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旅立ちまで

 あれからは結構慌ただしいものだった。

 学校生活は普通だったけど、両親も帰って来て親戚のところに挨拶に行ったり、フランスに行く準備をしたりと何かと忙しかった。

 それを大体は学校が休みの時に済ませていたから、誠二くんと会うのも学校でがほとんどだった。

 そんな中で迎えた二月十四日のバレンタインデー。私が誠二くんに告白してからちょうど一年が経った。去年と同じ部室でチョコを渡すつもり、なんだけど。

「誠二くん、何かな?それ。詳しく説明してもらいたいな」

「こ、これは亜美から……」

 明らかに本命だと分かるバレンタインチョコを持って誠二くんはやってきた。誰からかは聞かなくてもわかったけど。

「私というものがいながら……浮気者」

「い、いや、せっかく用意してきたのを受け取らないわけにはいかないしさ…」

 誠二くんはうろたえてた。

「ぶぅー…私の手作りチョコあげないよ?」

「め、めぐー。あんまりいじめないでくれよー」

 こんなやりとりだってもう出来ないんだ。日本を発つまでもう一ヶ月もない。何気ない日常を一つ一つ大事にしようと思ってた。

 そう思いながら過ごしていると、本田先生が授業の一時間を使って私の送別会をしてくれた。日常の中にある非日常的なことだった。

 クラスのみんなが一言ずつ言葉をくれた。「フランスに行っても元気で」とか「向こうでも頑張ってね」とかありきたりな言葉だったけど、それがもう二度と会わない人に向けて言う言葉みたいで寂しかった。

 誠二くんったらみんなの前で「オレたちの愛は永遠だよ」だって!嬉しいけど恥ずかしくて泣きそうだったな。

 紗耶香ちゃんは一番長く話してくれた。中学の時の出会いから今までのこと。そして最後に誠二くんと私を見て「頑張れ」って言ってくれた。私にはその仕草がなんとなく心強かった。

 あと、”寄せ書き”ももらったんだ。誠二くんはこれからの私たちのことを書いてくれてた。それが嬉しくて寂しくて複雑な気持ちで…。

 吹奏楽部でも送別会をしてくれた。

 三年生の先輩たちも顔を見せてくれて嬉しかった。そこで私はまた先輩たちと演奏したかったから無理言って一緒に演奏してもらったんだ。「今さら吹けないよ」なんて言ってたけど、さすがに今まで培ってきたものはしっかり残ってた。演奏したのは思い出の代表になれたコンクールの曲だった。

 そして日は過ぎ、三年生の卒業式の日がおとずれた。

 もちろん私は先輩たちを見送りに学校へ行った。

 その時に大野先輩が最初のコンクールの前に私の楽譜をめちゃくちゃにしたことを告白した。私はそんなこと気にしてなかったけど、大野先輩は泣いて謝っていた。それがきっかけだったんだもんね、誠二くんと近づけたのは。誠二くんがいなかったらきっと大野先輩を許すことなんて出来なかったんだろうな。

 私が見送りに来たはずなのに、河本先輩も大野先輩も田代先輩も私の心配をしてた。

 あんなにおどけていた理恵先輩は最後までそんな感じだった。アリサ先輩も変わらなかった。

 河本先輩は私のことを「羨ましい」って言っていた。音楽を続けたかったみたいだけど、両親の希望で音楽とは関係ない大学に進んだ。

 そんな人たちから見れば私の環境は恵まれてるんだよね。

 やっぱり私はまだ子供なのかな?

 漠然とただ誠二くんと一緒に居たいなんて、現実を見ればただの夢物語かもしれない。それでも私は誠二くんと一緒に居たい。それだけしかなかった。

 出会いがあって別れがある。そんなことはこの世の常。それがいつかはわからないんだよね。出会うと決めて出会ったわけじゃない。別れたくて別れたいんじゃない。だからこそ人との出会いに感動があるんだよね。

 きっと先輩たちはこの学校でいろんな人と出会って、今日別れを迎えて、いろんなことを思い返しているんだろう。

 「じゃあまたね」と学校をあとにする先輩たち。この”またね”って言葉がすごく頼りなく聞こえたんだ。でも、きっと私もそう言うんだろうと思った。ただの別れのあいさつじゃなくて本当にまた会うんだって意思を込めて。

 その中で一人だけ違ったのが理恵先輩だった。遠くに就職が決まってて海外赴任もあるようだった。「またはないかもしれないけど、またね」だって。寂しそうな顔で言ってた。

 みんながその言葉に「寂しい事言わないで」って言っていた。きっと理恵先輩はもう会えないって思ってたんだと思う。だけど、それでもどこか会えると信じてたから出た言葉なんだろうな。


