優しさ
椿くんの家に遊びに行った翌日からテストだった。
椿くんはものすごくやつれた顔で登校してきた。きっとテスト勉強頑張ったんだね。
テスト期間中は原則部活禁止だからテストが終わったら家に帰って勉強してた。紗耶香ちゃんも同じ。
そしてテストは難なく終わった。
これからコンクールに向けて頑張っていくんだ。
――――
「相田さん、コンクールAパートお願い出来るかしら?」
「えっ…」
いきなりだったんだ。
テスト期間が明けて部活が再開した日、パート練習中にパートリーダーの日高先輩からそう言われたんだ。
「君にやってもらうのが一番いい」
濱田先輩まで…。
Aパートなんて…フルートでの要。いきなりそんな…。
「先輩!本気ですか!?」
大野先輩が驚いて言った。…聞いてないんだ。
フルートのパートで必要なのは四人。だから二人余るんだ。
だから…。
「大野さんと田代さんには申し訳ないけど、それが一番だわ。相田さん、お願いね」
「あの…わ…私…」
そんなの…。
「私たちより…あなたが…出た方が…いい」
田代先輩…。
「…はい…」
いいの…かな…。まだ一年生の私が…。
「すいません…体調悪いので失礼します…」
あっ…大野先輩。…行っちゃった。
「相田さん、気にしないでいいのよ。あの子も頑張ってるんだけど、あなたの力が必要なのよ」
「…………」
「お気になさらずに。わたくしからも言っておきますので」
河本先輩…。
「君はコンクールに向けて頑張ってくれればいい。それが部のためにもなる」
「はい…」
でも、やっぱり気になる。
もうあんな思いしたくない。
「少し…悔しい…。でも…部のため…。頑張って…」
大丈夫…なのかな?
「頑張ります」
「お願いするわね」
期待に答えられるかわからないけれど、頑張ろう。
――――
「めぐ、今日誠二がさ、コンクールに出たくないなんて言ったから説教しちゃった」
「えっ…」
ごめん、紗耶香ちゃん。私も最初そう思ってた。
「それでさ…誠二に…」
???
「なーに?」
「い、いや、何でもない!コンクール頑張ろうね!」
「ふふ…変な紗耶香ちゃん」
今思えば、紗耶香ちゃんのおかげだったのかな。
…………
それから数日経った日だった。
「あれ?確かにここに…」
持って帰ったかな?でもそれなら忘れないはず…。
私の楽譜がない…。
「めぐ、探し物?」
「あっ、紗耶香ちゃん。楽譜がなくて」
「どこかに忘れてきたんじゃないの?」
「いつもここにしまってて…」
「しょうがないなぁ。一緒に探したげる」
「うん、ありがとう」
どうしよう…。
…………
まさか…ね。
こういうこと…あったよね…。
「紗耶香ー!パート練習するってよ!」
椿くんだ。紗耶香ちゃんを呼びに来たらしい。
「めぐの楽譜探してんの!もう少ししたら行くから!そう伝えてて!」
「手伝おうか?」
「あんたは練習しなさい!」
「わ、わかったよ」
紗耶香ちゃん、もういいよ…。
もしかしたら…やっぱり…。
「紗耶香!」
「なによ!あとで行くってば!」
「いいから!」
「な、なによ…」
椿くんが紗耶香ちゃんを呼んだ。
どうしたんだろう…。
「椿くん、どうかしましたか?」
「めぐっ…!何でもないよ!楽譜さ、やっぱりどっか忘れて来たんじゃない?めぐ頭いいけどどっか抜けてるし…」
そうなのかなぁ。
「そうかもね。私おっちょこちょいだし」
「と、とりあえず基礎練習でいいんじゃない?」
椿くん、何か隠してる?
「そうですね…そうします」
やっぱり…私の楽譜…。
…………
「すみません。遅くなりました」
「あら、相田さん、楽譜は?」
「………すみません、忘れて来たみたいで。今日は基礎練習をしておきます」
「珍しいわね。譜面は覚えてる?」
「はい、一応」
「なら問題ないわ。十六小節からいい?」
「先輩!いいんですか?こんな大事な時に楽譜忘れるなんて!やる気のない人がいたら迷惑です!」
大野先輩…。
怖い…。
「やる気のない部員なんかいないわ」
「その通りよ!」
―――!
理恵先輩?
大野先輩が日高先輩に抗議している時、パーカッションのみんなが来た。
「田口さん、どうしたの?」
「練習中失礼します、日高先輩。ちょっと愛理と話しがあるんですけど」
大野先輩に…?
