覚醒
穏やかな風が、杖を構えるシルフェットの向かいから吹き付けてくる。
視線の先にはまだ小さい猪型の魔獣。
杖に纏わせた風の精霊の力を解放。
ブヒィー!
チッ。
めったに外れないその魔法は魔獣の背中を掠めただけで向こうの岩に着弾。
軽く舌打ちしたシルフェットは血を流しながら逃げ去った魔獣を追うことも無く、次の獲物を待つために草むらに潜んだ。
「はずしてしもた。しゃぁないな」
初めての狩場でうろつきまわるほどシルフェットは向こう見ずではなかった。
モスグリーンのつなぎに同色のレザーアーマー長い金髪を同じくモスグリ-ンのバンダナで隠し、色の白い顔もわざと汚して完全に草むらに溶け込んだ。
この辺りは魔素が薄く魔獣と言われる生き物は少ないと思われるのだったが食べておいしい獣はたくさんいそうだった。
世界の中心に有る世界樹、それを守るのがシルフェットたち、エルフと呼ばれる妖精たちだった。
この世界を創った神々は自分達に似せて知性生物を創ったのでエルフも人も神に似ていて、同様に獣人や竜神なのも含めて知性生物同士で混血までできる。
それが現実なのだからその常識に対して遺伝がどうのこうのなど科学的な理屈を言う者はいなかった。
科学的な理論的で説明できない魔法などというものを日常使っているのでなおさらだった。
そのエルフの1人、シルフェットは閉鎖的な他の仲間と違い、生まれながらに恋愛の女神の加護を持っていたためか自由な恋にあこがれて古里をとびだした。
魂の奥で叫ぶ声がする。
どこかにシルフェットの運命の相手がいると。
故郷を出て真っ直ぐ北のボレアシア王国へそして左回りに大国だけでもゼビュロシア、ノトシアと大きくまわって東のエウロシアに着きナニ湾の商都コザカから隊商を護衛しつつヨドンの大河をさかのぼって恋愛の女神の本神殿が有るアイングラッドに着いた。
長命な種族ではやっと一人前扱いされだした506才のシルフェットは今朝、自分の中で何かが変わったのを感じた。
それが何かは分からない。
まぁ、ぼちぼちいこか。
独特の訛りが移ってしまうほど長く一緒に旅をしたコザカの隊商たちとは陸に着いてすぐに別れ、1人河を上ったシルフェットはしばらくこの自分に加護を与えてくれた女神の聖地に留まることにした。
信仰する神のお導きか、何となくそうせねばならないと思ったからだ。
シルフェット
エルフ族♀ LV55 506才
冒険者 【恋愛の女神の使徒】【精霊魔術士】【狩人】
【精霊魔法:風】【付加魔法】
体力5、筋力4、器用さ3、敏捷3、知力8、魔力7、魅力10 【恋愛の女神の加護】
平民のステータス合計は35、それに神の加護で5加算されている。
シルフェットがいるアイングラッドから歩いて半日、王都トキンへ向かう街道沿いにハツホの村が有る。
この村周辺も恋愛の女神の聖地が近いためかやはり魔素が薄く、強力な魔獣はいないが周辺の洞窟から這い出してきて数はたくさんいるために冒険者になりたての少年少女の訓練場所として名高い。
農地の少ない村にしては初心者向けの装備や必需品を扱う商店が充実している。
高額なものは売買されていないが。
商店以外は小さな農家が数軒あるだけだが、ハツホの村では村長の屋敷だけはかなり立派なものが建っている。
「ただいま~」
「おぉアリス、おかえり。どうだった?」
今日はアリスの6才の誕生日、ただ今と村長に抱きついたアリスは父親とは髪の毛が同じオレンジだというだけであまり似ているところの少ない活動的な美少女だった。
「わたし恋愛の女神様の加護があったの。それから土魔法と家事魔法が使えるようになるらしいって」
アリスは得意げに先ほど教会の神父からもらった身分証を兼ねるステータスカードを見せた。
アリス
人間族♀ 6才
村人 【恋愛の女神の使徒】
