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クリスマス そして…

「メグミ、ここのところ元気がないじゃないか。どうしたんだい?コンクールも良い結果が残せたんだし。次は優勝出来るさ」

 コンクールが終わり冬になって、時折窓の外は雪化粧で街が白く染められる時もあった。

 フルートを持つ手がかじかみ震えていた。もう寒い季節、ジャンがもどかしさを吐き出すように私に尋ねてきた。

「ううん、そんなんじゃないんだ」

 寒い季節ほど、隣に誰かが居て欲しいなんて思う時はない。もちろん誰でもいいわけじゃない。

 私は手のひらに、ハーっっと息を吹きかけながら答えた。

「うーん…力になれる事なら協力するよ。まぁ、僕に出来ることなんて限られてるけどさ」

「…じゃあ……日本に連れてって……」

「え?なんだい?」

「……クスッ……なーんでもない!ねぇ、ジャンは誰かにクリスマスプレゼントあげるの?

 力になれるわけ…ないよね。

「ははっ、何を言ってるんだい?クリスマスはサンタクロースからプレゼントをもらう日じゃないか。今年も楽しみだ」

「…………え?」

 えーと……よくわからなかったな。聞き間違いかな?

「えーと……ジャン何歳だっけ?」

「今年で四十六歳だよ?」

 うん、だよね。前に聞いたことある。

「えーと、それで…サンタクロースから……プレゼント…もらってる…の?」

 私は一言一言を自分で確認しながら尋ねた。

「はーっはっはっ!何を不思議そうに聞いてくるんだい!冗談だよ、冗談」

「じょっ……!…そ、そうだよね!まさか本気にしてるわけないよ。冗談に付き合ってあげただけだしぃ」

 何か負けた気がしたからつい…ね。

「ククッ…まぁそれはいいとしてメグミの方こそどうなんだい?」

 意地悪そうに含み笑いをしてジャンが聞き返してきた。

「私?私は誠二くんに送るよ、手袋。今作ってるところなんだ」

「お手製か。それは喜ぶだろう」

「まぁ、去年も手袋だったんだけどね。毎年あげるんだー。贈った手袋の数だけ二人が歩んできた証なんだ」

「なるほど…。さしずめ、その誠二くんに会いたくてたまらないから元気がない…と…」

 うわぁ…。

「ど、どうしてわかったの?」

「どこか遠い目をしていたからね。……そうだ。メグミ、この曲をやってみてくれないかい?」

 ジャンはそう言って楽譜を取り出した。

 一通り目を通したけれど初見でも吹けそうな曲だった。

「この曲はしってるかい?」

「ううん。初見だけど…やってみる」

 私は楽譜をなぞるように演奏していった。曲の感じは譜面を見るだけでなんとなくわかった。どこかもの悲しい、でも最後はまるで別の曲になったかと思うくらいに変化する曲だった。

 演奏し終わるとジャンは拍手を浴びせた。

「何ていう曲?曲名が書いてないけど…」

 そう、まず疑問に感じていたのは曲名が書かれていなかったこと。そしてフルート一本で作られていたこと。

「そうだね、メグミならどういう曲名を想像する?」

「え?」

 そうだな…最初は静かな悲しい曲だけど、最後は明るく華やかに…。

「難しいな」

「うん、ゆっくり考えてみるといいよ。実はその曲は発表されてないんだ。だからメグミが曲名をつけるんだよ」

「ふーん…。嫌いじゃないけどな、この曲。作曲者は?」

「さぁ…そのうち会えるかもしれないよ」

 ジャンはそう軽く微笑んで楽譜を棚にしまった。私に楽譜をプレゼントするという。それがどんな意味なのかその時はわからなかった。

 結局、その時にしまった楽譜はそのまましばらく開く時はなかった。

 昼間はジャンによるレッスン、夜は手袋を編む時間に使っていた。

 クリスマスにきちんと届くように、早めに作り上げて誠二くんに送った。もちろん手紙も添えてね。

 覚えてるかなぁ、手袋のこと。七年過ぎれば一週間日替わりで使えるね。



 クリスマス。

 今日はいつもより遅めの起床。最近の天気では珍しく快晴だった。雪は降りそうにないな。

「めぐちゃーん、荷物が届いてるわよー」

 あっ!きっと誠二くんだ!

