マーフィーの法則・・悪い予想ほどよく当たる
「吹奏楽部に入ってみよう」という本は、俺にピッタリのレベルだった。
おそらく中学生向けなんだろうけど、易しい言葉で楽器の種類や特徴、
練習の流れ、音楽用語など、簡潔に説明してあった。
なぜか、アニメのような女の子のイラストつき。
”・・パート練習が終わったら、集合して合奏になります。
椅子を配置どおりに並べたら、譜面台と楽譜を設置します。
全員で同じ曲を作っていくのですから、まず、最初、チューニング
(音合わせ)をします。
これは、クラリネットやオーボエのコンサートマスターが出すB♭
の音に合わせる事です。
合奏が始まったら、楽器をはじめて間もない人は、ついていけないかも
しれません。その時は無理せずに、同じパートの音をよく聞きましょう。
・・”
はあ。。なるほど、合奏って、大変だな。
究極のチームプレーってやつだ。
その合奏の指揮者がいないんだからな。みんなあせるはずだ。
朝の職員会議の冒頭で、教頭から
「”丸岡先生は体調があまりよくないので、生徒たちの
お見舞いは控えて欲しい”との、病院から要望がありました。」
ちょっとした打ち合わせのあと、生物教科室に行こうとした俺に教頭が声をかけてきた。
「国井先生、ちょっと」
きっと浜岡先生の体調の事だ。
「昨日、看護師長から相談されてね。どうも、昨日、吹奏楽部の生徒がお見舞いに
行ったそうなんだが、その後から浜岡先生は、だいぶ落ち込んでた
そうなんだ。吹奏楽の話題は、浜岡先生には。なるべくしないで欲しいと・・」
俺が行った時には、先生は微熱があったらしく、終始、憂鬱そうではあった。
それは、吹奏楽の話をした時に暗い顔になったのは、体調のせいとおもってたんだけど・・
教頭も、何か歯切れの悪い言い方だ。
「すまんが、国井先生にお願いします。浜岡先生の所にいって、こまごま面倒を
みてくれませんか?私が行ってもいいのだけど、管理職という事で、遠慮されてね。
その間、私が吹奏楽部をみますから」
”わかりました。じゃあ、今日の放課後、行ってきます”と笑顔で答えたが、
心の中は、暗い予感で一杯になった。
今日は担当の授業の時間が多いから、なるべく、放課後、吹奏楽部のパート練習の時間は、
自分の授業の下調べに使いたかったんだけど。
この〝暗い予感”が、俺の思い過ごしであるのを、はやく確かめたい。
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病棟では、4人部屋の病室に入る前から、にこやかな話し声が聞こえた。
さりげなく病室の前で聞いてると、浜岡先生の明るい声もたまに混じってる。
よかった。とりあえず、熱は下がったんだ。
「浜岡先生、熱は下がったようですね。よかったです。
来てそうそうなんですが、何か僕に出来ることはありませんか?洗濯とか」
先生に用意した下着類は、もう予備がないだろうと思ってた所だ。
「いやいや 国井先生には、本当に申し訳ない。洗濯をお願い出来ない
だろうか?コインランドリーがあるから」
”洗剤は、1回分づつ、自動販売機で買えるよ”と 部屋の出がけに
教えてもらった。
洗濯機が、洗濯・乾燥してる間、俺は気晴らしにと、浜岡先生を、車いすにのせ
病院内を回ってあるいた。左ひざはのばしたままなので、痛々しい。
購買部によったが、特に食べたいものも、読みたいものもないという事で、
外の見える病棟のテラスで、二人で一休みした。
先生が、急にこちらふりむいた。さっきとうってかわって暗い顔だ。
「国井先生、吹奏楽部の事、お願いします。私はもう部の事は
考えると、頭が痛くなってしまって。この間、部員がきたんですが、
”早く治って帰ってきてください”って、目が言ってる。
それでさえ、私は負担になってしまって」
悪い予感は、ほぼ的中。
定期演奏会で指揮を なんてとても言い出せなかった。
「浜岡先生、先生は膝も怪我されてます。膝は中途半端で無理すると、
運動障害も出てきますから。無理しないで、ゆっくり養生してください。
養生第一ですよ。」
内心とは裏腹の言葉で、病室をでて帰ろうとした。また看護師長につかまった。
看護師長は、整形外科病棟だからか、小柄でショートカットのおばさんだ。
でも、動きがきびきびして、声が大きい。
「国井先生でしたっけ?ちょっとお時間、いただけますか?」
俺はナースステーションに呼ばれ、なぜだか形見がせまかった。
「浜岡さんの事について、精神科の先生と、少し話してもらえませんか?
お忙しい処すみません。浜岡さんのためにもぜひお願いします」
本当は忙しい。遅くなると教頭に怒鳴られるし。
俺はブツブツ心の中でいいながら、別当にある精神科病棟に行った。
看護師を聞くと、”すぐ担当の先生の所に案内します”と
担当の先生?ここでは入院するともれなく、精神科医の主治医がついてる・・
そんなわけないか。
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いや~わざわざ、すみません。と言いながら、室井という医師が
頭を下げてきた。白衣をひっかけただけで、中は普通のラフな格好。
白衣がなければ、どこにでもいる、50すぎの気のいいおっさんに見えるだろう。
「浜岡さんの事なんですけどね。去年の秋くらいからウチに定期的に
カウンセリングに来てます。大分、自信喪失しておられててね。
最近、特にひどく ウツ状態です。
何か 思い当たること ありますか?特に部活とかで・・」
おおありです。先生。
自分は、4月から副顧問になったばかりで、しかも音楽の事は無知に近い
という事を断って、今まで聞いた吹奏楽部内の対立等を 室井先生に話した。
「完全にウツというわけじゃないので、それまで怪我の治療もありますし、
ストレスを与えてる その吹奏楽部から完全に離れる事です。話題もタブーです。
いわば緊急避難ですか」
俺はノックアウトされた。定期演奏会、浜岡先生は指揮は無理だ。