「…だそうよ。大野さん」
「…なに?」
大野さんは理恵先輩を睨みつけて言った。
「分かってるんじゃない?ここじゃなんだからこっちに来て」
そう言って理恵先輩たちが大野先輩を連れて行ってしまった。
何か…あったんだ…。
紗耶香ちゃんも一緒だった。やっぱり私の楽譜…。
「相田さん、気にしないで練習しましょう」
「はい…」
………また…こうなるんだ…。
やっぱり私なんか居たら…。
私がいるからこんなことがあってみんながケンカとかして…。
「君は必要だ。コンクールに集中してくれ」
濱田先輩…。
「はい」
そうだ、集中しよう。余計なことは考えないで。
――その日、大野先輩は戻って来なかった。
私の楽譜は紗耶香ちゃんが見つけて水浸しにしてしまったらしいんだけど…。
とりあえず楽譜は新しいのを日高先輩からもらった。
紗耶香ちゃんが謝ってたけど、その濡れた楽譜を私は見ていない。確信はないけれど…きっとボロボロにされてたんだろうな。
また…繰り返しなのかな。
―――――
部活が終わった後、新しい楽譜に注意点を書き写していた。
「相田さん」
…椿くん、まだ居たんだ。
なにか困った表情で私を見ていた。
「どうしました?」
「あ…あの…相田さんの中学の時のこと、紗耶香から聞いたんだ」
…………
「……そうですか」
どう思ったんだろう。かわいそうとか、同情かな。慰めてでもくれるの?
「ここではそういうことないから!もし…そんなことになってもオレが守るから!」
「…え?」
何言ってるの?
私は自分の耳を疑った。
私を守る?そう言ったの?どうして…?そんなこと…。
「いや…その…紗耶香もいるしさ!みんな相田さんのこと頼りにしてるんだよ!」
……あぁ、そっか。
優しいんだ。紗耶香ちゃんも椿くんも。紗耶香ちゃんが私を守るって言ってくれたように、椿くんも私を守るって言ってくれてるんだな…。
「……ありがとう」
自然に笑顔になれた。
紗耶香ちゃんと同じなんだ…。
あれ?
「椿くん」
「…………」
あれれ?
「椿くん!」
「えっ!な、なに?」
「クスクス…どうしたの?ぼ~っとして。顔真っ赤だよ?」
あれ…私…普通に話してる?
「な、なんでもないよ!」
クスクス…変なの。
「相田さん、お願いがあるんだけど」
お願い?
「なーに?」
「フルート…聞かせて欲しいんだ。あの時みたいな」
あの時…?椿くんが忘れ物取りに来た時の演奏か…。私の自然なかたち。
「…うん」
聞いてもらおう。
―――♪~♪~…
パチパチパチパチ!
「すごいよ、相田さん!」
「えへへ…ありがとう。なんか照れくさいな…」
でも、よかった。
「みんなの前でも今みたいにやりなよ」
「え…でも…」
「大丈夫!…だから、ね?」
椿くん…。
「…うん!」
なんだろう。安心出来る。椿くんの…優しい笑顔。きっと大丈夫なんだ。
「じ、じゃあ行くね!コンクール頑張ろうね!」
あっ…行っちゃった。
慌ててた?
椿くん…。
「めぐ」
「あっ、紗耶香ちゃん」
「フルートの音が聞こえたから」
「うん、椿くんが聞かせてって…」
「…よかったね」
紗耶香ちゃん…。
「うん。仲良く出来そう。椿くんの言葉、安心出来たんだ。みんなの前でも普通に出来そうな気がする」
「そっか!ね…帰ろう!」
「うん!」
久しぶりにホントに笑えた気がする。
椿誠二くん…。
なんだろう。
この気持ち…。
ふわふわ…。
安心してる…。
もっと…お話ししたいな。
…ううん!
コンクールに集中しないと!
私は私らしく、ありのままで演奏しよう。
それをみんなに聞いてもらおう。
ありがとう。
椿くんのおかげで私らしくいられる気がする。
「紗耶香ちゃん!コンクール、頑張ろうね!」
「う、うん。眩しい…眩しすぎる!」
「私、また笑えるよ!」
「ふふ…誠二に少し感謝しないとかな」
「え?なに?」
「ううん、本当によかった」
「えへへ…紗耶香ちゃんも、ありがとう!」
「え?」
紗耶香ちゃんが隠してくれたこと、わかってる。
最高の友達だよ!
――――
それから…。
私はだんだんみんなと話せるようになっていったんだ。言い方が違うかな。自分を出せるようになってきたのかな。前みたいにみんなと笑って話したり…。
フルートだって…。
「相田さん、すごい…。私、感動しちゃった…」
そう言ってくれたのは大野先輩。何があったのかはわからないけれど、優しくしてくれるようになった。
「私たちも相田さんに負けないように頑張りましょう!」
みんな、認めてくれる。
私はここに居ていいんだ!
「相田さん、その調子だよ!」
椿くん…私を救ってくれた人。
導いてくれた人
また暗闇の中に埋もれてしまいそうな私に、手を差し伸べてくれた人。
もっと…椿くんのこと知りたい。
椿くんに触れてみたい。
時間が経つにつれてそう思うようになった。
これが何の感情かがわからないけれど、椿くんは私にとって特別な存在になったんだ。
「ありがとう。椿くんも頑張ってね!」
椿くんの前だと笑顔になれる。
それが、恋だと気が付いたのはもう少し後の話し。




