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炎獄の娘  作者: 青峰輝楽
第三部・婚約篇
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9・王宮騎士団長の迷推理

「さっき、王宮騎士団長は、わたしがエーリクの死によって利益を得ると考えている、と言ったな。いったいどういう利益なんだ? わたしが犯人を知っていて、それを隠してやる事によって利益を得るとでも言うのか?」

 アルフォンスの疑問に、ウルミスはやや曖昧に頷いた。

「まあ、そうだ。その辺りが、『呆れる』部分だ。きみの一行に紛れていた曲者が勝手に行動してグリンサム公殿下を殺害した、というのは、表向きの話。だが実は、きみは公が殺されるのを知っていた……というのがやつの推理なんだ」

「なんだって! 何故わたしがエーリクの暗殺計画を知っていてなんの手も打たなかった、なんて馬鹿な考えが生まれるんだ。わたしとエーリクは幼馴染みで親しい間柄だ。侮辱も甚だしい!」

「そう、きみはそれを侮辱ととる。だがやつは侮辱するつもりなんかないんだ。何故なら、やつは、利益の為なら親しい人間だろうとあっさり裏切れる人間だからだ。美味しい餌をぶら下げられれば、友人の一人や二人、死のうが生きようが知った事ではない。そしてその性質を、やつは誰にでもあるものだと思っている。ヴェルサリアの良心と呼ばれるきみでさえも例外ではないと」

「なんという事だ。わたしは暗殺犯に買収されたと思われているのか」

「まあ……そんなところかな……。とにかく、それが、私が怒った理由だ。だがやつは自分の考えに自信を持っている。公爵殿下ともあろうお方が、賊に襲われるなどという怖ろしい目に遭いながら助けを呼びもせず、自分の手で処理して、しかもすぐに自分に被害を伝えてこないなんてあり得ない、と。きみがあの庭園で、祝宴の真っ最中に、賊に襲われたと震え上がって大騒ぎしなかった事が、やつに言わせれば、やましい秘密を隠している証明なのさ。グリンサム公殿下はうまくきみに言いくるめられて宴に戻ったものの、その時点で暗殺は完了したも同然だった。だからきみはああも落ち着き払っていられたのだと。そしてだ。やつの最も呆れる思惑は、やつはきみの隠しごとを宰相閣下に報告しない事で、陛下のお気に入りであるきみに恩を売りたいと思っているのさ。私に向かってそう言った訳ではないが、やつの考えなんかお見通しだよ」

「……」

 アルフォンスは二の句が継げなかった。そんな考えの浅い人物が、『王家の盾』の頂点でいていいのか。己への侮辱的な考えに対する怒りよりもまず、心に浮かんだ事はそれだった。だが、それを云々しても仕方がない。前王……現国王の父が、彼を王宮騎士団長に任命したのだから、それを覆す事は難しい。


かれは何とか心を静め、

「では、その暗殺を企んだ者はどういう輩だと彼は考えているんだ?」

 と問うた。

「さぁな……何しろろくに証拠がない。曲者の死体からは、身元が割れるようなものは一切見つかっていない。暗殺者から何かを聞き出した可能性がある、生きている者がいるとすれば、それはきみだけだ」

 ウルミスは含みのある視線を送ってきた。アルフォンスははっとする。

「まさか彼は、わたしを疑っているのか?」

「やつはそこまでは言っていない。だが、そう考えればやつの中では全て辻褄があうんだろう。きみが怪我のひとつもせずに曲者を取り押さえた事も、茶番だったと思えばやつは納得がいく。まあ心配はないさ。証拠もなしにそんな事を言い出す程にはやつも馬鹿じゃない。そもそもこれは内密の調査であり、おおやけにはグリンサム公殿下は病死した事にされるのだから、結局の所、真犯人が誰なのかという事はうやむやのままに終わるだろう」

「それじゃあ調査する意味がないじゃないか」

「宰相閣下はそもそも、曲者の侵入を許した警備態勢を一番問題視され、おおっぴらにアランの責任を問う訳にはいかないから、やつに反省と自覚を求めて、せめて賊の侵入経路だけでも割り出せ、というお気持ちなのだと思う。まぁ、やつにはあまり伝わっていないがな。やつは、宰相閣下には、『曲者はルーン公殿下の一行に紛れて侵入したようだが、ルーン公殿下も小者の事までいちいち把握はなされていないから身元の確定には至らなかった』と報告して面子を立て、きみに対してはさり気なく『事を荒立てないよう配慮した』と伝えて恩を売る気なんだろう」

「……」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、アルフォンスの腹立ちは段々冷めてきた。それよりも、暗殺そのものをなかった事にされ、犯人、動機を真剣に調べられもせずに葬られてしまうエーリクを思うと溜息が出る。犯人、動機が明らかになってはまずいのだから、調べた所で彼が生き返る訳でもなし、丁度良いと言ってしまえばそれまでなのだが、ヴェルサリアの七本柱の一人としてこれまで国を支えてきた彼はどれだけ無念だろうか。それに、宰相は一体何を考えているのか。おおやけにはしないとしても、大祝賀会の真っ最中に、王宮で大貴族が暗殺されるという前代未聞の事件であるのに、騎士団の目さえ真実から背けさせた上で、自身が何も知らずに済ませるような人物ではない。

