第九話 喧嘩
「・・・高田さ~ん。」
「・・・・・・・・・」
う、何かこれは、すごく怒っていますよね。
あれからコート内に、どんどんと人が集まって来たので、やはり俺は邪魔にならないよう抜けさせてもらう事にした。すると何故だか、その事を聞いた高田さんと鈴木も一緒に抜けると言い出してきたのだ。鈴木の場合は、俺と高田さんが二人で抜け出せば、他の連中に怪しまれると思い、俺達と一緒に抜けると言い出してくれたのであろう。うん、鈴木はやはり良い奴だ。
それから車通学の鈴木とは、大学の駐車場で別れたのだが、別れる直前、鈴木は俺に意味深な視線を寄越してから去って行った。鈴木の意味深な視線が気になって仕方がなかったのだが、高田さんは電車通学らしく、俺は高田さんを送る為に、二人で大学の最寄り駅へと向かっていた。俺は、大学からは徒歩で帰れるんだけどね。
そんな事よりも、この空気の重さ何なんだ。辛い、辛すぎるぞ。
「高田さん?」
俺は、この空気の重さに耐え切れずに、高田さんの名前を呼び続けるが、高田さんからの返答はない。何故、そんなに怒っておられるのでしょうか。
「高田さ「近藤君って、モテるよね。」
俺の言葉を遮り、淡々と話し出す高田さん。いきなり、どうしたというんだ。
「え、いやいやいや、全然モテないけど。」
「嘘。さっきだって近藤君の事を見ている子、結構居たし、ノンちゃんなんて、明らかに近藤君狙いだったし。」
ノンちゃんとは、先程お茶をくれた子の事であろう。鈴木が、そう呼んでいた気がする。
「いや、お茶くれただけだよ?」
「・・・近藤君って、結構鈍いよね。」
俺が鈍い?先程から訳も分からずに怒られ、更にそのような言葉を言われて、俺は少し頭にきたのかもしれない。一体何だというんだ。
「鈍いって、俺が?というか、さっきから俺がモテるみたいな言い方してるけど、高田さんの方が全然モテてるし。」
「なっ!」
「だって、そうだろ。他学科の事はそんなに知らないけれど、教育学部の男の間では、高田さんの話で持ちきりだし。」
高田さんが顔を赤くして、こちらを睨んでくる。しかし、そのような顔も可愛いと思ってしまう俺は、少し重症なのかもしれない。
それにしても、教育学部の男子事情を女の子に、しかも本人の高田さんに話してしまった。少し早まったかもしれない。
「そんなの知らない!それに近藤君の方が、絶対モテるよ。私の周りの子達も、近藤君の話をよくしてるし。」
「俺も、そんな事知らない。俺よりも高田さんの方が、絶対モテてるに決まってるってば。」
「近藤君の方がモテる!」
「高田さんの方がモテる!」
「近藤君!」
「高田さん!」
息を切らしながら、言い合いをする俺達。二人共、肩が上がっている。
それにしても、自分を謙遜し合いながら相手を褒めちぎる俺達は、傍から見ればすごく腹の立つ奴らに見えるであろう。ちょっと、恥ずかしい。
「・・・止めようか。」
「そうだね。」
俺の提案に、高田さんもすぐに乗ってくれた。多分俺と同じような事を考えていたのであろう。
それから気まずい雰囲気が漂う中、俺達は一言も話さずに駅に到着した。このまま別れるのは後味が悪過ぎるので、俺は以前から言おうと思っていた事を、高田さんに話す事にした。
「高田さん、明後日暇だったら映画でも観に行かない?ほら、高田さんが前に見たいって言ってたやつ。」
「えっ。」
「ほら、明後日水曜日だし、女の子は安くなるだろ。講義が終わった後に、どうかなと思って。」
高田さんと初めて一緒に講義を受けた日に、映画の話になったのだが、高田さんの見たい映画が俺の見たい映画と同じだったのだ。これは誘いの口実になるだろうと、以前から考えていたのだ。
それにしても、高田さんからの返事が中々返ってこない。そんなに嫌なのであろうか。
「あ、嫌なら別にいいんだけど。」
「行く!」
俺はすかさず訂正を入れるも、高田さんはいきなり俺の手を両手で握り、そう言ってきた。高田さんの突然の行動に、少し驚く。というか、顔が近い。高田さんの綺麗な顔が間近にあり、俺は少し動揺する。
「そ、そっか。じゃあ、講義が終わった後にでも行こうか。」
「うん。」
そう言って笑った高田さんは、とても可愛かった。
そうして色々と話をしている間に、電車が駅のホームに入って来た。それを見た高田さんが、急に慌て出す。
「あ、電車来ちゃった。もう行くね、近藤君。今日はサークルに来てくれてありがとう。送ってもくれて。楽しかったよ、さっきはゴメンね。」
そう言いながら、改札口を越えて小走りになる高田さん。
「じゃあ、またね。水曜日楽しみにしてる。」
「うん、じゃあ。」
高田さんの姿が見えなくなった途端、俺は屈み込んでしまった。高田さんの綺麗な顔を間近で見て、心臓がバクバク言っている。
「やばい。」
どうやら俺は、恋する中坊に戻ってしまったらしい。