変わらない二人
あれから数日経った日、誠二くんと次のデートの話しをしてた……つもり。
「で、どうしようか。次の日曜日」
「あぁ…」
「また街にでも行く?それとも遠出する?」
「あぁ…」
だけど誠二くんは上の空だった。考え込んでるみたいにぼーっとしてる。こんなときは間違いなく私とのことを考えてるんだよね。
「誠二くん」
「…………」
むぅ…。
「誠二くん、誠二くーん!」
「ん、あぁ、何だっけ?」
「次の日曜日のことだよ。デート!もう…しっかり私のこと見ててよ」
「あぁ、ごめん。どうしようか」
「遊園地…」
「ん?」
「遊園地、行ったことないよね」
「えっ…遊園地…か」
「そうだよ、決定!遊園地に行く!変更なし!」
「ちょ、ちょっと待って」
「…ダメなの?」
私は必殺の上目使いでお願いする。そしたら絶対にいいよって言ってくれるんだ。
「わかった、わかったよ。遊園地ね」
ほらっ。
「わーい!やったね!楽しみー!」
あれ?誠二くん…。はっはーん。
ぼーっとして、この呆け方は…。
「誠二くん、今私のことかわいいって思ったでしょ」
「え?な、なんで…」
やっぱり。慌てて照れてる。
「顔に書いてた。誠二くんのことは何でもわかるよ!」
そう、わかっちゃうんだ…。
「……だからさ、辛い時は我慢しないで?」
「…めぐ……」
私がそう言うと誠二くんは私を強く抱き締めた。
「苦しいよ…」
甘えてくれたっていいんだよ。いつも通りにしててって言っても難しいよね。そう意識すればするほどに。
つーーーーー…。
誠二くん、泣いてる。
ギュッ…!
私も誠二くんを強く抱き締めた。
・・・・・・
「ははっ、ごめん。もう大丈夫だよ」
「誠二くんの泣き虫ー」
「そんなこと言うなよー」
学校の帰り道のことだった。
家に帰ると、いつも通り一人なのに余計に寂しさを感じたんだ。
フランスに行ったらきっとお父さんとお母さんと居る時間が増えるんだろうけど、どこを探しても誠二くんはいないんだよね。
そんなことを思う度に日本への、学校への未練が沸々と込み上げてくる。
最初は柳ヶ浦高校に通うのは少し不安だった。今だってそう。フランスには誰も知ってる人がいない。やっていけるのかな…なんて。誠二くんも連れて行きたいな。
そして日曜日。
天気は快晴。絶好の遊園地日和だった。遊園地までは遠いから電車で行くんだ。だから今日の待ち合わせは駅前。
「おはよう。いつも待たせてゴメンね」
「めぐ、おはよう。全然待ってないよ」
今日は少し遠出だから早目の時間に待ち合わせ。私も時間よりは早く来るのに、誠二くんはいつもそれより早く来てる。これもいつものことだったんだ。
「一つ早い電車で行こうか」
だからデートも少し早く始まる。
一つ早い電車で遊園地に。電車の中では今日行く遊園地のことを話してた。いつも通りの話し方で、いつも通りの笑顔で。
駅から遊園地行きのバスに乗って目的地に。
「まだ早いから人もそんなにいないね」
フリーパスを二人分買って園内で入った。
「誠二くん、人が少ないうちに人気のあるやつに行こうよ」
「うん、いいけど…それってー…」
「これっ!」
私は入場の時にもらったパンフレットの園内地図の一か所を指差した。ここの遊園地の目玉の一つ、巨大なジェットコースターがあるところ。
何故か無口になってしまった誠二くんを連れてジェットコースターのところにやってきた。
「思った通り人はまだ少ないね。うふっ、楽しみだね」
「う、うん…」
少しだけ列が出来ていたけど、そう待つこともなく私たちの順番がやってきた。少し前に話題になってた程の大きいジェットコースター。すごく楽しみだな。
「だい…じ……ぶ…だ……じょう……ぶ……しな…い…しな…ない……」
座席に座るなり誠二くんはブツブツ呟き出した。周りの音もあってよく聞き取れなかったけど…。
「誠二くん、始まるよ!」
「おち……い……お……ない……」
ガタンッ…!ガタ…ガタッ…ガタッ……。
私たちを乗せたジェットコースターはレールを走りだして、どんどん空が近づいてくる。
このジェットコースターの最大の特徴は初めの急降下。国内最高の高さから国内最高速で走るらしい。
私はジェットコースターとかの絶叫マシンが大好きなんだけど、さすがに今日一発目は緊張する。
レールの先が見えなくなって空にそのまま上って行くんじゃないかと錯覚しそうになる時に、逆に地面へと視線は向けられた。
ゴオォォォォォ!!
