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放課後HEROES-children of the revolution-  作者: いでっち51号
第1章「ふたりきりの文芸部」
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第10幕

 金曜の放課後。今日明日は賢一と悟の二人で図書室を貸しきれる日だ。そんなことに期待を膨らませながら賢一は図書室のドアを開けた。図書室には多くの生徒がいた。悟は受付で本を読みながら座っている。賢一に気がつくとこっちに来て欲しいと手招きをした。図書室にいる多くの生徒は赤い上履きを履いている。みんな2年生であることは確かだ。



「悟君、これは一体どういうこと?」

「どこかのクラスの企画らしい。面倒だよな」

「図書室で本を借りてこい……みたいな?」

「うん。まぁ、そんなの。手伝ってくれる?」

「うん。どうしたらいいのかな?」



 悟が説明をはじめようとしたところ、次々と2年の先輩たちが本を持ってきた。悟は慣れた対応で次々とハンコを押して対応していった。




 図書室に残った生徒が3名になったところで悟の説明が始まった。作業自体は簡単なものでハンコを図書カード小さな欄に押して来週の金曜にあたる六月十九日を本の裏にあるラベルに記入するというものだ。ただし2週間借りられる物も中にはあり、悟が借りている図鑑はそれにあたるという説明も受けた。悟の受付の姿を見たからか、賢一はさほど難しく感じなかった。



 1人の女子生徒が本を持ってきた。賢一が対応してみることにした。少しぎこちなさが感じられたが難なく無事に図書室の役員をやってみせた。その後の男子も賢一が受付をして最初よりもうまくできたと手応えを感じられた。残る生徒はあと一人。



 先ほどまで受付をする賢一をそっと見守っていた悟だったが最後に残った一人を「オレがする」と言って受付で待ちかまえるように最後の一人を待った。大人しそうな男子だ。幼い童顔で一学年上の先輩とはとても思えない感じだ。



 余程本が好きなのか単に図書室から出づらいのか本を受付に持ってくるまで1時間以上もいるようだ。本を受付に持ってくる際もおどおどした態度が目立つ。



「来週の六月一九日までに返してください。お願いします」

「はい」

「あの、ところで先輩はなにか部活はされていますか?」

「いや、何も……」

「よかったら是非ボクたちの文芸部に入って下さい!!」

「いや、いいです! 用事があるので帰ります!」



 終始おどおどしていた童顔の先輩は小走りで去っていった。走り方がとっても滑稽だったので賢一は例の先輩が図書室を去った後、思わず吹き出した。



「ありゃあオカマだな」

「ご、ごめん、走り方がアハハ……アハハハハ!」

「ウケすぎだっての。また来週来るぜ。あのオカマ」

「来週も来るの? 勘弁して欲しいな~」

「気づいてないだろうね。選挙の時いたよ。アイツ」

「え? 選挙運営委員にいたってこと?」

「うん。確か大場のちかくの席にいたような……」

「そうだっけ? 覚えてないなぁ」

「まぁ、いいや。どうせダメだったしな」

「2年生の先輩とかも勧誘していくの?」

「うん。範囲を広げないと。ウカウカしとれないよ」

「でもボクがした二人には勧誘してなかったけど?」

「二人とも部活しているとわかったから。二人ともラケット持っていただろ?」

「ああ、そういえば。あれはバトミントン部のラケットだったね。なんとなく」

「そう。いや~しかし大変な一仕事だったな~」

「うん。大変だったね。こんな日もあるんだね」

「当たり前。誰も使わなくちゃ、図書室が泣く」

「金曜と土曜に本をかりに来る人はいたりするの?」

「たまに来るよ。稀だけど。今日みたいなのは多分もうない」

「ビックリしたよ。ドア開けたら、たくさん人がいたからさ」

「うん。まぁ、珍しいことも起きるものだよな」

「そういえば、珍しいことに、体育の工藤先生が休んでいるよね?」



 それから二人は学校のあれこれを語り合った。同じ一年生ということもあり、教師の話題が中心だ。特に悟のクラスの担任の太城の話題は酷く盛り上がった。ブツブツ何かを喋りながら授業を行う太城は謎多き男だとして宇宙人説や超能力者説などなど二人のありえない妄想話のモデルとなってしまった。



