■ プロローグ ■
■プロローグ■
私は魚だった。
木々の緑を映した透明な水の中で、静かで平和で少しだけ退屈な時間を生きる魚だった。不満があったわけでもなく、ただ・・・外の世界に少しの憧れをもっていた。
何のために来るのかわからない、まれに水面をのぞく人間と言う生き物にも興味があった。湖の外、広い世界を自由に動く人間が、ほんの少し羨ましかった。
仲間はみんな、そんな私を変わり者だと笑っていた。
そんな時、その人間は現われた。
長い髪の少女。彼女は突然、私たちのすみかに飛び込んできた。乱暴な水の動きが、眠っていた私たちを叩き起し、優しい緑藻の寝床を荒らす。
みんなは口々に迷惑だといいながら、岩陰などに隠れた。私は仲間が止めるのも聞かず、少女に近づく。
だって、私は知っていたから。
人間は水の中では死んでしまうと言う事を。
それなのに、少女は抵抗もせずに沈んでいくから。
私は慌てて声をかけた。
(沈んでいるよ?死んじゃうわ。)
人間には、私の声は聞こえない。そんな簡単な事を私はその時、忘れていた。
(いいの・・・私はこのまま眠りたい・・・)
少女もきっと忘れていたのだと思う。だから、私達は言葉を交わせたことに何の疑問も持たなかった。
(どうして?死んでしまうもの・・・もぅ戻れなくなってしまう・・・)
私が言う。
(いいの。戻りたくなんてないから。このまま水の中で、静かに眠りたいの。)
少女が応え、そして続ける。
(魚のお前が羨ましい。私はもう、疲れてしまったの・・・)
(わからない、わからない。私が羨ましいなんて。だって私は、人間の貴方が羨ましいのに。)
私の言葉に、少女の閉じた瞳がゆっくりと開いた。澄んだ瞳に、小さな青い魚の姿が映る。
(それなら、あなたに私の体をあげる。)
少女の手が伸びてくると、私の体を包んだ。何故か私は逃げることもせずに、閉ざされていく視界をぼんやりと見ている。
視界が少女の手で閉ざされた。
(・・・・)
次の瞬間、私は(私であるはずの)小さな青い魚をその瞳に映していた。
(私・・・?)
そう呟きながら、私は意識を手放した。