甘い甘い彼の頼み事
え?本編?
進めますからぁああああ(;´Д`)ごめんなさい(=゜ω゜)ノ
今日は11月11日水曜日。
用心棒貸出し屋である用心屋の公式定休日だ。
そして、俺の休日でもある。
つまり、俺と洸祈のデート日と言うことだ。
「琉雨、琉雨っ、こっちこい!」
「……は、はひっ」
「ほらこれ。綺麗なモミジ」
「わあ!綺麗ですっ!」
「これをこうして持って……そう!そして……目線をこっちだ!!」
「はわわ……はふっ」
「若干秋の憂いを帯びつつ、下から目線でちょっぴり頬を染めるお前を俺は見逃さない!俺は琉雨専用プロカメラマンだ!!!!」
嗚呼……公共の場では流石に止めて。傍にいる俺が恥ずかしいんだけど。
「あああ、琉雨が可愛くて発狂しそうだ!!!!」
いや、既に発狂してるよ?
「よし、琉雨。好きに遊んで良いぞ。ただし、呼んだら目線をくれ」
「は……はひ」
どうしよう。
俺が注意していいのかな。
していいよね?
と、俺が洸祈を注意しようとした時、声変わりをしたにして張りのある高い声が聞こえた。
「ねぇ、そこの人達!一緒に缶けりしよーよー!」
「缶けり?」
本格的なごついカメラを持つ洸祈が振り返った。俺も声の方向へと振り返る。
「人数が多い方が面白いからさー、ね?」
紫色の葡萄柄の缶をブンブンと振る千里君が呉君と並んでベンチに座る葵君の隣にいた。あれは車内で千里君が飲んでいたジュースの空き缶か。
そして、千里君の肩という支えを失った葵君の頭がベンチの背凭れからずるずると落ちていく。
そして、ごつっと額をベンチにぶつけた。
葵君の全身がぷるぷると震える。あれは痛い。
しかし、千里君は気付いていない。
「ルー、缶けりしたいです!」
琉雨ちゃんが洸祈と俺の間をすり抜けて千里君のところへ。
用心屋では良く家事をしている姿を見かけるから忘れていたが、琉雨ちゃんは外遊びの好きな女の子なんだと改めて実感した。
洸祈はどうするのかな、と思えば、洸祈は走る琉雨ちゃんの後ろ姿をぱしゃり。
「ベストショット……」
ぼそりと呟いて洸祈も琉雨ちゃんを追い掛ける。
……………………。
洸祈ってビョーキってやつなのかな。
俺は、息を潜めて隠れる琉雨ちゃんをレンズ越しに舐め回すように見詰めながら、実際に舌舐め擦りする洸祈を妄想して、俺も缶けりに参加することにした。
洸祈の暴走を止めるのは恋人の役目。
俺が監視しないと。
「今日はありがとっ、陽季さん」
ファミレスで夕飯を食べ終え、遊び疲れて眠る洸祈の頭を肩に乗せていたら、向かいに座る千里君がにこっと笑った。
「え?俺、感謝されるような――」
「陽季さんが居たからだよ。洸がたっくさん遊んでくれたのは」
「え……」
洸祈の遊びって、琉雨ちゃんのストーカー……?
