友達
翌日。
昨日は始業式で部活はなかった。今日から部活は再開。そして私のことも今日、吹奏楽部員に知らされる。
「非常に残念なお知らせなんだけど、相田さんがこの春に学校を辞めてフランスで音楽の勉強をすることになりました」
「っえーーーーーー!!」
そう驚いたのは梓ちゃん。特に私のことを慕ってくれてたから。舞ちゃんはすでに涙をボロボロ流し始めていた。
「みんなも寂しいでしょうけど、相田さんに負けないように頑張ってね。では相田さん」
それからみんなに挨拶をして練習に入った。ざわついてたけど、部活中なのもあって、みんなそれぞれの練習場所に散って行った。
そしてまず話しをしたのが私の後輩の二人。
「めぐ先輩!ホントなんですか!?ホントのホントに本当なんですか!?」
「そ、そうだよ。ゴメンね、いきなりで」
目に涙を溜めながら梓ちゃんが迫ってくる。
「あ、相田先輩…」
「舞ちゃんも、ゴメンね」
「う……うぇ……」
「ま、舞ちゃん?」
「うわぁーーーーーーーーん!!」
「ま…舞…う…うわぁーーーーーーーーーん!!」
あーーー…。
「ふ、二人とも落ち着いて!ねっ?」
「うわぁーーーーーーーーん!!」
「うえぇーーーーーーーーん!!」
「ほ、ほらっ!二人ともっ!」
いっこうに泣き止む様子はなかった。
そこで私は…。
「へっ、変な顔っ!」
「…………」
「…………」
どっ、どうだ!なかなか見れないよー。レアだよー。
「うわぁーーーーーーーーん!!」
「うえぇーーーーーーーーん!!」
はぅっ!
け、けっこう頑張ったのに!
「ほ、ほら、飴だよー」
って、子供じゃないんだからね。
「おいしいね、舞」
「そ、そうだね。梓ちゃん」
こ…この子らは…。うぬぬぬぬ…!
「めぐ先輩、もうひとつ下さい」
「……やだ」
「あ、飴くらい、け、ケチケチしなくても…」
…………。
「むっきゃーー!!なっ、何だね!君たちは!私がいなくなるのが悲しくて泣いてたんじゃないのかな!?そ、それを飴玉ひとつでコロッと態度を変えて!おまけにケチときたもんだ!」
私だって言う時は言うんだ!
「あ、飴玉だけに、コロッと……」
「「…………」」
梓ちゃん…。笑えません。舞ちゃんも首を横に振ってため息すら吐いてます。
「とーにかく!私は三月半ばまでしかいないんだから!もうフルートは二人だけになるんだよ!しっかりする!」
「む、無理ですよー、そんなの」
「あ、相田先輩がいなくなったら、な、何も出来ません」
「……違うよ、それは」
だって…。
「私は今まで二人を教えて来たけど、二人とももう私がいなくても自分たちでやっていける。そう確信してるよ。だから、私が安心して旅立てるようにしっかりしてね、二人とも」
「うぅ…めぐせんぱーい!」
梓ちゃんが私の胸に飛び込んで来た。
私は頭を撫でてあげた。
「よしよし」
こんなに慕われてたなんて、私は幸せ者だなぁ。
「さっ、頑張って練習しよ!もうすぐ二人が新入生に教えるんだからね!」
「…はい!」
ふふ…すぐに笑顔になって…かわいいな。
「舞っ!飴玉ゲットだぜ!」
「ななっ!?」
いつの間に!
「で、でかしたよ。梓ちゃん」
うぬぬぬ…!
「二人ともっ!練習だっ!特訓だっ!いや、シゴキだっ!」
「ほらっ!逃げろー!舞ー!」
「に、逃げろー」
「待てーーー!!」
逃がすかぁ!!
「あははっ!あでっ!」
「捕まえた!ほらっ!」
まず逃げた梓ちゃんを捕まえた。舞ちゃんだってすぐに…。
「……やっぱり、めぐ先輩がいないとつまらないですよ」
梓ちゃん…。
「わ、私もです」
舞ちゃんも現れて言った。
もしかしたら二人なりに楽しくしようとして…?
