海
コンクールから一週間後。
部長たち三年生の先輩を送る送別会が、部長の実家が経営するレストランであったんだ。
本田先生はお酒で酔っぱらうし、椿くんは理恵先輩にからまれてた。理恵先輩の胸に顔を押し当てられてたけど…。ハチャメチャだったな。私はあんなの無理。椿くん、なんとなく嬉しそうだったけど…。美香ちゃんはその様子を見て怒ってた。私もちょっとヤキモチやいちゃった。
日高先輩と濱田先輩に今までのお礼をしたら逆にお礼をされてしまった。私は何もしてないのに。
最後は部長が挨拶してた。また泣いちゃってたな。それだけ吹奏楽部が、部員のみんなが好きだったんだよね。
そして次期部長が発表された。
次の部長はパーカッションの理恵先輩。驚いてたから聞かされてなかったみたい。理恵先輩でよかった。理恵先輩はフルートの私でもよくしてくれるから。紗耶香ちゃんがパーカッションっていうのもあるけどね。
その日はそれで終わったんだ。
そしてそれから二日後。
すごくびっくりしたの!
椿くんからメールが来たんだ!
連絡先を交換してから結局一度も何もしてなかった。そのメールを開ける時、少し指先が震えちゃった。
内容は…。
”よかったら海に遊びに行かない?”
だって!
すぐに紗耶香ちゃんに連絡して一緒に行こうって誘った。紗耶香ちゃんにも連絡は来てたみたいで一緒に行ってくれるって。
その日に慌てて水着を買いに行っちゃった。水色のワンピース。ビキニにしようかなって思ったんだけど、やっぱりそこまで大胆にはなれなかった。
泳げないから浮き輪も持参で。これは昔から持ってたやつ。
海に行くのは明後日。椿くんと堀川くんと美香ちゃんと紗耶香ちゃんの五人で行くって連絡来たんだ。
今から楽しみ!
―――――
そして―
海にやって来た!
今は水着に着替えてるところ。
「めぐ…ち、ちょっと目立ちすぎじゃない?」
えっ…。
「恵ちゃん、すごいね」
や、やだ…。
一緒に着替えてた紗耶香ちゃんと美香ちゃんが私の水着姿を見て言った。
「そ、そうかな…」
これだとビキニなんて着てたらなんて言われたことか…。
美香ちゃんは白いビキニでバランスのいいスタイル。紗耶香ちゃんは赤いビキニでスラッとしてる。私はワンピースなんだけど…それでも胸が…。
「そ、そんなに見ないで…」
―――!
「めぐ、こっちが恥ずかしくなるよ」
「一瞬恵ちゃんに心奪われそうだったよ」
いろいろ言わないで…。
今さら恥ずかしくなってきちゃった。
「と、とにかく行こう。紗耶香ちゃん、恵ちゃん」
ちょ、ちょっと待って!
「う~~…」
モジモジ…。
「ほらっ!めぐ!」
「えっ!ちょっ…!」
紗耶香ちゃんに無理矢理連れて行かれる。
あ~~~~~ん!恥ずかしいよぉ!
…
……
………
「お待たせ」
「「おぉ~~…」」
椿くんに堀川くん…。
こっち見てる。
椿くんになら見られてもいいんだけど、堀川くんの目ってやらしい。
「ちょっと!なにめぐばっかりじろじろ見てんのよ!」
―――!
「は、恥ずかしい…」
もうやだぁ。
「誠二、じろじろ見過ぎじゃない?」
「美香、大人になったな」
「なーにが大人になったなよ!恵ちゃんばっかりじろじろ見ちゃってさ!」
私はそんなに堂々と出来ないよ。
「そんなことないぞ。ほら、美香もよく見せてくれ」
「えっ…そんな…誠二…」
あっ、やっぱり恥ずかしいんだ。
「うーん…」
ざっ…ざっ…。
え?え?
美香ちゃんの水着姿をじっくりと見たあとに椿くんがこっちに歩み寄って来る。
ひゃっ!
手をとられた…。ふ、触れちゃった…。
「相田さんの勝ちだ!」
へ?
私の勝ちだって…。もしかして…胸?