 そして、卒業式から数日が過ぎて日本を発つ二日前。

 誠二くんが家まで会いに来てくれた。私が日本を離れる日は平日なんだ。だから誠二くんは学校がある。そう、最後……じゃないけど、最後にはならないはずの別れの言葉を言いに来たんだ。

「向こうに行ったらすぐ忘れた、なんて勘弁してくれよ?」

「誠二くんこそ。浮気したらダメだよ」

 私は誠二くんを信じるだけなんだ。

「そういえば、まだ付き合いだして一年も経ってないんだよね」

「そうだね。だけど一年なんてあっという間さ。ずっと付き合っていくんだから」

「うん……。手紙、書くからね。写真も送るから」

「うん、オレも必ず返事書くから絶対送ってくれよ」

「電話…だって…する……から……」

「めぐ……」

 イヤ…!イヤだ…!

「せ…誠二くん…誠二くーーん!」

 私が泣きつくと誠二くんは黙って抱き締めてくれた。私は声が枯れる程に泣いた。誠二くんも声を殺して泣いているのが体の震えでわかった。

 ただただ泣き続けた。今日が最後なんだということを信じたくなかった。だけど頭ではわかっていたんだ。

 この一瞬で今までの事が走馬灯のように頭をよぎった。

 柳ヶ浦高校に入学して、誠二くんと初めて交わした言葉。その当時の私が覚えているはずないのに何故か鮮明に甦ったんだ。

 大野先輩が起こした事件、誠二くんが掛けてくれた言葉。海や夏祭り、体育祭に文化祭。クリスマスデートに告白。初めてのキスに初めて一つになれたこと。誕生日にコンクール。修学旅行。そして今。

 頭の中で全てが繋がったんだ。

 そこで誠二くんが優しいキスをしてくれた。涙の味がしょっぱかった。

「……グスッ……ありがとう、誠二くん。もう大丈夫だよ」

「向こうにプリクラがあるかわからないけど、このチョーカーにも新しいやつ貼りたいな」

「うん…このペアリングも二人のエンゲージリングだよね。どんなに離れたって……」

「大丈夫だ」

「…うん!へへっ…次に会う時はとびっきりいい女になってるからね!」

「ははっ、それ以上いい女になったら心配するって」

「誠二くんのためだもん」

「じゃあ楽しみにしておくよ」

「うん!」

「絶対手紙書いてくれよな。めぐから手紙来ないと返事出来ないんだから」

「うん。誠二くん…私、ずっとずっと誠二くんが大好きだから」

「オレも。いつまででも大好きだ」

「えへへ……」

「ははっ…」

「…………」

「…………」

「めぐ……そろそろ…」

「うん…」

「さよならは言わないから……またね」

「うん!またね!また会う時まで」

「ああ、また会う時まで!」

 最後にキスをして笑顔で「またね」と交わした。誠二くんはそのまま振り返ることなく走り去って行った。

 よかった…。もう笑っていられそうになかったから。お互いに最後に残ってるのは笑顔なんだよね。


 それから二日後。

 ついに日本を離れる日がやってきた。

 飛び立つ飛行機は正午発。朝から準備をして早めに家を出て空港に向かう。何でもフランスの先生が日本の和菓子が好きらしく、空港で買い物するらしいんだ。

「お父さん、先生ってどんな人なの?」

「すごく優しい人だから安心しなさい」

 でもやっぱり不安だな。フランス人なんでしょ。コミュニケーション取れるのかな?

 !!!

 私…フランス語勉強してない…。

「お、お父さん、フランス語わからないよ」

「はっはっはっ、心配ない。すぐに話せるようになるから」

 そんな楽観的な…。

「お、お母さん」

「言葉なんか通じなくても大丈夫よ、めぐちゃん。大事なのはフィーリングよ」

 …ダメだ、この二人に頼っても。せめて挨拶くらいは出来るようにしとかないと。

 空港に着いてから二人が買い物をしてる間に、小さなフランス語会話本を買って読んでいた。その時に出発まであと二時間ほど残っていた。

 今頃、誠二くんは授業中だな。私のこと考えて泣いてたりして。誠二くん泣き虫だからね。

「少し早く出過ぎたかな。もう買い物終わってしまったよ」

 お父さんとお母さんが戻ってきた。

「どうするの?」

「少し何か食べるか」

 それからカフェで軽い食事をとった。

「恵。忘れないうちに携帯の電源切っておきなさい」

「うん」

 フランスではこの携帯使えるのかな?使えなかったらメールとか出来ないよね。

 それからしばらくフランス行きのロビーで待っていた。

 あと一時間半。

 今度この日本の地を踏むのはいつになるんだろ。本当に帰って来れないのかな。

「めぐちゃん。今日はお見送りのお友達は来ないのかしら?」

「今日はみんな学校だよ。それに、もう会いたい人とは会ったし」

「あらそう?椿くんは来てくれないのかしら?」

「二日前に会ったってば」

「めぐちゃんのことを本当に大事に思ってるなら必ず来るわよ」

 何を根拠にそんなこと…。

「めぐ!!」

 えっ!?

