今日の選挙さ、伊達君は誰に入れた?」

「学級委員長? 生徒会長?」

「生徒会長だよ。学級委員長はどうせ同じクラスのヤツに入れたんでしょ?」

「う、うん……。生徒会長は伊東さんに入れたよ」

「俺も伊東さんに入れたな。まぁ、伊東って先輩が当選なのだろうけどねぇ」

「やっぱり清水さんはおとなしそうで、伊東さんは賢そうだからかな……」

「そうだなぁ。あの清水って人、無理に立候補させられたのだと思うんだよなぁ」

「……清水さんと知り合いなの?」

「違うよ。何となく推測できるの。内容が決まりごとに聞こえなかった?」

「聞こえなかった……」

「うん。世の中知らないほうがいい事はたくさんある。例えば学級委員長なんて所詮クラスの人数がその人の投票数みたいなものさ。1年生のなんかは伊達君のクラスの金子さんに決まったようなもの」

「そういえば金子さんの名前がようけぇ書いてあったね」

「伊達君のクラスのみんなが書くからさ」

「え……そういうものなの?」

「そういうものだって。1年はたしか4組の中でC組の人数が多かったはず」

「そうなの? 江川君は何でも知っているね」

「そうでもないよ。最近色々つまらないよ。伊達君さ、何か面白い話ない?」



 江川の突然の妙な質問に賢一は困惑した。数秒沈黙をした。江川はカバンからガムを取り出し1本ほど賢一に渡し、もう1本取り出したものを噛みだした。



「噛みなよ。気を取り戻そう。難しいこと聞いてごめん」

「こんなところでガム噛んでいいのかな……」

「生真面目なヤツ。誰もいないっての」



 江川が堂々とガムを噛んでいる。



 まじめな性格をしている賢一であったがこの場の雰囲気がガムを噛まないと気まずいものになりかねないこともあって、ガムを噛んで落ち着くことにした。ブドウの味がしみた。江川の方を向くと江川はガムを口から膨らませていた。どうやらフーセンガムのようだ。ガムのフーセンを割り、少し噛んで紙に包めて近くのゴミ箱に捨てた。賢一もかんだガムを捨てることにした。それからまた淡々とした口調で江川は賢一に話をかけてきた。



「伊達君は学校楽しい?」

「…………あんまり楽しくないかも」

「だろうね。オレも同じだけど、この図書室にいるときは落ち着いていられるよ」



 江川の目線が江川の手元にあった本に向けられた。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』である。江川はまたガムを取り出しガムを噛みながら少し話を変えてきた。



「伊達君は本を読んだりすることはあるかな?」

「読まないかな……」

「ふうん。そう。いいや。伊達君は家にいる時に何をするの?」

「ゲームとか?」

「なんのゲーム?」

「ポケモンとか?」

「へぇ。ポケモンならオレもするよ。明日ここに持ってきてよ」

「え? ゲームボーイを?」

「うん。見せたくないなら無理に持ってこなくていいけど……」

「いや、そうじゃなくて、学校に持ってくるのは……ちょっと」

「やっぱり、生真面目なヤツだな」

「そうかなぁ……」

「まぁ。いいや。ポケモンの話はまたの機会にしよう。いろいろ聞いていいかな?」

「う、うん……別にいいけど……」



 それから賢一への質問が続いた。家族やクラスの班員のことまで根掘り葉掘り聞くことが続く。時間が経過して江川の表情が次第に和らいできた。



「伊達君は意外と喋るんだね」

「どういうこと?」

「いや、最初の印象があまりにおとなしかったから何も喋らないヤツかと」

「うん……確かに普段はそうだね」

「もうちょっと声を出したら違うよ」

「そうかなぁ……」

「いやいや、責めているんじゃなくて、思ったことを言っただけだよ」

「ありがとう……ごめん」

「謝らなくていいよ。まじめな野郎だなぁ」



 長い時間を共に過ごしたせいか、江川に対して段々と好感を持つようになった。



「さっきからオレが聞いてばかりだから、オレのことを少し話そうか?」

「うん。そうだね。お願いします」

「わかった。そうだな。オレが学校の近くに住んでいるのは話したよね?」

「うん。聞いたよ」

「伊達君と同じ吉島東小学校出身だよ。でも小学校では会うことがなかったな」

「うん。そうだね」

「家はおかんとオレの二人。兄弟はいない。それと他の家と違って父親がいない。昔離婚したらしくて。オレが小さいときの話だから全然覚えてなんかないのだけども。そんなのだから、おかんは夜まで働いて夕飯は遅くなる。オレの家の場合、夜ご飯といった方がいいのかも。あとオレの家は金がないから、お小遣いとかも一ヶ月で千円ぐらいか。もしくはないか。でも、それでは欲しい物が買えないからな。近所の親戚の床屋とか、親戚のばぁちゃんのトコロでときどきお手伝いをしているよ。それでもたまにだし。もらえて三千円ぐらい。やっぱり厳しい世の中だよなぁ……」



