事の終わりに至る夜
「カノン様、どうぞ。お口に合うか分かりませんが、ミルクティーです。近隣農家が牛乳を分けて下さいまして」
と言いながら四三一はカノンの部屋、テーブルにティーポッドを置くと紅茶を注ぎ、ミルクを混ぜる。「日本人がまともなミルクティーなんて作れるの?」とカノン。四三一は笑顔のまま、「是非、ご賞味あれ」
「じゃあ、はい」と手を差し出す。カップを渡せ、という事だ。「少しお熱いので、お気をつけて」四三一はカップを渡す。カノンは臭わず、フーフー、と息を吹きかけ一口啜る。確かに少し熱いが
「美味しい」
想像していたミルクティーの味と違う。だがそんなこと気にならない位に四三一の淹れたこれは美味しい。
「良かった。カノン様、本日は初日から困惑なされたのではと。暖かいミルクティーは落ち着くのでは、と管理人に意見を頂きまして」
「へぇ、猫のクセに生意気」
「猫の姿は仮、本当はこの姿です、カノン様、今朝は帝劇の怪人を読んでおられたようですが」
うん、と再び啜ると頷く。「それが?」
「いえ、帝劇の怪人は吸血鬼を題材にした本なんです。怪人は吸血鬼で、血を吸う事への衝動が止められず、最愛の人の血を全て吸ってしまい絶望のあまり、最後は劇場を爆破し彼女の亡骸と共にする」
「あんた、それってネタばらし」
「ご容赦を。ネタを言っても楽しめる作品です」
帝劇の怪人は現在の日本で一番読まれている小説だ。正直、カノンは何が面白いのかなんてさっぱり分からなかったが。
「ま、私はあまり好きな作品じゃないし」
「そうでしたか……面白かったのですが」
「ってか、脱線してる」
「ああ、そうでした。すいません、ここまで話しておいて。大したことではないんです。生徒間で帝国劇場の吸血鬼の噂が流行っているのは、きっとこの帝劇の怪人が影響しているんですよ」
「ああ、帝劇だしね。……でもさ、その学園の噂、怪人の方はどうなってるの?」
「それはまだ何とも言えません。怪人だなんて。あり得ません」
「化け猫が言う事?」
「化け猫ではありません、変化可能な猫妖怪です」
言うと、四三一は「あ」と思い出す。「カノン様、実はケーキを焼いてみたのですが、如何です?」
「ケーキ? 食べる食べる」
「分かりました」
すぐに四三一はケーキを置いたテーブルに近づくと包丁を取り出しケーキを切り分けると、お皿に乗せフォークと共にカノンに渡す。
「ショコラケーキです。何分はじめてなモノで」
初めての割には、と紅茶のカップを机に置くと椅子に腰かけ、フォークで小さくすると一口。「おいひぃ」と洩れた感想に、四三一は笑顔を浮かべる。
「良かった、お口に合って」
「あんた凄いのね。何でも出来るの?」
「まさか、この紅茶もケーキも下調べをしたからこそ作れるんです」
へぇ、と言いながらモグモグするカノンはあっという間にケーキを食べ終え、ミルクティーを飲み干す。
「美味しかったわ」
「身に余る光栄です」
と答えた四三一は、ケーキに使った皿とカップをぼんに乗せ、何か思いついたようなカノンを見、苦笑いを浮かべる。
「ねぇ、結局さ、あの帝国劇場に何かある訳でしょ? 待ってるのって性に合わない」
「まさか、危険すぎますよ。許可できません」
「一人で行くわけないでしょ。化け猫も妖怪も居るんだから、吸血鬼と怪人が居ても問題ない。でも、私ひとりじゃ危険だから、あんた付いてきてよ」
はぁ、とため息を吐いた四三一は、カノンの好奇心に呆れるしかなかった。
星陵学園、帝国劇場は学生寮のある場所からは多少遠い。九十九館をこっそり抜け出したカノンは、肩に猫となった四三一を乗せ、草むらに身を潜ませながら帝劇に近づく。こうしなければ、教師に見つかり課題、と言って何かしら面倒な問題を出されてしまうからだ。
「カノン様、わざわざこんな夜間に行かなくても」
「夜の方が可能性的あり得るでしょ。多分、吸血鬼は夜行性だし」
とカノンは言うと、目の前に教師を発見。ばれない様に身を低くし草むらを抜けると物陰へ。ここまで来てしまえば劇場まで直ぐだ。
「走るから」
