時は流れ
フランスの気候は一年を通して温度差が激しくなく過ごしやすい。季節も日本と同じように流れていく。
夏――
私の生活はそう大きく変わらなかった。
飴はよく降るけど、日本の梅雨のようにジメジメとする時はあまりなくて、雨がイヤだなぁなんて思わなかった。
変わった事といえば髪を切ったんだ。腰の辺りまで伸ばしていたストレートヘアーを肩くらいにまで短くした。そして髪色も明るくしたんだ。
少し大人っぽくなったねってお母さんに言われた。そうするように勧めたのがお母さんなんだけど。
フランス語もだいぶ話せるようになってきたよ。ジャンがレッスンの合間に少しずつ教えてくれてる。その代わりに私は日本の事を教えてあげてる。ジャンが日本に居たのはずいぶん前のことみたいだから今の日本のことを話してるんだ。ジャンはとても興味深そうに聞いていた。
誠二くんとの手紙のやり取りも数回。今のところ月に一、二通やり取りをしてる。
吹奏楽コンクールは残念ながら金賞のみの結果だったみたい。でも、それでも十分な勲章だよ。みんな頑張ったんだね。
毎日はジャンによるレッスン、家事の繰り返し。学校に通うわけでもなかったから友達と呼べる人もいなかった。
ジャン以外に知り合った人といえば、お父さんがたまに連れて来る同じ楽団の人だけだった。
若い人も居たけれど、それでも私とは年が離れてたし、言葉がある程度わかるようになったとはいえコミュニケーションがよく取れる程でもなかった。
なんとなくつまらない毎日を過ごしていたような気がする。
そして、季節が移り変わり秋にさしかかったくらい、ジャンからソロコンクールの話しを受けた。
もちろんフルートの勉強で来てるわけで、そういうのには積極的に参加をしなければならないと思ってた。
それと同時に誠二くんからの体育祭や文化祭の内容の手紙が来て、日本を思い出して懐かしく思う時もあった。
体育祭はもうメチャクチャで、でもそれなりに楽しい思い出が作れたみたい。なんでも紗耶香ちゃんが”純白の女王”なんて呼ばれるようになったとか。
誠二くんはひどい目に遭ったらしいけど、私はやっぱりその場に居たかったという気持ちは否めなかった。
そして、ソロコンクールは結果を言えば三位。自分でも驚く程の結果だった。
やっぱりコンクールのレベルは高くて、会場に居るだけでも気押される程だった。
コンクールに出ることを誠二くんに知らせたらお守りが送られて来たんだ。学業祈願なんて、真面目に送ってくれたのは誠二くんらしい。
応援してくれてる。
気持ちが伝わってきて嬉しかった。
コンクール当日、家を出てから会場を出るまでそのお守りを握りしめていたことを覚えてる。誠二くんの気持ちがここにあるんだ、そう思うだけでも気持ちが楽になる気がした。
お父さんもお母さんもジャンも、コンクールの結果には大喜びしてくれた。その日は盛大にお祝いしてくれたんだ。
ここまでレッスンしてくれたジャンに感謝。そして誠二くんにも。
それからもジャンのレッスンは続いた。コンクールでの反省をしてさらなる上を目指す。
でも、でもただ、やっぱり心にぽっかり空いている穴は埋まらなかった。どれだけいい結果を残せたとしても、誠二くんに祝ってもらいたい、その思いがあった。
コンクールで結果を残せた事は自分の自信につながった。
だけど。
それと同時に自分の中に埋められない気持ちがあることがはっきりわかった。
私はやっぱり誠二くんがそばに居てくれないとダメなんだ。もちろん会いたい気持ちはいつでもあった。でも、会いたいじゃなくて、そばに居たい。いつでもどんな喜びも悲しみも誠二くんと分かち合いたい。その気持ちが大きくなってきていた。
皮肉にも、コンクールの結果は私がこれからも頑張ろうという気持ちよりも、日本に帰りたい、その気持ちを甦らせるものになってしまったんだ。
日が経つにつれて、どんどんその気持ちが大きくなっていった。
誠二くんが私の中でどれ程大きい存在だったか…。
その気持ちが膨らみ続けて、自分の中でどうしようもないわだかまりが消えぬ毎日を過ごす中、季節は冬を迎えた。
フランスは、世界はクリスマスムードになり、私も誠二くんへのプレゼントを用意しいていた。
いつか話していた手編みの手袋なんだ。一緒に居た証の手袋。毎年作ってプレゼントするんだ。
今年も来年もずっとずっと先まで。