「洸って陽季さんがいないとはしゃいでくれないんだもん。だよね?あお」
「そうだね。洸祈は陽季さんがいると安心してくれるというか……」
「緊張の糸が切れる、ですね?」
「そうそれだ」
俺はそんな風に見られてたんだ。
呉君の助言に葵君が頷き、千里君もうんうんと首を振る。
「洸が楽しんでくれると、琉雨ちゃんが喜ぶしね」
もう何枚だったか分からないほどカメラに収められた琉雨ちゃんは洸祈の膝で眠っていた。
二人とも眠る姿が似ている。
口を微かに開き、至福の顔だ。
「と、言うわけで、帰りは別で。僕達はタクシー呼ぶからさ」
「そんな気を遣わなくても……」
俺は別に二人っきりになれなくていいのだ。
そりゃあ、二人っきりは嬉しいけど、俺は用心屋の皆も大好きだし、用心屋の皆といる洸祈も大好きだ。俺の運転する車で来たんだし、俺の為に気を遣ってくれなくていいのだ。
「でもね――」
千里君がテーブルに手を突いて俺に耳打ちしようとする。だから、俺も上体を千里君に寄せた。
「昨日、洸が自分を慰めてたよ。陽季さんの名前を何度も呼んでね。……部屋が隣だから聞こえるんだ」
「!?」
ヤバい。
千里君の話だけで興奮しちゃいそう。てか、俺の前では声を圧し殺すのに、家で一人きりだと俺の名前まで言っちゃうんだ?
「あれは溜まってるよ。だから、洸からおねだりしてくるかもよ?」
「ほ、ほほほんとに!?」
洸祈から『したい』とか言われるなんて、滅多にないことだぞ!?というより、俺が洸祈を散々焦らして言わせるぐらいで……。
思えば、今回は1ヶ月と1週間ぶりで長い方だ。
俺は勿論、欲求不満だが、これはきっと洸祈も……!
「それじゃあ、洸は陽季さんのお持ち帰りだね。あお、ラストオーダーしていい?」
「え?まだ食べるのか?」
「パフェ食べるの。食後のデザート」
カレーオムレツとハンバーグ定食を食べ、追加でパフェとは、千里君の胃袋はやはり謎だ。序でにその体型を維持している消化と吸収の仕組みも謎だ。
「んー……呉は?デザート要らない?」
「え……」
「いや、俺もケーキ頼もうかなと。メニュー見てたら、食べたくなったんだ。ほら、呉は食べたいのない?」
葵君は本当に気遣い上手だと思う。洸祈はずけずけものを言ったりするけど、彼は違う。
心の底から優しい子で、だからこそ、少し心配だったりする。
何故なら“優しい”は周りに“優しい”であって、自分に優しいとは限らないから。
だけど、葵君には千里君が隣にいるから――彼は他者の気持ちに敏感だ。もし葵君が無理をして周囲に優しくしていたとしても、千里君はそれに気付く。そして、千里君は葵君に“優しく”する。二人は相性が良く、お似合いだ。
葵君も千里君も運命的な出会いなのか、二人が出会ったからそうなったのか。
とにかく、二人は最高のパートナー同士だ。
「……でも、お腹一杯で……頼んでも残しちゃいますよ……」
「なら、俺とはんぶんこしよう?どれ食べたい?」
「僕はどれも美味しそうで……」
俺も葵君が広げるメニューをちらと見れば、確かに美味しそうだ。
俺も葵君も食後にコーヒーを頼んでいたが、それにぴったり。
俺も食べたくなってきたかも。
「なら……呉は抹茶が好きだから、抹茶にしよう。俺も抹茶好きだし」
「抹茶好きです」
「葵君、俺もチーズスフレ頼んでいいかな。食べたくなっちゃった」
「チーズスフレですね。千里は……豪華フルーツ特盛りキャラメルパフェだな?」
「せーかい!」
二人の意思疏通振りに俺は少し羨ましくなる。
俺が洸祈のことで自信持って言えるのって、ロリコンぐらいだし。
大衆を指差して、この中で誰が好きか、なんてのは、ロリ少女が居たらその子が正解だ。
葵君と千里君は幼なじみってのもあるんだけど、普段から互いを良く見ているのだろう。
「ココアも付けるだろう?」
「ココアは後にするー。熱々を掛けたいもん」
「てことはラストじゃないな。ま、注文するよ」
何でも通じ合う二人。
いつか俺も洸祈とこんな関係になれるだろうか……。
なりたいな、いつか。
「は……はる……一人は……やだ……」
「……一緒がいい?」
「………………うん……一緒がいい……」
俺は肩を震わせた洸祈を俺の方に向かせた。
しかし、自分から「一人は嫌だ」と言ったのに、洸祈は涙目を俺から逸らす。
俺個人を意識してくれている証拠だから構わなくていい……が、俺は構ってあげたい。
「俺を見て?」
「………………恥ずかしい……」
頬を赤くしちゃって可愛いなぁ。
「俺を見てくれたら、洸祈のこといつも以上に甘やかして構ってあげる」
甘やかされたいお年頃なのは分かっているよ。
「…………具体例」
「?」
「具体例は?」
「……………………洸祈の頭を撫で撫でしてあげる。好きなだけ」
「好きなだけ?」
ガバッと顔を上げてくりくりした瞳を俺に向ける洸祈。
顔上げちゃってるし……。
「………………………………好きなだけ……」
しかし、これは食い付いてきたぞ。洸祈の“好きなだけ”はヤバいかも。
俺としては洸祈が顔を上げてしまっているから、もう餌をぶら下げてやる必要はないのだけど……。
「他には?」
他にも要求するんだ?