走り出したカノンは、お昼のベンチまで来、気付く。薄らとだが、あの草むらで誰かが誰かにのっかかって何かしている。
「カノン様、お気を付けを」
と猫だった四三一は人になると、ガンホルスターからリボルバーガンを抜き、もう片方の手はカノンを護るように、彼女の前に。
四三一の言葉に頷いたカノンはシルエットなソレを見、その乗って居る方のソレがこっちを向いた事に気付く。
人なのだが、両目が赤く光っている。
「どうやら吸血鬼の様です。血を吸っている。目が赤い」
四三一は、リボルバーガンのハンマーを下ろす。後は引き金を引けば銃弾が発射される。
「あ、カノンちゃん」
月明かりが、赤く光る人影を照らすと浮かび上がってきた顔は先輩、御織一颯。
「せ、先輩……本当に」
本当に吸血鬼とは。と一歩後ろに下がると
「何やってんだ!」
と大声が掛り、カノンは振り向く。居たのは巡回中の教師だ。四三一はいつの間にか猫になっており、御織はクスクスと笑っている。
「おい、今ここにスーツの男が居なかったか?」と教師、カノンは首を振る。「お前たち、何してたんだ」教師に聞かれ、言い訳を考えていなかったカノンは言葉に詰まるが
「すいません先生。僕が忘れ物をしてしまって、彼女に付き合ってもらったんです」
「そうか、ならいいが気を付けろ。最近は生徒が夜間に襲われ、倒れてるってのが多いんだ」
教師がいった後、カノンは御織を見る。変わらず、御織は笑顔だ。彼女のすぐ向こうに生徒が倒れているのだが、何も言えない。
「それじゃ、お前たち気を付けて帰るんだぞ」
御織は返事、カノンは頷くだけ。教師が別の場所へ行き、カノンはすぐに御織から逃れよう、と走り出すが腕を掴まれる。振り向けば、御織の顔が目の前にあり、背筋が震える。八重歯を突き出した御織は、カノンにズイ、とくっ付くと首筋の臭いを嗅ぐ。
「君は……良い臭いがする。堪らない、ねぇ。どうして逃げるんだい?」
決まっている、気味が悪いし怖いし。と思っていると、御織の歯が自分の首筋に近づき、震えるあまり力が入らずただ目を閉じていると、猫が御織の頬を引っかく。御織はパッとのけ反ると、カノンの肩にちょこんと居座る白い猫に目を向ける。
「そっか、化け猫も居たんだね」
言った御織は目を細める。
「私の仕事は、カノン様をお守りする事。あなたの目的はカノン様の血だ、それを渡す訳にはいかない。あなたがどうしても欲しいというのであれば、私は全力を以ってあなたを阻止します」
おお、とカノンは肩の猫の頭を撫でる。今ほど猫を頼りになると思ったことは無い。
「何者か知らないけど、僕の邪魔をすると」、御織は八重歯を見せ「殺すよ」
カノンは身を震わせた。やはり人間じゃない、いや人間じゃないのは知っていたけれど。
「じゃあね、今宵は此処までにしよう」
人差し指を口に当て、御織は闇に駆けて行った。
朝になり、カノンの意識がだんだんと現実に引き戻されはじめる。そして、ドアがノックされ「はぁーい」と気の無い返事。ドアが開くと、紅茶を持った四三一。
「カノン様、おはようございます」
「おはよ」
と布団を退け、ベットから降りると四三一は丁寧に紅茶を淹れそのカップを渡す。「どうぞ」
「ん」とカノンは一口啜るとため息を吐く。
「浮かない顔ですね。眠れませんでしたか?」
「そうじゃないって、昨日の夜の事。どうすんのよ、吸血鬼先輩を」
「無論、脅威となり得るので排除します」
言うと、四三一は軍刀を見せる。物騒だな、と思いながらも紅茶を飲み干したカノンはカップを四三一に。
「学校ではご安心を、お守り致します」
「護ってくれるのは結構だけど、あんた校舎内で斬り捨てたりしないでしょうね。銃とかも」
「神聖な学び舎たる校舎内でその様な事、場所は選びます」
あんまり目の前で暴れて欲しくないカノンだが、仕方ないと割り切る。
「大変だったね。カノンさん、昨日は猫に驚いてて」
教室に入るなり、クラスメイト女子に言われカノンは自分の席に。カバンを置き、和服の袖を撫で苦笑いを浮かべる。
「あ、ああ。ごめんなさい、私の家じゃ猫は珍しくて。でも、もう慣れたから」
