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残光都市の第七調律師  作者: 夏野 葉
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プロローグ

 銀色の支柱にはめられたドアを開けた瞬間、青年は息を飲んだ。


 およそ百五十年に流行ったというデザインのそのステンレスシェルフは、ツタに覆われたコンクリートの、かつて住居だったであろうその四角いかたまりの一階に鎮座していた。

 先月「シティ」に行った時に見せてもらった古い雑誌に載っていたそのシェルフは、『話題沸騰中、丈夫で機能的』と称されていたが、それを書いたライターも、この家に住んでいたであろうかつての持ち主も、まさか百年の時を経てなお形を保っているとは思いもしなかっただろうと思う。


 青年はその丈夫さに感心したのも束の間、扉の向こう側にぽつんと置かれていたそれに興奮して声を上げた。


「あった、あったぞ!おーい、ポリー!」


 分厚い革の手袋をはめてなお震える手を抑えながら、青年は一枚のレコードを丁寧に持ち上げた。

ガラスのはまっていない窓枠から差し込む光に照らされて、ジャケットに描かれたモノクロの女性の顔がきらりと光ったように見えた。


「出発から四時間二十八分。今日は早かったですね」


 ミシ、パリ、と地面に落ちた割れたガラスを車輪で踏む音を立てながら、一体のロボットが中へ入ってくる。青年のそばまで来ると、彼の掲げる一枚のジャケットを並んで見上げた。


「中の状態をチェックしてくれ」


 強く掴み過ぎたのか、ジャケットの端の欠片がボロボロと足下に崩れ落ち、青年は慌ててロボットへ差し出す。ポリーと呼ばれたそのロボットは、つるんとした白い無機質な腕を伸ばしてそれを受け取ると、器用に円盤を取り出し、人間でいうヘソのあたりの隙間にぐっと押し込んだ。ジー、と読み込む音がする。青年はステンレスシェルフを振り返りまだ中にないかと他の扉を開けている。


「一九八七年のポップス。八曲中、傷で三曲はだめですね」

「上等、上等」


 青年は一番最後の扉を開けて、中に壊れたラジコンカーを見つけると背負った背嚢に押し込んだ。


「一枚だけか。中央の奴らが持っていった後の余りだな。二階は?」

「腐敗したギターが三つほど」

「ここの家主とは趣味が合いそうだ」


 青年は窓枠を跨いで飛び降りる。焦茶色のトレッキングシューズを、深く茂った雑草が受け止めた。青年は肩からずれた背嚢を背負い直し、空を見上げた。深く青い空に、ツタに覆われた緑のコンクリートの建物が美しく映えている。きっとかつては手入れされていたであろう庭は、蔦に紛れてところどころ薄紫色の朝顔が咲いていた。


 背の伸びた雑草をかきわけて庭を出た。隆起したマンホールと大きくひび割れたコンクリートの道が、隣の家の前にも、その隣の家の前にも、長く長く続いている。どの家も大抵は傾き、一階部分は崩れ落ち二階や三階部分の柱がかろうじて残りの部分を支えていれば良い方だった。並んだそれらは、まるでお辞儀をしているように見える。続く道の遠くの方には背の高いビルが何本も建っているが、それらも地面ごと傾いていて、お辞儀をしている住居と違って、高い建物は滑って転んでいるように見えて滑稽だなと青年は思っていた。



「ポリー、何時だ?」

 刃物に変わった腕で長い雑草をバサバサと刻みながら青年の後を追ってきたそれに青年は声をかける。


「十時五十八分。ここからは一時間半で戻れます」

「まだ探すか?雨が降りそうだな」

「ええ、それに」来た方とは逆の家の門から中を覗き込む青年には続かずポリーは言った。「空腹です」


 青年は表情を変えずにロボットの方を振り返った。ポリーはそれには応えず天気を確認するかのように空を見上げている。


「それでも食ってろ」


 青年は笑いながらポケットから取り出した電池をポリーに投げつけ、振り返らずに道を進んでいく。

 ポリーは「失礼な。私はグルメです」と言い電池を投げ捨て、後を追った。

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