第11幕
土曜日、六月の第二土曜日にあたるこの日は学校が休みだ。
悟は毎週土曜日に親戚のお手伝いをしているとのことで、賢一はいつも通りの土曜日の休みを満喫した。昼間まで寝て、昼間からゲーム。目が痛くなったら一休みして漫画を読む。あまりにもだらけきった中学生の一日。しかしこの日は何をしても明日のことが気にかかってしょうがなかった。思えば今週は学校で悟と過ごした時間が大半だった。悟に夢中になる自分とゲームに夢中になる自分は違う。賢一は一人部屋に横たわって天井を見上げていた。
中学生になって自分は何が変わったのだろう。
部屋に流れる音楽に身を任せた。
賢一がラジカセを買ってもらったのは中学生になって間もないときの話だ。そもそもの目的は好きなアニメの主題歌を聴く為だったがその目的は変わった。
賢一が陸上部を辞めてからというもの、彼の生活はすこぶる暇なものになった。そんな彼がテレビゲームと同じく習慣づけていることがあった。月曜から金曜にかけての平日の五日間NHKFMで『ミュージック・スクエア』という番組があり、毎日のように賢一はそのラジオ番組を聞いていた。中村貴子さんというラジオパーソナリティが番組進行を務める番組でメジャーな歌手からマニアな歌手の歌まで幅広くリクエストに応じて色んな楽曲を流してくれるというものだ。ときには大物ゲストを呼んだりもする番組だった。
時代の風潮なのか恋愛をテーマにしたラヴソングが多く、賢一が聴いていた音楽もほとんどがそうだった。思春期にも入ってない賢一は勿論歌の意味を理解することなく、ただ聴いた感じの雰囲気で気に入った曲のCDを買っていった。賢一が音楽にハマりだしたのはこの頃からの話である。そんな賢一に意味を深く味わいながら聴いていた歌があった。それはちょうどミュージック・スクエアを賢一が聴きはじめた1月末のことだ。とある音楽番組で見かけたとあるミュージシャンの一曲だ。
髪を真っ赤に染めた彼の姿は、おとなしい賢一にはかなり刺激的過ぎだったがテレビ画面の下に流れながら出てくる歌詞の一つ一つが賢一の心を掴む。
気がついたら賢一はhideの『rocket dive』をCDショップで購入した。それからことあるごとに賢一はそのCDを流した。ときに母親と喧嘩したりした時はラジカセのボリュームを最大限にして聴いたこともあった。もうこのCDを買って半年が過ぎた。そういえばhideはもうどこにもいない。部活を辞めた後、『rocket dive』を歌った心の英雄はこの世を去った。
5月は憂鬱になりやすい月だと言われるけども賢一にとって今年の5月は最高に憂鬱な5月だった。色んな想いが賢一の頭の中をよぎる。ラジカセのリピート機能を作動させて何回この歌を聴いたことか。今ここでこうして部屋中に溢れているのもhideのこの歌だ。
ふいに歌の一節が賢一のなかで残った。そして賢一はあたまの中でひとつの世界を創造した。大きな宇宙船が宇宙を駆けめぐる。その宇宙船の中、hideが操縦席で運転をしている。賢一と悟は窓越しに数えきれない銀河に浮かぶ星の数々を目を輝かせながら見ている。そんなイメージがだんだんと湧いてくる。
賢一は自分の部屋の机に座り、自然とノートを開いて何かを書こうとしていた。しかし何の言葉も浮かばずにロケットだか大きな鉛筆だかよくわからない物体のイラストをノートに描いた。
次第に眠くなって、彼は目を閉じ、夢の中に入った――