 江川の話が長らく続いた。賢一にとって江川は最初から未知の存在であったが、彼自身の話を聞けば聞くほどやはり賢一と全く違う世界で生きている男子である。それを知ることで賢一の中にある江川への興味は少しずつ湧いてくるようだった。



 江川の話によると彼は賢一たちの住む広島に小学6年生のときに引っ越してきたとのことだ。もともとは岩国にいたが母方の祖母のいる広島の地へ母親と一緒に戻ってきたとのことだ。ただし江川の祖母は江川の叔母と一緒に住んでおり、その叔母と江川の母の仲が悪いので母親と二人で暮らしているのだとのこと。岩国にいた頃は友達が何人かいたが広島に来てからだんだん音信不通になっていき、吉島東小学校でも吉島中学でも友達ができることなく今に至ると言う。普段は親戚のお手伝いや家で本を読んだり、テレビゲームをしたりしているらしい。



 小学4年の頃から5年の引っ越す頃まで水泳の習い事をしていたとも話した。あまりに赤裸々に自分の話をしてくる江川が賢一には衝撃的でもあり感動的でもあった。賢一は心のどこかで思った。この男は悪いヤツではないと。これほど心を開いて自分の話をしてくれるのかと。江川に何か伝えたい賢一だが喋るごとに勢いづく江川の話を止められない。図書室には賢一と江川の二人しかいない。さっきまで静かでひんやりとしていた図書室もどこか温かい空気に包まれた。



 それから江川が少し息をついて、落ち着いた面持ちで賢一にある話をかけた。



「伊達君は何か部活はしている?」

「ううん。何もしてないよ?」

「そっか。実はオレ、こないだまで水泳部にいたんだ」

「そうなんだ……」

「うん。でもまぁムカつく野郎ばっかしだったから辞めた」

「そうなんだ。あの、実は僕も、こないだまで陸上部にいたんだ」

「へぇ~伊達君、走ったりとかするの」

「でも練習についていけなくて……」

「そっか。ハハハ。なんか同じだな。オレ達」

「うん、ある意味そうだね。ちょっと驚いた」

「伊達君はもう部活とかする気はないの?」

「?」

「いや、もしもだよ。もしもできるなら」

「どうかな……陸上部はいいや……」

「そりゃそうだ。一度辞めたんだ。オレだって水泳部なんてもうどうでもいい」



 部活の話題が急にでてきた。賢一はこの後のことを安易に予想できた。間違いない。何かの部活の勧誘だ。しかし江川は1年生でこれといった友達がいないと本人が話している。とても何かの部活をしている感じに見えない。そう考え、ふと江川の表情をみる。あの江川がやや困惑した表情をしていた。どうやらまた沈黙の空気になりそうなことを察した賢一は勇気を出して江川に尋ねてみた。



「あの……江川君は今、何かの部活をしているの?」

「いいや。何もしてないよ」

「何もしてない?」

「うん。これから部活を起こそうと思っている」

「部活を起こす?」

「うん。この中学に“文芸部”を起こそうと思う」

「ぶんげいぶ? どういうことなの?」

「そうだな。ちょっと話すと長くなるけど、聞いてくれるかな?」

「うん……聞いてみるよ……」



 賢一は図書部の勧誘を江川がしてくると彼との話の中で思えた。どうやら少し違う様子だ。ただの部活の勧誘ではない。文芸部とはいったい何か。江川も何かをうまく伝えたいのだが、思うように話せる自信がある様子でもない。それでも何かを賢一に話したい。とにかく賢一に話してみたい。そんな気持ちが何となく賢一に伝わってはいた。



 賢一は江川の話を最後まで聞こうと思えた。再び江川が息をついた。彼は話を一区切りする時、また少し気持ち落ち着かせて話しをしたい時に息をつくクセがあるらしい。



「オレの文芸部とはそんなに関係がないけども……図書部の話をしよう。全く関係ない話でもないからな。ここの図書部の活動は、図書の貸し借りの手伝いと毎週水曜日にしている部活の参加。オレもワケあって、金曜と土曜の貸し借りの手伝いをしている。図書部のメンバーでもないが。図書部の説明はここまでだ。話についてこられるか?」