「………………洸祈の……洸祈の好きなプレイに1回だけ付き合ってあげる」
「どんなプレイでも?」
洸祈がにやにやと不吉な表情をする。
「……………………シンキングタイムを頂戴」
完全に間違えたよね?
洸祈にいかにエロいお願いをしてもらうかを考えてたら、俺の貞操の危機だ。
洸祈のしたいプレイとか、俺のお尻だよね?その顔は絶対にそうだよね!?
俺は嫌だぞ。
「プレイはなしで。撫でるだけでいいでしょ?」
「やだ!」
俺もやだ。
「じゃあ、洸祈から言ってみてよ。洸祈にとって甘やかされるってどんなこと?……プレイ以外でね」
「抱っこして」
「してあげる」
洸祈の腕を俺の肩に回せば、洸祈は自ら俺の膝に乗る。そして、洸祈の髪が俺の耳を擽り、洸祈は頬を俺の頭に擦り付けた。
大型の猫……虎みたいだ。
「抱き締めて」
「してあげる」
洸祈の腰に回した腕に力を込めると、彼は体を強張らせ、徐々に緊張を解く。
「キスして」
「してあげる」
が、洸祈の唇は俺を知らんぷりするので、俺は目の前の彼の肩にキスをした。
「撫でて」
「してあげる」
優しく優しく。
洸祈の髪を解かすように。
喉を鳴らして喜ぶ彼の前世は猫科に違いない。
「沢山俺の名前呼んで」
「してあげるよ、洸祈」
「俺に沢山沢山話し掛けて」
「了解、洸祈。他に何して欲しい?」
「今だけでいいから、俺を陽季の一番にして。誰よりも何よりも俺を陽季の一番にして」
それは……とても難しいお願いだ。
父や母よりも。
月華鈴の皆よりも。
俺の過去よりも。
俺の未来よりも。
俺自身よりも――
お前は俺の一番になりたいんだろう?