「誠二ーーーーー!!」
「うわわわわ…!」
美香ちゃんが怒って椿くんを追いかけて行く。
楽しそう…。
……
椿くん、元陸上部なんだよね。砂浜でも速いな。美香ちゃん追いつけないよ。
あっ…椿くん転んだ。
もうダメだな、捕まっちゃうな。
あれっ。
美香ちゃんも転んだ。
砂浜だから走りにくいもんね。
「う…うわーーーーん!」
あっ、美香ちゃん泣いちゃった。
椿くんは頭をかきながら寄って行く。なんとも困った様子だ。
あれ、美香ちゃんに捕まえられた。
嘘泣きだったんだ。悪い子だね、美香ちゃん。
「紗耶香ちゃーん!」
美香ちゃんが紗耶香ちゃんを呼んだ。
「誠二が暴れてるのね。めぐも行く?」
「わ、私はいいよ」
椿くんを捕まえるなんて出来ないよ。
「じゃあ行ってくるね」
紗耶香ちゃんも行っちゃった。
…堀川くんと二人。なんかイヤだな。
「勇介ーー!」
「呼ばれた。ちょっと行ってくるね」
「うん」
堀川くんも行っちゃった。
あう~…一人。
わ、私も行こうかな…。
でもなんか激しく抵抗してるし、私なんかが行ったって…。
「あんたも埋まりなさい!」
あれ、堀川くんが紗耶香ちゃんにやられちゃった。
そしてまた椿くん逃げちゃった。
あ、あれ?
堀川くんが砂浜に埋められてる…。
………
「ちょっとすっきりしたね!美香ちゃん」
「うん!誠二呼び戻さないと」
「な、何があったの?」
満足そうに戻って来た二人に聞いてみる。
「勇介に手伝ってもらおうと呼んだんだけど、変なこと言うから埋めちゃった。誠二には逃げられたし」
「そうなんだ」
いいのかな?でも…ちょっと安心。
「誠二ー!もういいからみんなで遊ぼうよー!」
美香ちゃんが椿くんを呼んだ。みんなの中に堀川くんは入ってないんだね。
「美香ちゃん、誠二が戻って来たら私が一発」
「うん」
え?え?
椿くんが戻って来た。
「いやー、悪い悪いぎゃ!」
紗耶香ちゃんの一発。
回し蹴りなんてどこで覚えたの?
「な、何をする!」
「どさくさにまぎれていろいろ触ったバツよ」
それは仕方ないね。
「あれは不可抗力だろ!」
「なに?」
「な、何でもないっす」
椿くんと紗耶香ちゃんの信頼関係。
それからビーチバレーをしたんだ。ここの海水浴場にはネットがいくつか張ってあった。
私と紗耶香ちゃんばペアで美香ちゃんと椿くんがペア。
仕方ないかな。
私はトスを上げるばっかりで紗耶香ちゃんがレシーブとアタックしてた。私が動けないから。
美香ちゃんも上手だった。椿くんは動きは速いんだけどボールにうまく合わせられないみたい。
「誠二!ちゃんとボール受けてよ!」
「無茶言うな。あいつのボールには常人には取れない回転がかけられている…はず」
仲間割れかな。じゃあ下手な者同士私が椿くんと…。
「じゃあ私が受けるからトス上げてよね」
「お、おう」
ならないよね…。
………
バシンッ!
「はい!誠二!」
「そりゃ!トース!ぺぎゃ!」
椿くんがスカして頭でボール受けちゃった。
「あっははは!ダッサーイ!」
「誠二、かっこ悪い」
「う…」
二人ともひどいよ!
椿くん!大丈夫!?
私は椿くんに駆け寄った。
「誰だって苦手なことあるんだから。二人ともそんな事言ったらダメだよ!…椿くん、大丈夫?」
何か椿くん泣きそう。
「あぁ、相田さん。天使だ…。オレは今日天使に出会ってしまった」
天使?