「まさか、宰相閣下もわたしをお疑いなのではあるまいな」

 とアルフォンスは探りを入れてみる。

「いや、まさか。アランのようなたわけと同じお考えな訳がないだろう。『ルーン公もまた被害者なのだから、心身疲労しているようなら、話を聞くのは急がなくても構わない』とさえ仰っていたぞ。尤も、私の方が気が急いて、早く来すぎてしまったようだが」

「いや、もう疲れも心労もどこかに飛んでいってしまったようだ。まあ、そう聞いて安心したよ」

「大体、きみが如何に欲と無縁な人間であるかは、今回の王妃選定で、宰相閣下が一番感じられた事だろうよ」

 ウルミスは微笑し、

「まったくここだけの話だが、陛下の隣に並び立ったユーリンダの姿を見てみたいという気もしていたよ」

 ユーリンダが幼い頃から、アルマヴィラを来訪する度に実の娘のように可愛がってきたものであるから、そんな事まで言う。

「きみのような立場の人間が、いくら内輪とは言え、そんな言葉を口にしてはいけないな」

 生真面目に諭すアルフォンスにウルミスは笑って、

「勿論、王妃陛下が選ばれるまでの話さ。今は、エルディス陛下の次にリーリア陛下に忠誠を誓う身だ」

 と応えた。彼の王家への忠誠心の深さは王国一だという事はアルフォンスはよく知っているので、この返答は想像通りのものだった。大した後ろ盾もない小貴族出身の少年が、ヴェルサリアの武人で最も高い位を授けられたのだから、感じる恩は言葉にし切れない程であろう。

「類い希な王の器を備えられたエルディス陛下に、リーリア王妃陛下のような最高の女性が生涯の伴侶として目出度く嫁がれた。王国にとってこれ以上の慶事はあるまい。確かに、暗殺騒動でその慶事を汚す事は、エーリクも決して望むところではなかったろう」

 もしも自分がエーリクの立場だったら、きっとそう思った筈。そう己に言い聞かるようにアルフォンスは言った。


「そうだな。しかし、実際には、公の暗殺で慶事が汚されてしまった事は揺るがしようのない事実だろう。明るみには出さないとしても、私としては、王国の平安の為に、誰が何の為にやった事なのか把握しておきたい。きみが何かを隠すとしたらそれは、表に出すと誰かが危うくなるような事なのだろう、それしか考えられない。私は絶対に誰にも言いはしないから、良かったら知っている事を教えてもらえないだろうか?」

 突然、話が核心に戻ってしまったので、アルフォンスは一瞬困惑した。ウルミスが誠実な男であり、『誰にも言わない』と誓うのならそれは決して破られはしないだろうとは判っている。だが、秘密に近づける事は、彼を危険に晒す事と同義である。スザナとリッターを不用意に近づけてしまった後悔、それを打ち消す為に自分が立ててしまった誓い……そんな事を思うと、いくら親友に対してであっても、何一つ打ち明ける訳にはいかない。そもそも、ヴィーン家の秘密に関わる事を部外者に洩らすのは、大神官の身の安全に関わる事でもある。

 エーリクは王宮内にあってさえ、一挙手一投足を見張られていた。魔道の心得がないアルフォンスには、どのような手段を用いて魔道士が会話や動向を探ってくるかを知る術もない。アルマヴィラに帰れば、聖炎の神子である妻は容易く魔道の気配を察知してくれるだろうが……。

「ウルミス。昨夜エーリクと一緒だったと言わなかったのは、単純に、彼に言わないでくれと頼まれたから、というだけなんだ。彼は、何か相談事があると言って、こっそりわたしを呼び出した。だが、話の途中で曲者が襲ってきた為に、彼が何を知っていて何故殺されなければならなかったのか、彼の口から聞く事は出来なかったんだ。これはルルアに誓って嘘偽りではない。役に立てなくて申し訳ないが……」

 要するに、深夜に図書館に行って知った事は今は頭から捨て去り、昨夜の、何も解らなかった状態のままに話せばいいだけだ。あの時点では、秘密はエーリクの胸の内にだけあり、彼はそれを一人で抱えたまま死んでしまった。もし彼が『図書館』という一言を発していなければ、その状態は今も変わっていなかっただろう。

「そうか……」

 ウルミスの目に失望が浮かんだのを見てアルフォンスは、

「きみを信用していない訳では決してないんだ」

 と付け加えた。

「解っているさ。ルルアに誓って、とまで言うのだから。ただ、宰相閣下は、きみがもう少し何かを知っているかも知れない、と仰せだったから、少し期待していただけだ」

「この話は昨夜宰相閣下にもしてあるのだが……」

 ウルミスの言葉にアルフォンスの心はざわついた。昨夜わざわざ呼び出してまで事情を聞き出そうとし、それに対して説明したにもかかわらず、また同じ事でウルミスを派遣してくるとは、宰相はいったい、自分が何を秘密にしていると思っているのだろうか。確かに、騎士団の調査に協力するとは言ったが、曲者を調べても何も出なかったのであれば、昨夜と同じ事しか言えないと思って貰いたいものなのだが……。

「宰相閣下ともう一度、この件で直接話をしておく必要がありそうだな」

 アルフォンスが言うと、ウルミスは頷いて、

「そうだな、アランのやつに調子に乗らせない為にも。きみの一行に怪しい人間などいなかったと判れば、やつは宰相閣下にお目玉を喰らうだろう」

 とウルミスは愉快そうに答えた。

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