我が儘の域を越しているよ。
でも……お前が望むなら。
「今だけだ。今だけ、お前は俺の一番だ」
お前が眠ってしまうその時まで。
「今だけでいい。俺は陽季の一番だ……」
洸祈はしなやかに背中を反らし、俺を上目遣いに見詰める。
綺麗な焔の色。
静かで温かな色。
そして、洸祈は少しだけ膝を立てて俺に口付けた。
「ん…………っ……」
俺の一番はお前なんだから、ねだってくれたら俺からキスするのに。
しかし、洸祈は母親の乳をねだる赤子のように俺の唇を貪る。そして、俺はその行為に彼の不安を感じた。
俺の一番になりたがり、自分からキスをしてくる。
まるで俺が離れてしまわないように――若しくは、洸祈が俺を最後に堪能しているかのようだ。
前者ならまだいい。俺は洸祈から離れる気はないからだ。
でも、後者なら……。
「……っ」
俺の舌に必死に絡んできていた洸祈の舌が止まった。
そして、もぞもぞと身動ぎをする。
「んっ……っ……ぁあ…………」
唾液が糸を引くのも構わずに唇を離し、瞼を伏せた洸祈は俺の目の前で徐々に息を荒げていく。
もしかしなくても……この子、俺の膝の上で勝手に興奮してるんだけど。
一人で俺の太股に興奮する洸祈。
「んん……」
俺の肩に噛み付いて声を殺し、俺の首に回した腕の締め付けを強くする。
意外と洸祈には変態が入っているのは長年の付き合いで分かっていたが、ここまで旺盛なのは滅多にない。
昼間はそのロリコン顔の裏にかなり不満を抱えていたのか。
「はる……」
「うん?」
「…………したい」
いつもなら、ここで「何をしたいの?」と訊くが、今日は特別だ。
俺の一番は洸祈。
洸祈は焦らされることを望んでいなさそうだから、俺は洸祈をベッドに押し倒した。
サイドスタンドの灯りに頬を上気させた洸祈の顔が照らされる。
洸祈はとろんとした瞳で微笑んでいた。
……完全に欲しいモードらしい。
「…………して……もう……待てないから……」
ゴクリと喉を大きく上下させ、まるで餌を前にした猛犬。
「はる……はる……早く…………俺を滅茶苦茶に……して……」
もう無理だ。
このまま洸祈のエロおねだり聞いてる余裕なんて俺にはない。
「分かった。一杯啼かせてやるから」
ああ……俺まで変態スイッチ入るよ。
……阿呆。馬鹿。阿呆。阿呆。
まるで音楽みたいにリズム良く貶す声。
俺は気だるい体をふわふわの布団に預けて薄目を開けた。
「馬鹿。阿呆。馬鹿。阿呆。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿」
ベッドの縁の方で俺に背中を向けて座る洸祈。
浴衣をだらしなく着ている。
馬鹿阿呆にガヤが混じり、どうやら、薄暗いこの部屋で洸祈はテレビを見ているようだった。俺を気遣ってか、テレビの音量は最小限。
俺が寝てるからって明かりも付けずにテレビとは。目が悪くなる。
朝陽をカーテンで遮って……。
「陽季の馬鹿。阿呆。馬鹿。馬鹿。馬鹿。馬鹿っ」
馬鹿馬鹿言い過ぎ。
「撫でが足りない……陽季の撫でが足りなかった!もう“陽季の一番”終わっちゃったし……足りない……馬鹿。馬鹿。馬鹿。阿呆」
猫のようにその場で丸くなった洸祈は額をベッドに押し付けて唸る。浴衣越しに揺れるお尻が可愛かったりする。
「足りないぃいいい……エッチより撫で撫でが良かったぁあああ」
え……そこまで?