「すごいな!私も会ってみたい!」
「えっ…」
「どんな天使だったの?」
「いや、あ、あのね…」
「…ぷっ……くく…」
「…くっ……ふふ…くくくっ……」
あれ?二人とも笑ってる?天使に会ったってすごいのに。
「…くくっ…せ、誠二、どんな天使だったか私にも教えてちょうだい」
「二人の悪魔に説教をしてくれる優しい天使だよ」
「…埋めるわよ?」
「悪魔め!」
え?え?
わけわからない。
ぐぅ~~~…。
あっ、お腹の虫が…。普段体なんか動かさないから。
「紗耶香ちゃんお腹空いちゃった」
「そうだね、そんな時間かな。誠二、売店行ってらっしゃい」
「なんで自然にそうなるんだよ」
「誠二、一緒に行こう」
「美香、人間だったんだな」
「…埋めるよ?」
「……オレは優しい美香が好きだな…」
「えっ…。は、早く行こ!」
「わ、私も!」
「いいのいいの!めぐ。二人に任せて休もうよ」
「…うん」
いいなぁ美香ちゃん。
それから紗耶香ちゃんとしばらく話してたら二人が戻ってきてご飯を食べたんだ。堀川くんには顔の前にご飯を置いてあげてた。どうやって食べるのかはわからないけど。
「海行こう!」
紗耶香ちゃんがいきなり言った。
まだ浮き輪準備してないよ。
ゴソゴソ…。
「ふーっ、ふーっ」
はぁっ、はぁっ!
大変…。
「膨らまそうか?」
椿くん。で、でも私が口つけた後だから…。
「私がやるわよ。貸してめぐ」
「う、うん。ありがとう」
……惜しい。もうちょっとで間接…。
「ふーーーーーっ!」
うわぁ。すごい、あっという間に膨れた。
「はい!めぐ!行こう!」
「うん!」
紗耶香ちゃんが我先にと海に走って行く。
私もー!
そして海に…。
…ふわふわ。
浮いてるだけだけど気持ちいい。
ぶるる…!
海に入ってお腹冷えたかな…。おトイレ行きたくなってきた…。
…紗耶香ちゃんたち遊んでるからサッと行って来よう。
この時、一声かけてればよかったんだけど…。
私は海を出てトイレに向かった。
「確かこっちに…」
どこだったかな…?
「あれ?恵ちゃん?」
えっ、誰?
「ここの海水浴場に来てたんだね」
あっ、理恵先輩だ。
「こんにちは。先輩も遊びに来てたんですか?」
「ううん。近くにおばさんがやってる民宿があってさ。その手伝い。アリサもいるよ」
へー、そうなんだ。
「アイスでも食べない?すぐ近くだからさ」
アイス…食べたい。でも…。
「みんなに何も言ってきてないから…」
「誠二くんたちでしょ?私も誘われたんだけど手伝いがあったからさ。アリサに呼びに行ってもらうからおいでよ」
うーん…。
「じゃあ行こうかな。紗耶香ちゃんたちは海で遊んでます」
「わかった。こっちだよ」
そうやって理恵先輩に連れて行かれた民宿はホントにすぐ近くだった。
「アリサー!」
着くとすぐに理恵先輩はアリサ先輩を呼んだ。
「は~い。あ~、めぐめぐだ~」
二人とも同じ服を着ていた。民宿の制服なんだろうな。
「こんにちは。アリサ先輩」
「めぐめぐ~、おっぱい~大きい~」
そう言いながら私の胸を触ってきた。
「きゃっ!く、くすぐったいです!」
「ほわほわ~」
もうっ!
「恵ちゃんには勝てないな…。そ、それよりアリサ、誠二くんたち呼んで来てくれない?海で遊んでるらしいから」
「わかった~」
アリサ先輩は紗耶香ちゃんたちを呼びに行った。
「こっちだよ」
「はい」
そして民宿の裏側の庭に案内されたんだ。
「はい、アイス。今日は誰が来てるの?」
「ありがとうございます。今日は紗耶香ちゃんと美香ちゃんと椿くんと堀川くんです」
「変態もいるんだ。変なことされてない?」
「変態?」
「勇介くんだよ」
「埋められてます」
「えっ…。どこ――」
「理恵ーーー!」
たぶんおばさんだろう。理恵先輩を呼ぶ声がする。
「ごめんね、ちょっと行ってくるね」
「はい」
アイス、おいし…。
「恵ちゃーん!」
え?私?
