第六話 確認
「たーくぅーやくーん。」
朝の爽やかな空気が漂う大学内を、俺は気分良く歩いていた。
俺の通っている大学は、都会の喧騒から離れた場所に建っており、空気が澄んでいるように感じられる。そこまで山奥という訳ではないのだが、なんとたまにタヌキが出現したりする。昨日深夜遅くまでバイトだった俺は眠くて仕方がないのだが、この空気を吸っているとそんなことは忘れてしまいそうである。
そう、忘れてしまいそうなのに・・・
「たーくぅーやくーん!おーい、無視ですかー?」
・・・なんか今一番聞きたくない声が聞こえてきた気がする。思わず睡魔に逃げ込みたくなるような声が。いやいやいや、気のせい気のせい。きっとバイトのし過ぎで、疲れてるんだな。俺ってば、頑張り屋さん。
「たーくぅーやくーん!!俺泣いちゃうよ??」
何も聞こえない聞こえない、うん。えっと、一限目は五号館の三階か。五号館って此処から遠いんだよなぁ。しかも三階だし、面倒くさい事この上ない。でもまぁ、行かなきゃ講義受けられないし、しんどいけど行くとするか。
何事もなかったかのように歩き出そうとしたその時、
「拓也ー!!」
「のぁああ!?」
先程から何やら俺の隣で五月蝿かった人物が、何を血迷ったのか急に俺に抱きついてきた。
「放せ、気色悪い!」
「だって拓也が無視するからじゃん!」
頬を膨らませて文句を言う佐藤。いや、男のおまえがやっても全然可愛くないから。むしろ気持ち悪いから。
「あれぇ、秀人と拓ちゃんいつの間に仲良くなったの?」
道の真ん中で、男二人がくっ付きギャーギャーと騒いでいたら、それはもう目立つ事だろう。通り掛かった同じ学科の女の子が話し掛けてきた。
「あ、麻実ちゃん、今日も可愛いね。そうなんだ、拓也とは最近仲良くなっ「いや、全然仲良くなってないから。」
即座に否定する俺。というか、挨拶代わりだと言わんばかりに女の子を褒め出す佐藤に、ある意味感心する。これがタラシのタラシたる所以か。
「そうなんだぁ、すごく仲良さそうだったから。」
「全然。むしろ付き纏われて迷惑かも。」
「ひどっ!」
後ろでギャーギャーと文句を言っている佐藤を放っておいて、俺はお団子頭の麻実ちゃん(名前が分からなかったが、佐藤がそう呼んでいたので)と一緒に、次の講義がある五号館へと向かった。
教室へと到着した俺達は、友達の方へと向かう麻実ちゃんとは、手を振って別れた。同じ学科だからといっても人数がとても多いので、名前が分かるのは仲良くなった人や、ちょっとした知り合いぐらいである。あとは、顔は見た事あるけれど名前は分からないなどというのが普通で・・・まぁ、何故か麻実ちゃんは、俺の名前を知っていたみたいだけれども(しかも拓ちゃんて・・・)。
「で、どうなのよ?」
席に着いた俺の隣に、当然のように座った佐藤が、小さな声で話しかけてきた。何故か教室にいる皆が、こちらを見ているような気がする。こいつといると目立って仕方がないな。
「何が?」
「何がって、昨日の夜は、ちゃんとメールしたんだろうな?」
誰にですか?と一瞬考えたが、今の俺達の共通の話題といえば、高田さんしかいない。おそらく昨日の夜、俺が高田さんにメールをしたのかどうかを知りたいのだろう。女子か、おまえは。
「あ。」
「何々!?」
こちらに身を乗り出し、興味津々といった感じで覗き込んでくる佐藤。目が今までに見た事がないくらいに、キラキラしている。女子か、おまえは。あ、二回目。
「そういえば、昨日メアド聞くの忘れてた。」
「はぁ!?」
佐藤の声が教室中に響き渡り、皆が一斉にこちらを振り向く。声がでかい。
「おまえ何考えてんの?女の子と仲良くなる為には、まずメアド聞き出す事からだろ!それを忘れてたって、おまえ・・・はぁ、ダメだ。ほんと、もうおまえダメだわ。こんなにも恋愛ビギナーだとは思わなかったぜ。シャイボーイ!その顔は、見せ掛けだけか?恋愛マスターの俺だったら、昨日の夜にはとっくにもう、いだっ!拓也君、何するの!?」
「悪ぃ、ムカついた。」
マシンガントークで話し出す佐藤を、俺は無言で殴った。もう、駄目だ。こいつの発言は、全てにおいて恥ずかし過ぎる。こいつは自分で話していて、恥ずかしくないのであろうか。聞いているこちらの方が恥ずかしい。もう駄目、顔上げられない。
「ひどいっ!ドメスティックバイオレンス!!」
頬を押さえながら、悲痛な面持ちで叫ぶ佐藤。あー、すごいすごい。演技派男優だね。
というか、ドメスティックバイオレンスって、この前の講義で習ったばかりだろ。無駄に使ってみたかっただけだな、こいつ。
「てゆーか、おまえ、もうそろそろ違う席に行けよ。」
「へ、何で?一緒に講義受けようぜー・・・って、はっ、それとも何。そんなに俺と一緒にいるのが嫌なの!?拓也君、ひどい!」
「あほか。」
こいつ、今日はもうこのキャラを通すらしい。勝手にしてくれ。
「この講義は必須単位だから、当然高田さんも受けるだろ?まだ着てないみたいだけどな。昨日まで何も接点がなかった俺とおまえが、急に仲良くなった姿でも見てみろ。急に自分に近づいてくる俺に当然不信感を抱くだろうが。」
「な、なるほど。」
今気づきましたという顔をしている佐藤。このような感じで、こいつはこれから先、本当に大丈夫なのだろうか。
「頭いいな、拓也!・・・そっか、そうだよな。一緒にいたら、かなり怪しいよな。」
一人で、うんうんと頷いている佐藤。ちょっと怪しい。
「やっぱ、離れてた方がいいか・・・
じゃあ俺もう行くけど、よろしく頼むぜ、拓也。」
「・・・おう。」
そう言って、そそくさと離れていく佐藤。それと入れ替わりに、高田さんが教室に入って来た。危ない、危ない。間一髪である。
教室に入って来た高田さんは、先に来て席を取っていた友人達の隣の席に座った。姿勢が綺麗だ。こうして高田さんを見ていて、気づいた事がある。教室内にいる男達が、チラチラと高田さんの方を見ているのだ。
(確かに、綺麗だもんなぁ。)
友人達と話をしている高田さんは、確かに綺麗だった。ただ綺麗なだけではなく、それとは逆に笑った顔などは、とても可愛い。佐藤に聞いた話からでは、考えられない程である。
(やっぱり佐藤、高田さんに何かしたんじゃ・・・)
そのような事を考えながら、高田さんの方をじっと見つめる。そんな俺の視線に気が付いたのか、高田さんがこちらを振り向いた。
(やべ。)
凝視していた事がバレてしまい、そのやましい気持ちを隠す為、俺は笑って誤魔化した。すると高田さんは、こちらの思惑などに気づきもせずに、ニコリと笑って手を振ってくれた。それと同時に、今まで高田さんの方をチラチラと見ていた男達が、一斉にこちらを振り返ってくる。そんな光景に、内心焦りながらも、何とか手を振り返す。あいつ、高田さんとどういう関係?そのような声が聞こえてきそうで、冷や汗が流れる。そんな男達からの刺々しい視線を受けながら、やはり俺は思うのだ。
(こんな綺麗な子、やっぱ俺には無理だわ、佐藤。)




