夏祭り
海へ行った翌日。
柳ヶ浦町の夏祭り。
私は家の掃除とかしないといけなかったから紗耶香ちゃんだけ先に行ったんだ。
「ふぅっ、片付いた」
今日はちゃんと浴衣を来て行くんだ。
水色の浴衣。水色が好きなの。透き通るような水色。神秘的でさわやか。
「よいっしょ」
一人じゃ厳しいけど…なんとか…。
浴衣に着替えた。
似あうかな?髪も上げていこう。前にうなじがポイントって聞いたから。
んー、こんな感じかな?
いや、こうかな?
やっぱり普通に…。
ううん、ダメ。ポイントはきちんと押さえとかないと。
うーん…。
それからいろいろ髪型を試していた。
けど…。
やっぱり普通に上げるだけにしよう。
―――!
もうこんな時間!急がないと!
気が付くともう夕方前だった。急いで支度してバス停に向かった。
なんとか次のバスに間に合って柳ヶ浦町に向かった。
バスの中には私と同じように浴衣を着て夏祭りに向かう人の姿もあった。
あんな感じで着るんだ…なんて観察しながらバスに揺られていた。
待ち合わせは椿くんの家。
紗耶香ちゃん何してるんだろう。
椿くんと二人っきりなんだよね…。
羨ましいな。
い、いやらしいこととかしてないよね?
まさか紗耶香ちゃんに限って…。
…何考えてるんだろう、私。
『柳ヶ浦一丁目~、お降りのお客様いらっしゃいませんか~?』
―――!
「はい!はい!降ります!」
ボタン押してなかった…。
恥ずかしい。
バスを降りて椿くんの家に向かう。
………
ピンポーン♪
「あら、また女の子のお客さんね」
あ、お母さんだ。
「あ…こ、こんにちは。誠二くんいらっしゃいますか」
「ちょっと待っててね。誠二ー!お客さんよー!女の子ー!」
なんかこういうのって照れるな…。
この少しだけでも待ってる間がなんとも…。
「うちの誠二とはどんな関係なの?」
「えっ!あ、お、お友達で…ク、クラスメートで、お、同じ部活です」
椿くん早く!な、なんかものすごいプレッシャーが…!
「上がってもらってー!」
椿くんの声だ。
「どうぞ。二階にいるからね」
「はい。お邪魔します」
…ふぅっ。
一気に疲れた…。
そして椿くんの部屋へ…。
「こんにちは、椿くん。どう?に、似合うかな?」
中に入ると紗耶香ちゃんと美香ちゃんがいた。どうやらトランプをしてたみたい。
「すごく似合うよ!かわいい!」
えへへ…。ちょっと恥ずかしいけどよかったな。
「きゃー!めぐかわいい!」
「…わ、私も!」
美香ちゃん?
「そろそろ行くから急げよー」
美香ちゃんは急いで出て行った。
「何しに行ったの?」
「浴衣に着替えに行ったんだと思うよ」
わざわざ?
「相田さんがあまりにもかわいかったから自分もって思ったんじゃない?」
またかわいいって。嬉しい!
「さっきまで紗耶香と美香とトランプしてたから相田さんもやる?」
「うん!」
それから三人でトランプしてたんだ。
「あはは!椿くんよわーい!」
「うぐぐ…こんなはずじゃ…」
「それにしても美香ちゃん遅いわね」
女の子なんだからおめかししたいもんね。
「確かに遅いな。呼びに行く?美香の家、会場に行く途中だし」
「そうね、行きましょ」
美香ちゃんの家か。幼馴染だから近所なんだよね。
―――
ピンポーン♪
「あら、誠二くん。美香はもう少しかかるみたいよ。上がって待ってる?」
美香ちゃんのお母さんだ。すごく優しそう。
お母さん…か。
「いえ、ここで待ちますよ」
「そう。ところで誠二くん。美香とはいつ結婚するの?」
「「け、結婚!?」」
「おばさん、そんな昔の話しは…」
「あら、誠二くんならいつでもいいのよ?ふふ…美香の様子見て来るわね」
美香ちゃんのお母さんはそう言って行ってしまった。
結婚…。
「椿くん…結婚しちゃうの?」
「さっきのは子供の時の話しだよ。…どうしたの?」
「な、なんでもないよ」
顔に出ちゃってたかな?
