第6幕
昼休憩の時間。悟は屋上で待っていると話していたので屋上にあがることに。中学に入って学校の屋上にあがるのは初めてのことである。屋上には賢一たち以外にも多くの生徒が弁当を持って談笑をしながら時間を過ごしていた。視点をあちらやこちらに向けるが悟の姿はどこにもない……とその瞬間に後ろから何者かが背中を押した。余りにも突然の出来事に驚いた賢一だったが犯人は悟だ。それがわかった途端に安堵した。悟は左手に大きなウインナーを持っていた。フランクフルトだ。
「ハハハ! 驚きすぎっての。隙だらけだったぞ。背後」
「そりゃ、おどろくよ。一生懸命探していたのにさ……」
「そりゃあ、どうも。お? だてっちは昼食が弁当なのか?」
「うん。作ってもらっている。悟君はいつもそれ?」
「そんなわけないだろ。オレの昼食はオレの気分次第だよ」
「気分次第?」
「うん。弁当な時もあれば、学食な時もあるってこと」
「今日は学食な気分ってこと?」
「そうだな。そんな感じ……」
今日の天気は快晴。日差しも強く今が夏であることを思い知らされるほどだ。白い大きな雲が青い背景に活きる。そんな青空が見える屋上の上で腰を下ろし、仲良く昼食を食べる賢一と悟の姿はどこか絵になるような光景だ。
「悟君はさ、本当に友達がいないの?」
「うん。いない。いるようにみえた?」
「……うん」
「図書室で文芸部の話した時に確か話したよ」
「そうだっけ」
「うん。そういやあれから一週間も経ったんだな」
「そうだね。早いもんだね」
「だてっちは休憩時間とか昼休憩とか何してるの?」
「え?」
悟の質問に戸惑ってしまった。この頃は悟に対して、どんなことでも即答する賢一であったが。机に伏せて休み時間を過ごしている自分を話す勇気がなかった。ごまかすのもできなかった。賢一にも悟以外の友人がいない事は悟も承知済みだ。数秒ほど沈黙した空気が流れた。
「……オレはいつも本を読んでいるよ」
「そうなんだ」
「宮沢賢治ばかりだけどな」
「面白いの?」
「面白くなきゃ読んでなんかないだろ」
「それもそうだね」
悟の表情がいつもより少し冷めているのに気がついたのだが、そんなことより話のボキャブラリーが少ない自分そのものを痛感していた。悟が話を続けている。
「たまにはクラスの奴と話すこともある。なんの面白味もない話だけどな」
「同じ班の人とか?」
「色々かな。文芸部の件でオレを珍しく思っている奴はいるよ」
「そっか。ボクは教室で話すことはないな……」
「なんで? いまこうして普通に話しているのに?」
「なんでだろう。悟君と話す時は落ち着くかな」
「ふうん。そう。嬉しいような嬉しくないような」
「どういうことだよ?」
「いいや。気にすんな。それより新入部員を1日もはやく見つけたいなぁ」
吉島中学校の屋上にて吉島中学文芸部の2人が昼休憩の満喫をした同時刻、同じ屋上にて『吉島中学文芸部』の話題を語り合う2年生の女子児童がいた。生徒会の高木玲と同じクラスの稲村という女子である。二人は幼き頃から仲良く、小学生の頃からクラスを同じくするジンクスを持つ同士。もちろん同じ班である。
「文芸部?」
「うん。今この学校で部活を起こそうとしている男の子がいるの」
「玲ちゃんもそこに関わっているの?」
「うん。ある意味。部員ではないけどね。由佳は興味ある?」
「ないよ。書道部の部長だよ。部活の掛け持ちなんてもっての外」
「アハハ、そりゃそうだよね。冗談。でも、こういうことってなかなかないよね?」
その後「玲ちゃんが興味津津なだけでしょ」と稲村が高木に話して文芸部の話題は終わった。余談だが賢一達と高木達の距離はこのとき至近距離に近いと言っていいほどのものだった。お互い会話に集中していたからなのか全く気づくことはなかった。悟ははっきりした声で何度か「文芸部」を口にしたが何とも不思議な偶然でこの時に何も起きなかったのはある意味必然だったのかもしれない。しかし賢一だけは何かを感じとっていた。そのせいか少し離れて談話をしている2年の女子二人に目が向いたりした。ほんの少しの瞬間的なことであった。
「……おい、どこ見てんだ?」
「あ、ごめん。なんか知り合いがいたような気がして」
「クラスでろくに話さないオタクに知り合いがいるのか?」
「ひどい言い方だね。そういえば何の話をしていたっけ?」
「部活……いや放課後の話だよ。だてっちは何かしたいことある?」
「いや、ボクはなんでもいいよ。悟君のいうことに従うよ。うん」
「それでいいのか? ま、今までそうしてきたか。じゃあ。今日はオレの家で」
悟が賢一に悟の家で放課後を過ごすとの活動指令を出した約十分後に昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴った。気づけば屋上にいるのは賢一と悟だけだ。二人はこんなに会話をすることに夢中になっていたのかと驚きながら猛ダッシュで教室に戻った。時間が早く経過するときは不思議と早く経過する。賢一はそう実感した――




