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炎獄の娘  作者: 青峰輝楽
第四部・聖都篇
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25・処刑と祭り

 残酷な犯罪の犠牲となった娘たちの遺体が発見されて数週間が経った。


 発見から程なくして、現場から遠くない所に住む中年の男が、酒場で、殺された娘の遺品を酒代代わりに出したのを、たまたまそれと知っていた娘の知人が目撃して通報した。当初は拾ったものと言い訳していた男が、尋問の末に、全部、乱暴目的にやった事だと自供した。


 アルフォンスは当初、男の処刑執行書に署名するのを躊躇った。事件に対する先入観……かの大魔導士の良からぬ企みの一端に違いない、という読みから、あまりにかけ離れた結末だったからだ。

 ラクリマの報告では、立て続けに起こった娘たちの失踪が魔導士が関与したものではないかと最初に疑いをもちだした幹部は、無駄な調査に浪費させた責を問われ、謹慎処分が下ったという。ラクリマ自身には罰はなかったが、かなり落ち込んだ様子で、アルフォンスの時間を無駄に使わせ、危険にも晒してしまったことを詫びた。しかも、この件で、『結界の緩みを上層部に報告し、対処してもらう』という策も使えなくなってしまった。事件と魔道の繋がりを熱心に上に訴えかけていた彼女の言い分が的外れだったという結果の所為で、彼女の養母は彼女の言葉に取り合ってくれなくなってしまったのだ。八方塞がり、とはまさにこのような状態と言える。

『本当にあの男が犯人で間違いないのか? 神官の検屍でも何も怪しいところはなかったのか?』

 アルフォンスの問いにラクリマは黄金色の睫毛を伏せ、小声で答えた。

『公式には、何もない事になっています』

『公式には、とは?』

『検屍をした神官はわたくしの知人で……話をしたのですが、『絶対上には言わないで欲しい』と念押しされた上で、『なにか違和感を感じたんだ。だけど、言葉に出来るようなものも証拠も何もない。ただの勘みたいなものだ。わたしは貴女程魔力を持たないし、報告できるようなものではないんだ。だから忘れて欲しい』と』

『…………』

 男は自白し、罪を償いたい、さっさと処刑してくれと言っているという。だが、もし彼が犯人でなければ……。

『アルフォンスさま。あの男には今回の事とは別に余罪があるのです』

 横から口を挟んだのはエクリティスだった。彼には勿論、アルフォンスの考えなどお見通しである。

『あの男は昨年もふたり、女を殺しているのです。ただ、相手の女が娼婦で誰も訴え出なかった為に処刑されずに拘留されていたところに、国王陛下のご即位に際しての恩赦があり、釈放されたのです。本来既に処刑されていた筈の屑です。どうぞご署名を』

 自白と証拠品があるというのに、この大きな事件の犯人をすぐに処刑せずにいれば、民衆の不審をかう。遺族以外に文句を言う者まではいないにせよ、領主として好ましく思われない事ではある。何しろ、公開処刑を見物するのを楽しみにしている輩もいるくらい……この治安のよいアルマヴィラではそう滅多に見られるものではないので尚の事である。

『そうか……』

 釈然とはしなかったが、そういう事情であれば引き延ばしていても仕方がない。かれは重い気分で処刑執行書に署名をした。


 こうして処刑は行われ、人々の中で事件は過去のものとなった。もう若い娘も一人歩きの際にびくびくしなくてよくなったので、少し翳っていた都の賑わいもまた戻ってきた。しかしアルフォンスには、この件がこれで終わったとは思えなかった。

 もちろん、種子のことも何も解決策すら見えない。たったひとつの救いは、今のところそれに何の変化も見られない事だけ。

 アトラウスは、最初に種子を見つけた時点でやはり大神官に打ち明けるべきだったのだ、と言って、憔悴しているラクリマを更に責めた。ラクリマに同調していたファルシスは、今更言っても仕方のないことだ、とラクリマを庇い、二人はまた口論した。今更言っても仕方ない……それは、ここまでの間に秘密にしていた事で、大神官は更なる咎をアルフォンスに被せるだろう、という事実を意味していた。ここで心が分かれてはいけない、それに時間が欲しいと言ったのは自分なのだから、と息子たちを宥めて和解させたものの、こうまで光の見えない状況に、アルフォンスは極めて疲弊していた。自分が国に害を及ぼす可能性があるなら、さっさとその可能性を己の命ごと抹消してしまえばいい……そう出来れば、いつだってそうする覚悟はある。だが、老魔導士の言った、自分はルルアにとって必要とされている、という言葉がそれを止めていた。或いは、あれはアルフォンスに自害させまいとするただのでっちあげかも知れない。だが、もしもそうでなければ……?