理恵先輩が呼んでる。なんだろう。
私は呼ばれた入口の方まで行ってみた。
あっ。
そこには椿くんが立っていた。早かったな。みんなは?
「椿くん、みんな――」
「相田さん!どうして何も言わずに行っちゃったの!!みんなすごく心配してたんだよ!!」
ビクッ…!
あっ……つ、椿くん…。
「せ、誠二くん?」
「…みんなを呼んでくる」
「あっ!ちょっと誠二くん!……行っちゃった」
椿くん…怒ってた…。
あぁ…!
「どうしよう…。嫌われちゃったら…私…」
「え…め、恵ちゃん?」
「…どうしよう…」
椿くん…!椿くん…!
「誠二くんは本当に心配してたからあんなに怒鳴ってたんだよ。大丈夫だよ」
理恵先輩は頭をよしよしと撫でて慰めてくれてた。
私は半分泣きかけてた。
「で、でも…グス…」
「アリサとすれ違いになったんだよ、きっと。話しくらい聞いてくれてもいいのにね」
…ううん、私が黙ってみんなの元を離れちゃったから。
「アイス食べてなよ。アリサがみんな連れて来るからさ」
「…はい…」
そしてまた庭の方に行った。
椿くん…。嫌われたくないよ…。
アイス…おいしくない。
ちゃんと謝らないと…。
一人落ち込んでた。
「相田さん」
そんな時、後ろから椿くんに呼ばれた。
一瞬振り向くのを躊躇してしまう。
ぐっと勇気を出して振り返った。
「椿くん…ごめんなさ――」
「ごめん!」
え?
「何にも話し聞かないで一方的に怒鳴っちゃって…ごめんね」
「そんな…私が何も言わないで行っちゃったから。悪いのは私だよ。ごめんなさい」
「そんなことないよ」
「椿くん…。もう怒ってない?」
「怒るだなんて、いくら謝っても足りないくらいだよ」
怒ってないんだ。そっか。
「よかったぁ…」
「うわっ…」
「え?」
椿くんが何やら顔を真っ赤にさせていた。
「どうしたの?」
「い、いや…。もうみんな来てるからさ、行こうか」
「うん!」
そしてみんなのところに向かった。
「あっ、誠二くん。ごめんね、近くで恵ちゃんに会ったから。こんな騒ぎになると思ってなくて」
理恵先輩も謝ってる。
「いいですよ。オレの早とちりだったんだし」
「それでもごめんね」
二人とも優しいな。
「理恵ー!今日はもういいから遊んでらっしゃーい!」
「ありがとうー!おばさーん!……と、いうことで」
それから理恵先輩とアリサ先輩を混ぜて遊んだんだ。
…
……
「あー!遊んだ遊んだ!」
あれからまた海で遊んで、今はもう帰ってるところ。
「あー!勇介忘れてきた!」
あっ、そういえば。
「オレはここにいる!」
うわっ!びっくりした!
いきなり飛び出して来るんだもん。
「お前、どうやって…」
「見回りの人に助けてもらった。もちろん大切な友人に埋められたなんて言ってない」
堀川くんも優しいな、みんなを庇って。
「かくれんぼだと言っておいた」
かくれんぼ…。
私でもそれは無理があるとわかるよ。
………もうすぐ別れちゃうな。その前に言わないと。
「ねぇ、椿くん」
「ん、何?」
たまたま耳に入ってたんだ。
…頑張れ私!
「明日…柳ヶ浦町の夏祭りなんだよね?よ、よかったら…一緒に行かない?」
「うん、いいよ」
えっ!ホント!?
やった!やったぁ!
心の中で舞い踊りながら喜んだ。思わず叫んでしまいそうだったけど。
「美香も行くだろうし、紗耶香も誘ってみんなで行こう」
あっ…。
「う、うん!そうだね!みんなで行こう!」
……はぁ…。
現実ってそうだよね。
二人で行きたいなんて贅沢なのかな…。
でも、二人だと喋れないかも。これで…よかったのかな。