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樹海


『樹海…広大な森林。または自殺に追い込まれる状況』


 渋谷六本木公園で白髪の男はベンチに寝転びながら、空に向かってタバコをふかしていた。

 時間はお昼。子供達は家に帰り、大人達の姿も見えない。

 公園に生えている緑の木の隙間から青空を覗きながら、男はのんびりとベンチの上で昼寝しようと転がっていた。その風貌からしてホームレスと勘違いされそうである。

 ピリリリ…ピリリリ…

 軽快な機械音が聞こえる。どうやら携帯の呼び出し音のようだ。

「はい? もしもし?」

 女だ声からしてまだ若い。

 男はうっとおしそうに目を閉じると横になった。

「あっ? レミ? 最悪だよ。助けてよ」

 友達か?

 男は女の緊迫した状況に目が覚えてきた。

「実はさ…」

 女は妙にテンションの高い声で自分の今ある状況を話し始めた…。



「あの…なんですか?」

 女の一声はひどく間抜けな問いかけだった。

「なんですか? じゃねぇだろ?」

 女を捕まえ、車で拉致した強面の男が一喝した。女はその一言でブルッと子犬のように震えた。

「おたくの彼氏? 剛っていう名前だっけ? うちに数百万借金したまままだ返してくれないんだよね」

「はあ…」

「はあじゃねぇんだよ!!」

 強面の男はさらに一喝した。

「まあまあ。そんなに怒鳴りなさんな」

 運転席の後ろの席に座っているいかにもヤクザといった感じの男が穏やかな声で言った。ちょうど女は後ろの席で2人の男に挟まれている状況だった。助手席の後ろにいるのがさっきから怒鳴っている強面の男である。

「わたし…関係ないです…別れたし…」

 女は目に涙をためながら震える声で言った。

「それがねぇ。あんた。連帯保証人の所に実印押してるよね。わかる? 連帯保証人の意味?」

「…知りません」

「なんだとっ!? 知らずに押したのか!!」

「すっすいません」

「まあ怒鳴るな。とりあえずお金を借りたら返さなきゃならない。これは常識だってわかるね?」

「はっ、…はい…」

「それならお金を返さなきゃならない。君はお金を持ってるかい?」

「…もってません…数百万なんて…」

「それじゃあ仕方がない。…どうするかわかるね?」

 女は小さく首を横に振った。

「まずは体を売るってこと」

 最悪な事態に女はさらに首を横に振った。

「そう。それならもう1つ方法がある。君に宝探しをしてもらいたい」

「…? 宝探し?」

「おい」

 穏やかな男が運転手に声をかけた。

「…マジですかい? あそこに行くんですかい?」

「そうだ」



 私は若い男と2人で自殺の名所とも言われる樹海へと足を踏み入れた。若い男は車の運転席で「なんで俺が」とぶつぶつ文句を言っている。時計を見るともう夜中の23時だ。

「よし。ここでいいだろう」

 若い男は車を止めた。

「降りろ」

 私は車から降りるとブルッと寒さで震えた。今は12月25日。もうすぐ年始年末になる。

「このめでたい日になんでこんなことしなきゃならないかねぇ」

 それはこっちのセリフだと思った。どうして別れた彼氏のためにタダ働きしなきゃいけないのか。

「じゃあこれ」

 若い男は地図とコンパスと懐中電灯を私に渡した。

「これ…」

「宝探しだよ。この樹海には年間20人ぐらいの自殺者が入ってくるんだ。このあたりは電灯もないし、静かだし、観光地でもないからな。けっこう穴場なんだぜ」

「はあ…」

「だから実際は100人ぐらいいるかもな」

「はあ…」

「警察もお手上げでね。気味悪がって所有者も見回りにこないわけ」

「…あの…それで私は…」

「それで。自殺者の中には金目の物や財布があったりもするわけだ。最新の自殺者だとクレジットカードが使えるかもしれないからな。まだ行方不明者としてリストに入ってないだろうし」

「…ほんとうにするんですか…」

「大体は創造してたろ。ツベコベ言わず早く行ってこい!」

 男は私の頭を叩くとさっさと車の中へと入ってしまった。

 渋々私は樹海の中へと入っていった。金目の物っていったってタカがしれてると思ったが今は仕方がない。とにかく状況を見て逃げ出そう。

「さむ」

 樹海の中は冬なのにヒンヤリとしていて湿気深かった。厚着している服の中にも冷たい空気が入ってくる。

 枯れて落ちた木の枝がポキポキと音を鳴らす。そのたびにビクビクと肝が冷える思いだ。

「…あっ」

 歩いて10分たっただろうか。鼻に嫌な臭いが入ってきた。この腐った臭いはもしかして…。

 懐中電灯を臭いのする方へと向けてみる。すると視界に赤い着物が入った。スカートだったので女の人かもしれない。

「…うっ」

 赤い服を着ていたのはやはり女の人だった。顔の皮膚からニョロニョロと変な白い小さな虫が出てきている。懐中電灯を向けるとその虫は女の体内へと引っ込んだ。

「マジかよ…ホントかよ…」

 現実感がなかった。映画で見るホラーのゾンビみたいだと思った。だけどこれはリアルに気色悪かった。

 私は懐中電灯を照らしながら女の体を観察した。顔は絶対に見ないと誓いながら行った。すると、指に赤い宝石のようなものが見えた。とりあえずもらっておこうと指輪を女からむしりとった。あとはポケットの中に財布があった。中身を見てみると12,934円しかなかった。