 お母さんが一階から叫んだ。

 呼ばれて一階に下りて行くと、A4サイズくらいの荷物が届いていた。

 差出人は…やっぱり誠二くん!

「何かしらね?」

 お母さんが興味深そうに聞いてくる。

「後で見せてあげる!」

 私は荷物を受け取って自分の部屋に急いだ。少しだけ一人で浸りたかったんだ。

 自分の部屋に入るなり丁寧に包装を開けた。

 中には小さな箱と一本のビデオテープが入っていた。

「ビデオテープ?」

 思わず疑問を口にしてしまった。

 ビデオテープの中を見るより先に小さな箱に目を向ける。箱の中身はシルバーのかわいいネックレスだった。

「うふふ…。これつけた私を想像して選んでくれたのかなぁ?」

 さっそくつけて鏡で見てみる。チェーンの長さは短めにしてあって少し胸元が開いた服なら見える。

 少しの間、ネックレスをつけた自分に見惚れていたんだ。

 それからビデオテープを手に取った。

 何が映っているのか少し楽しみにしながらビデオデッキに入れて再生ボタンを押す。

 そして画面に目を向けると……。

 ザーーーーーーー……。

「…………」

 しばらくそのまま眺めていた。

 ザーーーーーーー……。

 何も変わらない…。うん、おかしいよね、これ。

 試しに一度止めて巻き戻しをしてみる。

 キュルルルルル……。

 長い…。

 ははっ、誠二くんってば最初に戻してなかったんだな。誠二くんも少しおっちょこちょいだもんね。

 巻き戻しが終わってから改めて再生ボタンを押した。

 そして、画面に映っていたのは…。

 …ん?なにこれ?…部屋?何か見覚えがある…。

「これって……もしかして……」

 見覚えがある部屋は懐かしくて…私もそこに居たことがある。

 間違いない。誠二くんの部屋だ。だとしたら…。

『ちゃんと撮れてるかな…?』

 誠二くん…!

 目の前に飛び込んできたのは誠二くんだった。画面を通してだけど確かに誠二くんだった。

『えーっと…その…めぐ、久しぶり!……って、やっぱり恥ずかしいな…』

 右手を上げて「久しぶり」って言った後、頭を恥ずかしそうにかいている誠二くんがかわいかった。

「久しぶりっ」

 私も合わせて返事をしてみる。ちょっとだけ、誠二くんと話しているみたいだった。

『なんか、ちょっと変わったことしようかなって思ってさ。ビデオレターってやつ、かな』

 まだ少し照れてる。私も照れちゃうな。動いてる誠二くんを見るのはいつ以来なんだろう。

『元気、してるか?』

「クスッ…元気だよ」

『もう日本語忘れたなんて言うなよ?』

「あははっ!さすがにそれはないよーっ!」

『オレのことも…』

「それは、もっとありえないかな…」

『なーんて、冗談だよ』

「むむっ、こしゃくな」

『もうプレゼントつけてくれたかな?ネックレスは前もあげたから最初は違うのにしようと思ってたんだけど、目についた時に絶対めぐに似合うなってそれにしたんだ』

「ばっちり~!さすが誠二くんだね!」

 ……楽しかった。

 だんだん本当に話してるみたいに思えてきて。

『めぐは手袋送ってくれたかな?ちゃんと前にもらったのも大事に使ってるよ』

「覚えててくれてたんだ」

『コンクール、すごいね。紗耶香も奈美先生もすごく喜んでたぞ』

「ふふっ、ありがとう」

『嬉しいんだけど……めぐがさらに遠いところに行っちゃったみたいで少し寂しいな』

「誠二くん…」

『あっ、やっぱ今のなし!めぐが頑張った成果だ!よくやったぞ!』

「うん…」

 そっか…そんな事思わせてたんだ。ごめんね…。

『そうそう体育祭ひどかったんだよ、紗耶香のやつがさ』

 この前の手紙に書いてたことか。

『みんなの目の前でボコボコにしやがってさー。…まぁ、オレに非がないわけでもないんだけど』

「そうだよねー」

『でもわざとじゃないんだしさっ!さすがにあの時は全身血の気がひいて殺されると思ったね』

 やっぱり、雰囲気が伝わって来る。手紙じゃなんとなくしかわからなかったことも今ならわかる。身振り手振りや声のトーンで。

 会って、話したい…!

