第八話 嫉妬
あれから高田さんに、打ちやすいフォームなどを教えてもらいながら、俺は何気にテニスを楽しんでいた。身体を動かす事は、もともと好きであったし、久しぶりに運動が出来て、とても嬉しかったのだ。大学に入ってからは、本当にバイト三昧の毎日だったしな。頑張ったよ、俺。
「お、マッチ上手いじゃん。俺と勝負しようぜ。」
高田さんと軽くラリーが出来るようになった頃、そう言って鈴木が声を掛けてきた。俺が肯定の返事をすると、それを見ていた高田さんが、急にこちらを睨んでくる。
「男の子って、なんかズルイ。」
「え、何が?」
急にどうしたんですか、高田さん。俺、何か気に障るような事でもしましたか。
「だって、私がそのくらい打てるようになるまで、何ヶ月も掛かったんだよ。それが、近藤君は一時間ちょっとで打てるようになってさ。男の子って力があるからショットも早いし、それにコツを掴むのも早いし・・・だから、ズルイ!」
そう言って、少し頬を膨らませて拗ねる高田さん。可愛い、すごく可愛いんだけれども、いきなり俺に、そのような事を言われても、正直困る。
「まあ、マッチは特別飲み込みが早いのかもな。」
そんな俺達のやり取りを隣で見ていた鈴木が、すかさずフォローを入れてくれる。先ほどの助言といい、鈴木は結構良い奴なのかもしれない。
「それよりマッチ、早く試合するぞ。」
「近藤君。私が一生懸命教えたんだから、負けないでよ。」
真剣な表情の高田さんに、肯定の返事をしたいところなんだけれども、二人共、俺が初心者って事忘れていませんか。
鈴木と試合をしていると、コートに続々と人が集まって来た。多分、テニスサークルの他学科のメンバーなのであろう。今までコートにいたテニスサークルのメンバーは、四限目が休講になった俺達教育学部のメンバーが殆んどであった。俺が此処に着てから、一時間半くらいが経っている。おそらく、四限目を終えた他学科のメンバー達が、これからもどんどんと集まって来るのであろう。俺、帰った方が良くないか。
「余所見なんて、余裕だね。」
「うわ!」
周りが気になり、コートの外に目を向けていた俺に、鈴木が本気でサーブを打ってきた。何て事をするんだ、鈴木の奴。もう少しで、当たるところだったじゃないか。
「今、本気で打ってきただろ!俺、初心者なの分かってる!?」
「だって、余所見してるから。それに、マッチだから大丈夫。」
「何それ!」
ちょっと皆、俺への扱い酷くないか。それに、俺だから大丈夫って、どういう事だ。
「なぁ、鈴木。人もいっぱい集まって来たし、邪魔になるだろ。もう俺、帰った方が良くないか?」
「駄目。」
何故駄目なんだ。それに何気に皆、俺達の試合を見ているような気がするんですけども。高田さんも真剣にこちらを見ているし、何だか俺すごく恥ずかしいんですけども。
「何、その目。俺はマッチの為を思って、言ってあげてるのに。」
皆の見世物になる事の、何処が俺の為なんだ。きっとこれは、羞恥プレイの一種だ。そうに違いない。
「俺とこうして試合でもしてれば、他学科の奴らには、高田さんじゃなくて、俺がマッチを連れて来たように見えるかもしれないだろ。」
鈴木の考えに、俺は思い切り納得した。確かに、こうして鈴木と試合をしていれば、鈴木が友達である俺を、此処に連れて来たように見えるかもしれない。そうすれば、あの例の熱烈な視線を受けなくても済むのではないだろうか。頭良いな、鈴木。
「あーぁ、マッチに疑われて、鈴木君傷ついちゃった。」
「さぁ、続きしようぜ。鈴木君!」
鈴木は結構良い奴ではなく、凄く良い奴らしい。
それからしばらくして、俺と鈴木との試合は終わった。結果としては、俺のボロ負けであったのだが、鈴木が俺の打ちやすい所にボールを返してくれたり、スマッシュが打ちやすい様にロブを上げてくれたりして、俺は存分にテニスを楽しんだのだ。優しいな、鈴木。もし俺が女の子なら、絶対に惚れてるぞ。
「近藤君、お茶飲む?」
コートから出て、鈴木と共にベンチに座り込むと、俺の知らない他学科の女の子が声を掛けてきた。何故、俺の名前を知っているのであろう。
「あ、でも俺、部外者だし。悪いから。」
「気にしなくてもいいよ。メンバーじゃなくても、サークルに来た子は、皆飲んでるし。それに、余ったらどうせ捨てちゃうからね。」
そう言いながら、彼女は俺の隣に座ってきた。大きなタンクからコップにお茶を注いで、俺に差し出してくれる。俺はそれを受け取ろうとするも、少し先に高田さんの姿が見えて、何だかとても悪い事をしている様な気分になった。
「ノンちゃん、優しいー。俺にも頂戴。」
「鈴木は分かるでしょ。自分でしなさい。
はい、近藤君。」
「えぇ、ノンちゃんのケチ。」
鈴木とノンちゃんのやり取りを遠くに聞きながら、俺は冷や汗を流した。視界の端に見える高田さんが、俺の気の所為でなければ、どんどんと機嫌が悪くなっているような気がする。黒いオーラを発しており、少し恐い。
「あ、ありがとう。」
恐る恐るといった感じで、お茶を受けとる俺を見て、鈴木が笑いながらこう言った。
「おまえら、面白いな。」
これの何処がどう面白いんですか、鈴木君。