好きこそものの上手なり
次の日、俺は朝からいやな予感がしてた。
予感は また当たった。昼前、校長室に呼び出された。中では母親とおぼしき
中年女性が、緊張して座ってる。
「こちらが、吹奏楽顧問の国井です。く・・」と教頭が先を続ける前に
そのおばさんは、話し出した。
「3年A組の神崎の母親です。さっそくですが、国井先生、吹奏楽部は
少し、練習時間が長すぎるんじゃありませんか?それに、仕事を生徒に
ばかりまわして、ウチの子が帰ってくるなり、”吹奏楽の仕事で遅くなった”
と、よく言ってます。もう3年生ですからもっと受験の事を考慮してください」
はて?神崎・・あ、あの3年進級時に退部した子だ。
中座して、そのとき話した資料をもってきて、確認した。
「あのですね。神崎さん。何か誤解があるようですが、神崎君は
3年進級時に退部してます。この間、本人と話した時に聞いたのですが、
受験に専念するので辞めたいとの理由でした。もちろん、私は引き止めたりは
してませんよ」
俺の言葉に、神崎母は 信じられないとばかり 口をポカっとあけてるのが
笑える。野郎、吹奏楽部の練習を口実にどっかで遊んでるな。
「でも、息子は毎日のように、帰りは8時近くで、時には、帰ってきてから
部の仕事があるからと、でかけたりしますが・・」
「うちでは、練習は6時まで。ミーティングもいれてです。部の仕事は、それまで
の間、学校ですますようにさせてます。
吹奏楽部だけでは無理な部分は、他の部の協力をいただいてます」
まあ、丁寧に説明しても、本人辞めてんだ、関係ないか。
神崎母は、呆然と学校を出て行った。
そこからの話し合いは家でやってくれ。とりあえず、この事は担任に報告だな。
放課後、練習へ行く前の桜井先生に、吹奏楽部の制服について、
聞いてみた。
「新入生のぶん、今頃ですの?でもまあ、卒業生の分もありますし、21人分
なんとか足りると思います。楽器保管室のロッカーにいれてあります。
2,3年生の部員は、各自もってます。
早急に1年の制服を合わせてくさい。サイズがどうしてもあわない子の場合、
注文しないといけませんので」
俺は最敬礼して、桜井先生に制服のけん、お願いした。
1階からパート練習の音が聞こえる。ちょっとみてくるか。
と、廊下を歩いてると、前から神崎がテレテレ歩いて来た。
「神崎、ちょっと」
神崎は眠そうな目で、なんすか先生とボンヤリと答えた。
そう、面談の時も、”受験に集中するため退部しました”という理由が信じられ
なかったんだ。あまりにもユルイ。
「先生、俺んとこの母親、今日、怒鳴り込んできたんだって?」
「まあ、怒鳴ってはいないけど、結構な勢いで叱られたよ。」
「すんません、口実に使ってました。部活っていや、親も何も言わないし」
で、担任には?と聞くと コッテリ説教されたとぼやいてた。
まあ、廊下もなんなんで、生物教科室にでも行くか?との俺の誘いに
神崎は、嬉しそうについて来た。
「一つきくけどな。お前、吹奏楽部練習してるって間、どこ行ってたんだ?
遊ぶにしては、早い時間だけどな。」
まだ、健全な時間帯だ。8時までなら。
「悪かったよ。口実にして。どこへも行ってないさ。そこらへん、公園とか
図書室とかで フラフラしてただけ。」
この覇気のなさは、夜、晩くまでスマホでラインかゲームか?
「スマホのゲームは、はまったけど、飽きたし、ラインもな。あれって面倒
なんだよ。読んだら返さないといけないし。
俺、めんどくさがりだから、そういうのやんなくなった」
「神崎、どっか体でも悪いんじゃないか?顔色は悪くないけど、ガリガリだし、
ちゃんとメシ食えてるか?」
夜の街遊びもスマホ中毒でもない。後は 女子に夢中でストーカーしてるとか・・
どうもとらえどころのない神崎に、俺は思い切り、ブラックなコーヒーを入れた。
「・・・家にいたくないんだ。だから出来る限り 学校とかにいる。
部活も本当はダラダラ続けたかったけど、家で部をやめろってうるさくて・・
俺んちさ、父親が開業医。3人兄弟の末っ子の俺だけ、出来が悪いって
いつも母親が口癖のように言ってる。
で、何かあるたびに、”お兄ちゃんなら・・””ちい兄ちゃんの時は。。”って
比べるんだ。勘弁してほしいよ。」
なるほどな。いつも比べられれば、それは嫌だろう。
「じゃあ、これからは、6時ぎりぎりまで図書室で勉強してればいい、
本を読みまくっててもいいし。」
「吹奏楽部に戻れっていわないんだ。てっきりそういう話かと思った」
自慢じゃないが、3年の退部した子の進路まで指導する気はない。
あとは、担任と進路指導の管轄だ。
生徒指導部がでばるような、悪い事もしてないようだし。
「先生、俺、どうしたらいい?どうしていいかわからない。
親には医師になる事を強要されてるが、俺の頭じゃ無理。
だいたい、命を左右する仕事なんて、恐ろしくてできないよ」
ほうほう、肝心なところはそこだ。神崎は親に反抗してるというより、
医師になりたくないだけなのに、家庭の雰囲気がそれを許さないんだろうな。
「お前、本当に勉強がきらいなのか?まあ、平日、図書室にいるなら、本でも
読んでるといい。勉強しないならな。
あと、日曜日は、どこかでボランティア活動でもやってみたら?
でなかったら、ただ、ジョギングしてみるとか?体を動かすのはいいぞ」
俺の話も随分、大雑把だな。
この生徒には、なんでも自分で決めさせた方がいい。強要しないよう、
さりげなく方向をしめすぐらいか。
「じゃあ、俺は合奏を見てくるから、神崎は、今日も図書室かな?」
「そうするかな。勉強するのもかったるいし」
そういえば、神崎に友達はいないのか?
音楽室に向かう途中、そんな事を不思議に感じた。
合奏は、順調だった。酒井は?お、来てるな。えらい。失恋でもなんでも
いい経験だな。
合奏の時間は、1時間あるかないかってところだ。
課題曲は、さすがに俺も何回も聞いて覚えた。
残りの8曲なんだが、なんかこう物足りない。
必死に指揮にあわせて、パート内をあわせようとしてるのだろう。
でも、曲は「ルパン三世のテーマ」だぞ、そんなしかめっつらでいいのか?
俺は指揮に口をださないよう、気を付けながら、ちょっと合奏を止めてもらった。
「一言いいかな。俺、音楽の事はわからないけど、この曲はしってるぞ。
ルパン三世 だろ?最近、実写のやつを見た。
おもしろかった。みんなも知ってるよな?」
俺の問いに、部員はポカンとしてた。
「いやだからその、俺のいいたい事は、もっと音楽を楽しんでもいいんじゃないかなと」
指揮者が助けてくれた
「つまり、先生は もっと自由に演奏すればっていってるんでしょうか?」
「うん、近いけどちょい違う。演奏してる本人が楽しくなければ、聞いてる方も
楽しくないだろうって話。ルパン三世の曲を聞いてだけど。
まあ、演奏する事を楽しむ、って事、頭のスミにでも入れておいてほしいな。」
なんとも知らないという事は もどかしい事よ。
浜岡先生はどう指導するだろうな。