「ぎゃあああああああああ!!」
「あっははははははは!」
目も開けられないような風と無重力感を感じて、ジェットコースターはものすごいスピードで走りだした。
「たーのしいー!」
「ぎゃあああああああああ!!」
速い!高い!回るー!
自分の足元に空がある。どっちを向いてるのか分からない程に激しいものだった。
・・・・・・
「せ、誠二くん大丈夫!?立てる?」
「げふぅ……」
走り終わって戻って来たジェットコースターの座席に座ったまま誠二くんはぐったりしていた。
「さ、捕まって」
「ご、ごめん…」
フラフラになった誠二くんを支えて園内のベンチに腰かけた。
「知らなかったな…。苦手なら言ってくれればよかったのに」
「高いのが苦手なんだ。めぐは乗るの楽しみにしてたからさ」
「そんな……私は二人で楽しみたいからさ、無理はしないで言ってね?」
「…うん」
「でも、まだまだ知らないことをあったんだね…。もっと……」
もっと時間があればゆっくりでもお互いのことを知れたのに。そう思ったけど口に出して言うことはなかった。
「さっ、次っ、次行こう!」
誠二くんはそんな重苦しい空気を感じ取ったのかそう言って立ち上がった。
「う、うん」
それからいろんなアトラクションをまわった。もちろんジェットコースターも。最初に乗った程じゃないけれど、それでも誠二くんは頑張ってた。私を楽しませようと一生懸命だったみたい。
「誠二くん、少し休憩してあそこに行かない?」
私はお化け屋敷を指差して言った。私ばっかり楽しんでるんじゃなくてあれなら誠二くんも楽しめるよね。
「うん、いいよ」
ベンチに座ってジュースを飲んでソフトクリームを食べて、まったりしてからお化け屋敷へ。
・・・・・・
「う~…ドキドキするね、誠二くん」
こう本格的なところは少し苦手かなぁ。
誠二くんと腕を組んで僅かな光を頼りに中を進んで行く。
ゴオォォォォ!
「きゃあああ!!」
大きな効果音と一緒に上から骸骨が落ちて来た。
「めぐ、大丈夫だよ。作り物だからさ」
そんなことわかってるけどやっぱりびっくりしちゃうよ。
「ひゃっ!」
な、なに!?何かオシリ触った…?
「どうしたの?」
「んー…何でもないよ」
気のせいかな?
それからもいろんな物が飛び出て来てそのたびに誠二くんに抱きついていた。
「きゃっ!な、なに?誠二くん!?」
「さっきからどうしたんだよ、めぐ」
今度は腰の辺りを明らかに触った!
「うー…誠二くんなの?」
「何が?」
「違うの?」
絶対誠二くんだと思う。こんないたずらするなんて。よーし、今度は注意して…。
それからまた中を進んで行くと…。
「んっ!?」
ガシッ!
「やっぱり…。さっきから誠二くんだったんだね!」
「バ、バレたか。いや、あんまりにもかわいい反応だったからつい…ね」
「つい、じゃないよ!本当にびっくりしたんだからね!」
「ご、ごめんごめん。どうしたら許してくれる?」
「えー…」
どうしようかな、何かお返ししたいな。うーん……。
あっ、そうだ!
「じゃあさ…」
・・・・・・
「ぎゃあああああああ!!」
「あっははははっ!誠二くんの顔おもしろーーい!」
お仕置きに最初のジェットコースターに乗せたんだ。
「うぅ~…もうダメ。もう絶対乗らない」
「あっはははっ!あーっ、おっかしかったー!」
「めぐ、こっちは必死で…」
「ふふっ、じゃあ次はね…」
実は次に乗るやつが一番楽しみにしてたかな。
園内地図を見て誠二くんを連れて行く。そしてやってきたのは大きい観覧車の前。
「ここの観覧車は日本一大きいんだって!」
「お、おぉ…デカイ…高い…」
「誠二くん、もしかして観覧車もダメなの?」
確かに高いけど激しい乗り物じゃないし、一つの空間だし…二人っきりだし…。
「ぜ、全然平気だよ!ほら、行こう」
今度は逆に誠二くんに手を引かれて受付に。強がってるけど、一生懸命なんだよね?
「行ってらっしゃいませ」
スタッフの人に見送られて観覧車に乗り込んだ。誠二くんとは向かい側に座ったんだ。こんな時って普通は隣に座るのかな?