(やはり猊下に相談するしかないだろう……)

 もはや自害するか否かの瀬戸際で、糾弾されることなど構ってはいられない。息子は反対するだろうが、結界の事も何もかも話してしまえば、国を護る為に一番と思える方法をダルシオンは採ってくれる筈だ。彼を巻き込む事に最初は懸念があったが、最早それを気遣う余裕もない。敵は国王暗殺を持ち出して来たのだから。


 だが、目の前にひとつ、大きな仕事が残っていた。

 来週から催される、年に一度のルルア大祭。ルルア大神殿をあげての一大行事に、国中からも多くの人々が集まる。大神官と聖炎の神子が王国の安泰をルルアに祈願する大切な神事であり、この祭りの期間に聖都に詣でればルルアの格別な祝福を受けられる。勿論、大神官も、聖炎の神子である妻も、その準備に寝る間も惜しんで勤しんでいる。領主である自分もそうである。よそ者が多く集まる大きな祭りでは、治安に目を配る事が何より大事。賓客も大勢やって来る。

 重要なのは、この時期には神官からルルアへ捧げられる魔力が一層強められる事である。神殿の力は平時より飛躍的に高まる。こんな時期にわざわざ、結界の奥から何かを仕掛けてくるとは考えにくかった。だから、大切な祭事の前に不吉な面倒ごとを持ちかけるのはよそう、とアルフォンスは考えた。ルルア大祭が無事に済めば、自分の運命はダルシオンの判断に委ねよう。


 大祭の初日。

 アルフォンスはひっきりなしに訪れる客への対応に追われていた。

「ルーン公殿下」

 深々と頭を下げたその男は王都でよく会う者だった。

「バルザック殿。よく我がアルマヴィラにいらして下さった。宰相閣下やシャサール殿はお変わりないかな?」

「はい。よろしくお伝えするようにと承ってきております」

 それは、宰相バロック家の銀狼騎士団の団長、バルザック・ハウンドだった。背後には、見覚えのある娘と、若い男を伴っている。

「今回は、ティラールどのとお会いに?」

 ユーリンダに懸想していたバロック家の末っ子ティラール・バロックは、彼女に結婚を申し込むもアトラウスと婚約され――それは、バロック家とルーン家の間に大きな確執を作るもととなってしまったのだが――、なのにそれでも諦めきれない態で、聖都に留学と称してアルマヴィラにやって来て、ずっとルーン家の客として従者と共に客館に滞在しているのである。最初アルフォンスは、バルザックが宰相の命を受けてティラールを連れ帰る目的で来たのかと思った。ユーリンダの婚約が翻る可能性はほぼ無く、それなのに未練たらたらで息子が自分を袖にした娘に纏わりついているのを、矜持の高い宰相が今まで何故許してきたのか、不思議に思っていたのもある。

 だがバルザックは首を横に振り、

「いえ、今回は私事で、休暇を頂いて参りましたので……。勿論、ティラールさまには後程お目にかかりますが、目的はそちらではないのです」

「ほう?」

「実は、我が長女エミリアが婚約相成りまして、此度の大祭でその祝福を受けようと参拝に参ったのでございます」

 その言葉と共に、バルザックの背後の茶褐色の髪を結い上げた小柄な若い娘と彼女に並んだ若い男が深々と頭を下げる。

「おお、それはおめでとうございます。お相手は……たしか……」

 男の貌にも見覚えはある。

「銀狼騎士団のエトワール・ダイクと申します、ルーン公殿下」

「ああ、昨年の御前試合で随分健闘していた……」

「ご記憶頂いておりましたとは恐縮に存じます」

 エミリアもエトワールも随分緊張している様子だ。若いふたりを微笑ましく思い、

「きっとルルアの祝福はあなたがたに幸福な一生を授けるでしょう。どうぞ祭りを楽しんでください」

 と声をかけた。大貴族から丁寧な寿ぎを受けたふたりは尊敬と感謝の表情で頬を染め、礼を言った。


 これも、悲劇の序章の重要な対話となった。

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