厄介への汽笛
吸血鬼の件、御織一颯は関東の実家に連れ戻され、本当に吸血鬼騒ぎは終わりを迎えた。
そんな吸血鬼騒ぎから一か月が経ち、取りあえず学園に少しだけ馴染めたカノンは自室で目を覚ました。もうこれは日課で、起きると必ず四三一が紅茶を持ってくる。モーニングティーだそうで、実家ではあまり紅茶を飲まなかったカノンだが、四三一の紅茶は毎日飲んでいる。
「カノン様。学園は如何です?」
「楽しいかな。向こうじゃなかった事ばっかりだし」
それは良かった、と四三一。紅茶を飲み終えたカノンはカップを置くと顔を洗う為に一階に。
この時代、水道はまだ完全に普及していない為、九十九館では庭の井戸を使っている。四三一が井戸の水をだし、カノンはそれで顔を洗う。そして、渡された布で顔を拭き始めた時、思い出す。
「そう言えば、今日からだっけ」
「はい」
カノンからの問いに頷いた四三一は口を開く。
「本日から、星陵学園新入生親睦会合宿です」
星陵学園新入生親睦会合宿、星陵学園設立時から行われている一年生にとっては最初の行事だ。四泊五日。場所は福知山。製鉄所から近い星陵学園からは小一時間ほどの列車の旅だ。
特に持って行く荷物は無い。田舎だった北九州も外国文化の流入と共に都会へと様変わり、都会の空気の他に行かなの空気に慣れよう、という趣向もあるのがこの合宿だ。
学園に集合した一年生は八両編成の蒸気機関車に乗った。男女で分かれている。カノンは4人掛けの向かい合う席に腰を降ろし、流れる景色を見ていた。そんなカノンの肩には白い猫。もはやこれは教室では当たり前の光景で、クラスメイトは気にしない。
「それにしても、カノンさん知ってます?」と訊かれ、カノンは首を振った。何か話をしていたらしいのだが、日本の景色に目を取られていた。
「合宿先での噂です」
噂? と訊きかえすと、向かいに座っているおさげの女子が口を開く。「落ち武者の事ですよ」
「落ち武者……確か、戦乱なんかで逃げ延び、生き残った武者の事ですよね」
知っていたカノンが言うと「はい」と女子は頷く。
「昨年、現在の二年生が参加し、数人がその姿を見たと」
「襲われたりしたんですの?」
「いいえ、大人数だったからかもしれませんけれど」
「こわいですわ」
と女子達は会話を始め、カノンは肩の猫、四三一を膝に乗せると目を合わせる。四三一は何も知らないようだ。窓を開けているお蔭で、涼しい風が入る。今年の日本の春は、例年より暖かい。窓から入る風は温くとも、心地いいモノだった。
そんな中聞こえた機関車の汽笛は、まるで新しい厄介の始まりを告げるようだった。
昼には、福知山の宿泊施設に着いた。宿泊施設の外観は、横に長い旅館、と言った見た目で、以前は街道の宿泊施設として使われていたのをそのまま使っているらしい。前は幕府の所有施設だった施設も、時代が変わり、現在では大日本帝国の所有施設。
講師に話を聞く限り、周辺には過去の宿場町跡があるらしい。落ち武者の目撃情報はそこか、登った山の中。
「関わらない方が良いです。カノン様」
肩の猫に言われ、駅から施設までの列の最後尾を歩くカノンは目を向けず口を開く。
「関わりたくないよ。良い話を聞かないもの。落ち武者って」
「落ち武者は霊じゃありませんよ」
「知ってる。文献で読んだし。戦乱の生き残り。失脚や、そう言った類でも発生。確か、首級に対しての恩賞なんかで農民が落ち武者狩りをやったとか」
「本当によく知っておられますね」
読んだって言ったでしょ、とカノンは猫の首を人差し指で撫でため息を吐く。
「ねぇ、私さまた厄介事になると思う?」
「さて、分かりません。私としては、そんな事は願い下げですが……」
「同じく。嫌だ。絶対」
「でしたら大人しくしていましょう」
うん、と頷いたカノンは森の向こうに宿泊施設を目に入れた。
部屋は2階で、広めの和室。窓を開ければ木々が広がっている。割と景色が良い、少し先には宿場町跡も目に入る。
「案外いい所」とカノンが漏らした声、それに反応したのは白い猫、四三一だ。
「確かに、いい所ですね」
「ねぇ、あの宿場町跡って何があるの?」
「特に何もありませんよ。空家があるだけです」
「へぇ……」
はぁ、と猫、四三一はため息を吐き、好奇心にあふれたカノンを見る。「カノン様」
「ねぇ、時間があったら行ってみましょうよ。宿場町跡。落ち武者はやだけど、宿場町跡は興味あるもの」
「許可できません。危険です」
「何も無いんでしょ? 何で危険なのよ」
「どんな輩が潜んでいるか。カノン様、この合宿には陸軍の小隊も隠れて付き添っているんですよ」
「え? そうなんだ、知らなかった」
「念には念を、という事です」
「ならさ、何でこんな所を合宿地に選んだんだろうね」
「確かに……何かあるのでしょうか」
へぇ、とカノンは更に笑顔になり、四三一は止めるのを諦める。
「ねぇ」とカノンはフワフワの布を付けた棒切れを、窓の縁の四三一に向け、それを左右に振る。流石猫、四三一はそれを目で追い、爪を立てた前足でパタパタと叩く。
「何ですか、カノン様」
「やっぱりさ、行ってみようよ。宿場町跡」
「分かりました、私も同行します、いいですね」
「了解」
とカノンが棒切れを四三一から離す。「終わりですか」と四三一、「俗物め」とカノンは猫の顎を撫でた。