でもホントに大きいな、この観覧車。一周するのにどれくらい時間がかかるんだろう。そんなことを思ってしまうくらい大きかった。
上がり出してから誠二くんは黙り込んでしまった。そして外を見ようとはしなくてうつむいたままだった。そして半分を過ぎてもうすぐてっぺんという時。
「見て見て誠二くん!すっごく景色がキレイだよ!」
「あ、あぁそうだね。すごく綺麗だ」
口ではそう言っても一度だって外は見ていなかった。せっかく二人っきりの空間なのに床ばかり見ちゃってる。でも仕方ないのかな。
「もうー…」
そう思いつつも私はどうにかしようと誠二くんの隣に移動するために席を立った。
「うわわわ…、め、めぐ!?揺れるって!」
「よいしょ」
「うわっ!ほらっ、傾く!」
「大丈夫。誠二くん、私を見て?」
「え?なに…ん……」
私はいきなり誠二くんにキスをした。
「……めぐ?」
「私が隣にいるから。私を見て?」
「……うん。ありがとう」
落ち着いてくれたかな。
「誠二くんの弱虫ー」
「だって落ちたら死ぬよ!?」
「クスッ、落ちないよ。もし落ちたとしても二人一緒なら…」
「めぐ……危ないぞ、その発言」
「た、例えばだよ!死にたくなんかないし……。あっ、誠二くん、見てっ!」
「えっ?……あっ……」
「綺麗だよね…」
「うん…」
遠くに見える水平線に夕陽が沈みかけていた。だんだんと消えて行く太陽の光がどことなく頼りなかった。一日の終わりが近づいていることをイヤでも感じてしまったから。
「もう一周しちゃうね」
「そうだね…。あーっ、恋しい地面がすぐそこに!」
「クスッ…もうー…」
観覧車が一周して園内を見渡すと人の流れは出入り口に向かっていた。今からまたアトラクションを回る時間はないのかな。遠くまで来てるし早目に帰らないと…。向こうに着く頃は真っ暗だな。
「誠二くん」
「うん、そろそろ帰ろうか」
「うん…」
そして遊園地を出てバスで駅まで行き、電車に乗り込んだ。バスの中でも電車を待っている間も今日のことを話してたんだ。
…………
…………
「――ぐ、めぐ」
んっ…。あ、あれ?
「誠二くん…?」
「おはよう。もうすぐ着くよ」
あ……寝ちゃってたんだ。朝も早かったし久しぶりに思いっきり遊んだもんな。
「めぐ、よだれ」
「えっ!?や、やだっ」
「ははっ、かわいかったぞ。疲れたみたいだね。もう着くから」
「……いじわる。今どの辺?」
「あと二駅だよ」
「そっか…」
随分寝ちゃってたんだな。
「起こしてくれてよかったのに」
「朝早かったしね。めぐの寝顔はかわいいし」
…そんなんじゃないんだ。もう二人で居る時間は貴重だから…。
「もう着くんだね…」
「えっ…うん…」
今日は楽しかったな。だから余計に…。
「ねぇ、誠二くん」
「ん?」
「このまま二人でどっか行っちゃおうか…」
「めぐ…。ダメだよ、みんな…心配するから…」
「……言ってみただけ…」
ははっ…ダメだな……私……。でも、誠二くんと二人ならどこへだって行けるよ。逃げ出したいよ。
駆け落ち…みたいな…。
キィィィィ…。
「めぐ、着いたよ。行こう」
「…………」
「めぐ?」
…イヤだ。帰りたくない。
私は座ったまま動かなかった。動きたくなかった。このまま…。
プルルルルルルル…!
「めぐっ!」
誠二くんは少し強引に私の手を引いて電車を降りた。
もうすぐで電車はまた発車するという時だった。
「どうしたん……」
「うっ……ひっ……えぐっ……」
私…また…!
「めぐ…泣くなよ。めぐが泣いたらオレだって…」
わかってる……わかってるんだけど……。
駅のホームで誠二くんと泣いた。
また一日が終わってしまった。また二人で過ごせる時間が減ってしまった。
電車の中で言った事。誠二くんが二人で逃げようって言ってくれたら、私は本当にそうしていたと思う。私たちはただの高校生。だけど、認められなくてもいいから二人で一緒に居たいと思った。
普通にしていたいなんてやっぱり無理だったんだ。変わらない二人でなんていられなかった。そんなのただ目の前の現実から目を反らしていただけなのかもしれない。
もう二度と会えないなんてこれっぽっちも思ってない。お互いを忘れてしまうこともないと信じてる。
でも、先の見えない不安に少しだけ怖くなった。
これから二人ともどんどん大人になっていくんだ。どんどん変わっていく。
でも、お互いを想う心はずっと変わらないよね?
駅のホームで抱き合いながら、そんなことを考えていた。