でも結婚なんて親も認めてるってことだよね…。
いいな…。
少し待っていたら美香ちゃんが出て来た。
「お待たせ。ど、どうかな?」
かわいい…。いつものヘアピンは外して髪を上げてる。ポイントは押さえてるんだね。
「似合ってる。かわいいよ、美香」
「へへ…ありがと」
ズキッ…。
ちょっと嫉妬しちゃうな…。
「あーん!私も浴衣着てくればよかったぁ!」
「紗耶香は似合いそうにな…」
「誠二?」
「み、見たかったなぁ!紗耶香の浴衣姿!」
ふふ…いつもの二人だね。
「じゃあ、行くか!」
あれ、堀川くんは?
「堀川くんは?」
「ああ、あいつはいつも出店の手伝いをしてるんだ」
へー、そうなんだ。じゃあもう会場にいるんだな。
夏祭りの会場は海の近くの広場なんだって。三人で歩いて会場まで向かったんだ。
………
それからしばらく歩いたら会場に着いた。
この夏の夜の空気はけっこう好き。なんか匂いが違うんだ。”夏は夜”…ってよく言ったもんだよね。そしてこの会場の雰囲気。
人多いなー。
さすがに年に一度の夏祭りだもんね。
「はぐれないようにね」
椿くんが注意する。
この辺あんまりわからないから本当にはぐれないようにしないと。
所狭しと並んだ屋台が祭りの雰囲気を際立たせてる。狭い通路を人が窮屈そうに歩いてたんだ。
「誠二!金魚掬いで勝負よ!」
「ほほぅ、オレに金魚掬いで勝負を挑むとは。愚かな」
紗耶香ちゃんと椿くんの勝負。
二人とも自身たっぷりだ。得意なんだろうな。
「おじさん!二人!」
「はいよ!」
二人の金魚掬い対決が始まった。
「はいっ!ほいっ!」
「えいっ!そりゃっ!」
うわぁー、二人とも上手ー。次々に掬い上げてる。
「うりゃあああああああああ!」
「そりゃあああああああああ!」
ざわざわ…ざわざわ…。
ギ、ギャラリーが…。
「は、恥ずかしいね、恵ちゃん」
「う、うん」
「向こう行こうか」
「そうだね」
ギャラリーの多さに耐え切れず美香ちゃんとその場から逃げ出しちゃった。
あんまり離れないように近くの出店で一休み。
「わたがし食べよっか」
「うん!わたがしー!」
出店でわたがしを買って食べる。これも夏祭りの風物詩だよね。
「はぁっ…はぁっ…」
あっ、紗耶香ちゃんと椿くん。
「で、勝負の行方は?」
「勝った!私が勝ったよ!」
「うぅー…オレは負けたんだ。しかも公衆の面前で」
椿くん、負けちゃったんだ。ドンマイ!
でもすごい落ち込みよう。
「たかが金魚掬いでしょ」
「たかが金魚掬い、されど金魚掬いなんだよ」
「そ、そう」
すごく悔しそう。
「それはそうと勇介の出店でも行こうか。焼きそば作ってるから」
ふーん、焼きそばの出店出してるんだ。
それから堀川くんの焼きそば屋に。椿くんが四人分買ってくるから待っててだって。
…何か話してるな。
「美香ー!相田さーん!ちょっと来てー!」
ん?何だろう?
「呼ばれたね」
「うん、なんだろうね」
私と美香ちゃんは呼ばれた方へ。
「何?誠二」
「勇介、どうだ?」
「うむ、実にいい」
え?え?
「もういいよ」
…一体何なの?
「なっ!もうちょっとこうさぁ、かわいい?とか似合ってる?とかあるだろ!?」
「見れただけで満足しろ。じゃあな」
私と美香ちゃんを堀川くんに見せたかったの?
「誠二。なに?」
「勇介がぜひとも二人の浴衣姿を見たいって言ったからな。焼きそばタダでくれたし」
「私たちをダシに使ったね?」
「い、いいじゃないか。タダでくれたんだし。美香と相田さんのおかげだよ。かわいい二人の」
「そ、そんな…椿くん」
「恵ちゃん、騙されちゃダメだよ」
???
