1話 「目覚めると」
此処はどこ・・・?
彼女はぼんやりする頭で考えていた。
ふわふわする温かい感覚が気持ちいいけれど、何かが体に絡みつくような感覚も同時にあって、それはひどく鬱陶しくて嫌な感じだった。
箱の中??
体がだるくて、視線だけを彷徨わせた。
いつもの水の中とは様子が違っている。前に人間が沈めていった箱の中に入った事がある。その時が、こんな感じだったかな?・・・と彼女は思い出していた。
外に出よう。
体を動かす。いつものように動いた・・・つもりだった。
ドタッ!
視界が反転し、体に痛みを感じた。何とか体を支え、体勢を立て直そうとして・・・気づいた。
水がないっ!
それは彼女にとっては、大変な事だった。
だって死んでしまうから。水がなければ呼吸が出来ないし、体だって支えられない。ああ、だから倒れてしまったんだ・・・彼女は混乱していて、ちゃんと息が出来ていることに気がついていなかった。
自分がちゃんと動いている事にも・・・気づけていなかった。
とにかく、必死で水を探した。
途中で立ち上がった事もわからなかった。
いや、いやよ。死にたくない!
でも見つからなくて、近づく死の恐怖に泣いて叫びそうになっていた。
・・・誰??
何かの影を視界に捕らえた。それは人間の姿で、彼女は視線をむけた。
あの子だわっ!
あの時の少女。
魚になりたいと言った、彼女の住む湖に沈んできた「あの少女」が自分を見ている。まっすぐな瞳で。とても驚いた顔をして。
助けて・・・
彼女は必死で、少女に近づこうとした。少女は何も言わない。
助けてよっ!
泣きそうになると、少女の表情も泣きそうになる。視線は外れない。
少女は彼女をまっすぐに見ている。彼女はその少女に向ってヒレを伸ばした。少女の手も、彼女に向って伸びてくる。
・・・・何で?
少女の手は冷たい。それに硬い。指の先しか触れる事が出来ない。
違う・・・それよりも不思議なのは、少女の指に触れているのが人間の手に見える事。ヒレじゃない。
これは人間の手。
でも・・・私に繋がっている?違う・・・そんなの、おかしい。
彼女は、目覚めてから初めて自分自身を確認した。
目に入るのは人間の足。人間の手が、彼女の思う方向に動いている。
こんなのは私の体じゃないっ!
だって私は・・・
(それなら、あなたに私の体をあげる。)
不意に少女の言葉が頭に浮かんだ。確かにあの時、少女はそう言っていた。
「うそ・・・でしょ・・・」
思った言葉が、知らない声と耳慣れない音で耳に届く。
頭がグラグラと揺れた。大きな渦に飲み込まれていく様な感覚。
支えを探して伸ばした腕は空を彷徨い、彼女はまた・・・意識を失ってしまった。