第一話 依頼
「はっ、あなたに、そんな事を言う権利があるの?」
そう言って、嘲笑うかのように俺を見ていた君。それでも、どこか悲しそうで、今にも泣き出してしまいそうな彼女に、俺は後悔の念で胸が押し潰されそうだった。
「高田実香?」
午後十二時半。皆、午後からの活力を手に入れる為に、そこには食事を求めて多くの生徒が集まっていた。賑やかな談笑や、威勢のいい厨房のおばちゃんの声が聞こえてくる。
これは、そんなある大学の食堂での出来事。
「そう!高田実香って女なんだけどさー。」
目の前では、同じ学科に所属している佐藤秀人が、コーヒーを飲んでいた。茶髪で少し長めの髪の毛やピアスをしており、見ため通りチャラチャラしている奴である。
そんな佐藤が昼飯を奢ってくれると言うので、ノコノコと着いて来てしまった俺、近藤拓也。何か厄介事に巻き込まれそうな嫌な予感がしてきた。
「誰にも喋るんじゃねーぞ。・・・実は俺、この前高田に告ったんだ。」
「へぇー。」
周りを気にしながら、コソコソと話し出す佐藤。それに対して、この大学の食堂で一番高いAランチを食べながら話を聞く俺。だって、折角奢ってくれるって言ってるんだから、一番高いやつにしないとな!ていうか、やべー。うまいよこれ。学食だからって侮れん。
「そしたら高田の奴、この俺をふりやがったんだ!この俺をだぜ?どう思うよ??」
・・・別にどうも思わないけど。ていうか自意識過剰だな、おい。
「まじ屈辱だ!初めてふられたぜ。」
へぇ、そりゃあ貴重な体験が出来たじゃねーか。おめでとう。高田さんに感謝だな、うんうん。
「そこで、おまえに頼みがあるんだ。」
あれ、何この展開。もしかして嫌な予感的中なのか?
「高田に告って、嘘でいいからあいつと付き合ってよ。それで高田に、おまえの事メロメロにさせてから、俺が振られたみたいに振ってくれない?」
「はぁ?そんな酷い事、出来る訳ないだろ??それに俺に、好きでもない奴に告れってか?付き合えってか??ていうか俺、その高田って子をメロメロにさせる自信なんかないぞ。」
何考えてんだ、こいつ。そりゃあ、いくらなんでも酷くないか?まじで勘弁してくれ。
ていうか、メロメロって・・・最早死語だな!
「・・・あいつ、俺を振る時何て言ったと思う?」
俯きながら話し出す佐藤。珍しく落ち込んでいる様に見えなくもない。
「「あんたみたいな、万年発情期の猿とは付き合えない。」だぞっ!?」
ぶっ!やべ、吹き出しそうになった。いや、吹き出しそうになったんじゃなくて、吹き出してしまった。手遅れだ。あぁ!貴重なAランチがぁ!!
ていうか当たってる、当たってるよ高田さん。確かにこいつって女好きだし、猿っぽい顔もしてるしな。
笑いを堪えることに、必死な俺。でもまぁ、少し酷い気がするのも事実だけどな。佐藤の奴、高田さんに恨みを買うようなことでもしたんじゃないのか?
「だろー?酷いだろー!?俺の仇とってくれよー。おまえ顔はいいんだからさー、俺の次に。」
・・・遠い目をする俺。こいつはきっと、自分が一番可愛いんだろうな。今まで一度もふられた事がなく、自分に自信のある佐藤は、高田にふられた事が相当ショックだったのだろう。
目がマジだ、こえーよ。
「・・・・・・・・・」
少し考え込む。ていうか何を真剣に考えてんだ、俺?真剣に悩むような事でもないだろ。
「あー駄目だ駄目だ。俺そんな酷い事出来ねーし、第一面倒くさい。それに俺とおまえとじゃ、仇とってやるほどの仲でもねーだろ?」
「へぇ、奢って貰っといて、そんな事言うのか?しかも一番高いAランチ。」
うっ、こいつやっぱり、それが狙いで奢るなんて言ったのか。ニヤニヤと厭らしく笑う佐藤。まじでタチ悪いな、おい。
「・・・解った、じゃあAランチの金は払うよ。」
今月すごいピンチなのに。奢って貰えるからといって、調子に乗って、Aランチなんか頼むんじゃなかったな。くそっ、こいつの話はもう聞かん。
「それにタダとは言ってないぜ?」
ピクンッ。
俺の耳が少し動いた。しかも耳が、どこかのお笑いマジシャンのように、でっかくなってる気がするんですけども!大丈夫か、俺。
「これでどーよ?」
そう言って俺に三本の指を見せる佐藤。三・・・三千円?
「あほっ、三万だよ。うまくやってくれたら三万やるよ。それとも三千円でいいのか?」
三万円っ!?なんちゅー金額を言い出すんだこいつは!俺とは、あまりにも金銭感覚が違いすぎる。俺は他人に、どんな理由があろうとも三万はやれない。
「俺ん家、結構金持ちなんだよ。三万くらい別にいいさ。
さあ、どーする?」
そう言いながら財布から三万円を取り出し、俺の目の前でヒラヒラさせる佐藤。お札が揺れる度に、それに釣られてユラユラ揺れる俺。今月ピンチな俺にとって、はっきり言って目が離せない。三万あれば、大分助かる。
どうする?どうするよ、俺??
「・・・引き受けマス。」
金持ちムカつくぜ!なんて思ってしまった俺だが、お金の誘惑には負けてしまった。なんて情けないんだろう。
この時の選択が最悪の方向へ向かってく事を、まだ拓也も誰も知らなかった。