「せ、誠二くん!?」

 来た…。本当に来た…!

 声をかけられて振り返ると息を切らして立っている誠二くんがいた。目の前に確実に居るのに一瞬信じられなかった。でも、耳に届いた声と目に映る姿は正真正銘誠二くんだった。

「誠二くん、どうして…」

「やっぱり最後まで見送りたくなって」

 お母さん…。

 お母さんの方を振り返るとにっこり笑って言った。

「めぐちゃん、私たちは先に行ってるから時間には遅れないようにね。あなた!」

「あ、ああ。恵、遅れないように」

 お父さんとお母さんは誠二くんと話す時間をくれた。

「誠二くん、学校は?」

「早退してきた。むしろさせられた」

「え?あははっ、なにそれー」

 また誠二くんの前で笑えた。もういつこんなことがあるかわからなかったのに。

「ふふっ、再会は意外と早かったね」

「ははっ、そうだな」

 誠二くんも笑ってくれてる。

「めぐ、オレ……」

「なーに?」

「めぐが大好きだ!高校卒業したら仕事しながらでもフランス語勉強してめぐに会いに行くから!」

「誠二くん…。うん!でも大丈夫かなぁ?誠二くん、おつむ弱いからなぁ」

「なんだとー!」

「あははっ…!」

「でも……頑張って会いに行けたらその時は…」

「ん?」

「その時は結婚しよう!」

「えっ……誠二くん……。うん!絶対だよ?おばあちゃんになってからのウェディングドレスなんてイヤだからね!早くね!」

 嬉しくて涙が出てきた。

 大丈夫、きっと二人は大丈夫なんだ。

「約束だからね」

「約束だな」

 それからベンチに座って話した。誠二くんはまた私に希望をくれたんだ。私もその約束のために頑張って行こうと思った。

「子供はたくさん欲しいな。頑張って小学生の時の将来の夢叶えてね」

「まだ覚えてたの?オレの人生の汚点を」

「でも、本当に叶ったらすごいことだよ?」

 それから二人の将来のことをいろいろ話した。今度は辛くない。希望に満ち溢れてる話しなんだ。

 子供が男の子なら、女の子なら。誠二くんの好き嫌いのこと。住む家は?家事分担は?どこで結婚式をする?…なんて。

 未来の話しが二人を繋ぐ希望だった。

「あはっははっ!うんっ!絶対そうだよ!あははっ……ははっ……もう…行かないと…かな」

 時間が過ぎるのが早かった。これほど時間が過ぎるのを恨んだことはなかった。

「……うん」

「頑張って、二人の夢叶えようね!」

「ああ!約束だ!」

「ふふっ、約束だね」

 一生懸命笑顔を作っていたけれど、涙は止まらなかった。

 そして笑顔でキスしたんだ。

「…えへっ…またね!誠二くん!」

「うん。めぐ、またね!」

 そして私は搭乗口へと進み、誠二くんが見えなくなるまで手を振っていた。

 ・・・・・・

 ついに、本当に離ればなれになっちゃった。

 誠二くん…。

 元気でやっていけるかな。

 紗耶香ちゃんもみんなもいるから大丈夫かな。

 食べ物の好き嫌い治してくれたらいいな。

 フランス語って難しいよ?

 勉強頑張ってくれるかなぁ。

 向こうではフランス料理も勉強して誠二くんをびっくりさせちゃおう。

 毎日おいしい料理を作ってあげるんだ。

 絶対に……。

「めぐちゃん、お別れは済んだの?」

「うん…。お母さん、フランス料理って難しいかな?私…誠二くんに作ってあげるんだ」

「めぐちゃん……。本当に、椿くんのことが大事だったのね…」

「…うっ……うぇっ……」

「いいわよ…。今は思いっきり泣きなさい」

「うっ、うわぁーーーーん!!えっ、えぐっ…。あっ……ひっ…ひっ…ひっ…うわっはーーーんっ!!」

「よしよし…」


 ・・・・・・


 飛行機の中では泣き疲れてずっと寝てたみたいだ。飛行時間は約十三時間あったらしいんだけど、ほとんど覚えていなかった。

 夢の中では誠二くんと笑いながら、まだ見ぬ二人の子供を連れて街中を歩いていた。自分で言うのもなんだけど、絵に描いたような幸せそうな家族だった。

 フランスと日本の時差は約八時間。

 十二時に出発して十三時間も飛んだのにフランスはまだ夕方だった。

 ここから私の新しい生活が始まるんだ。

 誠二くんは…近くにもういない。





 

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