「ふふっ、ありがとう。こんな私なんかについてきてくれて。二人に出会えてよかったよ。…忘れないよ。絶対」
「わ、私も忘れません!」
「ファ、ファーストキスの相手ですから」
うぐっ…そ、それを言うか。
うーん…。
「今日はもう時間も少ないし、思い出話しに花咲かせようか!」
結局その後の時間はいろんな話しをしたんだ。三人で街に遊びに行ったことや、メイド服は着たのか、とか。コンクールや誠二くんのことも。
寂しい話しはなし!楽しい話しを繰り返してた。
多分、二人が成長して立派にフルートを演奏出来ることが、私がいた証なんだ。
「あらあら、相田さんはフルートを教える事が上手ですけど、サボる事を教えるのも上手ですね」
びくっ!
「い、いえ、サボってるわけじゃ………河本先輩!」
「うふふ…お邪魔しますね。あの、本田先生からお伺いしました」
「あっ、すいません。私の方から挨拶しに行かないといけないのに」
「構いませんよ。それに…」
「恵ちゃーん!なんで行っちゃうのー!?寂しいよー!」
「大野先輩!」
「…私も…いる…」
「田代先輩まで!あ、あの…すいません!」
突然の事で何故か謝っちゃった。
さっき本田先生から聞いたんだろう、急いで来た様子だった。コンクールの後は校内でもあまり会うことはなかったけど、三人とも変わってなかった。
久しぶりだった。こうしてこの場にフルートのメンバーが全員集まるのは。季節も制服も衣替えで違うのに、コンクール前に戻った気がした。
「何謝ってるの?恵ちゃんは相変わらず変だなぁ」
「それが相田さんの魅力かもしれませんね」
変なのが魅力って…。なら変なのに惹かれるみんなも変ってことだよ。いや、みんなが普通だから変なのに惹かれる?いやいや、それならやっぱり私が変ってことに…。
「…そんな事より…本当…?」
「あっ…はい…。三月半ばで日本を離れる予定です」
「寂しいよー、恵ちゃん」
「私たちの方が先に卒業ですよ」
「あっ、そっかー。でも、でもさ、卒業してここに遊びに来てもいないんだよ?」
「…それは…寂しい…」
「そうですね…。でも、すごいじゃないですか。自分の好きな音楽に専念出来るんですから。夢のような話しですよ」
夢のよう…か。いっそ夢ならいいのにな。誠二くんと離れるから行きたくないなんて言ったら何て言うかな。きっとバカにされるんだろうな。
「でもー、椿くんとは?別れちゃうの?」
はぅっ!!大野先輩…前々からピンポイントで急所を。きっと先輩の前世は暗殺者か占い師だね。しかも別れるとか…。
「誠二くんとは別れませんよ。大体フランスと日本なんてただの距離の問題ですし。そりゃあ顔を見れないのは寂しいですけど、私たちは赤い糸で結ばれてるし、お互いを思う心だって強いし。どれだけ離れたって心は近くにあるっていうか、切っても切れない絆もありますし。ほら、このリングだって二人の愛の証です。エンゲージリングですから。二人はもう将来を約束し合ってるんですから別れるなんてありえないです。そう、同じ地球にいる限り、地球がなくならない限り別れないですよ。ないないないない、絶対ない!」
「わかった!わかったよ、私が悪かったよ」
「わかってくれればいいんですけど、そもそも私と誠二くんが別れるっていう、その発想がどこから出てきたのかが疑問に思うところであってですね、今までの私と誠二くんのことをよーく思い出してくれたらわかることなんですけど………」
「おーい、誰か止めてー」
「やっぱり相田さんは変ですねー。恋は盲目とはこういうことでしょうか」
「…みゆき…それ…違う…」
「……ぷぷっ…あっはははっ!やっぱり先輩たち最高!」
「…ふふふふっ……」
えっ?なになに?なんの話し?
「私も先輩たちみたいになれるように頑張ります!」
「わ、私も!」
うん?うまくまとまった…かな?
それから六人で思い出話しとか先輩たちの将来の話しで盛り上がった。結局、今日は練習しなかったな…。
明日からはまたビシビシいくからって部活は終わった。
「めーぐ、今終わり?」
「あっ、美香ちゃん。うん、そうだよ」
「ちょっと話さない?」
「うん」
美香ちゃんともいろいろあった。一時期は恋のライバルだったし。
…まだ誠二くんのこと好きなのかな?