 正体不明の教師の話から、トイレの花子さんや口裂け女などの怪談話に話題がとんで、次第に学校の七不思議を自分たちで作ってしまおうという話題に入った。それもほどなくして小時間で飽きることとなった。それからつい先ほど遭遇したオカマ先輩の話題に戻ろうとした時に悟がハッと何かを思い出したかのように彼の鞄から一冊のノートをとり出した。ノートのなかには悟の作った五七五が十個ほど黒いペンの大きな字で書かれていた。



『空高ク 世界ヲ制シ 高ラカト』



 悟の作った十個の五七五は、すべてが漢字とカタカナとで構成をされていた。この発想はなかったと感心した賢一だったが特に際立って印象に残ったのがこの一句であった。



「全部、漢字とカタカナでできていて……カッコイイ感じだね」

「うん。ただ言葉をならべて作るよりも、断然いいでしょ? これも発想だね」

「うん。そうだね。これなんか特にカッコイイ感じがして好きかなぁ……」

「おお、いいところを突いてくれた。それこそ、オレの本望であり夢なのだ」

「本望って?」

「世界征服!」

「世界征服?」

「うん。言葉のとおりや」

「戦争でも起こしたりするの?」

「違うな。そんなことはしない」

「どういうことなの?」

「オレは他の奴みたいに、塾にも行ってない。これといった習い事もしていない。だから欲しいものなんて簡単に手に入らない。そう考えたとき、ふと思いついた。世界を征服してしまえばいいってね。そうすればさ、欲しい時に欲しい物が手に入って、食べたいときに食べたいものが食べられる。こんなに簡単でうまい話はないだろう? とても、すごくいい話だろう?」

「うん……でもそれはどうやってするの?」

「そうだな。やり方なんていくらでもあるのだろうけども、賢くやりたいものだ。例えば、ある本を書いてさ、世界中のありとあらゆる人間を感動や感心させてさ、味方につけるんだ。善い奴でも悪い奴でも味方の数さえあれば世界を動かせる。やがて誰もがいう事をきくようになったら?」

「うん……でもそれはできる事なのかな?」

「やるんだよ! 世界征服するには仲間をつくることだ!」

「まず、この学校に文芸部をたてる。そこから仲間を増やすことだ。夢はでかく持たなくちゃ。どうかな? だてっちは、この計画に賛同してオレの仲間としてこの偉大な計画に付き合ってくれるだろ?」

「うん。なんか楽しそうだね。是非喜んで!」



 世界征服という言葉を爽やかに堂々と話す悟が賢一にはカッコよく見えた。大人からしてみれば馬鹿馬鹿しく思えるような子供のやりとりではあったが悟と賢一の二人はその時を真剣に過ごした。やがて外は雨が降り出した。



「そろそろ帰ろうか」

「うん。あ、昨日借りた傘しか持ってきてないや。ごめんなさい」

「だろうな。いいよ。月曜返して。月曜は確か晴れの予報だから」

「うん……ごめんね」

「帰る前にさ、生徒会に寄っていい?」

「え? いや……別にいいけど……」



 生徒会室にいい思い出がない賢一だったが悟の意思を止めることはできない。生徒会室は1階廊下のちょうど真ん中にある。ドアの前には生徒会へのお便りを書く紙とそれを投入するBOXが設置してある。壁にはこの度生徒会長に就任の伊東がお便りの返事を書いたものが貼り出されていた。『会長の眼鏡は一体どこで買われましたか?』など。どうでもいい質問等に真摯に伊東会長が綺麗な字で誠実に答えているのが印象的だ。