「……まだ陽季は寝てる…………よし、人力撫で撫でしよっと」
芋虫が足下から這ってきて布団の中へと顔を突っ込む。頭隠して尻隠さず……浴衣が擦れて丸見えだよ。
直して上げたいが、俺の片手を洸祈が布団の中で掴んだ。
そして、頭を俺の腹に乗せると、人力で頭をわしゃわしゃし出す。
この愛らしい動物はどうしてくれようか。
寝惚けたふりをして俺から撫でてやれば、布団の下で洸祈が喉を鳴らした。
もしも洸祈に尻尾があったならば、ばっさばっさと揺らしていただろう。
「はる、撫でて撫でて」
ヤバい。
男なのに男の洸祈に萌える。
菊さんややよさんの言う「萌えかわ」が分かった気がする。
「あーもうっ!!!!お前、可愛いから!馬鹿洸祈!!!!」
布団を捲り、俺はぽけっとする洸祈を浴衣ごと抱き締めた。
「…………起きてた?」
「人力撫で撫であたりから起きてたよ」
俺はてっきり恥ずかしがると思っていたが、
「…………ならいい」
「……ならいいんだ?」
洸祈は思っていた反応より落ち着いていた。もしかして、人力撫で撫でよりも前に何かしてた?俺に何かしたようではないけれど。
「うん。……それよりさ……」
「ん?」
「可愛いなら撫でて」
本当に……俺のツボを押さないで欲しい。“萌え”の威力で死ぬから。
「………………そんなに撫でられるの好きなの?」
「大好き」
「俺よりも?」
「陽季の撫で撫では陽季の次に大好き」
嗚呼、死ぬ。
洸祈の全てに殺される。
「分かったよ。今日も好きなだけ撫でてあげる」
そして、洸祈には甘々な俺は洸祈に布団を巻いてから撫でてあげることにした。
「洸!!晩ごはんだ……よ?」
がちゃん。どかっ。がたん。
洸祈の部屋のドアを大きく開けた千里は、椅子から派手に落ちる洸祈の姿を目撃した。
「…………大丈夫?そんなに驚くこと?」
「………………ノックしろ」
足が椅子に乗り、尻もちを突いた洸祈は床に手を突いて起き上がろうとする。しかし、ぬいぐるみ等々と一緒にずっこけた洸祈は中々起き上がれずに苦戦していた。
「陽季さんで妄想でもしてたの?ま、次からはするよ。その代わり、あおと部屋に籠ってる時は洸も………………………………うん?これ…………」
千里はもたもたする洸祈に手を貸そうと近付き、それらに気付いた。
「あ……!」
洸祈は体を支えるのを止め、頭を床にぶつけてしまうのも構わずにそれらを隠そうと手を伸ばしたが、遅かった。
千里がそれらを拾い上げる。
「ふーん…………ロリ店長、新しい趣味見つけたんだぁー」
「か、返せ!!」
ぱたぱたと届かない手を振り回す洸祈の頭にぬいぐるみ達が被さり、洸祈の首に乗っかった雀のぬいぐるみが千里を見上げた。
「どの琉雨ちゃんも可愛いね。そして………………陽季さんの写真。おやすみ中の陽季さんなんて撮っちゃって。ちゃんと許可取りましたかー?」
「…………う…………なんだよ!別にいいだろ!寝顔ぐらい!」
「なら、陽季さんに教えちゃおっかなー。洸が陽季さんの寝顔写真集めて女の子丸出しでスクラップブック作ってますーって」
「!!!!」
机の上の一冊のノートと陽季の寝顔の写真をひらひらと揺らして意地悪く笑む千里。これも過去に千里の密かな趣味で散々叱られた仕返しだ。
けれども、洸祈は一瞬で耳まで赤くすると、眉間に深いしわを刻んで千里を睨んだ。
「返せ!返せ返せ返せ!!陽季に言ったら許さないからな!!!!絶対許さない!!!!!!」
「うう!?……うわっ、ちょっ!」
手当たり次第にぬいぐるみを掴んでは千里に投げつける洸祈は、千里の仕返しに対して直ぐに反撃に出た。柔らかな素材と言えど、洸祈がその腕力で投げると半端ではない力でぶつかって来る。
初っ端でウサギのぬいぐるみを顔面に受けた千里は思わずよろけた程だ。
「や、ごめんっ、ごめんって!言わないから!」
負けてばかりだが仕方がない。痣を作りたくない千里は洸祈に謝る。