と足元に隠していた四三一、猫を抱き上げ膝に乗せる。「ほら」
「あら可愛い。この猫さん、名前は?」
名前? と心中で訊きかえすと少し考える。名前、名前。この猫の名前。
「よ、四三一?」
の後、授業開始の鈴が鳴り教師が教室に入ってくる。すぐに四三一を足元に隠す。
「そのまんまですね」と四三一、喋るな、とカノンは猫の頭にデコピン。授業が開始された。
「あ」と気付いた昼休み、カノンは弁当を忘れて来ていた。どうしよう、お昼。と考えるが思いつかない。今から九十九館へ戻っては時間が足りない。
「ねぇ」と足元から顔を覗かせた四三一を見、声を掛けると自分の下着を見られてしまう位置なのに気づき抱き上げる。「この学校って、一階に食堂があったわよね」
「はい、学生食堂が。しかしカノン様、お財布を持って来ておられるのですか?」
「うん。ほら」
カノンが取り出したのはがま口の財布。ピンク色で可愛らしい奴だ。
「紙幣、百円札とか十円札とか分かりますか?」
「はは……ごめん、さっぱり」
「お教えします。食堂に行きましょう」
うん、とカノンは四三一と共に食堂へ行き焼き魚定食を食べた。
放課後になって直ぐ、加藤四三一、猫は女子生徒に攫われた。何とも、ずっとカノンの肩に乗っていた為か可愛い可愛い、と叫んでいた。
「あれ。これってヤバいんじゃ」
昨日の先輩による吸血鬼宣言翌日。無人の校舎二階、一年生の教室には自分だけ。波に乗れなかった虚しさが訪れる中、階段のある角から知った顔が此方を見ていた。
御織一颯、一番会いたくなかった人だ。
「猫ちゃんが居なくなって残念ね。カノン、一緒に来てくれる?」
直後、カノンは意識を失った。
猫の状態の加藤四三一は、女子生徒達から逃れると、今いる場所が帝国劇場だと気付く。すぐに大きな桜の木の陰に隠れ猫から人間へ。良く考えてみれば、学校内で軍刀は目立つので、軍刀は草むらに。ガンホルスターは見えない様に。
「全く、女学生がこれ程とは」
と呟くと並木道に出、カノンの捜索を始めた。
次に目を覚ました時、カノンはベットに寝かされていた。どのくらい時間が経ったか知らないが既に青白い月明かりが知らない室内を照らしている。ここは、と考え始めると、ギシ、とベットの軋む音。
「何」
と音のした足元を見ると御織一颯が四つん這いになっている。そのまま御織はカノンに覆いかぶさると、カノンの胸元に顔を埋め息を深く吸う。
「はぁ……いい匂い」
「ちょ! 何、何してんですか!」
「ねぇ、何でそんなにいい匂いなの? 魅力的。本当に僕の好み」
カノンは、その言葉にドン引き、直後、密着している御織一颯の股の辺りに堅いモノを感じ、カノンは顔を引きつらせ、「はぁはぁ」と息を荒くする御織の顔を見る。
「あ、あの……先輩は女子ですよね?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
乗っかったまま、上半身を起こした御織はとびっきりの笑顔で衝撃的な事を口にする。
「僕は男だよ」
「お、おおおおおお男ッ!?」
悪寒の直後に鳥肌。嫌な汗が滲み逃げようとするが身体が動かない。「ねぇ」と御織は口を開く。
「僕は、君の秘密を知っている」と、ベットに押し倒したカノン。
「ひ、秘密って……何の事?」
カノンはは毛先にカールのかかった髪を揺らし、後ろに逃げ、背中に壁が当たり逃げ道が無くなる。自分を押し倒した女装少年を見れば、頬を赤らめ、潤めた瞳でジッと自分を見据えている。本当に男かどうか、疑ってしまうような見た目だが、既に男と確認済みだ。
「噂は知ってるでしょ? 帝国劇場の怪人……君は同じなんだね」
女装少年が何か言う前に逃げよう、とするがハーフの少女は手首を抑えつけられ、動きを封じられる。
「カノン、君は魔術師なんだね」
カノン、と呼ばれたハーフの少女はため息に似た息を吐き、再び逃げようとするが叶わず、手首をベットに押し付けられる。
「それもとびっきりだ。びっくりしたよ、碧色の治癒魔法。希少な魔法だ」
「どうして……どうしてあなたがそれを」
