第9話:街の井戸
依頼を受けた私はカルナちゃんと一緒に街を歩いていた。
「こっち」
カルナちゃんに案内され、私は街の路地に入っていく。
迷う事なく進んで行く小さな背中は、とても頼もしかった。
「これがそう」
建物の角を曲がった先の、建物で挟まれたこじんまりとした場所。そこには円形状に積まれた石が盛り上がり、その上には木の屋根と、ロープが付けられた釣瓶と呼ばれるものが設けられていた。
そう、目の前にあるのは井戸だ。
私が受けた依頼は、街にある井戸の調査。
手に持っている地図と、道案内役を名乗り出てくれたカルナちゃんを頼りに全て調べる。
一つ一つが簡単な調査であっても、地図に示されている井戸の数は三十を超えている。だから、大変と言えば大変だ。
近づいた井戸の上には板が被せられており、私とカルナちゃんはそれを横にずらして、ゆっくりと地面に置く。
そして二人して井戸の中を覗き込んだ。暗く細長い長方形の中で、揺らめく水面の光を目にする。
「綺麗かな?」
「綺麗だといいね。確かめよっか」
「うん」
吊るされていた釣瓶を手に取ってそっと落とすと、中から水に落ちた音か鳴った。暫くしてからロープを引くと、重たい手応えと共に釣瓶が上がってくる。
水の入った桶状の容器。
私は、そっと容器の外側に手を当てて魔力を流した。
流した魔力が水の中を通って容器の反対側にぶつかると、超音波の様に跳ね返って戻る。
「それって、どうやるの?」
カルナちゃんが、不思議そうに聞いて来る。
なんて、説明しよう……。
「魔力を流すと、水に伝わるから。その時の流れで?」
カルナちゃんが首をかしげる。
「悪い水だと、魔力を通して分かるから。そしたら、水以外の要らない物に、聖属性の魔力を当てて浄化するんだけど……」
私が子供に何かを教えるなんて、不可能かもしれない。
カルナちゃんが私をじーっと見つめてから、釣瓶の方を向いた。
「やってみる」
そう言って、カルナちゃんが容器に手を触れさせる。
「んっ……ん?」
カルナちゃんの手から魔力が溢れ、水を揺らしていた。
確かめるには、少し強過ぎる。
「もっと魔力を弱く出して、跳ね返って来る自分の魔力を、もっと意識する感じで」
これ以上は伝えようがない。
「ん……んっ――」
弱くしようとしていたカルナちゃんが力んでしまい、水が更に揺れる。
「難しい」
そう簡単出来たら、私の仕事がなくなってしまう。
「練習あるのみかな」
「分かった」
カルナちゃんが頷き立ち上がった。
私は、水に異常がない事を確認してから釣瓶を元の位置に戻す。そして、カルナちゃんが板を持つ状態で待っていたのを見て、直ぐに二人で板を井戸に被せる。
「こっちに、他の井戸がある」
カルナちゃんにそう言われ、回った所に印をつけながら私は次の井戸に向かった。
「もっかいやる」
そこでもカルナちゃんが、水に魔力を当ててコツを掴もうとする。
けれど、一回目と同じ様に魔力がただ流れ、カルナちゃんがそれをじっと見つめていた。
魔力を意識して出せるだけでも、何もしていない子供である事を考えると十分に凄い。
「カルナちゃん、大丈夫?」
「うん」
魔力を出すと、当たり前だけど疲れる。
知らず知らずのうちに出し過ぎると、動けなくなるほどだ。
それから何度も井戸を調べ、新しい場所に着く度にカルナちゃんが挑戦する。
二回に一回は大丈夫か私が聞いていたが、感覚が分からなかったのか。
「ぅ……」
十数回目にして、屈んだ状態で魔力を放っていたカルナちゃんがふらつき、横に倒れそうになる。
とっさに私が支えると、カルナちゃんが片手で頭を押さえていた。
片手で抱きかかえて、反対側の手でカルナちゃんに魔力を流す。
「大丈夫じゃないね。無理してたでしょ?」
「っ……」
カルナちゃんは答えてくれなかった。
「今日は、帰ろっか」
井戸を回る内に陽は少し傾き始め、このままのんびりしていると暗くなってしまう。
そしたら私の家である、あの屋敷に向かうのは難易度が高い。
「うん」
カルナちゃんが小さく頷く。
「良し、ってカルナちゃんの家ってどの辺り?」
手に持っていた地図を見せると、殆ど真ん中に当たる大きめの場所を指差した。
「分かった、任せて運んであげる」
カルナちゃん一人であれば、まだまだ子供を運ぶのに魔力は必要ない。
もし子供が二人や三人居て運ばないといけない緊急時だとしても、全身を膨大な魔力で覆い身体を強化するという、燃費の悪い手段も残されている。
戦闘中にそれを行う人も居るけど、私の場合精密な魔力操作は出来てもそれを瞬発的に、しかも部分的に何度も切り替えて行えるかと言うとそうでもない。
――カルナちゃんを背負って、立ち上がる。
ゆっくりと歩き出し、地図で指差された場所に向かった。
そこは大通りを進み、何度か曲がった先にあった大きな屋敷だ。
そして私は立ち止まり、何度も辺りを見渡している。
――余りにも、目の前にある建物が大きいのだ。
昼間に見た森の屋敷が小さく思えてしまうのだから、規模がおかしい。
「カルナちゃん此処って……」
「伯爵様のお屋敷」
「私、来る場所間違えたかな?」
「ううん、当たってる。ここだから」
背中に抱えられたカルナちゃんが、静かに答える。
けれど私は、更に混乱してしまうのだった。
――どうして、ここなの?