それに、千里としても洸祈を少しからかえれば良かったのだ。千里も洸祈と陽季の関係は応援している。洸祈が陽季の寝顔の写真を撮り、それを見て楽しそうにするなら、親友の千里も嬉しい。
しかし、恥知らずのロリコンでも恋愛には初々しい洸祈は千里が謝っても、一度こんがらがった頭は全く働かない。ひたすら恥ずかしさで赤くなるだけだ。
「返せ!!!!返せって!!!!」
「返すよぅ!返すから投げるのやめてって!やめたら返すから!」
両手を上げて洸祈に背中を向けた千里は白旗を上げる。
そこまでしてようやく、アヒルのぬいぐるみを彼の背中にぶつけて、洸祈は大人しくなった。
「……………………やめた?」
「…………返せ」
「ふぅ………………はい、返すよ」
千里は寝転がる洸祈の腹にノートと写真を乗せる。洸祈はそれらを胸に寄せると、千里からそっぽを向いた。
「洸、ごめんね。もうからかわないから。だから、それやめないでね。洸の思い出をそれに沢山詰めてよ」
「…………………………」
「陽季さんに会えない時間も、それ見れば会えるね」
「……………………………………本当は本物がいい」
「そうだね。やっぱり、すぐ傍で触れて話して見たいよね」
「でも、無理だから……いつもは無理だから…………」
「うん。凄くいい考えだと思う。さっきは本当にごめんね。僕、先にリビングに行ってるから」
くしゃくしゃと相変わらず千里と目線を合わせない洸祈の頭を撫で、千里は長い金髪を翻して立ち上がる。そして、洸祈の部屋を出て行く千里。
洸祈は静かに胸の写真を見た。
「陽季…………」
窓から見下ろして撮った、用心屋の前で身だしなみをチェックする陽季。
助手席から琉雨を撮る振りをして撮った、真剣な表情で運転をする陽季。
不意に発見して撮った、紅葉を肩に乗せていることも気付かずに笑う陽季。
呉にバレながらも「どうぞ」と目を伏せられて撮った、呉のスニーカーの紐を結び直す陽季。
ちょこっと撫でが足りなくて寂しかった俺の背後から寝言が聞こえて撮った、「洸祈は俺の一番……」と囁いた後の陽季。
「会いたい」
こうして写真を撮って分かったのは陽季の一瞬一瞬が特別だったことだ。
本物には敵わないけれど、洸祈は陽季と会えない時間を少しでも特別なものにしたくて、それらの写真を胸に強く抱いた。
「旦那様、遅いので呼びに来ちゃいましたよー」
小さな声で囁いた琉雨は床で眠る洸祈の隣にしゃがむと、洸祈の顔を覗き込む。瞼が赤い。
「………………はる…………」
写真を胸から溢れさせて小さく蹲る洸祈。琉雨はそんな彼の頭に触れた。
「陽季さんの代わりにはなれませんが、ルーがなでなでするのです」
なでなで。
「……はる……もっと…………」
「はいなのです」
なでなで。
「……………………」
「おやすみなさいです」
ベッドから毛布を引っ張り、琉雨は洸祈の体に巻き付けてあげる。勿論、写真は拾い直してノートと一緒に洸祈の顔の傍に置いた。
そして、至福の表情に琉雨は微笑むと、立ち上がり、部屋の電気を消してドアを閉めたのだった。
本当は11月11日のリアルタイムに投稿したかったんですよ……(ポッキーの日だったし、水曜日だったし)。1か月前から計画立てないと私には無理だと実感いたしました(/ω\)
~おまけ~
「なぁなぁ、二之宮。今日は電話創業の日なんだって。日本で初めて一般向けの電話サービスが開始した日らしい」
「ふーん。だからか……。それで?」
「で……えっと…………その……俺達もそろそろ電話サービスを開始したいなぁ……と」
「…………いいよ」
「え!?ホントっ!?じゃ、じゃあ、俺のメアド――」
「はいこれ。遊杏が学校で低学年の子と一緒に作ったらしい。お姉さんやってるねぇって感じなんだけど、これで、僕と君とも電話サービス開始だね。でも、残念だ。サービス開始当時は技術が足りなくて、これぐらいのしか用意できなかったんだ。だけど、離れていても声が聴けるから。良かったね、崇弥」
「って、糸電話かよ!!!!」