「うん。ようするに江川君は図書部じゃないのだよね?」

「うん。まぁ。そうだけど、金曜と土曜まで手伝いやっているせいか、毎度毎度、図書部の勧誘は受けるよ。でもオレは好かないんだよなぁ……図書部の連中ときたら変なヤツばかりさ。とてもじゃないが仲良くしたいなんて思わないよな」



 江川が一息ついた。江川と図書部の間には何かがある。それぐらいは賢一にも分かった。しかし江川のいう文芸部とは一体何なのか? イマイチよくわからない。また何故に図書部の手伝いを江川がするのだろうか。賢一が疑問の数々を江川に問う間もなく江川が再び話をはじめた。



「水泳部を辞めてからさ、オレは本を読むのが好きでよくこの図書室に来たよ。静かに本が読めるかと思ったら大間違い。図書部の受付の女ふたりがウルサイのなんの。アレが普通の図書館だったら、閉鎖もんなぐらいだよ。そんな嫌な日があっても、オレはこの図書室に通い続けた。ある日“文芸部”を思いついたんだ。思いついてからは、スグに動いた。図書部の部活に参加して話してはみたけど、まるで聞いてもらえなかった。連中はとにかくオレに図書部に入れと言うばかり。人の話なんてまるで聞きやしない。結果、金曜と土曜の役員になった。こういう感じさ。気持ちだけでも分かってもらえる?」



 江川が賢一に話をふり、話を止めた。賢一に何かを同情して欲しいようだが賢一は“文芸部”が何なのかが気になってしょうがなかった。しかしそんな賢一でも何となく江川と図書部との関係や江川が図書部の手伝いをするようになった事情などが彼の話の中でみえてきた。ひとまず今度は賢一から問いかけた。



「その……江川君のいう文芸部ってなに?」

「あぁ。そうだな。その説明とか全然してなかったね。ごめんよ」

「ううん。別にいいよ。なんとなく江川君のこと分かってきたよ」

「そうか? 図書室のオレがオレの全てではないけどな……」



 江川が少し図書室の天井を少し見上げた。



 電気も何もついてなければ何もない。



「そうだなぁ……文芸部の“文芸”とは本をつくることかなぁ?」

「本をつくる?」

「まぁ、現実的には難しいだろうな。オレたちみたいな中坊じゃあな」

「本をつくることをするクラブなの? なんか色々大変そうな感じだね」

「本をつくる部活か…………もうちょっとカッコよく言いたいな」

「カッコよく言いたい?」

「物語をつくる部活だよ」



 江川が少しばかし微笑んだ。それから照れ笑いもしてみせた。



「具体的なことはやってみないと分からない。まだ文芸部の活動は始まってもない。伊達君にこれ以上うまく話はできないけど、この学校で部活を起こそうと思ったら、3名のメンバーを集めなければいけない……もしも、もしもだけど、お願いできるなら、是非、お願いをしたい」




「伊達君と一緒にこの学校で文芸部をしたい。お願いできるか?」


挿絵(By みてみん)



「うん。よくわからないけど江川君にお願いをされるなら。うん」




 江川の表情が一瞬で喜びにあふれた。彼の八重歯がキラリと光った。



「マジか! 良かったぁ! とりあえず1名だ! 選挙運営の係になって良かったわ。へへへ、やったぞ! どんなもんだい! ホントにありがとう!」

「うん……あの……何をすればいいのかな?」

「あ、そうだ。これを書いて欲しいのだが」



 江川より入部届の紙を渡された。入学時に陸上部と記入したあの用紙である。そんなことを思い出しながら賢一は自分の名前と所属クラスを書く。文芸部が何か……やはり賢一にはよくわからなかった。しかし賢一は江川との話の中で江川は信頼できる人だと思えた。また江川の頼みごとなら何でも聞こうと思えた。よもやまた部活の入部届を書くことになろうとは思ってもみなかったことだが、今はとにかく江川ともっと親しくなってみたい。賢一はそんな気持ちにあふれた。



 気づけば夕方の6時になっていた。体育会系の部活も終わり、図書室もとうにしまっている時間である。賢一は江川と一緒に図書室の鍵を事務室へ返しに行き、その後に一緒に下校をすることにした。江川の家によって欲しいと頼まれたりもしたが遅い時間ということもあって江川の住むマンション前で別れることにした。それから月曜日の放課後に図書室で会う約束をした。賢一は家に帰ってから選挙の話より江川の話を嬉々と家族に語った――



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― 新着の感想 ―
[良い点] 友達できてよかった賢一。 同じ選挙管理の係をしたのも何かの縁。きっかけがなんであれ、学校つまんないなって考えて退屈に過ごしていた日々が変わっていきそうな予感が伝わります。 大場のような常に…
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