「おう!」

 車に戻ると若い男が手を挙げて待っていた。

「意外と早かったじゃねーか。さすが若いってだけあるねぇ。これが中年だとビビッて逃げ出して行方不明になっちゃうんだよ」

 そうか…。この深い樹海の中からは確かに逃げ出すのは難しい。改めて今が絶望的な状況であることを知った。

「さてと…ふむ…まあこんなもんだろ…。じゃ、次もよろしく」

「えっ!? まだやんの!?」

「あたりまえだ! いくら借金があると思ってんだ!」

 男は私を一喝すると車の中へと戻ってしまった。

 仕方なく再び樹海の中へと入っていく。さっきとは道をかえて探索してみる。30分ほど歩き回ったが何もでてこない。

「…はあ」

 徐々に状況に慣れてきたとはいえこう寒くては効率が悪い。せめて夏にしてもらえないだろうか。というか私は呑気だな…。

キラリ

「うん?」

 突然目の前が光った。懐中電灯を向けてみると地面から生えているような大きな岩の上に何かの機械がちょこんと置いてあった。

 カセットテープだ。

 『再生』と『録音』という表示があることから察するに何かを録音していたのだろう。少し躊躇したがとりあえず再生のボタンを押してみた。

『これは遺書だ』

 ノイズと混じって男の声が樹海に響いた。

『俺は大学受験を失敗して10年間もの間フリーターをやってきた。そして気づいた。自分が皆が言う『普通』という状態にないことを。自分が当てはまらないことを』

 淡々とした声だ。衝動的ではなく周到に準備していたのだろう。

『お前たちに聞きたい。『普通』とはなんだ? 何を基準にしてそう言ってるんだ? …まあここで問いかけをしたところで神様は答えてはくれまい。俺は死ぬことにする』

 「カチッ」という音がしてテープが一旦切れた。そしてまた録音が再開されたようだ。

『12月25日。22時28分。樹海へと到着した。さすが自殺の名所だけあって陰湿な雰囲気が漂っている。薬と酒も持ってきたしここらでいいだろう。この不気味な樹海も死をまじかにするとまるで怖くなくなるものだ。薬が効いてきているので気分もいい。こんな気分で死ねるとは最高だな。それじゃ。さようなら』

 「カチッ」。録音が終わった。

 結局遺書らしいことは言わず、自己完結で終わってしまった。それならせめてお金を残しておいてほしいものだ。

 それにしても…。

 私はキョロキョロと辺りを見回した。

 どこにも遺体がないのだ。日付からして今日なのでまだ新しいはず。さっきみたいな腐乱死体に当たらなくてよかったと内心ほっとしていたのだけれども…。

『23時2つの明るい光を見た』

「うわっ!?」

 録音が終わった思ったカセットテープからまた声が聞こえ始めた。そういえば再生を押したまま、まだ停止させていないことに気づいた。

『また自殺者が来たのかと思ったが車の中からは若い女とヤクザっぽい男が出てきた。援助交際をするにしてもこんな場所で何をするのだろうか?』

 淡々とした男の声。まだ生きていたのか。そして私達のことを見られていた事に気づいた。

カチッ

『女が死体から指輪と財布を盗んで男の所へと持っていった。そうか。彼らは泥棒なのか。そ…う…だったのか』

 男の呂律が回っていない。もしかすると薬と酒が効いてきているのかもしれない。しかも私、尾行されていたのか。

 それに…。

 微妙に声が違うような…。

カチッ


『―そうだ。いい事思いついた。…あの女…連れて行こう…一緒に―』


「へっ?」

 どういう意味だろう。「連れて行く」? 誰を?

 自分の向かっている先に、不自然な形で置いてあったカセットテープ。

 そう。

 まるで誰かが準備していたような感覚。

 まさか。

ガサッ!

「ぎゃああああああ!!!!」

 私は思いっきり叫ぶとあのヤクザの元へと駆け出した。もはやヤクザだろうと何だろうと人であれば誰でもよかった。とにかく助けてほしかった。

「なっ!? なんだ!?」

 若い男は呑気に車の外でタバコを吸っていた。

「はっ、早く! 早く逃げよう!」

「なにがだよ! 落ち着きやがれ!」

「あいつが! あいつが来るのよ!」

「誰が来るんだよ!」

「このカセットテープ! あいつの声が録音されてたのよ! あっ…まだ停止スイッチ押して…」

カチッ


『―逃がさないよ―』



「…それで私パニくっちゃって。あのヤクザ置いてきちゃったのよ。もちろんヤクザの車を拝借してね。元彼に運転技術教えてもらっててよかったわ〜。えっ!? それよりこれから? もちろん警察行くわよ。保護してもらわなきゃ。…もしもし。聞いてる?」

 女の声が聞こえなくなった。ようやく一眠りできると白髪の男はベンチから起き上がった。すると、木の傍に誰かの携帯が落ちていた。

 誰のだろうか? さっきの女か?

 とりあえず木に近づき携帯を拾ってみる。携帯の液晶画面には赤い血がべっとりとついていた。触ってみるとまだ新しい。

 


『―捕まえた―』



 プツッ

 携帯の通話が切れた。

 その後に聞こえてきたのは木々のざわめきだけだった―。



『樹海:了』

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