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放課後HEROES-children of the revolution-  作者: いでっち51号
第1章「ふたりきりの文芸部」
3/41

第2幕

 江川悟。彼の立ち振る舞いは強烈なインパクトがあった。彼が座席に座る際、後方でささやかながら小さな拍手を送る先輩もいた。その後は当然の如く大場の問いが江川に集中するが、彼はひとつも間違えることなく大場に返答を返した。お陰様でポジションを同じくする賢一は九死に一生を得た。これ程までしっかりしている人間と組めば当日も安心だ。第2回のミーティングは無事に終わった。江川が賢一に話をかけてきた。


「やぁ、どうも。お名前は?」

「………………」

「何とか言えよ? ええと、だて? 伊達君というの?」

「あ……あの……」

「何?」

「ありがとうございます」

「何でお礼なんか言うのさ?」

「ボク、大場先生が苦手だったの……助かった」

「大場でいいよ。あんなヤツ。先生なんて呼ぶな」

「うん。そうしようかな……」

「で、伊達君よ、明日が本番だから、打ち合わせをしようか」




 それからふたりは選挙に向けての打ち合わせを短時間でおこなった。



 二人の役目はまだ一年ということもあって、そこまで大変なものではなかった。大場が生徒に確認をとってきた事など実際の仕事内容と関係ない事がほとんどだ。打ち合わせの中で賢一は次第にどこか安心感を覚えてきた。ただこの時の賢一と江川は打ち合わせのみをしただけであり、それ以外の話に触れることはなかった。打ち合わせの後に江川は「用事がある」と言い、賢一のもとを去ろうとするも「明日一緒に登校をしよう」と賢一に言ってきた。賢一には生まれて初めてのことだ。内心は嬉しくもあったが、素直になれない一面もあって戸惑いがあった。そんな複雑な表情を見せる賢一を江川は不思議がるも颯爽とどこかへ向かった。江川の住む家は学校近くのマンションの中にあるとのことだ。



 翌日、学校で選挙が行われた。この日の朝、約束どおり賢一と江川は学校近くの信号機で待ち合わせて一緒に登校した。今朝の賢一はガチガチに緊張していた。そんな賢一を察してか江川はとても熱心に賢一へアドバイスと称する大激励を送った。賢一が心配な江川は朝礼のチャイムがなる直前まで賢一を鼓舞し続けた。とても緊張していた賢一だったが江川伝授の深呼吸をしてだんだんと気を落ち着かせていった。



 昼食時間が終わっていよいよ本番。教室を出た賢一は真っ先に江川と合流した。忘れ物がないかお互いにチェックし、江川から緊張をしてないか再度にわたる確認があった。しかしこの時の賢一は不思議なほど落ち着いており、余裕があるようだった。その様子をみてからか江川は賢一に選挙と関係ない話をかけた。



「伊達君は放課後空いているの?」

「え? うん、特に何もないけど?」

「今日学校が終わったら図書室に来なよ」

「うん。わかった。何かあるの?」

「そりゃあ、図書室で話すよ。とりあえず体育館へ急ごう」



 2人は体育館へと足早に向かった。賢一は図書室の件を気にしつつも、神経をこれからの仕事の方に向けた。やがて体育館に到着。すでに会場は準備が完全に整っていた。一年生に関しては賢一と江川が一番乗りであるようだ。2人はさっそく決められた2人のポジションに着いた。既にそこには席と椅子が用意されており、大場まで用意されていた。余り嬉しくない偶然である。



「早いな。二人とも」

「いや、彼がやる気満々なもんなので」

「え? いや……その……」

「そうか忘れ物はしてないか」

「はい。二人でみっちり確認しましたから」

「よし、伊達頑張れよ!」



 賢一は肩をぐっと大場につかまれた。



 この時に大場の顔に浮かんだ笑顔はどこか温かかった。すぐに大場は去った。二人の役割は体育館の入口付近で投票用紙を渡すこと、また何か異変があれば対応をする役割とのことだ。現実的にまず異変と呼べることなど起きたりしない。また二人の座るブース以外にも同様のブースはいくつかあり、そのブースごとに担当の先輩まで居た。立候補者が登壇している間の時間はひたすら座っとくだけに等しい。ものすごく退屈な時間であったが大場の目に入るかもしれないので、私語だけは誰しもが当たり前のごとくしなかった。やがて選挙は終わった。



 選挙後、会場の後片付けや一年生の開票の手伝いをした。それも実際は簡単な単純作業だった。選挙後の処理が終わって大場の「お疲れ様でした」「きっとこの経験が役立つ日がくる」と言うお話を聞いた後に各役員は解散した。役員会で行われたあの大場の確認作業は必要だったのか? 賢一はそれが疑問で仕方がなかった。その選挙も終わり……教室に戻ろうとした時、江川が賢一に話をかけた。



「図書室で待っているよ」



 江川はそう言って彼の教室へ帰った。そうだった。賢一の頭の中は図書室への誘いへと移行した。彼が教室に帰った際、クラスでは金子が1年の学級委員長になるかならないかの話題で盛り上がっていた。蒼崎より賢一に今回の選挙運営の感想を前に出て話してもらうよう頼まれたので賢一は「いい経験になりました。友達ができたかもしれません」と話した。しかし誰も聞いている様子はない。こうしてその日の学校は終わった。賢一が教室を退室する際、蒼崎が話かけてきた。



「伊達、友達ができたかもしれませんなんてないど」

「はい?」

「相手のことを友達だと思えば充分お前の友達なんで。そいつは」

「はい……」



 蒼崎はため息をついて職員室へと向かった。




 蒼崎の言うことは賢一にはわかっていた。4月の話だ。とあるホームルームで自分の班以外の班へ行って自己紹介をするというレクリエーションが行われた。当時の賢一は入学して間もないこともあって、とても緊張していた。その結果、根暗な少年のPRは散々なものであった。この時に蒼崎が賢一にこう声をかけた。



「伊達、もっと自信を持て」



 賢一にとっての壁。それは彼の小学生の時代から続くもので、担任の教師から年を重ねるごとに言われ続けた。賢一は心底ウンザリしていた。この時の蒼崎の思いやりある言葉かけも賢一には嫌味にしか聞こえない。気分が悪くなったのか、気がつけば図書室に向かう足を止めて2階廊下の窓からグランドを眺める自分がいた。陸上部が練習をしている。楽しそうに話をする連中。賢一はそれを見て更に不機嫌になった。2階廊下は静かだ。空っぽの教室がただ並んでいる。そんな静寂に身を任せた。



 ひと時の静寂に気持ちを落ち着かせてから10分は経過しただろうか。賢一は江川を図書室で待たせていることを思い出し、再び図書室へと歩き出した。この時の賢一に何の不安もなかったのかと言えばそうではなかった。江川という男子に謎めいたところは多く、深く話した事もないので彼は未知の存在だ。まして賢一はいじめ経験の数多き男子。図書室に行くと江川を含む何人かの男子がいて、図書室でいじめられるのかもと妄想してしまう節もあった。蒼崎の言うように江川を友達だと思えば充分に賢一の友達なのだろうか?




 生まれてから何年も友というものを持った事がない賢一には大きな賭けだ。何の用件も言わずに図書室に呼び出すことが特に不可思議でならなかった。賢一は小学校時代、とある男子と約束した待ち合わせ場所へ行き、そこで数名の男子に囲まれていじめを受けた過去もある。今回のことでその二の舞にならないことが賢一の一番の望みだった。やがて図書室前に着く。図書室は嫌に静かだ。このまま帰ってしまおうかと一瞬躊躇したが勇気をだして図書室のドアをそっと開いた――

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