『文化祭の吹奏楽部の公演も、後輩のみんな頑張ってて安心したよ。梓ちゃんと舞ちゃんも成長したぞ』

「なんたって私の教え子だからねっ!」

『なんだかんだで今年も楽しかったんだ』

「そっか…」

『…だけどさ』

「え?」

『やっぱりめぐが居ないと心の底から楽しめないんだ。いつも、ここにめぐが居たらな……なんて思うよ』

「あっ…」

『オレはめぐと比べたらずいぶん楽なんだと思う。みんなに助けられてさ…。一人じゃない』

「…………」

『それでも、やっぱりめぐがいないとダメなんだよ。会いたくてたまらないよ』

 私も…。

『めぐ、会いたいよ……うっ………うっ……』

「せ、誠二くん…!」

 誠二くんが涙を流した。つられて出たものなのか、私も涙が溢れてくる。

『……ははっ、ゴメンゴメン。……でも……会いたいなぁ…』

「私も…!私も会いたい!」

『また泣いちゃいそうだからこの辺で…。たまにはこういうのもいいだろ?また送るよ』

「まっ、待って!消さないで!」

『じゃあまたな、めぐ。大好きだよ』

 プッ…ザーーーーー……。

「あっ……」

 思わずテレビ画面に向かって手を伸ばしていた。画面の中の誠二くんにすがるように。

「メグミー。入るよー」

 えっ!?

 不意に声がかかり部屋のドアが開かれた。

「ジャン…」

「メリークリスマス!メグミ!………おっと…タイミングが悪かったかな?」

「えっ、あっ、グスンッ……ううん。大丈夫だよ」

「…泣いてるのかい?」

「……ちょっとね」

「どうしたんだい?」

「…誠二くんがね、ビデオレターを送ってきてくれたの。それ見てたら泣けてきちゃって」

「メグミの自慢のボーイフレンドか。よかったら僕にも見せてくれないかい?」

「……いいよ。紹介するって言ったしね」

 それからビデオテープを巻き戻してジャンと一緒に眺める。

『……ちゃんと撮れてるかな?』

 画面に誠二くんが映った。

「この人が誠二くん。私の大好きな人」

「うん、なかなかハンサムじゃないか」

「でしょ?実際はもっとかっこいいんだよ」

「ほう…」

 それからまたしばらく眺める。

『そうそう、体育祭ひどかったんだよ。紗耶香のやつがさ』

「紗耶香ちゃんっていうのは私の親友なの。誠二くんと同じで私を守ってくれたんだ」

「誠二くんと仲が悪いのかい?」

「え?ああ、違うよ。なんていうのかな、コミュニケーションの取り方が少し激しいだけだよ」

 うん、少しだけだよね?