【土魔法】【家事魔法】
体力3、筋力3、器用さ7、敏捷4、知力9、魔力4、魅力10 【恋愛の女神の加護】
「良かったなぁ、アリス。それとごめんね、アリス」
6才の誕生日、この世界の子供たちは教会で洗礼を受け、神々に祝福されたステータスカードというものを受け取る。
そんな大事な日だったが、王都から来たすゴーガン伯爵の接待のために村長は教会へついていくことができなかった。
ちなみに村長のステータスカードは次のようになっている。
アラン
人間族♂ 28才
村人 【村長】 【恋愛の女神の信徒】
【土魔法】
体力3、筋力3、器用さ4、敏捷4、知力7、魔力4、魅力5
娘に甘い村長は笑顔で尋ねる。
「ダイス君はどうだった?」
「今死亡中だから来れなかったみたい。復活しだい洗礼するって神父様がおっしゃってた」
「いくら貧しいからってこの時期に死ななくてもいいと思うんのだがなぁ」
この会話は別にぶっ飛んでいたりしない。
この世界の住民は、寿命が尽きるまで死んでも10日後に神殿の中で復活する。
そのため殺人はたいした禁忌でも重い犯罪でもない。
今まで溜めた魔素の5%が失われるが、子どもだとたいした量の魔素を溜めていないために食料が少なくなると10日間の口減らしのために殺されたりすることがよくある。
「これで5回連続じゃないか、ダイスもかわいそうに」
生き返るとはいえ、死んだら痛いものは痛いのである。
「ダイスにもきっと加護がつくから大丈夫よ」
加護持ちは庶民でもステータスが上がるため国から優遇されて官吏としての栄達が約束されている。
「だといいねぇ」
娘のアリスは常々ダイスのお嫁さんになると主張しており、働き者で優しいダイスなら婿入りさせても良いかと考えていたのだが、アリスに加護がつけば話は変わってくる。身分が上がり同じ加護もちか下級貴族としか結婚できないのだ。
そのダイスはあの4畳半でサイコロ神と向かい合って座っていた。
「しかし良くここへ来るなぁ。お前は」
「すいません、また死にました。親父が宗教に入れあげてまして。金が無いんです」
「エロジジイの信徒だろ、あんなやつ信仰する気がしれんよ」
「それはどうでもいいんですが、亜理紗の行方は分かりましたでしょうか」
「腐の女神は俺の手に負えるやつじゃぁ無いんだが、あれの使徒が二人だけだとわかっている」
「どこにいるんですか?」
「それがゼビュロシアの皇子と皇女だ。なぜか2人ともお前と同じ【恋愛の女神の加護】もちなんだ。そしてまずいことにエロジジイの勇者でもある」
「何でそんなことに……」
「わからん。恋愛の女神も、腐の女神も存在すら感じられないんだ。おおかたエロジジイが何かしたんだとは思うが」
「とにかくなんとしてでも亜里沙はとりかえします」
「そうか、とりあえずその2人をお前が会えるようにしてやったから後はがんばれ」
「ありがとうございます」
「それからだな、お前以外の転生者は前世の記憶が無いことが多いらしい」
「そうですか……」
サイコロ神様には悪いのだが、同じ恋愛の神の使徒でも有る魔王退治などより亜理紗が優先なんだ。
とりあえず恋愛の女神様から聞いた情報は全てサイコロ神様に伝えて有る。
「そろそろ時間です、また来ますね」
「もう来なくても良いぞ、夢でも会えるから」
おっさんとは夢出まで会いたくないなぁ、どうせなら……。
「おぃ」
「すみません」
俺は村に小さな神殿にいた。
何度も死んでいるからか年齢の割に小柄な俺は、いつのまにか手に持っていたステータスカードを見た。
ダイス
人間族♂ 6才
村人 【農夫】【サイコロ神の勇者】【恋愛の女神の使徒】
【薬草採集】【農作業】
体力3、筋力6、器用さ3、敏捷6、知力6、魔力6、魅力10 【サイコロ神の加護】 【恋愛神の加護】