「伊達に吸血鬼やってないって。すぐに分かったよ。君は特別だって、それにあの猫は君の護衛だ。加藤四三一でしょ?」
加藤の事も知っている、何故、と訊かず目を細める。
「そんな怖い顔をしないでくれ。いずれ彼の事は知るからいいだろうけど、先に君の血を吸わせてもらうよ」
「その前に、私の血を吸って、どうするんです?」
「はは、それを訊くか、いいよ。答えてあげる」
笑顔のまま、御織はカノンに顔を近づけ続ける。
「今の大日本帝国はアジアの軍拡競争の中でトップだ。英米の付け入る隙が無い位にね。この位は知っているだろう?」
「え、ええ」
「新型戦艦に、水上機空母に正規の艦載機搭載空母。駆逐雷撃艦隊潜水艦隊、新編成された航空機編隊。圧倒的だよ、だから日本男児の軍入りはもはや当たり前であり、しなければならない事だ。僕の家は一応、吸血鬼の血が流れててね。……結局、僕は軍に入りたくない」
「は?」
「つまり、このままただ血を吸うだけの吸血鬼でいたんじゃ、殆ど人間と変わらない。君の血を吸って圧倒的力を得て、地位を確立しなきゃ軍に入れられる。そんなの御免だ」
軍に入りたくない為に私を? だったら
「だったら、他の生徒を襲ったのは?」
「帝劇の怪人、僕はあれのファンだからね。演出しただけ」
演出の為に生徒を襲った。そして軍に入りたくないが為に自分の血を。
「つまり、先輩は屑でへたれなわけですね」
思いついた事を言うと、御織は顔を顰めた。「どういう事かな」と八重歯が光る。
「どうもこうもありません。あなたは、演出の為に無関係の生徒を襲う屑で、軍に入りたくないが為の逃げ道に渡しを選んだへたれです」
「言ってくれるねカノン」
「少しでもあなたに怯えていた自分が恥じます。このファッキン野郎」
「気が強い……驚くよ。でも、もう良いや。血が吸えれば、後は君が寝ている間に適当に」
と御織の顔が近づき、八重歯が首筋に迫り、カノンが瞼を閉じると部屋の扉が斬られ、その扉を蹴破り四三一。
「カノン様!」
ベットのカノンを見、四三一は叫ぶと駆け出し御織が振り返るより早く、御織の後頭部を軍刀の柄で殴り、御織は気を失う。
「弱ッ!」
あっという間に気を失った御織を見、もはや拍子抜けのカノンは呆れ気味の表情の四三一を見た。「あれ」四三一の顔には、無数の引っかき傷。
「あんた、何してたの? 傷が多いけど」
「いえ……カノン様、ここは女子寮でして」
「え?」
そっか、と納得する。ここは御織一颯の自室と言うわけだ。で、四三一が傷だらけなのは、女子寮故侵入の際、誰かに見つかり引っかかれたのだろう。
「ご愁傷様」
「全く、女子寮なんて厄介な場所に」
と四三一は軍刀を鞘に納め、ベットで腰を抜かしているカノンをお姫様抱っこすると窓を開ける。月明かりの入る窓は、開けた瞬間に夜風と一緒に青白い夜空に舞う桜の花びらを部屋に流し込む。
「寮長! 変態はこの部屋です!」
外には追ってとなる女子生徒達。
そして、四三一は窓の縁に脚を掛け、カノンはこの男が何をするのか分かってしまった。ねぇ、と訊くが、帰って来たのは四三一の笑顔だけ。
次の瞬間、四三一は3階の高さから飛び降りる為、桜の舞う夜空にジャンプ。一瞬の浮遊感に不快感を覚えたのも束の間、迫る地面に叫びそうになったが、気が付けば地面に着いていた。
「全く」と言い、四三一はカノンを下ろす。「カノン様、今日は帰りましょう」
「待って、まだ片付いたわけじゃないでしょ?」
「片付きましたよ」
「え?」
寮を見上げようとするが、桜の木に隠れて見えない。幸いだ。ここに居てもばれないだろう。
「今の御織一颯は気を失っています。申し訳ありません、御織一颯の事を調べていたら時間を喰ってしまって。取り敢えず、彼が女子ではなく男子と言うのはすぐにばれます。放っておいて大丈夫です」
「で、でも。ばれなかったら?」
「ばれますよ、言い難いですが。色々と、付いていますから」
ああ、と引きつった顔を浮かべ、カノンはため息を吐いた。
「そうね」
日本に来て三日目、星陵学園、帝国劇場の吸血鬼は活動しなくなるわけだ、とカノンは夜風に桜舞う、春の夜空を見上げた。