『――――梓ちゃんと舞ちゃんも成長したぞ』

「私の後輩の子たち。二人とも全くの最初から私が教えててね。フルートの上級生が私しかいなかったから私が抜けた後が少し心配だったんだ」

「メグミが教えてたのなら大丈夫だろう」

「…だといいけどね」

 ジャンと話しながらも私はずっと画面だけを見ていた。

『なんだかんだで今年も楽しかったんだ。………だけどさ…』

「…………」

『やっぱりめぐが居ないと心の底から楽しめないんだ。いつも、ここにめぐが居たらな……なんて思うよ』

「…………」

『めぐ、会いたいよ…………うっ……うっ…』

 ツーーーー…。

 私はずっと膝を抱えて見ていた。また涙が溢れてくる。

『ははっ、ゴメンゴメン―――』

 私も、今さらだけどゴメンね。誠二くん。

『――――じゃあまたね。大好きだよ』

 プッ…ザーーーーーー…。

「…これでおしまい」

「いい人そうだ。まさに相思相愛なんだね」

「少しだけ不安だったけど、今のを見て気持ちは嘘じゃないってわかるんだ」

「会いたいかい?」

「それはもうすごく。今すぐにでも会って抱き締めたい。”私も大好きだよ”って言いたい」

「そうか」

「でも、待つしかないんだ。誠二くんが頑張ってくれてる。誠二くんを信じて待つことしか……」

「……そうかな?」

「え?」

「メグミは何かしたのかい?一緒に居れるように」

「私……」

 私は…ただ、お父さんとお母さんに言われるままに…。厳しいから絶対なんだって…。でも、家族を選んだんだ。私は自分で決めたんだ。

 今は?

 こんなにも帰りたいと思ってる。思ってるだけ……なんだ。

「メグミはどうしてここに居るんだい?」

「それは……音楽の勉強をするためだし、家族が居るから」

「メグミは、音楽の勉強を続けていってどうするんだい?いや、どうなりたいんだい?」

「…………」

 私はその質問に答えることが出来なかった。フランスに来たのも音楽を頑張っていこうって思ってたからじゃない。家族が居るから、それだけだった。

 そう、私はあの時、誠二くんより家族を選んだんだ。

「ここには音楽家になりたいと思ってる人がたくさんいる。その中でメグミは三位になったんだ。すごい事じゃないか。続けて行けばきっとご両親のように活躍出来るだろう」

「でも、私は…」

 私はそこで言葉を詰まらせた。失礼だと思ったから。先のコンクールで私より一生懸命頑張って来た人なんてたくさんいたはずだから。

「そうなりたいとは思わない……かい?」

 ジャンのその言葉に少し驚いた。私はジャンが私が立派に成長することを望んでいると思っていたから。

 コクリ…。

 私は頷きだけで返事をした。その後のジャンの反応が少し怖かったから。

「メグミ…」

 少し間が空いてジャンが静かに話し出す。

「僕は本人が望まないのにやれという強要はしない。メグミがここで音楽を続けていこうという気があるのなら全力でサポートするけどね」

「音楽は…好き」

「…うん」

「だけど、今はそれ以上に誠二くんのそばに居たい。誠二くんは私の全てだから。誠二くんがそばに居れば何でも頑張れると思う」

「何でも、か………なるほど、わかったよ」

 スッ…。

「ジャン?」

 ジャンは立ち上がりコートを羽織った。

「実はメグミのレッスンは一年契約でしているんだ。僕はそこまでにしようと思うよ。だから、三月までだね。それまでは僕が持っているものを全て教えよう。少し用事を思い出したから今日は失礼するよ」

「あっ……ジャン……」

「あとはメグミ、キミ自身が出来ることをやるんだ」

「私が…」

「普通に見ればメグミは恵まれた環境にいる。だけど、僕はメグミの気持ちを否定したりはしないよ。きっと僕は音楽家の先生としては失格なんだろうね」

「そんな…!」

「おっと、ここまでだ。また明日に」

 そう断ち切ってジャンは部屋を出て行った。

 私に出来ること………か。

 待つ事だけだった。今までは。そうじゃない、これからはそうじゃないんだよね。

 でも、ただ日本に帰りたいって言ったところですんなり受け入れてもらえるはずがない。それもまた事実なんだ。

 一体どうすれば……。

 しばらく考えてみたけれど何も思いつかないまま、私はまたビデオを再生していた。

 ただ画面の中の誠二くんを眺めて時間は過ぎていった。


 翌日からもジャンは今までと変わらずにレッスンを続けてくれた。クリスマスのことには触れずにいつも通りに。それが良かったのかはわからないけれど、私も変わらずに過ごせていた。

