腹黒の娘、冷血漢とサムライの妹
はじめまして。深山柏槙ともうします。
初投稿小説です。まったり更新を予定していますが、よろしければおつきあいください。
「明らかに面倒くさい…。」
胸下までのふわふわとした黒髪を無造作に風に靡かせた、眼鏡をかけた平凡な顔立ちの少女は、国家の中枢たる宰相府《父の仕事場》の入り口に仁王立ちする警備兵と相対していた。
―ことのはじまりは、一週間前の夕食時―
「興味ない。」
それだけ言って、目の前の夕食に視線を戻した。
美味しそうな白身魚の香草焼き―スパイスの配合は自分が料理長と一緒に考えたものだ。香りだけで美味しい!食べるまでもなく!
「そこをなんとかならないかなー、サユキ。」
珍しく父が食い下がる。
「ならない。サケの醸造方法をおじいさまから習ってる途中だから忙しいし、父さんに構ってる暇はないの。」
ここは山間の魔術国家リュコスの宰相邸の食堂《我が家の食堂》。
先ほどから自分に冷たくあしらわれているのは、リュコス国宰相で—策士として大変恐れられているらしいが家ではヘタレ―な父。
父は「宰相府に遊びに来ない?」と気軽なノリで自分を誘ったのだが、断られても食い下がる父を見る限り「ちょっとパパの職場を見学☆」程度では住みそうにない。
「サユキちゃーん?西の方に染め物を勉強しに行きたいって言ってただろう?旅券と旅費出してあげるから!」
興味の無いことには一切かかわり合おうとしない自分に何かさせようという時には、機嫌のいい食事時に話をするか、彼女の気を引く何かを対価にするか、あるいはその両方をもってあたるべし、というのがシノトオ家の常識であるらしかった。
「…話だけは聞く。」
父はなんと自分に国の防衛結界のかけ直しの補助をさせたいらしい。
魔術立国を標榜するリュコスの魔術のエリート集団である宰相府は、リュコス領土を不逞の輩や暴走した生き物・魔物から守るための防衛結界のメンテナンスも担っている。
防衛結界は、最低でも十五年は十分な強度が維持されると言われており、宰相府に組み込まれた術式によって術師たちの有り余る魔力を供給し、稼働や自動修復が行われる仕組みになっている。大事を取って十年に一度、結界を更新することが取り決められていて、食堂の会話の際にはその更新の時期が二週間後に迫っていた。
「どう?サユキ!ちょっと職場見学だと思ってさ?」
「嫌だって言っているでしょ。父さんがすればいいじゃない。」
「父さんだってもちろん参加するさ。でも、古い術の解除と新しい術の起動を同時にやると、無結界の時間帯ができてしまうかもしれない。だから、もう一人手伝いが必要なんだよ。」
父が困った顔で笑うと、前髪が一筋はらりと額にかかる。
相変わらず無駄な美形だ…すらりとした身長とこの近辺の民には珍しい黒髪、涼やかな目元と微笑みをたたえる父の容姿は女性にも男性にもウケがいいらしい。中身は恐れられているらしいけれど。
宰相府…宰相府で思い出した。父の他に、普段防衛結界の維持などにあたっている担当者がいたはず…そういえば、息子と一緒にちょくちょく我が家に夕飯を食べに来ていたはずの防衛部長の顔を最近見ない。
「ふうん。結局、父さんが時期も考えずに防衛部長を”不能”にしたのがいけないってこと。あの人どうしたの?」
「…自分のところの息子とサユキを添わせるなどと、巫山戯たことを皆に吹聴していたからね。降格してもらったんだ。」
父から冷気が漏れている。ついでに兄達からも冷気が漏れている。
美形がそろって凄むと怖い。
「父さん…元防衛部長とやらは今どこに?私が責任をもって断罪します。」
まてまてまて、チハヤ兄さん、防衛部長が一体何の罪を犯したっていうんだ。
凄んでいるチハヤ兄さんはおじいさまに話して頂いた「サムライ」によく似ている。シノトオ家の正装の「モンツキハカマ」を着るとさらに良い。クールではないけれど、ストイックで、多くを語らない性格が軍部では割と慕われているらしい。
もしもおじいさまに話して頂いたサムライの「カッチュウ」が再現できたら、是非ともチハヤ兄さんに身につけてほしい。
「チハヤ、これは宰相府の人事問題だ。既に宰相府が穏便かつ厳正に処理をした。魔力を大分削ったから、あの不届き者は当分下働きだろうがな。まあ少々やりすぎたので、私は明日から三週間謹慎だ。」
チヒロ兄さんが肩をすくめながらさらりと白状した。父さんにそっくり。チヒロ兄さんのほうがややエキゾチックな感じが薄いし、あんまり笑わないから冷たい感じがする。「触ったら凍る!」と陰では言われているらしい。あまりに怒ると適正の大きい氷系の魔力が漏れるからその表現はあながちはずれてもいないと思う。
「…そうですか。まあ私も一度くらいお見舞い《追い打ち》に行きますよ。」
…防衛部長を”不能”にしたのは父ではなく上の兄だったようだ。十年に一度の業務を挟んで三週間謹慎……あきらかに「少々」どころのやりすぎではなかったのだと思う。私に大きな実害はないし、相手も生きてるみたいだし、興味ないけど。
チヒロ兄さんが謹慎ということは、面倒ごとを押し付けることもできない。下の兄にはさほど魔力がない。外堀は完全に埋め立てられてしまった。
「そういうわけだから、サユキに手伝ってもらわないとならないんだよ。」
「…旅券の発行と旅費の話は忘れてないからね。」
かくして、私が父の職場を見学する《やっかいごとに巻き込まれる》ことが確定したのである。
今まで過保護な父が宰相の職権を濫用していたおかげで発行されなかった私の旅券が、めでたく発行されるということだし、良いということにしようではないか。
旅費も稼げたし、単発高時給のアルバイトだと思えば耐えられる。
私が自分を納得させようとしている間に、今まで黙々と夕食を食べていた母と祖父母が
「サユキが宰相府に!お出かけ!おめかし!」
「ドレスより、シノトオ式にキモノの方がいいんじゃないか?新しいものはさすがに間に合わんな…シュリ、あれを出してやったらどうだ?」
「ああ、この間里帰りしたときに仕入れた生地で仕立ててもらったやつね。エリザさん、この間のあれでどうかしら?一緒に帯とか小物とか選んでくれる?」
「任せてくださいお義母さま!」
などと勝手に盛り上がっていたのは知らぬが仏である。
お読みいただきありがとうございました。
容姿平凡、チートを生かしきれない末っ子主人公が、もふもふと戯れつつ日本文化テーマパークの設立の夢を叶えるためにそこそこ頑張るお話です。
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のんびりまったり更新していきたいと思います。