「すごく、残念だよ。めぐのこと」
「うん…」
もし、まだ誠二くんのこと想ってるなら少し不安だな。
今でもたまに思ったりする。どうして誠二くんは私を選んだんだろうって。
女の私から見ても美香ちゃんは可愛いし、優しくて成績優秀で、昔から誠二くんの近くに居たし。それに強い。私なんかと比べたら全然。
「何考えてるの?」
「えっ!?あ…その…」
「何となくだけどわかるな。今めぐが考えてたこと。私がめぐの立場でも同じこと考えてたと思う」
「美香ちゃんが?」
少しだけ意外。美香ちゃんはあんまり人に不安や弱さは見せないから。あのときも、すごく辛かったはずなのに笑って祝福してくれた。
「でも安心して!誠二が他の子にちょっかい出さないか私が見ててあげるから!もちろん私もなんにもしないよ!」
クスッ。やっぱり美香ちゃんは美香ちゃんなんだな。でも、一番不安なのは美香ちゃんのことなんだけどね。それは黙っておこう。
「でも…」
「え?」
「ううん、何でもない!…いつまでフランスにいるの?」
「もしかしたら…ずっと向こうに住むかもしれないの」
「そう…なんだ」
「だけど信じてる。また誠二くんと並んで歩けること。占いでね、二人には大きな困難があるって出たんだ。でも、それを乗り越えたら幸せが訪れるって。占いなんて信じないけど、こんな時くらいすがってもいいかなって」
「めぐ…。お互い想い続けてたら、きっと」
「ありがとう。やっぱり美香ちゃんは優しいな」
「そんな…そんなことないんだよ…」
???
美香ちゃんは何故か悲しそうな顔を見せた。
「じゃ、じゃあね。また遊ぼうね!」
美香ちゃんはそそくさと帰って行った。その様子の謎がわかったのはずーっとずっと先のことだったんだ。
それから誠二くんを待ってたんだけど…。
「あれ、めぐ先輩。誠二先輩ですか?」
「あ、亜美ちゃん。そうだよ、誠二くんは?」
「何か本田先生に呼び出されてましたけど」
先生に…。なんだろう。
「それにしても遠いですね!フランス!」
美香ちゃんはにんまりと笑って言った。どうせ私がいなくなってチャンスとか思ってるんだろうな。
「誠二くんのことまだ狙ってるんなら無駄だからね!」
「そうですかぁ?だって近くにいない人よりやっぱりそばに居る人がいいじゃないですかぁ」
「た、確かにそうだけど、あ、亜美ちゃんには無理だよ」
「ま、今は無理でも時間をかけてゆっくりと亜美の元にいざなってあげますよ」
むむむ…。
「ま、まぁ精々頑張るといいよ。無駄だと思うけどっ!」
「クスッ…やっぱりめぐ先輩は誠二先輩のこととなると必死ですね」
「何言ってるの。よ、余裕だよ」
あ、あれ?何か感じが違う…。
「亜美は…ライバルがいる方が燃えるんです。つまんないですよ、ライバルがいなくなるなんて」
「亜美ちゃん…。へへ…遠くに居たってライバルだよ。………ありがとう」
「な、何ですか!ありがとうって!べ、別に寂しいなんて思ってないんですからね!あーっ、よかったよかった!ライバルが減って!」
そう言いながら亜美ちゃんは行ってしまった。
言ってることがさっきと逆だよ、亜美ちゃん。なんだかんだで優しい子なんだもんな。寂しがりやで。
「ほーんと、素直じゃないよね。そんなとこはめぐに似てるよね」
紗耶香ちゃん…。
「私はどちらかと言えば紗耶香ちゃんに似てると思うけどなぁ」
「あんなにキャピキャピしてないし、私は思ってること言うし」
「クスッ…それもそうだね」
「…………」
「…………」
紗耶香ちゃん…。私の一番の友達。いつでも私を助けてくれた大事な友達。誠二くんとのことも応援してくれて、自分のことのように喜んでくれた。
「誠二は進路のことで呼び出されたよ、まだ決まってないからって。ねぇめぐ、たまには一緒に帰らない?誠二にはメールしとけばいいよ」
「うーん…。そうだね!誠二くんには悪いけど、たまにはね」