「もういいだろ、焼きそば食べよう」
そして少し落ち着いた場所で焼きそば食べたんだ。
「ふぅっ、なかなかうまいだろ?」
「そうね、変態焼きそば、なかなかね」
そんな言い方したら食べたくなくなっちゃうよ、紗耶香ちゃん。
「あっちに花火がよく見えて人が少ない穴場があるからそこに行こうか」
「あそこの丘だよね。行こう」
美香ちゃんは知ってるみたいだった。
誠二くんのあとに続いてその穴場に向かう。
花火の時間が近づいてきたからか、人がさらに多くなってきた。
「な…なんだ?やけに人が多いな」
「今日は有名人が来てるみたいだよ。誠二知らなかったの?」
「知らなかった。二人ともはぐれないようについてきて」
「う、うん!」
そう言うけれど、すごい、人の波が…!
真っ直ぐ向かえない!
ドンッ!
「きゃっ!あっ!つ、椿くん!」
人にぶつかっちゃった!はぐれちゃう!ちょっと待って!
「椿くん!」
声が届かない…。どうしよう!はぐれちゃった!
どうしよう…どうしよう…!
道がわからないよ!
どこ?どこに行けばいいの!?
椿くん…!
ドンッ!
「痛ぇな!気をつけろ!」
ひっ…!
怖い…。
椿くん助けて…!
…とりあえず人ごみは避けないと…。
ドンッ!
「いったいわねー!」
「す、すいません!」
……うっ…グスン…。
どこに…。怖いよ…。
ドンッ!
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
早く抜けたい…!
それからも人に何度もぶつかり何度も謝りながら進んだ。
とにかく人ごみを抜けたい、ただそれだけだった。
あっ…。やっと…。
人ごみを抜けて少し離れたところに座り込む。
「……ひっ……グスン……」
みんな…どこに行ったの…?
一人ぼっちだよ…。
「相田さん!」
えっ?
あっ…つ、椿くん…!
呼ばれた方を見ると椿くんが息を切らして立っていた。
「椿くん!」
「うわっ!あ、相田さん!?」
私は何も考えられずに椿くんの胸に飛び込んだ。
「うわーーーん!怖かったよー!」
「相田さん…ごめんね。しっかり見てれば…」
「……ひっ…グスン…」
椿くんが頭を撫でて落ち着かせてくれてる。
椿くんの胸の中…。
このまま…。
「…………」
椿くんの匂い…。落ち着くな…。
「あの…、相田さん、みんなが見てるから…」
スッ…。
「ごめんなさい。もう大丈夫」
困らせちゃった…。
もっと椿くんを感じていたかった。
私を二回も助けてくれた。
私のヒーロー。
椿誠二くん。
私…。私…!
「あの…私…椿くんのこと―――!」
『ドーーーーーーン!!』
あっ…花火…。
「きれい…」
まだ、思いを告げるのは早いってこと?
「相田さん、みんな心配してるから行こうか?」
「……もう少しだけこのままでいたいな…。いい?誠二くん」
「え?う、うん」
このくらいのわがまま…許してくれるかな。
ねぇ、誠二くん…。
せめてそう呼んでもいいよね。
誠二くん…。
しばらくそのまま花火を眺めていた。
お互い交わす言葉はないけれど、私はこのままでよかった。
夜空に咲く花火はきれいだった。でも、私の目には花火を見上げる誠二くんの姿しか映っていなかった。
水中花火に変わって丘の方がよく見えるからと、みんなの方に向かった。
「めぐー!大丈夫だった?」
「うん、誠二くんが見つけてくれたから」
「えっ…?」
美香ちゃんが少し驚いた顔をした。そして少しだけ悲しそうな顔だった。どうしてだろう。
「美香、悪かったな。相田さん見つけてから――」
「誠二」
「うん?」
「花火だよ」
『ドーーーーーーーン!!』
「めぐ、ご機嫌だね」
「そうかな…、そうかも!」
美香ちゃんの気持ちを知るのはもう少し後だった。
私が決意するのも。
少しだけ、誠二くんに近付けた気がした。
人がいない丘の上は、私たちだけが花火の光に照らされている様に思えた。
いろんな思いが交錯する中、夏祭りは終わりを迎えた。