 悟がノックすると生徒会選挙に出ていた清水が出てきた。悟を見ると三澤の名前を呼んで中へと入っていった。数秒もたたないうちに太った大柄の先輩が生徒会室から出てきた。細い目付きでこっちを見ている。



「えがわ? 何よぉ? そろそろ帰ろうかって時にぃ」

「いや、三澤さんに紹介だけはしておこうと思ってさ」

「紹介? んんん? 何? 横にいるキミのことぉ?」

「……あ。伊達賢一です。よろしくおねがいします」

「うん? ああ、新しく図書部に入ったコォ。キミがぁ」

「図書部じゃない。文芸部だ。一緒にするんじゃねぇ」

「相変わらずムカつくのぉ。なにがいいたいのかなぁ」

「コイツはオレの最高のダチだ。覚えておいてくれよ」

「はいはい。まぁ、せいぜい頑張りなよぉ。さよなら」



 三澤はそう言い残してドアを勢いよく閉めた。バチンという音で耳が痛くなる。悟は何をしたかったのだろうか。いずれにしても三澤の印象は限りなく悪かった。



 激しい雨が降りしきる中で白と黒の傘ふたつが並んで動いていた。悟は最近流行りの流行歌を口ずさんでいる。SMAPの『夜空ノムコウ』だ。その一方で神経質な賢一はひどく雨水がかかる足元をみていた。



「思っていた以上に最悪だね」

「それは三澤のこと? この雨のこと?」

「どっちも。三澤さんとははじめて会ったけども」

「うん。でも出世をするのだろうな。あのデブは」

「生徒会長になるのかな?」

「どうだろうな。オレは間違っても投票しないな」

「うん。そうだよね。ところで、雨がひどいね~」

「ああ。だてっちの靴、びしょ濡れだよな……」

「うん。明日には乾くかなぁ。これ」

「え? 靴一足しか持ってないのか?」

「うん。そうだけど」

「靴は何足も持つものだよ。今度一緒に買いに行こうよ」

「え……いつ行くっていうの?」

「日曜とかでもよくね? いいのを買うのだったら、街の方に出るとか」

「街? そんなに遠くに行っていいのかなボクたち」

「おいおい。小学生じゃないんだから。せっかくだ。日曜日行こうや」



 多少戸惑いを見せる賢一であったが悟の言葉に乗せられて明後日の日曜に靴屋に行く約束を交わした。同時に伊達宅に悟が来る話まで話題は発展をした。この日は賢一が足元を中心にひどく濡れていた為に悟の家に寄ることは賢一の方から断念をした。悟の方は何も濡れていなかった為「気にしすぎだ」と賢一に言ったが賢一の心配りを察してか最終的に無理強いはしてこなかった。



 賢一は帰宅後スグに浴室でシャワーを浴びて服を着替えた。雨に濡れた靴をドライヤーで乾かしながら「何故自分は足元を濡らしたのだろうか」と考え込んだ。勿論結論なんか出る筈もない。



 賢一が帰ってから数時間後に母が帰ってきた。賢一はずっと待っていましたとばかりに悟が日曜に家に遊びに来る事とこの日に靴を買いに行く為に小遣いが欲しい事を母親に話した。母親はそれを快く承諾してから一万円札を賢一に渡した。



 ここのところの賢一はどこか今までの賢一と違う。この変化に母も父も感心をしていた。それもこれも中学校で出会った江川という友達ができてからのことだ。その友達が日曜に来るということは賢一をよく知る母親には興味深い出来事のように感じられた。これまでにないことである。




 ただ賢一は文芸部を起こすという話を両親含む家族には一切話していなかった。それはやはり文芸部の立ち上げが必ずしも現実的でないという不安なところや大人の目を気にしている複雑な気持ちからくるものなのかもしれない。日曜日に悟が家に来たときに悟が文芸部の話を家族にしてしまわないだろうか。そんなことを考えて恥ずかしくなれば、不安になったりもした。



 窓を開けて外を眺める。梅雨の雨が続く。星空のない夜空を見上げた――




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