誠二くんと付き合うようになってからは帰りのバスは違うバスになった。学校に来る時は一緒だからって誠二くんと居れる時間を譲ってくれた。
今思えば、私は紗耶香ちゃんに助けてもらってばっかりで、何にもしてあげたことないんじゃないかな。
久しぶりに紗耶香ちゃんと二人で校門を出た。外はもう暗く、澄んだ冷たい空気がどこか気持ち良くて、冬の星座が綺麗に空を埋め尽くしていた。
「今日は星が綺麗だね」
「めぐがそんなこと言うと絵になるんだよね」
「ふふっ、なにそれー」
「でも、本当によく見えるね。冬の星ってさ、空気がスカッとしてるから光がそのまま降り注ぐって感じで好きだな。夏はジメジメしててなんとなく光が濁ってるみたい。だから冬の星が好きなんだ」
「へーっ、紗耶香ちゃんがそんなこと言うなんて意外だなぁ」
「ほーらね、やっぱり私が言ってもダメなんだなー」
「えっ…ははっ、ゴメンね」
「いーよー。好きなんだもん。………フランスではどんな星が見えるんだろうね」
「あっ…」
不意打ちだなぁ、紗耶香ちゃん。こうやって二人で歩いてたら前に戻ったみたいで、フランスのことなんて一瞬忘れちゃってた。
「どうなんだろうね…」
「…………」
「…………」
「めぐ…私たちはいつまででも友達だよね?」
「紗耶香ちゃん…。当たり前だよ。お互いに結婚したりして別々の家族持ったりしても、どんなに離れたって友達だよ」
「そうだよね!ゴメンね、変なこと聞いて。ただね、寂しいんだ、やっぱり。めぐと二人でこっちの学校に来て最初から友達だったのめぐだけだったし」
「うん…」
そうだよね…。登校する時はいつも一緒だったし。
「それに…こう寂しいと思うのも二回目なんだ。前は何となく、めぐは私が守るんだって思ってたけど、誠二に出会って、誠二と付き合うようになって。あぁ、行っちゃったなって…」
「紗耶香ちゃん…」
「子供を嫁にやる親の気持ちっていうのかな。嬉しいけど寂しい…。結局はさ、守ってたつもりだったんだけど、私がめぐにすがってたのかなって。そう思った」
いつも寂しいとか冗談のように笑いながら言ってたけど、そうじゃなかったんだ。いつも誠二くんと一緒だったから紗耶香ちゃんは遠慮して、私に気を使ってくれて…。
「だけど、めぐが笑えるようになったのは誠二のおかげだから。私はいつまでもめぐと誠二を応援していきたい」
紗耶香ちゃん…。
「……ありがとう……」
これくらいしか言えなかった。でも本当にそう思ったから。誠二くんと出会えたのだって、紗耶香ちゃんが柳ヶ浦高校に行こうって言ってくれたから。
「紗耶香ちゃん、ちょっと寄り道してかない?」
「いいけど、何するの?」
「プリクラ撮ろうよ!」
「ふふっ、めぐはプリクラ好きだもんね」
その日に撮ったプリクラは大事な思い出で宝物になった。日本にいる間に紗耶香ちゃんと撮った最後のプリクラになったから。
中学の時に紗耶香ちゃんと出会ってなかったらどうなってたんだろう。柳ヶ浦高校に通うことなんてなかっただろうし、そうなれば誠二くんとも。もしかしたら日本にはすでに居なかったかもしれないな。
紗耶香ちゃんとの出会いが私の人生を変えたって言っても過言じゃないくらい。紗耶香ちゃんとの出会いそのものが私を守ってくれてたんだね。
気が強くてしっかり者で、私にだけ甘えてくれた紗耶香ちゃん。そういう意味では私も紗耶香ちゃんの心の拠りどころだったのかな。
誠二くんや紗耶香ちゃんだけじゃない。みんなが居たから楽しかったんだ。多分、誰一人欠けてもダメだったんだ。
先生や先輩、後輩。クラスのみんな。嫌いな人なんかいなかった。
きっと柳ヶ浦高校でしか会えなかった、一期一会。
今までの思い出を大切にしたい。これからだって私の中の引き出しが埋まってしまうくらいの思い出を…。
「お母さん、ただいま!私ね、高校でいーっぱい素敵な友達が出来たんだ!」