小田原評定
音楽室は、議論なのか言い合いなのか、混沌とした
話し合いの最中だった。部長の飛鳥井とコンマスの土本が
なんとか、話がまとまるよう四苦八苦してる。
”私、「華麗なる舞踊」一押し””ば~か、あんなムズい曲、俺らには無理”
”惑星で「火星」はどうかな””私、冥王星のほうが好き”
””モンタニャールの詩”がいい、動画で見たんだだけど”
”俺も見た。あれ、感動する””でも、うちじゃ、楽器がいろいろたりないけど”
”順当な所で、サロメ”なんかどうかな””うm、有名すぎかも”
火星だの冥王星だのは、自由曲になった”木星”のような曲かな?
それにしても、これは曲名を決める最中なのか?話が俺にはみえない。
俺は、後ろに座って、黙って聞いていたが、時間も足りなくなってきた。
司会の部長に目で合図を送る。”なんとか、まとめろ”と
「はい、静かにして下さい。1部の曲の候補はいろいろあるようですが、
問題は指導者・指揮者です。
国井先生、浜岡先生の具合はいかがでしたでしょうか?」
そう、指導者・指揮者がいなければ曲にならない。
俺は高校時代、羽球部だったが、いろんなショットがある。
でも、それが出来た所で、試合のルールと駆け引きを知らなければ、
試合は出来ない。それと、同じとだろう。
「はい、みなさんに、又また、残念はお知らせがあります」
”残念な・・しか聞いたことないな”
”国井せんせは、不幸の使者ね”
”これ以上、残念な事ってある?”
部員達のささやく声が聞こえる。
「静かに。浜岡先生の怪我は、順調に回復しています。
若干、痩せられましたが。ただ、怪我そのものがひどかったので、
回復には時間がかかります。複雑骨折に膝の怪我は時間がかかります。
最悪、浜岡先生は指揮も出来ないかも、と考えておいてください」
コンクールとやらには、心が回復すれば間に合うだろうが・・
部員達はため息をついた。さっきまでは、曲を決めるのに活発だったのに。
”正直むりじゃね?演奏会””でも決まった事だから・・”
”そうだ、合唱とのジョイントにしない?””絶対やだ”
ひそひそ声ながら、部員同士、話あってるようには見える。
これといった意見が、司会者の飛鳥井の所までいかないな・・
やっぱり今年の定期演奏会は無理か。
今なら、会場をキャンセルできる。事務局長には謝らないといけないけど。
そういえば、浜岡先生は、会場だけは早めに予約をお願いしたんだ。
その時は、まだ部活動の気力があった。どこで、浜岡先生は、気落ちしただろう。
部員たちの議論は停滞してる中、
2年の女子部員が、手をあげた。
「はい、部長。あの・・楽器のパートごとの、アンサンブルはどうでしょう?
童謡とか簡単な曲を、演奏して楽器を紹介するっていうのは」
お、新機軸の意見。みんなどう思うか。楽器ごとの演奏か。
いいかもしれない。時間も調節しやすそうだし・・
「2年の石黒さんから、パートごとの演奏、という案がでましたが、
どうでしょうか?」飛鳥井は、全員に意見を求めた。
”いいと思う、1年生にも頑張ってもらって”
”一人しかいないパートとか どうするんだ?”
”低音のほうは、かたまるとか、もしくは、ソロで演奏するとか?
なんとかなりそうじゃん”
「3部はコンクールの課題曲でいいとして、いっそ、2部にパートアンサンブル
をもってきてはどうでしょうか?で1部には2部の8曲をあてる」
コンマス土本が、”これで決まりにしよう”って口調でまとめた。
俺はホっとした。これで部がまとまるかな。
でも、どんないい案にも、反対意見は出るものなのだな。
同じ2年の酒井だ。反論してきた。
「でも、定期演奏会としてるからには、演奏会にふさわしい曲を
持ってくるべきです。パートアンサンブルが悪いとは思いませんが。
外部の吹奏楽関係者に、部の指導・指揮に協力してくれる人を
お願いしたらどうでしょう・・」
それは、俺もさんざん考えたし、ツテをたどって、他高の吹奏楽部の先生にも
頭を下げて、お願いした。結局、見つからなかった。
部員同士の話し合いから、口ははさみたくなかったんだけど。仕方ない
「ちょっといいですか議長?」飛鳥井が許可したんで、俺は説明する。
「ご存じのとおり、俺は去年はサッカー部副顧問で、その手の人脈もない。
それは許してほしい。それでも知り合いの同僚の吹奏楽部の教師のツテで
探してもらって、それでも見つからなかった。
でも、常識で考え、”午後の3時くらいから6時くらいまで吹奏楽の指導・指揮
をしてくれる人”いるか?普通は働いでるぞ。その時間。それにお金もかかる事だ」
管理職二人は、最初、気楽に考えてたのだろう。
吹奏楽部は浜岡先生や一人でやってるし、副顧問には事務仕事と力仕事でもと。。
浜岡先生の大怪我には、あせったに違いない。
「だったら、音楽の桜井先生にお願いすればいいじゃない。
合唱部顧問といっても、ウチのほうが大所帯なんだし」
酒井の言ってる事の半分はわかるけど、合唱部を格下にみるような、
発言はどうなんだろう・・ただでさえ、音楽室を放課後、独占してるんだ。
体育館の使用は各部によって、時間が決められてるのに、吹奏楽部はその点、楽してる。
そこに1年がおそるおそる手を挙げた。
「あの~~。4つ上の姉から聞いた話なんですけど、前に、桜井先生、
吹奏楽部の指導で部員の総スカンを食ったって話です。
それから吹奏楽とは、極力、かかわらないようになったって・・」
決まりだな。お前の負けだ酒井。
残念ながら、話が強引すぎるし、時期も遅すぎだったんだ。
納得してくれたかな。
結局、演奏会は2部にパートアンサンブルを入れるという事で、全員が
賛成することになった。酒井だけは賛成の手をあげなかったが・・
俺は部員たちに念を押した。
「おし、これで決まりだな。1部は浜岡先生の決めた8曲、2部はパートアンサンブル
3部は、コンクール課題曲。1部の指揮は2年の太田。3部は浜岡先生次第。
出来ない時は、太田に指揮を頼む。じゃあ、くわしい役割分担を決めないといけないが、
もう、下校時間だ。明日、また、話を進めることにしよう。合奏練習がおわった後、
この役割分担は、悪いが俺が決めさせてもらう。」
正直、生徒に決めさせるのも面倒なもんだなと 感じた。
部員同士の話し合いは、まさに小田原評定。
ちっとも話が前に進まないだ