 変わったのは年が明けてから数日経ったとき。

 未だにお父さんとお母さんに自分の気持ちを話せないでいた私は、フルートの練習をしていた。

 ある日の午後だった。

 ジャンが来れないとのことだったので一人で練習をしていたんだ。

 その時にふと、ジャンからもらった無題の曲の楽譜のことを思い出した。

 フルートだけで作られた曲。

 なんとなくだけれど、その日はその曲をやりたくなった。始めと終わりで曲調が全然違う曲。

 タイトルを…つけろと言われていたんだっけ。その事を考えながら演奏していたんだ。

 その時、部屋のドアが開いた。

「めぐちゃん、お隣さんからお菓子ですって」

「あっ、お母さん。うわぁ、マドレーヌか。おいしそう」

「今の曲…」

「ああ、今の?ジャンから楽譜もらったんだよ。良い曲なんだけどタイトルがついてないんだって。私につけろって」

「その曲の名前は”転生”…よ」

「え?お母さん知ってるの?発表されてないって言ってたけど…」

 お母さんは微笑んで答えた。でもその微笑みは少し寂しそうだった。

「その曲を作った人はね、昔、愛し合ってる人がいて、ある事情で離れなくちゃならなくなったの」

 お母さんは懐かしむように話していく。

「国を離れて、遠いところからお互いを想っていたわ。でも長い時間が経つうちに連絡も取れなくなってしまったの」

「……寂しいね」

「そうね。でもその後、その国で出会った同じ故郷の人と結ばれて幸せになったのよ。その時の心情を書いた曲よ」

「だから、”転生”…」

「そう、気持ちの生まれ変わりね」

「でも、やっぱり寂しいよ」

「めぐちゃん……」

「だってお互い愛し合ってたんでしょ?私はそんなのイヤだな。なんとなく私と誠二くんに似てるけど、私は気持ちが変わったりしないよ」

「そうよね……」

 お母さんはまた寂しい顔をした。そしてまた口を開いた。

「でも、幸せになったのよ?」

「本当に?その人にとって気持ちの生まれ変わりが幸せだったの?」

 私は納得出来なかった。つい、自分の立場に置き換えてしまっていたから。少しだけムキになって話していた。

「そうとは言ってないわ。ただ、少なくとも今は幸せよ。だって、そのおかげでめぐちゃんって子を授かったんだもの」

 …………。

「……え?今、なんて?」

 お母さんはそれにまた微笑みだけで答えた。

 私は頭の中を整理した。今の言葉の意味を。

「じゃあ……今の話しって…」

「冷たい女だって思うかしら?」

「えっ……あぅ……」

「クスクス…少し意地悪だったかしら。そう、その曲を書いたのはお母さんよ。どうしてジャンがそれを持っていたのかはわからないけどね」

 私は驚きを隠せなかった。お母さんも私と同じ体験をしていたんだ。

「その曲はね、お父さんと結婚する少し前に書いたものなのよ。悲しい別れからも幸せになりましたっていうね。そういえばジャンに話したことがあったかしら」

「そうなんだ…」

「今でも忘れてないわよ?どこで何してるかなんてわからないけれど、元気でやってくれてたらいいわねぇ」

 お母さんが遠い目をして話す。

「会いたいと思う?」

「そうね、会って謝りたいわ。私も彼を置いて行った方だから」

「お、お母さん……私は……」

 そこまで出かかっている言葉が詰まる。今が話すチャンスなんだってわかってるのに。

「どんなに思い通じ合っていたとしても、理想と現実は違うものよ」

「あっ……」

 私が何を言おうとしているのかわかっているかのように、厳しい目でお母さんは言った。

「それでも人は、理想を追いかけるのよね…」

「えっ?」

 今度は優しい顔で、ため息混じりにそう言った。

「昔話しはこれでおしまい。めぐちゃん、お父さんが許してくれるかどうかね」

「おかあ…さん?」

「めぐちゃんが自分で決めてちゃんと頑張れるのなら、お母さんは応援しようと思うわ」

「……ありがとう」

 そしてその翌日。

 私はお父さんに思いを伝えた。

 

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